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阿天詩歌は身バレしたいけどしたくない!

「ファミチキください」


お客様の声に呼応して、レジ内の二人の店員が動き出す。

男性の店員はレジの操作を。女性の店員はホットコーナーの前に移動し、ファミチキを袋に詰めていく。


「180円です。ポイントカードはお持ちでしょうか?」


女性店員は男性店員の接客の呼吸を読み、わずかな隙を見つけて、そっと袋に詰められたファミチキを彼に手渡す。


刹那、交わされるアイコンタクト。


(ありがとう。助かりました)

(いえ、仕事ですので)


そんな声なきコミュニケーションがあったのではないだろうか?


「ありがとうございましたー」


男性店員の地声よりもやや高い声音を受けながら、客は店を出ていく。

女性店員はというと、声を出さず、僅かに首を数度曲げるのみであった。


読者の皆様に今のうちに述べておくと、この物語はコンビニが主題ではない!

もちろん主役はファミチキでもなく、今去っていったお客様でもない!


主人公は店員の片割れ、女性店員である!

彼女の名前は阿天詩歌あてんしいか。通信制の高校に通う、花も恥じらう高校一年生である。特筆すべき点はというと、前髪が重く、彼女の表情が判別しづらい所だろう。そのせいか、どこか他人を寄せつけづらい雰囲気を纏っている。


だが前髪で目元を隠せていても、他の部分は隠せない。

小さな顔の輪郭に、整った鼻。薄く線で引いたような形のいい唇は、彼女の容姿がとても優れているであろうことを予感させる。


そしてもう一人の男性店員、こちらも本物語の重要人物、二人目の主人公と言える人物だ。

彼の名前は大沢南おおさわみなみ。都内の公立大学に通う二年生。彼に特筆すべき点はない……! 身長体重髪型、極めて普通! 中肉中背!


だが強いてあげるのであれば、現在は六月、少しづつ暑くなってきているというのに、彼はマスクを装着している。あとこれは悪口になるが、南の瞳にはどこか生気がなく、彼が陽キャではないことを容易に連想させていた。


目元を隠す詩歌と、口元をマスクで覆う南。

二人のシフトは午後六時まで。あと五分で、交代の人員がやってくる。

店内には二人の他に誰もいないというのに、詩歌と南は私語を口にせずにせっせと労働に励んでいた。

南は数少なくなっている釣り銭を補充している。詩歌もまた、もう一つのレジで備品の確認を行っては……いない。

詩歌は備品を確認する風に腰を落とし、棚を開けてはいたが、視線は棚の中ではなく、南の横顔を凝視していた。


(南さん……!! 私は貴方を、お慕い申し上げております……!)


