堕天シーカーは愛を伝えたい!
※切りの良いところまで書き終わっています。変なところで終わることはないので、安心してお読み下さい。十万字くらいです。youtubeに先行して音声版を投稿しております。https://www.youtube.com/channel/UCDnJeX2u0PbZQW_TspceY1g
二話 シーカーは愛を伝えたい
「……よし。時間だな。シーカー、準備はいいか?」
「フッ。誰に聞いておる。我はいついかなる時も、万全であるぞ」
「手、震えてるのバレバレだからな」
「そ、それをいうな〜!」
シーカーはポカポカとサザンを叩き、鬱陶しそうに彼はその手を払い退けた。
時刻は8時55分。あと五分で、始まる。
「まーそうは言っても、お前はどうせ成功する。初配信の時なんて、今の百倍は緊張して、涙どころかションベンまで漏らしそうになってたんだ。俺は正直、絶対に無理だと思ったね。でもお前は、いざ始まると緊張なんてなかったみたいに、楽しそうに喋るんだから驚いた。絶対に才能があるんだってあの時から信じてるよ」
「さ、サザン……! き、貴様というやつはどこまでできた下僕なのだぁ……!」
鼻の頭を掻きながら、照れ臭そうに言うサザンに、シーカーは感極まってヒシっ!っとしがみ付く。これはシーカーのキャラとしては、流れ的にはオーケーな振る舞い。中身の詩歌は思わぬ幸福に心の中でサムズアップをする。
「情緒不安定かよ……。いや、これも配信者としての才能なのかもしれないが」
しかしサザンはこのアプローチもめんどくさそうに、引き剥がした。
こう言ったじゃれつきは、二人にとってはよくある事なのである。
今更この程度で、サザンは照れたり動揺したりなどしない。
あくまでも、表面上は。
「ほら、もう始まるぞ。あとはそら、配信開始のボタンを押すだけだ」
「う、うむ。ちゃんと我の雄姿をしかと目に焼き付けるのだぞ」
「わかってる。モデレーターとして、仕事はきっちりやるさ」
「……いや、そう言うことではなくてな」
「時間だ、シーカー。頑張れよ」
それだけ言うと、サザンは不服そうなシーカーを残して、まるでそこにいなかったかのように、瞬時に消失した。後には、僅かな光のエフェクトだけが浮かんでいる。
サザンは別のプライベートルームに移動したのだ。
女性vtuberの配信中に男の気配がしようものなら、即日炎上レベルの大惨事になりかねないからである。
シーカーは寂しそうにサザンが先ほどまでいた空間を見つめていたが、それは本当に一瞬だった。次の瞬間には、面構えがコロリと変わる。
赤眼は大きく見開かれ、光を反射して輝く。
3Dモデルとは思えぬほどに精密に作られたアバターは、計算された動作で、完璧な笑顔とも言うべき表情を実現させていた。
「とくと見よ! 我が狂想のロンドを!(配信スタート!)」
配信開始のボタンがクリックされると、世界は再構成される。
何の変哲もない事務所は突如として浮かび上がり、光に包まれていく。
次の瞬間には、デスクのみをそのまま残して、事務所は完全に変貌を遂げていた。
そこはもう、ラジオの収録現場のような場所。
ラジオスタジオとなっていたのだ。
事務所の壁は全て透明なガラスへと変化し、外から内側が丸見えになっている。
外側では、いつの間にか多くの様々なアバターが所狭しとひしめいていた。
それは人型であったり、人外であったり、動物であったり、無機物であったり。
彼らは、シーカーの配信を見にきたリスナーである。
今日の同時接続数は……数百程度だろうか? とはいえ、今は配信を始めた直後。
すでに多くの人だかりとなっているが、まだまだ増えるはずだ。
リスナー達の声は、直接シーカーに届くことはない。
もし仮に、全てがそのまま直接届くなんてことになると、この場はライブ会場もかくやというほどの喧騒に支配されてしまい、これから雑談をしよう。聞いてもらおうというのは不可能となってしまうからだ。
だから、リスナーの声は違う形で配信者に届くことになっている。
それがコメントだ。
リスナーは好きな配信者の配信を見にいき、何か言いたいことがあれば発言をする。
すると、発言は音から文字へと変換されてコメントとなり、配信者の視界のうちにある、コメント欄に表示されることになるのだ。
リスナー達はシーカーが目の前に現れると、待ってましたとばかりに歓声をあげたり、彼女に向けて手を振ったりと、それぞれの方法で喜びを表現した。
多くの発言がコメントとなり、シーカーの視界の中を駆け抜けていく。
コメント
『キタァァ!』
『今日も可愛すぎる!』『イカちゃん! 俺だー! 結婚してくれー!』
『初見です』『噂通り、結構可愛いじゃん』
コメントのほとんど全てが、彼女の登場を喜び、暖かく迎えてくれた。
それに対して、堕天シーカーは……いや、阿天詩歌は……激しく心を揺さぶられる。
多くのリスナー達の期待と好意が彼女に降りかかった。
(きょ、今日もこ、こんなに沢山の人が……………! わ、私なんかの配信でこの人たちは満足してくれるのかな? 楽しんでくれるのかな? つ、つまらないって、途中で帰ってしまうのではないでしょうか!?)
