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14話

 ついに領地へと旅立つ朝、ギルバートに起こされてから支度を手伝ってもらったアルフレッドとフレデリックの兄弟は、二人並んで朝食へと向かった。


「おはようございます。父上、母上」


 二人よりも先に、父と母は席についていた。


「おはよう。アルフレッド。フレディ。今日は二人一緒になったんだね」


 父が満面の笑みであいさつを返してきた。


「昨日は、私は兄上のお部屋に泊めていただいたので、今朝は一緒に参りました」


 父に対して勝ち誇ったようにフレデリックが返す。


「あらまあ、仲良しでいいわね」


 にこにこと言う母の右手は、父の手から滑り落ちた水の入ったグラスを見事にキャッチしていた。


「ななんあななんあななななな…」


 あまりのショックに言葉が出なくなっている父を無視した兄弟が席に着くと、すぐに家族の前に食事が給仕されていく。

 固まる主には一切触れず、静かに職務をこなす使用人たち。平和なベイカー伯爵家の日常の風景だ。


「今日はもうこのあとすぐに出発するのね?」


 冷静な母の言葉に、父もやっと覚醒する。


「パパもお仕事は休んで、一緒に領地に向かおうかな?!」


「領地まで何日かかるとお思いですか。今日は大事な会議がありますので、出仕は免れませんよ。なんとかお見送りできるように、出仕時間を遅らせていただいたのですから、おとなしくしてください」


 主の冗談とも思えない発言に、セバスから極めて冷静なツッコミが入る。


「あらあら。いけませんよ。あなたたち。二人の旅を邪魔しないと決めたでしょう?」


 父のセリフに「それだ!」と便乗しようとしたフレデリックとまとめて、母に釘を刺されると二人ともしょんぼりと項垂れた。


 そうしていつも通りのにぎやかな朝食の後で、準備を整えたアルフレッドとギルバートが玄関に向かうと、父と母とフレデリックやセバスのみならず、王都の屋敷の使用人のほとんどが集まっていた。


「では、皆。行ってきます!ちゃんと連絡するので安心してくださいね」


 ひとしきり玄関内で一同と挨拶を交わしたあとで、名残を惜しんでいてはいつまでも出発できないとアルフレッドが大きく手を振って玄関の扉へと向かう。

 先導するようにギルバートがその扉を開き、アルフレッドが外に出る。

 一家も見送りに外に出ようとして、全員の足が止まった。


「「「ナニコレ?」」」


 玄関の外には、馬のついていない馬車のような四角い乗り物が止まっている。車輪は、数年前にアルフレッドとギルバートが開発した魔道車の車輪を大きく太くしたようなものが前後で4つついている。

 魔道車は、自分の足で車輪を漕ぎながら、前後の2つの車輪を魔力や魔石で補正しながら走行する乗り物で、馬よりも管理が簡単で気軽に使用できるといって貴族から庶民まで爆発的に売れた商品だ。

 言わずもがな。アルフレッドの前世知識の電動自転車がモデルになっている。

 今回のものはもちろん四輪自動車がモデルだ。


「あ。魔道車の改良版ですよ。これも今回の旅で試そうと思ってまして。以前のものは馬の代わりでしたが、今回は馬車の代わりになるようにと思っています。長距離移動用の魔道車ですね」


 二人の研究は前世知識がもとになっていることがほとんどのため、他者への説明が難しく、試作品ができるまでは家族にも言わないのはいつものことだが、さすがに旅に出る当日に見たこともない巨大なものを見ることになるとは思っていなかった一同は、一度固まった後で全員そろって諦めたように息を吐いた。


