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3話 『シーカーはトップvtuberになりたい』その2

「では第五回定例会議を始める」


「うむ。良きにはからえ」


学校という退屈な時間を乗り越えて、詩歌は現在、シーカーとして、バーチャル事務所にきていた。向かい合う形に配置されているソファに腰掛け、向かいにはサザンもいる。


本日、シーカーに配信の予定はない。

なのに何故二人が事務所にいるのかというと、今日は一週間に一度の会議の日だからである。とはいえ、二人しかいないので、方針を話し合う程度であり、そう格式ばったものではない。


「まずは……チャンネル登録者の話をしようか。おめでとうシーカー。登録者は今日の朝で一万五千人を突破したぞ」


「一万五千人!? もうそこまで増えていたのか!?」


タブレットに目を落とし、淡々と事実を伝えるサザンであったが、それとは対照的に、シーカーは驚きのあまり、手元のお茶を落としそうになった。

無論、バーチャルなお茶であるため、気分を味わうものでしかない。


「先週からの伸びが凄くてな。初配信から1ヶ月だけで、しかも個人勢で、この数字だからな。結構今注目のvtuberだぞ、シーカーは」


「う、うむ。ま、まぁ我のカリスマの元に人が集まってくるのは当然のことよ。わ、ワハハハぁ………」


「声が震えているぞ、シーカー」


「……」


強がるものの、動揺を隠せないシーカーだった。


「また数字の話になるけど、配信のアーカイブの平均再生数は約二万。視聴者層は男性87%。女性13%。年齢別だと、25から34才が一位で約50%。二位が18から24才で約30%。三位が33から44才で約20%になっている」


「なるほどなるほど」


シーカーはサザンの発言に合わせて、リズムよくうなずく。


「先週に比べて、平均再生数ものびた。視聴者層は、一般的なvtuberと同じだろうな」


「で、あろうな」


「それで、来週以降の方針だけど、俺はこのままで良いと思う。週に四回以上の配信を行い、流行りの情報にはアンテナを張りながらも、シーカーの個性を生かすことを念頭におけば、このまま成長していけるはずだ」


「うむ。我も全くの同感だ」


「記念枠も、まだ先で良いと思うけど、シーカーはどう思う?」


「記念枠……? わ、我も同感だな。全然後で良い。記念というのは、盛大に行わなければならぬし!」


「……ではシーカー君。そもそも記念枠って知ってる? ほら、説明してみな?」


「……はえ!?」


サザンの急な質問に、シーカーはあたふたと狼狽する。

実をいうとシーカーはほぼサザンの言っていることが耳に入っていなかった。阿天詩歌は優秀なので、話の内容がわからないわけではない。が、真剣に報告をしてくれるサザンに見惚れていたために、内容に全く集中していなかったのだ!


加えて、詩歌はvtuberという界隈に対して、あまり知識を備えていない。

普段は天然アホキャラクターのシーカーの振る舞いとして、わざとボケたり、知らないふりをしたりすることもあったが、今回は本当にわからなかった。


「……すいません。わかりません」


「よろしい。素直なのは良いことだ」


羽を縮こませて、素直に頭を下げるシーカーに対して、サザンは目を細める。


「記念枠ってのは、登録者の数が1万人とか、五万人とか、十万人とか、キリの良い数字の時にやる配信のことだ。内容としては、今までの活動を振り返りつつ、フリートークってのが大体かな」


「なるほど。何故サザンがやらなくて良いと思ったのか、聞いても良いか?」


「活動を初めて、まだ短いから、振り返ることも少ないし、二万、三万もシーカーならすぐだろ? だったら、初めての記念枠は五万人、いや十万人突破からでも良いかと思って」


