3話 『シーカーはトップvtuberになりたい』その3
「シーカー。メイ子さんの配信を検索する方法を教えてやる。急上昇のところを見れば良い。やっていれば、必ずそこに乗っている。乗っていないなら、彼女は配信をしていないということだ」
サザンはシーカーがうんとか、いやだとか、返事をすることも待たずに、メイ子の配信に検索をかけていた。
シーカーも視界の片隅にある、検索用のアイコンを拡大表示し、目線入力で検索を始める。
「……ムゥ、普段よりもVtuberの配信の数が少ない。というか、メイ子を除くとゼロではないか?」
「仕方ない。Vtuberを見る層ってのは基本同じだ。ほとんど全部のパイが取られてしまうとわかっていて、競争に参加する奴はいないさ」
「……我の配信もそうか? 我も、メイ子から逃げていたのか?」
「今はまだ、必要なことだ。逃げてるわけじゃない」
シーカーの問いただすような視線から、サザンは目をそらした。
確かに、賢い選択なのかもしれない。サザンはいつでも、合理的な判断をしてくれる。いつもなら頼もしいが、今だけはそれが少し寂しかった。
「え? 配信を始めている……?」
だがそんな時。検索に、メイ子以外のVtuberの配信が映り込む。
もしかして、見間違い? そう思い、シーカーは二度三度と瞬きをしたが、依然として配信の枠は表示されていた。
「美少女怪盗シュガー・ミュー……。って誰だ此奴は! メイ子の枠に被せて、配信を始めておるではないかっ!」
「……わお。シュガー・ミューか。俺はこいつを知っているぞ。確か、シーカーよりも少し前にデビューして、今はシーカーと同じくらいの登録者の個人勢だ。同じ新人だから比較されたりするし、少し注意を払っていたんだけど……。こんなに挑戦的な奴だったかな?」
メイ子に抵抗する同士を発見して、興奮気味なシーカーと、自分の持つデータとの齟齬に頭をひねるサザン。
「サザン! 我は此奴が気になってきたぞ! こっちを見にいかないか!?」
「それも悪くはないけど、やっぱりシーカーは大御所を見て学ぶべきだ。シュガー・ミューの配信はあとでアーカイブで見れば良い」
「メイ子の配信も、あとでアーカイブで良いのではないか?」
「アホぅ! メイ子さんの配信はナマでこそ、輝く! もちろん、アーカイブでも色あせることなく、最高なのは間違いないがっ! メイ子さんの配信はなぁ! とにかく一体感があるというかなぁ!」
身振り手振りを交え、普段見せない興奮した様子を見せるサザンに対し、シーカーは頭を悩ませた。
(好きなものを語る時の南さん可愛い……。普段のクールな時とのギャップがたまりませんっ! ……ですが、その好意の対象が私以外の女というのは、考えものですね。この場合、私は喜んでいる? それとも嫉妬している……?)
感情がどっちつかずで、交錯し、シーカーはしばらくして考えることをやめた。
「……オタクだ。オタクがおる」
そして思考を停止した結果出てきたのが、この一言である。
「……ああ。俺はオタクだ。Vtuberオタクだよ! 最初から知ってるだろシーカー! というか、Vtuberやってるお前は、俺よりもオタクになるべきだ! そう思わないか!?」
早口で言い訳じみたことを言うサザンに対し、シーカーはお手本のような笑顔を浮かべる。
「うんうん。そうであるな。そうであるな。貴様の言う通りだぞ、サザンよ」
「シーカー、チクチクと俺を攻めるのをやめろ! せめて真っ向からやってくれ!」
どうやら、シーカーの中で、嫉妬の感情が勝利したようであった。
そんなこんなな応酬を交えつつ、数分後には、二人の姿は事務所から消え失せた。
メイ子の配信枠へ、ジャンプしたのである。
✳︎
視点変更。メイ子視点。
「ふーんふーんふーんー」
耳ざわりの良い、軽やかな鼻歌が部屋に流れている。
配信開始の数分前。大屋敷メイ子はバーチャル空間にある自室でスタンバイしていた。
彼女の自室は、サザンとシーカーの事務所に比べてかなりファンシーである。
中世ヨーロッパを意識したアンティークな空間になっており、メイドなメイ子のイメージにぴったりな場所だった。
その中にある、これまたアンティーク調な大きな姿見の前にメイ子はちょこんと立っている。配信前にここで、自身の身嗜みをチェックするのは彼女のルーティンとなっていた。無論、バーチャルなので、身嗜みをチェックする必要性は無に等しい。3dモデルは、いつでも満点の姿を保っているからだ。なのに彼女がこうするのは、現実でも出かける前に同じ事をするからだろう。
メイ子の目の前には、メイド服を身に纏う自分がいる。
彼女のメイド衣装は、少々特殊だ。メイドといえば、日本においてはミニスカメイドと言うのが主流であるが、メイ子のものは、19世紀ヴィクトリア朝の伝統的なメイド服がベースとなっており、肌の露出は極めて少ない。
唯一の露出は、チラりと覗く、うなじくらいであろう。
だがこれだけでは特殊とはいえない。ヴィクトリア朝のデザインをベースとして、メイ子のメイド服にはサイバーパンクな要素が追加されている。彼女の頭にあるのは、髪をまとめあげるためのキャップではなく、メカニカルなヘッドホン。加えて、彼女の履くロングブーツは機械的な質感であり、かかとの部分にはバーニアと思われる噴射口がついていた。
まさに、最強のゲーミングメイドという通り名に恥じない佇まいである。
髪は西洋の血を彷彿とさせる、綺麗なプラチナブロンドをポニーテールにしている。顔立ちは全体的にまだ幼く、可愛らしい。であるのに、漫画であるなら彼女の真後ろに『凛』とデカデカとかかれそうなほどに、凛としたイメージを他人に与えるのは、彼女の瞳のせいであろう。
覗き込むと、深みにハマっていきそうな、底無しに意思の強そうな瞳が、彼女の印象を決定づけている。
余談ではあるが、身長はかろうじて百五十台に載る程度と女性にしても低めであるものの、その身長に似つかわしくない立派な二つの膨らみを備えていた。
メイ子は鏡の前で、右を向いたり、左を向いたり、忙しい。
彼女の動きに合わせて、耳の横にある二本の触覚が揺れる。
今日のメイ子は、とても楽しそうだった。
というか、上機嫌そのものだ。
二つ、メイ子が上機嫌な理由がある。
一つは、今日学校で気になっていたクラスメイトと少しだけコミュニケーションが取れたから。
もう一つは、これから自分の大好きな配信ができるから。
そう、メイ子は配信をする事を心底楽しみ、心底愛していた。
彼女は、配信なしでは生きていくことができない。比喩ではなくて、本当に。
「うふふ。今から会いにいきますわ。お兄様方」