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堕天シーカーは愛を伝えたい! 後編

前回のあらすじ!

創世のリベレイター、堕天シーカー! 彼女が語る、神々の時代の真相とは一体………!?

人は真実を前にして、正気でいられるのだろうか?


「…………ということがあって、我は片方の翼を失ってしまったものの、神々の大軍を単身で退けることに成功したのだ。あの時、あの瞬間、あの作戦が思いついていなければ、間違いなく我は今この場で話をすることができなかったであろうな…………!!」


シーカーは物憂げな表情で、リスナー達に語る。

しかしその瞳はリスナーよりも、もっと向こうに焦点が当たっているように思えた。

彼女が見つめているのは、現在ではない。過去か。

違う世界線の自分に思いをはせているのではないだろうか?


コメント

『話が深すぎて泣いた』

『まさか、片方の翼にそんな秘密があったなんて……』

『まさに九死一生を得る、か……』

『話がエモすぎて、草も生えないw』

『イカちゃん……あんたって奴は……』



 …………。スキップ! シーカーの与太話、スキップさせていただく! 彼女が過去を語る時、毎回話が変わる。それもそのはず、彼女にはもちろん神界大戦に参加した経験などない! だから、語る事は全て彼女の妄想! 前回話したことすら忘れ、話の中で矛盾が発生することなどはあたりまえ! 


むしろその適当さを楽しみにしているリスナーもいるのだが、この場では彼女の与太話は割愛させていただくことにする!


「ふむ……。我としたことが少しばかり感傷的になってしまったようだ。次に移るとしよう」


緩慢な動作で、シーカーはスクリーンに次のマシュマロを展開した。


『こんにちは。突然ですが、僕には好きな人がいます。僕の勘違いでなければ、きっと相手も僕のことを好いてくれています。でも僕は、告白をしてしまうことで、今の関係が壊れてしまう事が怖い。僕は、どうすればいいのでしょうか? 彼に告白するべきでしょうか? シーカーさんの意見をお聞かせ下さい』


コメント


『流れ変わったな』

『恋愛相談とか、聞いているだけで背中がゾワゾワする』

『お前ら、よく見ろ。僕と彼、という事は?』

『や ら な い か ?』

『草』

『僕っ娘という希望を捨てるな!』


シーカーは読み終えると、机の上で、両手をモジモジと動かす。

顔色も、どことなく朱が差している。焦点の合わない瞳は、動揺で左右に揺れていた。


「わ、我は百戦錬磨の堕天使。下民のどんな悩みであっても、我の手にかかれば容易い問題ではあるが……」


それだけ言うと、彼女の翼はしんなりと縮む。

頭上のリングも、浮遊をやめて、ぺたりと彼女の頭の上に着地した。


「む、難しい問題だな」


コメント


『一言のうちに矛盾を産んでて草』

『照れるイカちゃん可愛い』

『こう言う場合、イカちゃんならどうするんです?』


困ったシーカーはコメント欄に助けを求めて視線を動かす。


「我の場合か? わ、我であればこのような場合は…………。う、うぅむ」


堕天シーカー、もとい阿天詩歌に、交際経験はない。

彼女は古いしきたりを重んじる、名家の生まれである。

専門の家庭教師が何人も彼女につけられ、一般人では考えられないほどの密度の高い教育を施されてきた。

茶道、華道、武道、勉学。

詩歌はそのどれもを、若くして高水準で習得している。

だがしかし、色恋沙汰となると、彼女は全くの門外漢。

初心者も初心者であり、恋のabcすらまともに答えられないほどの恋愛音痴なのである。


だから、シーカーも、このような簡単な相談に対して、どのように答えればいいのか全くわからない。


だが、配信にはテンポというものがある。これ以上の思考による沈黙は、配信者としては正しくない。彼女は生真面目な使命感によって、とりあえず、思いつくことを口にする。


(もう、恋愛のイロハなんてどうでもいいです! こうなったら、私がどう思うのか

、偽ることなく話します!)