サザンは照れ臭いのか、視線をシーカーから少しそらしながら言った。


「わ、我を信頼しているからということか……!! さ、サザン……!」


シーカーは、ソファの間に机があるというのに、サザンに飛びかかるという表現の方が適切だと思える気迫で抱きつきにいく。

だが、サザンはこれをすんでのところで回避。


「ふぅ。今回は予測できていてよかった」


「さ、サザン……。避けなくても良いだろう、避けなくとも……」


「確かに、バーチャルだから痛みはないけどな。でも、つい反射で」


「予測できていたと、今さっき言っていたような……」


「シーカー。お前、たまに鋭いな」


悪びれることなく、ソファに戻るサザンを恨みがましくみながら、シーカーも席につく。


「やはりシーカー。お前には常識が足りていないな」


「人間を超越する堕天使である我に、そのようなことを言われても困るぞ、ワハハ!」


「いや、一般常識も、まぁそうなんだけど、今回はvtuber界隈についてって意味だ」


「え? 我、一般常識もないのか……?」


「現代人のくせに、ネットやらゲームのことロクに知らないだろ、シーカー。その点は持ち味だと思うから、俺は全然気にしていない。だがやっぱりそろそろ、vtuberとしての常識くらいは身につけてもらおうと思って」


常識! それは阿天詩歌にも、堕天シーカーにも備わっていないものだった!

前にも述べたが、阿天シーカーは歴史ある名家の生まれであり、一般人とは違う世界で生きていた。そこで求められる振る舞いも、知識も一般人とは異なる。そのため、彼女は最近までスマホすら使いこなせず、サザンに不思議に思われていた。


vtuberに関しては、ここ数ヶ月で存在を認知し、暇な時間に視聴するようになったものの、まだ界隈の常識が見についているとは言い難い。

特に、ネットでの流行語、ミームなどは、彼女には全く定着していない。


なのに何故、堕天シーカーとして、ロールプレイができるのか?

その謎はいつか公開されると思うので、しばらく待って欲しい。


「ふん! 任せよ! 我は理解力、記憶力、共に優れておるからな! 常識など、すぐに身につけてくれるわ!」


「ま、確かにシーカーは地頭良いと思うよ」


「はえっ!?」


ちょっとした褒め言葉にも敏感に反応し、天使の輪をギュンギュンと回すシーカーだった。

そんなシーカーを半ば無視して、サザンは顎に手を当て、思考を始める。

「何が最善なのか……」と小さく呟きつつも、考えはすぐにまとまったらしい。

五秒ほど経過した時、サザンは口を開いた。


「普通に教えるだけじゃ面白くないし、問題形式にしよう。わからなくても、推測して答えるように」


「我を試すというのか、面白い!」


「では第一問。vtuberに求められることはなんだろうか? ちょっと難しいというか、正解はない問題だけど」


漠然としたサザンの問に、シーカーは少し考える。


「うーむ。カリスマ性だろうか。多くの人間共を惹き付ける魅力が必要だ」


「その通り。でも、カリスマ性ってなんだろう? 人を引きつける魅力ってなんだ? 少し突っ込んで考えてみようか」


シーカーは再考し、答える。


「魅力の中身……。外見などだろうか?」


「それも正しい。でもvtuberというのは、みんながみんな、言ってしまえば絵だ。皆が

絵に描いたような理想の外見をしている。だから、外見だけだと差はあんまりないのかもしれない」


視聴者が求めることとは? シーカーはサザンに促されるまま、思考を深めていく。


「むー。では、ゲームの実況力。歌唱力などはどうだ?」


「そうだな。他には、トーク力、企画力なんかもあると思う。そういった具体的な能力は確かに必要だ。今挙げた能力が一つでもずば抜けていれば、人は集まってくるだろうな。でも一番大事なことは、違う」


「もう出尽くしたと思うが……」


首をかしげすぎて、シーカーの首は九十度近く折れ曲がっていた。


「俺が思うに、一番大事なのは配信頻度だ。どんなに能力があっても、週に一回、月に一回では難しい。というのも、vtuberの最大の魅力は双方向性にあると思っているからだ」


「双方向性……というのはなんだ?」


実はわかっているのに、シーカーとして質問をする詩歌。アホキャラというのも、演じるにはある程度の知能が必要である。


「要は、配信者とリスナーの繋がりってことかな。テレビと違って配信者とリスナーはコメントで繋がっている。リスナーのコメントに対して、vtuberが反応する。それだけで、リスナーは配信者を身近に感じることができるんだ」


