8話
強引に連れ出されたフレデリックは、そのまま母の部屋まで連れられお茶をチビチビと飲みながらくだを巻き続けていた。
「父上が戻られたら、夕食の前にお話しなくては!」
「あなたは本当にお兄様のことになると頑張るわね。もう少しそれがアルフレッドに伝わればいいのだけどねぇ」
それ、と言いながら指した先にはフレデリックがチビチビと飲んでいる茶器がある。
「私だって、慣れればこの味だって平気になります!いつか兄上に淹れて差し上げて、おいしいと褒めていただきながら一緒に飲むのです!」
茶器の中には、アルフレッドが愛してやまない緑茶が入っている。今日の昼兄とギルバートが二人だけ同じものを飲んでいるのが悔しかったと言って、チビチビと舌を慣らしているのだ。
「あらあら。ギルバートとも仲良くした方がアルフレッドは喜ぶわよ〜?」
「わかっています!しかし、そもそもギルバートが大人気ないのです。私は、ちゃんと大人の対応をしています!」
フレデリック曰く。
昼に、兄が家を出てしまうという噂の真相を尋ねるつもりで部屋を訪ねたところ、ノックをしたのが自分だと気付いた兄が自らドアを開けてくれた。さすが兄上だと思った。
ところが、二人で話したいと匂わせてギルバートに視線を送ったが、やつは自分が部屋を出るどころか、まるで主かのように入室許可を出し、昼食への招待をしてきた。
兄上と一緒に食事が出来るのは嬉しいが、ギルバートの態度は不遜である。しかし、兄上の手前睨みつけることもできず、お礼を言うと、兄上もギルバートにお礼を言っていた。
不遜な執事を叱りつけることもなく、お礼を言う兄上は心が海のようだと思う。
ところが、兄上は私をソファーに一人残し、自らテーブルを片付けるとギルバートの所へ行ってしまい、あろうことかギルバートが差し出したものをそのままその手から食べてしまった。
兄上にアーンするなんてうらやましい!じゃなかった…はしたないですよと伝えると、素直に謝られつつもしょんぼりとさせてしまったのでそれは反省する。
しかし「ついいつものクセで…」と言われるとは何事?!ギルバートはいつもあんなことを?!ずるい!
しかも、立ったまま物を食べてはいけませんね…などとあの執事は話を反らしながら、僕の反論を封じて座らせてきたんですよ?!絶対わかってたくせに!!
でも、兄上は本当にお優しいので、ギルバートも昼食に同席するように勧められたので、同意しましたよ!これ以上兄上をしょんぼりさせたままに出来ませんからね!
それを…あの執事…!お礼を言ってきましたが、あれは絶対「アルフレッド様を気遣ってくれてありがとう」でした!!なぜ!私が!兄上のことでやつからお礼を言われなくてはならないのです!
マウンティングですか?!マウンティングですね!
しかも、当たり前のように兄上の隣に座るなど…!まあ、向かいのほうが兄上のお顔が良く見えるので、良いですけどね!
それに、兄上が私を気遣いながら旅に出ることをお話になっているというのに、あの執事兄上のお気遣いを無にする発言をしたのですよ?
そのせいで、ショックのあまり兄上にひどいことを言ってしまったではありませんか!
まあ、そのお陰で勢いで兄上に抱きついてやりましたから、私グッジョブですけどね!あのときのやつの顔といったら…!ざまをみろ!です!
あんなに力いっぱい抱きつけるのは子供特権です!やつには出来ないでしょう!いや、やらせてなるものか!
そもそも母上も、兄上に無理強いするななどと!お優しい兄上がそんなことをするはずもありません!あの鬼畜ならやりかねないので、言うならばあの男のほうにです!
あの男は、さっさと手を回して嫌なことなど自分はやりませんよ!
兄上にも他から嫌なことをされないように手を回す手腕は褒めてやりますけどね!
二人っきりの旅などもってのほか!兄上はわかっていないのです!
兄上ご自身のお人柄とあの男の強さがあれば、ほとんどの危険がないことはわかっています!
しかしむしろ、あの男自身が一緒にいることで、兄上の御身に危険が迫るというのに…!
兄上も兄上です!あの日はご自身の結婚式だというのに、花嫁の色どころかあの男の色を身に着けて臨むなど…!!
邪魔が入って、式が成立しないことを誰もが予測していたとはいえ、神聖な教会であのような…!
そもそも以前から、あの男は当たり前のように兄上に自分の色を身に着けさせるのが気に食わないんですよ!自分が兄上の身の回りの準備をするのをいいことに、職権濫用です!!まあ、私は兄上と同じ髪ですから、わざわざ飾らずとも常にお揃いですけどね!
危険なのはあの男自身なのです!
兄上の貞操を狙うあの男め…嫌がる兄上に無理強いを…いや、考えたくもない!
それを、兄上はあの男の身を案じられるなど…兄上マジ天使!
そこまで一息で話しきったあと、手元の緑茶を思いっきり飲んだ。
そしてむせた。
「あらあら〜。お茶はゆっくり味わって楽しむものよ〜」
部屋の端に控えていた母の侍女がサッとテーブルを拭き水を差し出したころで、父伯爵が戻ったと連絡が入った。
意気揚々と父を捕まえたフレデリックは始めからもう一度同じことを繰り返ししゃべり「絶対に、兄上の貞操を守らなければ!よろしいですね?!父上!」と最後に水を煽ったところで、ようやく口を挟めた父に「フレディ…お前まだ8歳なのに…」と遠い目をされたのだった。