心中でそう叫ぶと、次はシーカーとして、口を開く。


「わ、我がこのような立場であるならば……。きっと、すぐには告白できないと思う。で、でも! いつか雰囲気が良かったり、勇気があるタイミングで、きっと告白をする! だって、我は好きな人とはラブラブしたいのだ! いつまでも友達なんて耐えられないっ!」


頬を真っ赤に染めて、目をギュッとつむり、拳を振りながら叫ぶシーカー。

その様子をみる誰もに、きっと彼女が本音で語っているのであろうことを確信させた。


コメント

『え、何この可愛すぎる生物』

『ここが天国ですか?』

『シーカーは俺の女。異論は認めない』

『可愛すぎて草』


盛り上がり、流れが早くなっていくコメント欄を目にして、シーカーは先ほどの自分の発言を思い返す。


(わ、私はなんて大胆なことを言ってしまったのでしょうか! それに、この配信は南さんも見ているのに、彼の前で私は……。ワアアァァァアッ! どうしましょう、恥ずかしすぎて埋まりたい。私は穴に埋まりたいです!)


シーカーの心の中は、羞恥と後悔でめちゃくちゃになっていた。

心の乱れが表面にも現れてしまい、シーカーは真っ赤になって汗をだらだらと流す。


「あ、暑い。なんか今日、暑いぞ!」


無論、バーチャルなので暑くないし、実際に汗をかくという現象は発生しない。

しかし、シーカーの3dアバターは高名なデザイナーの仕上げた一級品である。

そんじょそこいらのアバターとは完成度が一線を画していた。


彼女のアバターは感情の変化を敏感に感知し、その影響を細かに表現する機能が備わっているのである。このおかげで、シーカーのリアクションの幅はとても広く、喜怒哀楽がリアルよりもより鮮明に表現されるため、彼女の人気の増加に一役も二役も貢献していた。


だがしかし、今この場においては、シーカーはこの精巧な3dモデルを呪わずにはいられない。


(なぜわざわざ、発汗まで表現するのですか!? あぁ恥ずかしい。この姿を何百人ものリスナーさん達に見られて、しかも南さんにまで……!)



コメント欄は、シーカーのマジな羞恥の姿を前にして、さらに盛り上がりをみせ、どんどん加速していく。


「こ、この際だから言っておくけど、我はマジで経験豊富なんだからな! 恋愛とかも飽きたし! 本当だし!」


シーカーとしてせめてもの抵抗をしつつ。


(あぁ。でもこの盛り上がり。配信者としては喜ぶべきなのでしょうか……?)


彼女の配信経験の中でも、一二を争うほどの盛り上がりに、詩歌は喜び半分、羞恥半分のなんとも言えない気持ちになっていた。

「ああもう! このマシュマロ終わり! 次いくぞ次!」


シーカーは現状に耐えきれず、話題を転換することに決めた。

次のマシュマロは、きっと今までのようなふざけたクソマロになるに違いない。

そうであれば、またギャグ時空になるため、今の乙女な感情とはおさらばできると考えたためである。


だがしかし、神は彼女の期待に答える事はなかった。


『イカちゃん、こんにちは。イカちゃんの好きな異性のタイプを教えてください。気になって夜しか眠れません。本当に困っています』


シーカーはポカンと口を大きく開けて、間抜けな顔になった。


(な、なぜここにきて、二回連続で恋愛系の質問? 最初はギャグ系ばかりだったのに、なんでなんでなんでー!?)


当惑するシーカー。しかしこの順番でマシュマロが配置されていたことにはしっかりと原因があった。全て、サザンの仕込みである。

最初はギャグで場を盛り上げ、終盤にかけて、シーカーの初々しさでもっとファンを獲得していこうという、かなり打算的なサザンの思惑があった。

しかしサザンはこの辺を一切、シーカーに説明しない。

むしろ説明しない方が、彼女のありのままのリアクションを引き出せるし、プラスに働くと考えているからである。


そんな裏の事情をつゆとも知らないシーカーは現在、恋愛という苦手科目との二度目の対峙を余儀なくされていた。


しかし、逆境に立たされたシーカーの脳裏に、雷鳴が鳴り響く!

ことここに及び、堕天シーカーは逆転の発想にたどり着いた。それは絶滅に瀕した野生動物が進化を遂げるように!