「なるほど。コメントを読み上げてもらって嬉しい。という話はよく聞くな」


「ああ。俺も一度、推しにコメントを拾ってもらったことがあったが、あの時は嬉しすぎて失神するかと思ったぜ」


「……」


シーカーはあえて何も言わず、サザンにジト目を送ったものの、サザンは今日一番に良い笑顔を浮かべていた。

ちなみに『推し』という言葉はアイドルオタクなどがよく使っていた。現在では一般市民にも普及しつつある。応援対象や好意を持っている対象をさす言葉だ。


「その繋がりを強くする。より身近に感じてもらうのに一番なのが、配信を増やすって事だ。単純接触の法則って聞いた事あるか?」


「あ、それなら知っておるぞ! 顔を合わせたり、声を聞いたり、接触回数が増えるだけで、他人を好きになるという、あれであろう?」


「そう、それだ。あれは本当にあると思う。暇だから見ている、そういうつもりだったのに、いつの間にか、ファンになってしまうのだ……。俺はもう何度も経験している!」


「サザンよ……。それは胸を張って言える事なのか……?」


サザンに冷ややかな視線を送りつつ、シーカーは内心でほくそ笑んでいた。


(ふふふ。単純接触の法則が通用するのであれば、南さんはどんどん私のことを好きになっていくでしょう。何せ私たちはほぼ毎日、コンビニでも会うし、この事務所でも顔を合わせています! 私のこと、もっと好きになってくれて良いですからねっ!)


だが実際のところ、顔を合わせるたびに好意を増幅させているのは、シーカーの側である。


「じゃあ次。今度は簡単な問題だ。今の人気vtuberは誰? 全てを知る必要はないと思うが、主要勢力くらいは把握しておかないとな。この戦国の世を戦ってはいけないぞ」


「サザンよ、我をあまり馬鹿にするでない。一番人気は確か……大屋敷メイ子であろう? 以前から貴様が何度も何度も話してくるので、嫌でも覚えてしまった」


大屋敷メイ子。メイド系vtuber。彼女はvtuberの中でも最大手の、大屋敷グループに所属する企業勢vtuberであり、大屋敷社長の実の娘である。彼女のチャンネル登録者はなんと三百万人。メイ子の最大の特徴は、とにかくゲームがうまいこと。そしてゲームを愛している事。言語が伝わらなくとも、ゲームのプレイスキルや、愛は伝わる。彼女の魅力は日本のみにとどまらず、世界中にメイ子の熱狂的なファンがいた。

かつて、ゲームの大会に出場し、決勝まで進出した際は、同時接続数はなんと百万にまで上り、生きる伝説とまで言われているvtuber界隈のレジェンドである。


「流石に知ってたか。今の企業勢だと、大屋敷グループの一強って言われていて、もはや天下統一も間近。大屋敷にあらずんばvtuberにあらず。というパワーワードもできてしまうほどに人気だ」


「……ふん。サザンも、その女の方が我よりも好みか?」


拗ねるシーカーを、サザンは真っ直ぐに見つめて、大真面目な顔をする。


「いや、俺は……。シーカーなら、ひょっとしたら、勝てるかもしれないと思っている」


「ほ、本当か!?」


シーカーは興奮して立ち上がり、その勢いで、ソファはぐらりと揺れる。


「もちろん、今は象とアリンコってくらいの戦力差だけどな」

「ぐむむ……」


「というか、vtuberの人気は、勝ち負けとかじゃないだろ。一概に登録者が多いから勝ち。少ないから負けってわけじゃない」


「でも実際、サザンは我よりもその女が……」


シーカーはvtuberとして、という点ではなく、一人の女として、サザンの好意を集めている大屋敷メイ子に嫉妬していた。もちろん、サザンはシーカーがvtuberとして張り合っていると誤解している。


「そうだ、良い事を思いついた。丁度今、メイ子さんが配信をしている最中なんだけど」


突然、サザンはニヤリと口角をあげる。

この話の流れで、この発言。シーカーはなんとなく、次の言葉が予測できていた。


「一緒に見ていかないか? 絶対に得るものはあると思う」


「……いうと思った」


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