「なるほど。今回の旅がお前たちにとって大切だということはよくわかったよ…。詳しい説明もまた旅から戻ったらしておくれ…」


 当主である父も、二人の研究にはあまり口を出さない。出せない、という方が正しい場合も多いが、今回は想像の範疇も超えていたため、見送りに徹することにしたようだった。


「兄上…。また戻られたら、私も乗せてくださいね…」


 同じく諦めて見送ることにしたフレデリックも、疲れたような声を出す。


「まあまあ。あなたたちは本当に色々思いつくわね。これなら御者台がいらないから安全ね!ギルバートがいれば途中で何かあっても大丈夫だとは思うけれど、困ったことがあればちゃんと周囲の方を頼るのよ?お父様とお母様の知り合いもあちこちにいますからね」


 一人明るい声を出す母に背中を押され、アルフレッドとギルバートは魔道車へと乗り込み、改めて大きく手を振ると、ようやく乗り物のかすかな振動音とともに領地へと出発していった。


 ずっと見送りながら手を振っていた一同も、馬車よりも数段早い速度で進む魔道車が角を曲がって見えなくなるのを確認すると、手を下ろしたと同時に「絶対あれ、領地が大騒ぎする…」と全員で苦笑を浮かべたのだった。


 そのころ、魔道車の中では運転席に座ったギルバートがハンドルをくるくると器用に動かしながら、アクセルとブレーキも難なく踏んでいる。


「試作品であんまり長距離を走らせてなかったけど、順調そうだね」


 助手席に乗ったアルフレッドが流れる景色を見ながら弾んだ声を出す。

 王都や各地の大きな街などを含め、この国ではきちんと馬車道が整備されている。人が歩く場所と、馬や馬車と最近加わった二輪魔道車とが走る場所とはきっちりと分けてあるので、それなりの速度を出して新車は走っていく。

 これまでに見たことのない乗り物が通るのを見た王都の人々は、その中にいるのがベイカー伯爵家の長男とその執事だと気づくと、特に騒ぐこともなく手を振ったりして見送っていた。

 この二人が誰もみたことがないものを持ち出してくるのは、王都では見慣れた光景となっている。


 アルフレッドも、窓の外を見ながら時折住民に手を振り返したりしつつ気楽に過ごしている。


 と、急に車体が軽く揺れ、急に速度が落ちたのを感じ、前を向くと一台の馬車が横道から飛び出して大通りを横切っていくのが見えた。


「危ないなぁ…。けど、ちゃんと緊急ブレーキも作動したみたいだね?」


「みたいだな。前方への探査魔法ともうまく連動したようだ」


()()もうまくいっててよかったよ」


 運転席の前方にある、いくつかの目盛りや光る石を確認しながら、アルフレッドは上機嫌だ。


 実は、この乗り物を家族にも一切隠してきたのには大きな理由がある。

 それは、この乗り物を動かすために使用するのが、魔力だけではなく()()でもあることが、他者には理解ができないからだ。


 この世界には「電気」という概念がなかったが、雷や静電気は存在していた。まるで魔力とは電気のようだと考えたアルフレッドは、ギルバートに説明をし、発電に注力をしていた。

 魔道回路をうまく組み込んだことで、わずかな魔力を動力源にして大きな電力を生むことに成功した二人は、さらに電力を元に疑似魔法に変換する魔道回路図も発明し、この魔道車にもいろいろと組み込んである。

 つまり、魔道力の半永久機関として成立させてしまったのがこの魔道車というわけだ。


「これなら、わずかな魔石でも大きな力に変えられるから助かるよね~」


「とはいえ『発電』と『電気』の活用はともかくとして、それ以外の部分は周りに知られると面倒なことになるから気をつけろよ」


「そうだね。軍事利用とかされたら嫌だし、色々説明するのも面倒だし。日常生活に取り入れてもらったら魔石の枯渇問題とかいろいろ解決するのになぁ。これもせっかく作ったけど、使い方が悩みどころだよね」


「まあ、既に使っちゃってるけどね」と笑っているアルフレッドの手の中には、小さな緑色の石が乗っている。

 それは、フレデリックに渡した熊の目と同じ色をしていた。

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