過去話8(sideアル)
「ぼくはアルフレッド!きみのなまえは?!あ、ケガはない?」
「あ、ギルバート…です。大丈夫…です」
興奮状態で勢いよく話しかけるおれに、ちょっとびっくりしながらもギルバートは答えてくれた。
大丈夫と言ってはいるものの、さっと全身を見ると手首がアザになっている。
「たいへん!てくびがあざになってる!セバス!てあてをしてあげて!」
とっさにギルバートの両手を掴んで、セバスに振り向く。
「もちろんですよ。馬車に薬を積んでありますからね」
さすが、セバスさん!おれがいつ困っている人に遭遇しても大丈夫なように、色んな準備をしてくれているのだ。
「あ、アルフレッド…様!俺は大丈夫…です!アルフレッド様の怪我を先に…!」
おれとセバスさんの会話に割り込むようにして声を上げたギルバート。
ん?おれの怪我??
ギルバートの青い目がおれの手にくぎ付けになり、逆におれの手をそっと握るように持ち上げて、セバスさんに見えるようにする。
そこには、ほんのちょっぴりの擦り傷のできたおれの右手。
「だいじょうぶだよ!これくらいのきず、なめたらなおる!」
「いけません。きちんと消毒をしますから、アルフレッド様もおとなしく治療を受けてくださいね」
自信満々に答えるおれに、すかさずセバスさんが答えた。
「はあい。でも、ギルバートのてあてがさきだよ!」
やれやれと言うように肩をすくめたセバスさんを見上げて、ギルバートは青い顔をしている。
「では、ギルバート君。一緒に馬車まで来てもらえるかな?」
青い顔をしたギルバートと目線を合わせるように、軽くしゃがんだセバスさんが優しく声をかけた。
「あ、あの…。でも、俺…」
ちらりとギルバートが反らした目線を追うと、そこにはまだ鳥との攻防を続けている男がいた。
完全に忘れてた!
攻防というか、一方的に攻撃を受けている男をよく見ると、金髪に青い目をしていることがわかった。まあ、髪の毛は鳥によって見るも無残に散らされているが…。
「ギルバート。あのひとは、ギルバートのおとうさんなの?」
「違う!お父さんじゃない!」
だいぶ無残になっているし、輝きは全く違うものの似た色合いの男に、もしかしてと思い尋ねたのだが、返ってきたのは強い否定だった。
「なにしてんだ!ギルバート!!逃げるなよ!こっちに来ないとぶん殴るぞ!」
「は?」
男のふざけた怒鳴り声に、5歳児らしからぬ声が出てしまった。
ギルバートを殴る?それどころか、こんな小さい子供を危険なところに?
男に対する怒りが込み上げ、同時にギルバートの手をぎゅっと握りしめる。
「ギルバート。しりあいのようだけど、いかなくていいよ。もうすぐごえいのひとがきてくれるからだいじょうぶ」
セバスさんも、冷えた目で男を見ながらギルバートを男の視線から庇うように立ってくれている。
まだ青い顔をしているギルバートが、おずおずと頷いてくれたと同時に護衛の人が二人駆け込んできた。
「アルフレッド様!セバス様!ご無事ですか?」
「ぎゃーお!」
護衛の二人が駆け込んで来るのを確認したように、大きく一声鳴いた鳥が空に羽ばたいて行った。
「私たちは大丈夫だ!あの男を抑えてくれ!…いいね?ギルバート君」
前半は護衛の人に向けて鋭く。後半はギルバートに向けて優しく、セバスさんが言う。
ギルバートは迷うように、男と護衛の人を見る。
「ギルバート君。どんな事情かわからないけど、私たちは子供に暴力を振るう人間をそのままにはできないんだよ」
セバスさんが再び優しい声で語りかけるが、ギルバートの目は揺れている。
おれが握ったままの手もかすかに震えているのが伝わってきた。
「ギルバート。だいじょうぶ。きみのことはぼくがまもるよ」
しっかりと目を合わせ、手を握る力を強くしながら言ったおれは、一瞬ニコッと笑いかけるとすぐに視線を男に移し、少し声を張り上げるように言った。
「そのおとこをつかまえて!ギルバートをきずつけるのはぼくがゆるさない!あ…でも、きずのてあてはしてあげて!」
ふんふんと鼻息荒く言い切る。
「なんだ?!ガキが生意気な!いてっ!離せ!」
おれの声に従うように、護衛の二人が両脇から男に近づき、あっという間に縛り上げてしまった。
男は抵抗らしい抵抗もできず、口で騒ぐばかりだ。
「ベイカー伯爵家ご嫡子、アルフレッド様のご命令によりお前を捕縛する。傷の手当もご許可が出た。感謝するんだな」
セバスさんが知らしめるように冷たく言い放つと、男が次の言葉を言う前にさっと護衛の人が口を塞ぎ、引きずるようにして大通りへ向かっていった。
そこまで見送って改めてギルバートを見ると、驚いた顔はしているもののさっきほど青くはない。手の震えも止まっていた。
鋭い視線で男を見送っていたセバスさんも柔らかい表情に戻り、馬車に向かうよう促して来たので、ギルバートの手を引くようにすると、戸惑いながらも一緒に来てくれる。
護衛の人が荷物を避けた路地は、三人ともすんなり抜けることができたので、大通りにはすぐに着いた。
心配そうにこちらを見ていた母上が、顔をほころばせる。と同時に父上の表情が凍りついた。
「アルフレッド!パパとは手を繫いでくれないのに…!」
うん。パパ上は今日も通常運転です。




