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7話

「兄上の嘘つき!短い旅行だとおっしゃったのに!1年以上もいないなんて!嫌です!」


 アルフレッドの腹にグリグリと顔を押し付けて抱きつきながら、グズグズとフレデリックはもう1時間も泣き続けている。


「あらあら、フレディ。お顔が腫れてしまうわよ〜」


 叫び声を聞いてかけつけた母も、苦笑いをしながら声をかけるが、フレデリックは一向に顔をあげず、ますます抱きつく力を強めてはグリグリと顔を押し付ける。


「うっ…。フレディ…ちょっと力弱めて…苦し…」


「嫌です!兄上がどこにも行かないと言うまで、絶対に離しません!」


 兄の苦痛の声にも耳をかさず、ぎゅうぎゅうとしがみつく弟。


「あらあら…。フレディ。アルフレッドが困ってるわよ〜」


「兄上が嘘をつくのが悪いのです!困ればよいのです!」


「ごめん。フレディ…。そんなに嫌がると思ってなかったんだよ」


 よしよしと背中を撫でながら声をかけると、フレデリックがバッと顔をあげる。


「嫌に決まっているではありませんか!兄上がどこで何をしているかわからないなんて、想像するだけで心配で胸が張り裂けそうです!」


 再び瞳に雫を溜め始めるフレデリックを、アルフレッドがびっくりしたように見つめ返す。


「俺の心配をしてくれてたの…?」


 なんとか涙をこらえたフレデリックが頷くと、ニコッと微笑んだアルフレッドが頭を撫でる。


「そっか。ありがとね」


「兄上の心配をするのは、当たり前です!」


「大丈夫だよ〜。ギルと二人でちょっとした冒険に出るのは慣れてるし」


「は…?」


 フレデリックが急にピタリと止まると、低い声を出す。


「まさか、兄上。ギルバートと二人きりで旅に出るおつもりですか…?」


 突然様子の変わった弟に、アルフレッドはパチクリと瞬きながら頷く。


「そうだよ?ギルがいれば大抵のことはなんとかなるよ?」


 安全だよ?と首を傾けながら言う兄を、信じられないものを見た…という顔でフレデリックは見上げる。


「反対です!父上も同じことを言うはずです!むしろ、ギルバート自身が危険です!」


 唸るような声で告げる弟に、アルフレッドもハッとしてギルバートを見やる。


「そう云えば!俺はギルがいればなんでもいいと思ってたけど、そもそもギルの意見聞いてなかった!」


「そこから!?ってか、むしろそこじゃないです!」


 焦るアルフレッドは、突っ込む声を無視してギルバートに顔を向ける。ギルバートは顔を手で押さえるようにして下を向いてしまっていた。


「え?!どうしよう!長いこと出かけるのに、不安とか不満とか有ったら言ってね?!

 というか、今更だけどギルも一緒に行ってくれる!?ギルのことは俺が守るつもりだけど、やっぱり危険かなあ?!」


「だから!兄上!私は不安だし、不満ですってば!!そして、やっぱりそこでもないです!」


「はいはい。フレディ。ちょっとそろそろこっちへいらっしゃいね〜」


 兄と弟の会話がいよいよ成立しなくなったタイミングで、母がベリッと弟を引き剥がして自分の方に抱き寄せた。


「ちょっと!母上待ってください!」


「え?!やだ、ギルどうしよう?!今から他の人手配してもらう?!」


 弟から解放された勢いそのままに、アルフレッドが駆け寄りオロオロと顔を覗き込むと、ギルバートは不快感を隠さない顔をゆるりと上げてアルフレッドを見返す。


「アルフレッド様?」


「何?やっぱり行くの嫌?」


「私以外の誰をお連れになるつもりですか…?」


「え…?!わかんない!ギルじゃないなら、誰でも一緒…というか、誰でも困る!」


 オロオロと考えながらも答える主の様子を見て、ふっと表情を崩した執事はまた下を向いて肩を震わせはじめた。


「ギルバート…!さっきから笑ってますよね?!兄上!やっぱりギルバートが危険です…!」


「はいはい!あなた達そろそろ少し落ち着きなさい。」


 ぷりぷりと怒り続ける弟と、オロオロしたままの兄に、肩を震わせて笑う執事、子供たちだけでは収拾が付かないと判断した母が大きく手を叩いて声を上げた。


「そもそもまだ、アルフレッド達はお父様に許可をいただいていないのでしょう?細かいことはそれからもう一度話し合いなさいな。ギルバートに無理強いをしてはいけませんよ?」


 小さな声で「心配ないとは思うけれど」とつぶやいたのは、片手で抱き寄せられているフレデリックにしか聞こえず、「ないですね」とため息混じりに返したフレデリックの声も母にしか聞こえなかった。


 二人の声が聞こえなかったアルフレッドが「嫌なことや不安なことはちゃんと言ってね?」とギルバートに声をかけているのを尻目に、母と子は「言わなくても、嫌なことはしないね」と頷きあう。


「父が頑張って釘をさせるようにしっかりお話しなくては」と息巻くフレデリックに母は「できるかしらねぇ」と返しながら背中をグイグイ押して部屋を後にしていった。

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