ピンチは、時として最高のチャンスになり得るのである!


(ま、待ってください! もしも、もしもこの質問に対して、私が南さんを連想させる人物像を口にすれば、どうなるのでしょうか? 南さんはきっと私のことを意識してくれるに違いありません! そうなれば、徐々に阿天詩歌と堕天シーカーの共通点に気づくことになり、最後には真相にたどり着いてくれるのではないでしょうか!)


シーカーは、この時追い詰められて、やけくそになっていた。

その上、配信中の普段とは違う高揚感に支配もされていた。


以上の二つの要因を受けて、シーカーは普段の彼女ではビビるような大胆なアクションを取れるようになっているのである!


(で、でも。直接的にわかるような表現は避けたいです……。南さんは気づくかもしれない。気づかないかもしれない。そのくらいの、曖昧な表現をするくらいしか、私には勇気が出ません)


シーカーは、結局のところ、覚悟が完全に完了してはいなかった。

ともあれ、時間にしてわずか2秒。

彼女の脳内で、作戦はまとまったのである。


「こ、こほん。わ、我が好ましいと思うタイプの異性か……」


シーカーが視線を巡らせると、集まっているリスナーの輪から少し距離をおいて、一人立っているサザンを見つけた。彼はじっと、手元のスマホを覗き込んでいる。


サザンの姿を視界に納めただけで、シーカーの鼓動は一段階、二段階とペースを上げていく。



「まずはそうだな、戦場において、いついかなる時も我の背を常に預けることができる、信頼できる人物であること」


いいながら、シーカーはコンビニで勤務中の南。vtuberの裏方として尽力してくれるサザンを脳裏に描く。


「次に、そうだな。我が何かする前に、すでに我の心中を察し、事前に我の望みを叶えてくれる」


シーカーは、何も言わずとも上手に連携してくれる南を思い返す。彼女が厄介な客に絡まれている時は、自然に間に割って入り、いつも詩歌のことを守ってくれる。


彼女にとって、幸福でいっぱいの思い出を思い返しながら、サザンを熱い情念のこもった瞳で見つめるシーカー。しかし、サザンは真剣な表情でスマホを眺めており、画面から視線を一切動かさない。

コメント欄では、その視線の先にいるのは自分だと勘違いした大量のリスナーが盛り上がりを見せていた。今この瞬間にガチ恋勢に変化してしまったリスナーが何人も発生してしまっていた。


「最後に! 我は、秘密主義の人物が好きだ。我にも見透かせぬ深みを持つ人物。そのくらいでなければ、我と並び立つ事はできぬ!」


この時、シーカーが連想していたのは、南が常に身につけてるマスクについてだった。詩歌とて、なぜ南が常にマスクをつけているのか知らないし、マスクの内側について見た事はない。しかし、詩歌にとってはそんな事は些細な事である。どんな事情があろうとも、詩歌は南の秘密もひっくるめて、彼を愛する自信があった。


ともかく、マスクについて触れる事で、南に自分のことを意識させることがシーカーの狙いだったのである。


(南さん! 私は貴方を、お慕い申し上げております……! どうか神様! いるのであれば私の想いを南さんに届けて……!)



堕天使であるにもかかわらず、神に祈りを捧げるシーカーだった。


コメント

『あーこれ完全に俺のこと言ってたわ』

『あの熱のこもった視線。イカちゃん、大丈夫。君の気持ちは僕に届いてるから』

『決めました、俺はイカちゃんの奴隷になります』

『ちょっとゼクシィ買ってくるわ』

『俺が恋に落ちて草』



コメント欄はさらに加速し、勢いは止まることを知らない。

シーカーはそんな中で、祈るように手を組んで、神様にテレパシーを送っていた。


各々の心情が交錯しつつも、舞台には始まりがあれば、終わりが訪れる。

ちょうどさっきのマシュマロが最後のものだったようだ。


「む。今ので終わりか。では本日の狂想のロンドはここまでとする! この場にいるものは、全員我が軍門に加われ! これは命令である! ではまた、次のロンドで会おう! おつイカー」