そんな心中の声が駄々漏れになっていそうなほどに、熱い視線。

詩歌は頬を赤く染め、恋する純真な乙女を絵に描いたような表情を無意識のうちに浮かべてしまう。


詩歌は普段からこのように、暇さえあれば南のことを盗み見していた。


「……? 阿天さん、どうかしました?」


「……なんでもないです」


詩歌の視線の圧に南は振り返るが、既に詩歌の表情は普段の感情の伺いづらいものに戻っていた。

他人行儀な南の問に対しても、何の感情も感じさせない事務的な返答を返す。

南は声をかけてしまった手前、気まずそうに言葉を続ける。


「……そういえば、そろそろ上がりの時間ですね」


「そうですね」


詩歌は南の方を向かず、手元の割り箸を見つめる。


「あと三分。今日も何事もなく終わってよかったです」


「そうですね」


「阿天さんは、この後予定あったりしますか?」


南としては、何の他意もない、その場で思いついた適当な質問。

しかし、投げかけられた詩歌にとってはそうでもないようで。


「……いいえ。何もありません」


暫しの沈黙の後、消え入りそうな声でポツリと呟いた。


南は詩歌のリアクションから、会話に乗り気でないと判断したのだろう。

沈黙に耐えきれず、再び補充作業を再開する。詩歌はそんな南をチラと盗み見た後、今度はちゃんと補充作業を開始した。

その表情は物悲しく、今の会話のチャンスを逃した後悔が張り付いていた。


「ん。時間だ。それじゃあ阿天さん、今日はお疲れ様」


「はい。お疲れさまです」


やがて時間になると、南は詩歌の方を向くこともなく、さっさと挨拶を済ませて控室に向かっていく。

コンビニ店員として、この日二人が交わした言葉はこれが最後となった。


✳︎




詩歌は一人、コンビニから歩いて我が家に帰る。

南は彼女よりも先に着替えを終えており、すでに背中が見えないほど遠くへ行ってしまったようだ。


「……ただいま」


帰宅を知らせる彼女の挨拶に、反応する人は誰もいない。

それもそのはず、家には彼女以外、誰もいない。

彼女は高校生だというのに、一人暮らしなのである。

1LDK、風呂トイレ別、都内で駅まで徒歩五分、家賃月十万の家に一人暮らしなのだ。


誰もいない家で過ごす、詩歌の感情は窺い知れない。重い前髪のせいで表情が読み取れないからである。彼女の心中は、彼女のみぞ知る。


しかし自室に向かう時、詩歌は小さな鼻歌を歌っていた。


詩歌の自室は、女子高生とは思えないほどに殺風景だ。

最近入居したばかりとはいえ、無駄なものは一切なく、家具は机と椅子のみ。女子らしいぬいぐるみや小物は一切存在しない。

ただ一つ目を惹き、彼女の人間性を考える上で参考になりそうな物体はただ一つ。


それは最新鋭のvrヘッドセット『オキュラス6』。頭に装着するリング状のこのデバイスだけが、充電完了の緑の光を浮かべて、自己主張をしていた。


詩歌は部屋に入ると、あかりをつけることもなく、真っ直ぐに椅子に座り、vrヘッドセットを手に取る。

サーキュレットを被るように、丁寧な所作で装着し、目を閉じる。起動のために必要な手順は残り一つだけ。


「アクセス」


「所有者、阿天詩歌の声紋を確認。起動します」


キーワードを口にすると、彼女の意識は今いる小さくて暗い部屋から、全く別の世界へと……。



________


次に目を開いたとき、阿天詩歌の目の前には彼女の部屋とは全く異なる光景が広がっていた。

十畳ほどの事務所のような部屋。

一際目を引く立派なデスクには、七色に光るゲーミングなパソコンを初め、マイクやヘッドホン、二枚のディスプレイが備え付けられている。

それは一般人には相応しくないデスクだった。何か専用の目的を持って設置されているかのようである。

残りのスペースには小さな机を挟んで、向かい合うように置かれたソファが二脚。

その片方に、いつの間にか詩歌は座っていた。


「おはようシーカー」


向かいのソファに座っている男、大沢南は詩歌のログインに気がつくと、スマホから目を外し、挨拶をした。

いや、注意してみると大沢南と異なる点を多数見つけることができるだろう。


まず彼は親しい者に向けるような微笑を浮かべている。

コンビニでのやりとりを見ればわかるように、阿天詩歌と大沢南の関係は赤の他人。

かろうじて知り合い。同僚レベルであるにも関わらず、だ。


第二に、目の前にいる大沢南は本物よりもかなり美化されていた。

手入れをあまりしていなそうな無造作な髪の毛はツルツルのサラサラになり、キューティクルすらも輝いている。

顔の造形も完全なる左右対称になり、かなりの補正が加えられていた。

一般的に、あまり意識することはないが、人間の顔というのは左右に多少の歪みがあり、完全なる左右対称というのは中々実現するものではない。

それは食事の際の筋肉の使い方、就寝する際の顔の向きなどによって、どうしても発生してしまうのだ。


ここまでいくと、彼は大沢南ではない。

南の面影はあるものの、顔面偏差値が10は向上しているのだから。


ちなみにだが、目の前の大沢南はリアルとは異なりマスクを外している。


「おはようなのだ! 我が下僕、サザンよ!」

「確かに俺はシーカーをサポートする立場だけど、下僕ではない! ってこの遣り取りは飽きるほどしているし、もういいか……」


「良いぞ。貴様もようやく自分の立場を自覚できたようだな」


「いや、お前に呆れているだけだ」


変化しているのは、大沢南だけではなかった。

阿天詩歌、彼女もまた、いや彼女の場合は大沢南以上に、何もかもが変化している。


「シーカー、今日やる配信の内容は覚えているか?」


「フハハ、我が準備を怠るわけがなかろう」


不敵に笑い、生意気な表情を浮かべる詩歌。いや彼女はもう、この場では阿天詩歌ではない。彼女の名前は堕天シーカー。堕天使系 vtuber堕天シーカーなのだ。

堕天使の特徴としては、二対の黒と白の天使の輪と片翼を備えている。

天使の輪は薔薇のように、無数の刺があり、禍々しい。

一つしかない翼は、彼女が神々と激しい戦いを繰り広げてきた勲章であり、証明なのだ。


そう、まるでアニメの中から飛び出してきたような美少女堕天使。

それが堕天シーカーだった。


なぜ二人はこうも容姿が変わっているのか?

