過去話9(sideアル)
「まあまあ…!どうしたの?!その子、怪我をしてるじゃないの!早くこちらへいらっしゃい!」
騒ぐ父上を押しのけて、ぐいぐいと近づいてきた母上。さすがです。
母上の勢いにギルバートが若干引くように動いたが、握ったおれの手は離さないでいるので、すぐに母上に捕まった。
「あらあら…!痛かったでしょう?すぐに手当しましょうね?」
外出着が汚れるのも構わずしゃがみこんだ母上が、ギルバートの手元を見つめる。
戸惑ったギルバートが母上を見たまま何も言えないでいると、侍女さんがサッと母上に薬箱を渡してくれた。
怪我をした子供に出会ったときは、必ず母上自ら怯えさせないように手当をしてくれるのだ。
自慢の母上です!
ギルバートの手を、そっと持ち上げる。
「ちょっと手当する間、手は離しててもらえるかしら?」
「「あ、はい!」」
そうでした!
二人とも自然過ぎて忘れてました!
慌てて手を離すおれたちを見て、母上はクスクスと笑っている。
父上はセバスさんと話しているが、セバスさんがこちらに立ち視線を遮っていた。さすがです!
「あ…!あの!アルフレッド様の怪我を先に…!」
母上に手を握られたギルバートが、慌てて言い出したので、おれもちょっぴりの擦り傷を思い出す。
「だいじょうぶ!なめとけばなお…!いてっ」
「はい。消毒したからもう大丈夫よ〜。なめたら苦いからだめよ?」
言い切る前に、母上にサッと消毒液を付けられた。素早い…!
傷ができたときより痛む消毒をふーふーして乾かすおれを見て、ギルバートもちょっと笑ってくれた!
母上ありがとうございます!
「じゃあ、傷を見るから少し袖をまくらせてね?」
優しく声をかけながら、手首がよく見えるように袖をまくっていた母上の動きが止まった。
不思議に思いながら、おれもそっと腕をのぞき込んで固まってしまった。
「こっちの腕も見せてちょうだいね…?」
動揺を隠して、母上が優しい表情と声のまま反対の腕もまくる。
「…っ!」
母上もおれも息を呑んでしまった。
この様子なら、もしかしたら服の下の見えない部分はアザだらけなのかもしれない。
「ギルバート君。ちょっといいかい?」
話を終えた父上が、控え目に声をかけてきた。
「あ…!はい!」
ギルバートが緊張したのを感じたので、おれは再びそっとギルバートの手を握った。ギルバートもぎゅっと握り返してくれる。
ギルバートを怯えさせないように母上のうしろにしゃがみ込んだ父上は、にっこり微笑む。子供を安心させる優しい表情だ。
「さっき捕まえた男なんだが、君のおじさんだと名乗っていてね?間違いないかな?」
優しい表情と声を崩さずに、ゆっくりと語りかける父上に、ギルバートは小さく頷いた。
「そうか…。お家にはおじさん以外の人は一緒に住んでるかな?」
今度は首を横に振る。
「…他に頼れる大人はいるかな?ご近所の人や、親戚とか」
これには、ギルバートは俯いてしまった。おれの手を握る手に力がこもるのがわかる。
おれもぎゅっと握り返した。
「じゃあ、今日うち…アルフレッドと一緒のお家に帰ったら、困ることはあるかい?」
続いた質問にギルバートもおれも顔を上げた。
父上はにっこり微笑んでいる。
ギルバートは目をパチパチして戸惑っている。
「ギルバート!だいじょうぶだよ!ぼくといっしょ!」
嬉しくなったおれは、声をかける。多分、人生で一番いい顔をしている自信がある!
そんなおれを見たギルバートは、まだ目をパチパチしながらも小さく頷いてくれた。
「やったぁ!パパだいすき!」
ピョンピョン飛び上がりながら喜ぶおれ!パパ上最高です!大サービスしちゃいます!
「うっ…」
「あらあら」
パパ上は目頭を抑え、母上は頬に手を当てた。
「そうと決まったら、ここでのんびりしている必要もありませんね。ギルバート君の手当も戻ってからゆっくりいたしましょう」
おれたち一家の様子に苦笑しながら、セバスさんが提案してくれた。
おそらく、全身の状態を見るためにちゃんとしたお医者さんも手配してくれているだろう。
「ギルバート、なにがたべたい?おにく?おさかな?あまいものはすき?」
家に戻る馬車の中で、おれはせっせとギルバートに話しかけ続けている。
席は、ギルバートを真ん中に左におれ、右に母上だ。
向かいの席に、父上とセバスさんが並んでいる。
「そっか!じゃあ、デザートはあまいものをたのんでね!セバス!」
一つ一つのご飯リクエストの指示に、ハイ、ハイと微笑むセバスさん。父上と母上もずっとニコニコしている。
「ごはんをたべたら、いっしょにあそんでね!」
現おれ!5歳児!遊びざかりです!
「あらあら、今日は疲れてるでしょうから早く寝させてあげなさいな。ギルバート君の怪我がよくなるまでは、無理させてはだめよ?」
「あ!そっか…!こめんね、ギルバート」
ギルバートは慌てて首を横に振ってくれる。
「じゃあ、おふろにいっしょに…」
「だっ…」
おれが言い切る前に父上が声を上げかけたけど、ギルバートの視線に気づいて落ち着いてくれた。
「怪我にひびくから、今日はお風呂もだめよ?体はふいてあげるからね。ギルバート君」
母上のご意見にこれも、ぐうの音も出ません!おれ!
「じゃあ、じゃあ!ねるのはぼくのおへやでいっしょね!ひとりはさみしいでしょ?」
これは母上も何も言えないでしょ!知らないお家で小さな子供を一人にさせられません!
「しょうがないわね…。ギルバート君もそれでいいかしら?」
母上ありがとう!
その頃父上は、横から伸びたセバスさんの手に口をふさがれていた。
あれ?セバスさんそれ、鼻もふさいでません?