多くのコメントを前に、シーカーは俯いた。今はまだ、顔をあげることができない。
リスナーの期待と好意は、詩歌に対して、大きなプレッシャーとなる。
だが、もちろんそれだけではない。
これをプレッシャーとしか感じられないようでは、シーカーとして、この場に立ち続ける事はできないのだ。
プレッシャー以上に彼女が感じるものは…………。
(でも、嬉しい! みんな、私を見にきているんだ! 他の誰でもない! この私だけを! だから頑張ろう! 私に出せるものは全部出して、みんなに楽しんでもらおう! 私は、自分がどこまでいけるのか試してみたいのです!)
喜びと、興奮だった。
シーカーの脳内に、日常生活ではまずないほどのドーパミンが分泌されていく。
彼女の生真面目な使命感と、脳内物質と高揚感とが組み合わさって、阿天詩歌を後押しし、堕天シーカーが、真の意味で覚醒する。
もう今の彼女には、恥ずかしさや迷いは、ない。
「フハハハハハ! 下民ども! 我が僕となれ! 我こそは創世のリベレイター! 堕天シーカーである!」
シーカーは席から立ち、名乗りをあげながら右手でバッと大きく空をきる。
すると、プログラム通りに、禍々しい黒いオーラがスタジオのガラス壁を通りこしてリスナーの元まで吹き抜けて行った。
コメント
『おぉ、これが噂の!』
『黒いけど、なんかいい匂いがしそう』
『これはもしやシーカー様の………ゴクリ』
『イカちゃんのイカスミきたこれ!』
『スーハースーハースーハー!』
個々の反応は違えども、リスナーはこのパフォーマンスに、よりテンションを上昇させていく。場はますます、熱を帯びていく。
「ククク! まずは貴様らに言うことがある」
シーカーはパフォーマンスが終わるとストンと席に座り、それからニヤリと不敵に笑った。
「我が狂想のロンド(配信)へよくきた! 貴様達はなかなか見所のある下民どもだ!」
コメント
『閣下のロンドに我々が馳せ参じるのは当たり前のこと』
『イカ団が、閣下のロンドに参加しないはずがありませぬ!』
『イカちゃん生意気かわいい』
『いじめたい』
『彼女は「来てくれてありがとう! 本当に嬉しい!」 と言っています』
『草』
リスナーはシーカーの一挙手一投足に、好き勝手にコメントを投げていく。
そういう生き物なのだ。
ちなみに、シーカーのファンの方々は、イカ団を自称している。
なぜイカなのか? それは後々、知ることになるであろう。
ところで今更になってしまうが、読者の皆様は、vtuberというものをご存知であろうか?