種明かしをすると話は単純である。ここは現実世界ではなくvr空間であり、二人の動かす


黒い髪は腰まで届く程の輝く銀髪となり、目元はしっかりと見えている。詩歌とは対照的にシーカーの瞳は赤く、爛々と輝いており、活発な明るい性格を彷彿とさせた。

纏う服は黒を基調としたドレス。いや、正確にはドレスのような、鎧のような不思議な服だ。加えてドレスにしては丈がやけに短く、真っ白で美しいラインの太腿が大胆にさらけだされており、見る者を釘付けにする。健全な男子であれば、二度見三度見は間違いないだろう。

アバターがこのような容姿をしている、というただそれだけの話なのだ。

二人が呼び合う、シーカーとサザンというのも、ただのハンドルネームである。


現在は2030年。vr技術は大いに発展を遂げ、老若男女に大人気の娯楽として普及していた。何せ、リング状の端末を頭に装着するだけで別世界に、好みのアバターで遊びにいくことができるのだ。

あまりに簡単に現実逃避ができるため、vr廃人は年々増加の傾向にあるものの、大半の人類はギリギリの節度を持って、どうにかvr廃人になりたいという欲望と日夜戦いながらも生活できていた。


話を戻すとシーカーとサザンのように、vr空間にプライベートルームを持ち、そこで余暇を楽しむというのは、現代の若者ならば誰もがやっていることなのである。


だがシーカーとサザン。この二人の場合は、ただ集まって余暇を無為に消費している訳ではない。二人には、とある共通した目的があり、そのために頻繁に顔を合わせていた。内容については後述するので、今しばらく待って欲しい。



「そうかそうか。じゃあ今日は何をするのか、簡潔に説明してくれ」

「えーと、うーんとだな……! そう、マシマロ雑談という奴だろう!」


「マシマロじゃなくて、マシュマロだ。で、ここでのマシュマロってどんな意味だ? 予め言っておくけど、食べ物のマシュマロじゃないからな?」


「食べ物じゃないマシュマロとは何か。サザンよ、中々面白い謎謎を出すではないか!」


「……俺は大真面目に聞いているだけだ。昨日説明したばかりなんだから、勿論聡明なシーカー様なら忘れているはず、ないよな?」


うっすらと笑みを浮かべながら話していたサザンだが、徐々に表情がしかめつらに変化していく。


「お、おい。まさか貴様、下僕であるにも関わらず、わわ、我を叱りつけようなどと考えてはおるまいな!?」


サザンの変化に、シーカーはしおしおと萎れていく。

動揺し、涙目になりながら、あたふたと手を体の前でブンブンと動かした。


「まさか。シーカーが覚えてるわけがないって思っていたからな、寧ろ安心したくらいだ」


「よ、良かったー……!」


誰が聞いても失礼なことを言うサザンだったが、シーカーは花が咲くように、表情を明るくした。


「よく聞いてくれよ。マシュマロってのはTwitterに連携しているサービスの一つだ。これを使えば、匿名の視聴者からメッセージを受け取ることができる」


「それにどんな意味があるのだ?」


「上手に使えば、配信者と視聴者の交流の手助けになってくれるんだ。今回は事前に『堕天シーカーに対して気になること』というお題で募集をかけてある。視聴者はシーカーのことをより理解できて嬉しい。シーカーは視聴者に自分の魅力をアピールすることができて嬉しいというわけだ」


