11話
「これは、熊の目の部分は魔石だね。試作品ということはうまくいったら商会で売りに出すつもりかい?」
フレデリックの腕の中の熊を見つめながら、父が冷静な当主としての意識をもって改めて話を続けるが、その顔はうらやましそうにしたままである。
「そのつもりです。これは一般に売り出す前提で魔石も小さめで持ち運びしやすく、手に入れやすい質のものにしてあるので、どこまでの距離と時間に耐えうるのかの実証実験が必要な状態ですね。一般で売り出すときにはデザインは変えて、一般の人が自分で魔石の交換ができる形状に改良する予定です」
「でも、兄上。私は確かに自分で魔石に魔力を貯めることはできますが、この石にも使用限界がありますよね?一般で手に入りやすい質のものであれば、そう繰り返し使えないのでは…?」
「そうだねぇ。一応真新しい魔石だから、たぶん100回くらいは使えると思うんだけど…」
「え?!100回しか使えないんですか?しかも、魔石として使えなくなってしまったらこの兄上の色をした目の輝きが変わってしまう…?いや、まずこれを作ったのがギルバートということは、他の人間では付け替えることができないのでは…?」
ぎゅっと抱きしめていた熊の顔を真剣に見つめた後で、フレデリックはギルバートをにらみつけるようにして質問をする。
「この形状でも付け替えのみならば、商会の職人でもできなくはないですが、まだ試作段階なので職人に技術契約できませんので、教えられませんね」
にっこり微笑んでギルバートは返答し、表情を険しくするフレデリックに向かって変わらぬ笑みを浮かべたまま更に続けた。
「なかなかこの色の魔石を二つそろえるのはさすがに骨が折れましたが、フレデリック様のために色々と手を尽くしたのですよ。お喜びいただけているようで何よりです」
言い終えると、ギルバートは微笑んだままきっちりとした礼をして見せる。
「仕組みましたね…ギルバート!」
ぐぬぬぬと声にならない唸りを上げながら、フレデリックがギルバートを睨みつける。
「フレディ…。今回の協力してくれるの嫌かな…?」
フレデリックの様子を見たアルフレッドが、眉を下げながら質問をすると慌てたフレデリックは首を横に振りながら熊を全力で抱きしめる。
「良かった。ありがとう」
「では、兄上。この熊の目の魔石が使えなくなる前に戻ってきてくださいね?」
嬉しそうに自分の頭をなでる兄にしばらく甘えたあとで、フレデリックが言う。
「そうだね。まずは、1年以内には戻るようにするよ。弟か妹が生まれてくるときには家に居たいしね」
「ぶほっ?!」
ソファーの向かい兄弟のやり取りをうらやましそうに見守っていた父が、再び顔を引きつらせる。
「それは、アルフレッド。本気で言ってたのかい…?」
「もちろん、無理をさせるつもりはありませんが…。実は俺、兄弟がたくさんいる生活に憧れがあったので…」
無邪気な笑顔を返すアルフレッドに、「お前がそう言うなら、そうなりそうだよ…」とつぶやいて父と母は顔を見合わせたのだった。
「そういえば兄上。この通信機は私の方から兄上に連絡することはできないのですか?」
「あ、できるよ。この左手の方の肉球を押してみて」
フレデリックが言われた通りに熊の左手をつかむと、今度はアルフレッドの持っている通信機がぶるぶると震える。アルフレッドが震える通信機のボタンを押すと、フレデリックが握っていた熊の左手が上に上がった。
「『もしもし』」
「『あ、聞こえてきました。これは、この左手を下ろしたら通信が切れるのですね?』」
ギルバートが作った試作品ということは、他の職人では再現できない。なんでもない顔をして、アルフレッドの望むとんでもないものを作ってしまうギルバートの技術は、他の職人では追いつけないことをフレデリックは知っている。
使用制限を超えた魔石は色が変わってしまうので、魔石を大切にしなくてはならないと早々に割り切ったフレデリックはさっさと通信を切ったのだ。今は目の前に兄がいるので、道具でつながる必要はない。
「これで、私と兄上はいつでもつながっている…ということですね」
自分からも連絡することができると分かったことで上機嫌になったフレデリックは、熊を再び抱きしめながらその頭を愛しそうになでている。
「こほん。まあ、その熊の使い方はわかったが…。これなら、魔石を盛り込まず直接魔力を送り込む形にすればある程度長く通信できるのではないのかね?一般の人や子供には魔石がある方がいいだろうけど、ほら、私とアルフレッドなら魔力量も魔力操作技術もあるわけだし、ね?」
アルフレッドとの通信が諦めきれない様子の父が、自分の分が実はあるのでは?と期待した顔でギルバートをチラチラと見ている。
「さすがは旦那様ですね。おっしゃられる通り、魔力量が多く一定の魔力操作に秀でた方であれば、通信の時間も距離も飛躍的に伸ばせると思われます」
ギルバートは感嘆したように頷いているが、新たな通信道具が出てくることはなく、父はがっくりと項垂れた。
「まあいい。ここまで準備して、旅に出る考えが固まっているということであれば、それが一番いいのだろう」
残念そうな気配を漂わせつつも、優しい父の顔をしてアルフレッドに向かって改めて話を戻す。
「お前もギルバートももう成人しているし、好きにさせてやりたいとも思っている。跡取りの件については、まだ今焦って決める必要もないし、たとえ男同士で結婚したとしても私はこのままアルフレッドを跡取りとしたいとも思う。その次の代のことはまたその時考えればいい」
それを聞いたアルフレッドが表情を明るくしていると、父はそのアルフレッドに優しく微笑みかけたあとで、ギルバートの方をちらりと見ながら「しかし」と話しを続けた。
「いくら成人しているとはいえ、まだ若い。主従という関係であっても、未婚の若い二人だけで長期間の旅に出るというのはやはり父親としては認めがたいものが…。いや!だからと言って、結婚を急げとかそういったことではないからな!それはない!急ぐな!!ギルバート!だめだぞ!まだ結婚だとかそういったことは認めんぞ!まだお前は我が家の執事だからな!」
つい先日結婚式を挙げかけていた息子のことを忘れたかのように、いやいやと首を振る父を見たアルフレッドが突然ポンと手を打ったので、部屋にいた全員がアルフレッドに視線を向ける。
「そっか。ギルがいつかお嫁さんをもらったら、俺にもお姉ちゃんができるんだ!ギルは、俺のお兄ちゃんみたいなものだしね!あ、もちろん男の人と結婚する場合も喜んで迎えるよ!」
「「「「は?????」」」」
いいことを思いついた、というように表情を明るくしたアルフレッドを見たまま、父母とフレデリックのみならず、部屋の隅に控えていたセバスまでも口を大きく開けたまま固まっている。
自分を見ている全員が固まっているのに気づかず、アルフレッドは言葉を続けた。
「今は、そういった相手はいないんだっけ?旅の間にいい人が見つかるかもしれないし、ギルが幸せになれる相手と結婚できることを祈ってるからね!」
キラキラした表情のまま、ギルバートに向かって話しかけるアルフレッド。
固まっていた全員が、ぎちぎちと音がしそうなぎこちない動きでそっと視線をギルバートに移す。
「ええ。そうですね」
なんでもないように自然に微笑みを浮かべて相槌をうつギルバートに、再び部屋の中の全員が「「「「え????」」」」と声をそろえたのだった。