少しの沈黙の後、シーカーは正気を取り戻し、言い慣れつつある終わりの挨拶を口にする。翻訳すると『今日も見に来てくれてありがとう! チャンネル登録、高評価よろしくね! 次も見に来てくれると嬉しいな! バイバイ!』という内容である。


こうして、マシュマロ雑談は終わった。

結果として、シーカーは順調にファンを増やすことに成功したのであった。



✳︎




配信が終わると、全面ガラス張りだった事務所は光の輝きの中で再構成され、元の落ち着いて雰囲気の内装へと戻って行った。


コメント欄も完全に停止し、今部屋の中にいるのは、シーカーだけである。

彼女はそれを確認すると、大きく息を吐き出しながら、机に前のめりに突っ伏した。


「はぁぁぁ……。な、なんかもう激動だった……」


絞り出すように、小さな声で呟く。

無理もない。先ほどまでは、最終的に千を超えるリスナーに囲まれて、もの凄い量のコメント欄に目を通しながら、雑談を進行させていたのだ。


配信は、見た目以上に多くの精神的、及び肉体的エネルギーの消耗となる。

そこから解き放たれた反動で、シーカーは一気に気が抜けて、萎んだ風船のように無気力になってしまう事はいつもの事であった。


そのまま数分経つと、部屋のソファーの場所に、小さな光が発生する。

次の瞬間には、そこにサザンが出現していた。


「お疲れ様、シーカー。配信、今回も最高によかったぜ」


まずサザンが口にしたのは、労いの言葉。次に賛辞。


「我は疲れた……。もっと我を労り、もっともっと我を称賛せよ……」


それに対し、シーカーは子供のように、言いたいことをいう。


「うーん。そうだな、特に最後の方の応答がよかった。シーカーというキャラクターが色濃く出ていたし、リスナーに対してかなりのアピールになっていたはずだ。実際、コメント欄の勢いは今までにない速度だった」


あくまで、サザンは感情ではなく、論理でシーカーを褒めていく。

だがシーカーはこの言葉に、びくりと体を震わせた。

自分がサザンに対して、告白まがいの発言をしたのを思い出したのだ。

果たして、自分の想いは彼に届いたのだろうか。


(確かめたい……。このままじゃ今夜は眠れません!)


心中で臆病な自分に喝を入れると、シーカーは上体をしっかりと起こして、モジモジしながら、サザンの方をチラチラと伺う。


「き、貴様。それだけか? 好きな異性のタイプを語る我に、何か思う事はなかった……か?」


するとサザンは顎に手をあて、考えるそぶりを見せると、ポンと手を打って理解を示す動作をした。その瞬間、シーカーの心臓は破裂しそうなほどに、大きく脈動を開始する。


(や、やっぱり気づいてしまったのですか! 私が、阿天詩歌であると!?)


心中で声にならない悲鳴あげるシーカーであったが、サザンの返答は予想外のものだった。


「ああ、あれな。賢い返答だったと思う。意味不明に理想高くて、いい感じに厨二なキャラも盛り込めていたしな。ああいう質問に対して、特定の人物を連想できる返答をするのはよろしくない。なぜなら、vtuberというのは、現代のアイドルにも等しい。アイドルはやっぱり誰も触れることのできない偶像である必要がある。その点、シーカーの発言は当てはまる人物がいるはずもないから、リスナーは夢を見続けることができる。だからお前の発言は、正解だ、シーカー」


「…………は?」

しばしの沈黙が場を支配する。

褒めたはずなのに全く喜ばない、それどころか、滅茶苦茶に不服そうに下唇を噛み締めるシーカーを前にして、サザンは自分の失敗を確信した。


(ああぁぁぁああ! 私の想い、全く全然、完璧に届いてなーいっ! でも、褒めてくれて嬉しいです! でも残念な気持ちもあるし、でもでもでも……)


サザンにはもちろん、この複雑な乙女の心中の声を聞く事はできなかった。


「えーと。まぁなんだ。お疲れ様」


「…………うん」


この後、二人は微妙な雰囲気のまま解散したのであった。

本日も、阿天詩歌の恋路に進展はなし。



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