「ふむ。ふむふむ」


私は理解していますよ風に頷くシーカーにサザンはジト目を向けた。


「絶対わかってないだろそれ。シーカーって若いくせにネットに疎いからなぁ」

「我は疎くはない! ないと言ったらない!」

「中身はオバさんだったりしてなぁ」

「我は1万年の時を生きる堕天使、という設定なのだ!」

「……。自分で設定とか言わないでくれ」


サザンは一つ小さなため息をつき、手元のスマホに視線を移す。


「とりあえず、シーカーは配信中に俺が選別した質問に答える。それだけ理解していればオーケーだ。選別もそろそろ終わる。終わったら見せるから、確認頼むぞ」


「……我もその選別、手伝うぞ? 暇であるし」


「やめとけ」


シーカーの申し出に、サザンはぶっきらぼうに返す。


「何故だ? 我に向けた質問なのだから、我が選別するのが自然であろう?」


「……。匿名で誰でも投稿できる。だから、変な奴も混じってるんだ。できるだけ、お前にはちゃんとしたファンの声だけを目にして欲しい」

「サザン、貴様というやつは……! なんてできた下僕なのだ!!! それほどまでに我の事を考えて!!」


予想を超えた嬉しい返答に、シーカーは瞳を潤ませ、頬も上気させる。今にも感動で泣き出しそうなシーカーに困りつつ、サザンは目線を再びスマホに戻して一言。


「お前に見せたら、作業が逆に遅くなるとか、言わなくて良かった.......」


しかしあまりに小さな声であったために、シーカの耳に届くことはなかった。

シーカーは未だに感動を続けており、感情の起伏に合わせて、天使の輪っかがギュンギュンと回転を始める。そういうシステムになっているのだ。


やがて作業に集中しているサザンを見つめるシーカーの瞳はだんだんと恍惚としたものに変化し、表情も甘えたように緩む。


(サザン……、いや南さん。私は貴方の事をお慕い申しております! お慕い申しております!)


サザンには絶対に届かない告白が、シーカーの心中で何度も何度も湧き上がってくる。


「あの、あんまりジロジロ見ないでくれよ。気が散る」


「わ、我は貴様のことなど視界に入れてすらおらぬし!」


「いや、絶対に見ていただろ。視線の圧を感じた」


「貴様は何を証拠にそんな発言をするのだ。証拠をだせ証拠!」


「……はいはい。確かに証拠はございませんね」


駄々っ子のようなシーカーにサザンは説得を諦めて、腰をあげるとデスクの椅子に移動した。少しでも距離を取れば気が散りづらくなるという考えであろう。


もうすでにお察しの通りではあると思うが、ここで復習を行う。

阿天詩歌はバーチャルの世界では、堕天シーカー。

大沢南はバーチャルの世界では、サザン。


二人はリアルでは同じコンビニの同僚という極めて細い糸でしか繋がっていないものの、バーチャルでは同じ目的を共有する同士、相棒とも言える関係なのだ。


がしかし。大沢南が、阿天詩歌が目の前にいる堕天シーカーだと気付いている様子はない。

何故なら、堕天シーカーと阿天詩歌は大きく見た目が異なる。加えてクールな詩歌とツンデレのシーカー。目ためだけでなく、性格も大きく解離していれば、南が二人が同一人物であると気がつくことができていないであろう事は、寧ろ当然だと言えるだろう。


だがこの事実に、詩歌は満足できない。

阿天詩歌は、大沢南に対してラブなのだ。

バーチャルの中だけでなく、リアルでも仲良くして欲しいし、なんならいつでもどこでもラブラブしたいとまで望んでいるのである!


ならば何故、自分から事実を告白しないのか?


「私、堕天シーカーは阿天詩歌です。いつでもどこでもラブラブしたいです。お付き合いしてください」とさえ言えば、全ては解決するじゃないかと、読者の皆様は考えているのではないだろうか?


言わせていただくが、その考え方は甘い。

大甘である。


少しだけ考える時間をあげるので、考えて見て欲しい。


チクタクチクタクチクタクチクタク……‥………ポン。ここまで。

では正答を提示しよう。


正体を明かさない理由。

それは、恥ずかしいからである!

厨二系ツンデレキャラという仮面をかぶるシーカーと、リアルの自分を重ね合わされてしまうのが恥ずかし過ぎて、死んでしまいそうな程だからである!


だが詩歌は、シーカーと言う自分と正反対なキャラクターを愛している。

本当の自分とは違う、明るくて、快活で、アホなシーカー。

彼女を演じている時、詩歌はリアルからの開放を感じることができるのだ。


とは言え、それをリアルの知人に知られるというのは、話が別! 完全なる別腹!

絶対に、想い人の南には秘密を知られたくはない!


が、秘密を知ってもらわないと、リアルでの関係は発展しない! このままではいつまでたっても、詩歌は南とステディな関係になる事はできないのである!


あぁ、彼女はどちらを選択すればいいのか!


かくして、『vtuber 堕天シーカーは身バレしたいけど、したくない!!』というアホなシチュエーションが出来上がってしまったのだ!



「……。私、阿天詩歌です。堕天シーカーの正体は、阿天詩歌なんです……」


板挟みの感情で苦しくなり、シーカーは口の中で、誰にも届いてしまわないように、そっと、本当に小さく呟いた。


勿論、サザンの耳に告白が届く事はない。

シーカーは気づかれないように小さくため息をついて、切なそうに、両手をギュッと握り締めていた……。





第一話 終了。


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