ご存知の方も、ご存知過ぎてすでにオタクと化している方も、ご存知でない方も、しばらくこの説明にお付き合い願いたい。
vtuber! vはバーチャルのv! この概念は2010年代半ばから誕生した! 広義では、実在の人物ではなく、架空の存在として配信を行う人物のことを指す。3dモデルであっても、2dモデルであっても、架空の存在が配信を行えば、それはもうvtuberなのだ! 狭義では、youtubeというプラットフォームで配信するものをvtuberという。
最初は小さな存在だったvtuberという界隈も、2020年代を迎える頃には、かなり知名度を増すようになった! 人気の企業勢vtuberのチャンネル登録者は人気youtuberに負けず劣らず増えていき、中高生の好きな娯楽ランキングに食い込むほどに、社会に浸透していったのだ!
そして2030年代になった今でも、勢いに衰えはない! 拡大を続けるバーチャルの世界に伴って、vtuberもまた市場を拡大し続けていた! バーチャルの世界において、表現の形はリアルでの制限から解放される! vtuberたちは日夜、リスナーを魅せる演出に頭を捻らせ、進歩を続けていた!
時はまさに、vtuber戦国時代! この激動の時代でトップになったvtuberには来世まで約束される栄誉があるとかないとか! ネットではまことしやかに噂されているのである!ちなみに、ソースは一切ない!
では話をシーカーに戻そう!
「そんな貴様たちに朗報である! 今日はマシマロ雑談とやらをするぞ! 我がまだ貴様達に見せていない一面が垣間見えるかも、しれぬ。しかし、心せよ! 我の真相を知るという事は、創世の真理に一歩近づくに等しき行為である! 下民にとっては、少々刺激が強すぎるが、何。刺激と言っても三回ほど死ぬ程度よ!」
コメント
『相変わらず何言ってるかよくわからんけど可愛い』
『彼女は「自分のことを話すのが少し恥ずかしい」と言っています』
『翻訳班助かる』
『草』
次にシーカーは優美な動作で、腕を下から上に振り上げた。本来であれば、この動作がキーアクションとなり、プログラムが作動するはずであったが……何も起きない。
「え? 何で!? えい! この! ふん!」
シーカーは慌てふためき、今度は優美とは真逆で、駄々っ子のようにジタバタと手足を振り回す。するとどうにかこうにか、彼女のモーションはデバイスに認知されたらしい。
スタジオの中央、リスナーから見えやすい位置に、ようやく大きなスクリーンが展開される。
そこには大きな文字で
『頭についてる蛍光灯、お洒落でいいですね。僕に売ってください、言い値で買います。あ、黒い方は不良品なので要りません』
と表示されていた。
それを見て、シーカーの表情は何ともいえないアホ面でピシリと固まる。
「な、何だこれは……。もしかして蛍光灯とは、我の天使の輪のことを指しているのではあるまいな!?」
確かに堕天使系vtuber、堕天シーカーの頭には彼女のアイデンティティーとも呼べる黒と白、一対の天使の輪が浮かんでいる。
見ようによっては、その白い方の輪は蛍光灯に見えなくもないし、実際に部屋の天井に付ければしっかりと蛍光灯として働きそうではあった。
コメント
『草』
『草』
『2980円くらいかな?』
『黒い方は不良品は草』
シーカーは狼狽した様子のまま、コメント欄とマシュマロの本文が映ったスクリーンとを見比べていく。
その後、スタジオに身振りの一動作で姿見を出現させて、自分の天使の輪をまじまじと観察しだした。
「ななな、何という妄言をのたまうのか! どど、どう見ても天使の輪だしっ! 黒いのは堕天の影響で闇の加護を受けたからこうなっているのであって、不良品じゃないしっ! 光と闇が合わさって最強なんだしっ! 我をおちょくるのも、いい加減にせよーーーーっ!!」
コメント
『キレ芸助かる』
『実用を考えると、光量が足りなそう。でもデザインがいいので、星3です』
『イカちゃんの怒り顔可愛い』
『センスあるクソマロで草』
白い顔を興奮で赤く染めながら地団駄を踏むシーカーだったが、リスナーは誰一人として彼女の怒りを本気に受け止めない。
