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13話

 なんだかんだと旅の準備を進めていると、あっという間に数日が過ぎ、明日はもう領地に向けて出発する、という日になっている。

 ここ数日は、朝と夕の食事は家族と一緒に摂っている。父もどんな手を使っているのか、毎日夕食までに帰ってきていた。

 昼間は旅の準備が忙しいため、いつも通りにギルバートと二人だ。


 そして、夕食後のわずかな時間にはフレデリックが部屋を訪ねてきて、一緒にお茶をしてから別れるという流れがお決まりになっている。

 今日も変わらず、夕食を終えるとフレデリックがそのまま部屋についてきてソファーにちょこんと座ったかと思うと、真剣な顔をしてギルバートを呼んだ。


「ギルバート。今日は、リョクチャを淹れてください」


「え?フレディ大丈夫?緑茶飲めないんじゃなかった?」


 アルフレッドは心配そうな顔をしているが、ギルバートは「かしこまりました」と告げると、さっさとお茶の準備を始めてしまった。

 そのギルバートの背中を見ながら、フレデリックは真剣な表情を崩さない。

 やがて、二人の前にことりと湯飲みが置かれると、ギルバートはアルフレッドの後ろへと静かに控えた。


「大丈夫?無理しないでね。あ、ギルバートお水も…」


「大丈夫です!」


 心配する兄の言葉を遮るように、勢いよく言ったフレデリックは湯飲みを両手で抱えると、静かに口をつけた。


 ごくり。


 静かな部屋に響いたのは、フレデリックがお茶を飲む音か、それとも見守る兄が息をのんだ音か。


「ギルバートの淹れるリョクチャはおいしいですね」


 にこりと微笑みながら、フレデリックが言うのを聞くとアルフレッドの表情も明るくなった。


「すごい!フレディ。緑茶飲めるようになったんだね!一緒に楽しめるの嬉しいなぁ」


「私も成長しているのですよ。兄上」


 ニコニコと相好を崩す兄に、若干胸をそらすようにしながらフレデリックが答える。

 キャッキャと喜び合う兄弟の間に、ギルバートがそっとクッキーの皿を置いた。


「フレデリック様はここ数日、昼のお茶の時間は必ず緑茶を飲まれていたそうですよ」


 あっさりと練習していたことをバラされた上に、さりげなく甘味を出されたことで、まだ口直しが欲しいと思っているレベルとバレたと気づいたフレデリックはギロリとギルバートを睨む。


「そうなの?毎日飲むほど緑茶を好きになってくれて嬉しいよ」

 

 フレデリックとギルバートの攻防に気づかないまま、にこにことしているアルフレッドを見てフレデリックは安堵と勝利を滲ませた微笑みを浮かべてギルバートを見る。ギルバートはというと、主の反応は解っていたといわんばかりのすまし顔をしていたので、フレデリックは勝手に踊らされたのだと気づいてまた顔をしかめたのだった。


「兄上が旅から戻られる頃には、ギルバートよりも上手にリョクチャを淹れられるようになっていますからね!」


「楽しみだなあ」とのほほんと返すアルフレッドが二人の微妙なやり取りには気づかないまま、フレデリックとギルバートの不毛な攻防は続いていく。


「兄上。明日からしばらくお戻りにならないのですよね…?兄上に会えない日が続くのはとても寂しいので、今日は特別に一緒に休んではいけませんか…?」


 フレデリックは上目遣いにアルフレッドを見ながら、ちらりとギルバートを見るが、ギルバートの表情はピクリとも動かない。


「そうだね。しばらく会えないし、今日くらいは一緒に寝ようか」


「ご一緒に休まれるのは構いませんが、明日は領地へ出発しますので夜更かしはなさらないでくださいね」


 アルフレッドの迷いのない返答と、苦笑しながら言うギルバートに、フレデリックが勝利の笑みを浮かべたのだが…


「昔はギルと一緒だと夜更かしばっかりするから、母上に一緒に寝るの禁止されたもんねぇ」


 というのほほんとしたアルフレッドの言葉に、フレデリックは一瞬にして凍り付き、続けて「一緒にお風呂も入る~?頭洗ってあげるよ!」という言葉で今度は一瞬で顔を赤くして、今度ははっとした顔をする。


「まさか、兄上…。お風呂もギルバートと…?」


 ギリギリと奥歯を噛むように絞り出した質問をするフレデリックに、不思議そうな顔をしたアルフレッドの代わりに、ギルバートが答えた。


「成長されてからは、おひとりでの入浴を好まれるので、お手伝いはおりませんよ。幼少の頃も、侍女や乳母の手伝いを嫌がられて、ほとんどセバスさんが手伝われていたそうですから」


 しれっと情報を端折ったその返答は、セバス一人を恨みの対象として売るものだったので、フレデリックはセバスへの報復リストを一瞬で脳内に作成した。

 リストを作成し終えたフレデリックは、小さくため息をつくと「お風呂は自室に戻りますので、兄上もお一人でゆっくりされてください」と告げて、自室へといったん引き上げた。

 そのころ、謎の悪寒にセバスが一人震えていたことは、誰も知らない。


「フレディの頭洗ってあげたかったなぁ。人に手伝われるのが苦手なだけで、一緒に入るのは平気なんだけどな…」


 弟の背中を見送ったあとで、アルフレッドがしょんぼりと言う。


「やめとけ。お前、人の頭や体洗うの下手くそだろ」


「うっ。あの頃はごめん…。でも、今はもっと上手にできるよ!多分!」


「…多分で小さな子供を犠牲にするな」


 呆れた口調でギルバートが言うと、アルフレッドはにやりと笑った。


「じゃあ、今度温泉では久しぶりにギルを洗ってあげるね?大人なら犠牲にしてもいいんでしょ?」


 にやにやと笑うアルフレッドに、苦笑したギルバートが「一緒に風呂に入るわけにはいかないだろ」と返すと、アルフレッドは不思議そうにした。


「温泉だよ?」


「だから風呂だろ?」


「え?」


「え?」


 噛み合わない会話に、二人仲良く首をかしげた後で、先に何かに気づいたのはギルバートの方だった。


「まさか、アルの言う『温泉』とは、大衆浴場のことか…?」


「うん?そういうところもあるけど、貸し切り風呂とかもあるね?でも、温泉を心から味わうにはやっぱり他の人と一緒にのんびり浸かるっていう要素も大きいと思うんだよ」


 まだ不思議そうにしているアルフレッドに対して、ギルバートは自分の額を押さえながら盛大なため息をついた。


「お前、自分の立場わかってるか?一応まだ名門伯爵家の継嗣だぞ。いくら旅先とはいえ、一般民衆と同じ大衆浴場に入れるわけがないだろう」


「え?!だめなの?!」


 心底ショックを受けた…という顔をしたアルフレッドに、ギルバートは「ダメに決まってるだろ」ともう一度ため息をついた。

 旅の楽しみの一つが減ってしまうかもしれない、とショックを受けていたアルフレッドだが、やがて解決策を思いついた。


「あ!でも、家族風呂とかの貸し切りもあるだろうから、そこでギルと一緒に入るのはいいよね?!昔も一緒に入ってたし、ギルは家族だし!」


 必死の形相で「一人で温泉は嫌だ。寂しい」と言い募るアルフレッドに、ギルバートは「フレデリック様たちには言うなよ」と約束をさせてから、頷いたのだった。

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