「はぁはぁ…………。まぁ我は創世の時から生きる堕天使であるし? 人間の戯言にも聞き飽きておるし? 懐の違いをここで見せつけていくかなー? 全然、全く。本当に我は怒っておらぬからな? さっきのはもちろん、冗談でああしただけだし」
自分のリアクションが逆にリスナーを喜ばせていたことに気がつき、シーカーはぶつぶつと負け惜しみっぽい発言をする。
「ま? 場も盛り上がって計画通りだし? ……これがクソマロというものか。ハイハイ、もう理解したから、次からは冷静に捌くし!」
シーカーはまだ少し赤い顔のまま、虚空を右から左にスワイプする。
すると、スクリーンの画面が切り替わり、二通目のマシュマロ文が姿を表した。
『皆さん、私は真相にたどり着いてしまいました。これを口にする事で私は消されるかもしれません。しかし、正義は必ず勝つ! そう信じ、この場を借りて真相を告発します』
『堕天シーカー。堕天が苗字で、シーカーが名前。しかしこれ、別の読み方ができませんか? 彼女は堕天使です。ですから本来は堕天で区切るのではなく、堕天使と区切るのが正解なのではないでしょうか? するとどうでしょう? 浮かび上がってきていませんか?』
『堕天使 イカ。もう一度書きます。堕天使 イカ。そう! 堕天シーカーの本当の姿はイカだったのです! ああ、恐ろしい。恐ろしすぎる。コンコンコンコン。ん? こんな深夜に来客でしょうか? 誰かが訪ねてきたようなので、ここで失礼します』
本文はここで終わっている。
これはいわゆる……長文クソマロである! 要約すると、『堕天シーカーの本名、イカ説!』という事である!
シーカーはこれを全て音読すると、呆然として高速で瞬きを始めた。
しかし何度瞬きをしようとも、目の前の文面に変化はない。
このクソマロは、間違いなくシーカーの目の前にしっかりと屹立していた。
「我は堕天使! 断じてイカなどではなーーーーいっ! 何度いえばわかるのだー!」
彼女は昂る感情に身を任せて、乱暴に再度腕でスワイプを行う。
するとクソマロを映したスクリーンはバラバラに砕け散り、リスナーの上にボロボロと降っていく。もちろん、スクリーンはもとより幻影なので、リスナーに対して実害はない。
そう、『堕天シーカー、イカ説!』これは彼女のデビュー当日からある学説の一つであり、多くのリスナーから支持される由緒正しい有力説なのである!
本人こそ、この説を否定するものの、もはやファン、リスナーの間では共通のネタ! 実は本人すらもこの弄りが配信的に美味しいと思っていることすら、リスナーの間では知れ渡っていた! なのでいじるタイミングがあれば、確実に登場する定番ネタだった!
コメント
『イカちゃん! やっぱりイカだったのか!』
『堕天使だと思っていたのにイカだったなんて……コミュ抜けます』
『実家のような安心感』
『堕天使ってイカジャなイカ?』
『草』
定番ネタに盛り上がるリスナー達。
もはやこのネタは、お袋の味。故郷に対するノスタルジーすら彼らは感じ始めていた。
「あーもう次々! 次のマシュマロ、いでよ!」
シーカーの動作に応じて、次なるマシュマロが出現した。
『閣下! 閣下は神話の時代に神々に反逆し、神々と戦争をしたと聞き及んでおります。その際に、片方の翼を失ってしまったとも聞きました。そこで閣下には、武勇伝を語っていただきたいのです! 閣下の勇猛な話を聞けば、有象無象のリスナーは震え上がって閣下の部下にして下さいと泣き叫ぶはずです! 何卒、お願いします! ps 私の好物はイカです』
シーカーは音読を終えると、今度は満足そうに顎を撫でた。
「ククク、やっと我のことを多少は理解している者が現れたではないか。これよ、こういうのでいいのよ。よし、ここまで頼まれれば話さぬわけにはいくまい! 我の武勇伝をしかと聞くが良い!」
始まる。ここに、語られる。
遥か昔。人類がいまだに存在すらしていない、創世の時代。
神々の時代の知られざる真実が………。
区切りが良いので、ここまでにさせていただく!
次回、『創世の秘密!』
君は、世界の真理に近づいても、自分のままでいられるのか?