M84 対決
睨め付けてくる王子をあたし達3人は固まって眺めていた。
いや・・・ってゆーかマジでワケ解んない。ホントにコイツが前世の記憶持ちなの? マジで? コイツの前世なんて全く興味無いんだけど。
・・・いやいや、そうじゃない。コイツがホントに前世の記憶持ちなら何で自ら破滅に向かう様な真似をしたのかしら? 大人しくゲーム通りのキャラを演じていれば少なくともモテモテ王太子になれてた筈なのに。
何か理由が在るのかしら?
王子がアリスに言った。
「今すぐに髪を伸ばせ。そうしたら俺が王太子になった暁には将来の王妃候補に取り立ててやるぞ。」
そのニヤついた顔には傲慢さと愚かさが満ち溢れていて、秀麗華美な顔立ちの筈なのに途轍もなく醜悪に見えた。
アリスは表情を消したまま静かに返答する。
「お断りします。」
「な・・・!?」
当人には意外過ぎる返事だったんだろう。
暫くは驚愕の表情を浮かべたまま絶句していた。けど、その顔は見る見る怒りの表情に変貌していく。
「なんだと!?貴様、俺の言う事が聞けないのか!」
・・・仮にも気に入ってる女の子に向かって『貴様』呼ばわりする辺り、流石のクズっぷりだ。あと、いちいち口にする言葉がガキっぽい。
・・・。
ん?・・・ガキっぽい?
ポイんじゃなくて、こいつ前世はホントに5~6歳くらいの子供だったんじゃ・・・? で、そのまま6歳くらいから人生をリスタートした・・・?
それなら前世では大した倫理観は手にしてないだろうな。その上、狂ったゲームの価値観も植え付けられてるって事か。まあ「そんな小さい男の子が乙女ゲーなんてやるのかな?」とは思うけど。
とにかくリスタート後は皆に傅かれる環境で生きてきたワケだから、コレまでの阿呆としか思えないムーブも理解出来る。
・・・確認してみたいな。でもどうやって確認しよう?
うーん・・・あー・・・ダメだ。何も思いつかない。
あたしがゴチャゴチャと考えてる中、アリスは王子に言った。
「聞けませんね。」
バッサリ。
ちょっとアリスちゃん!?
ソイツは一応は王族で王子で『まだ』立太子される予定の人間なんだよ。大丈夫なんかよ。
「何を!?」
王子が喚く。
「貴様、ヒロインだろ! 何で王太子の俺にそんな口を利くんだ!?」
その表情は怒りと言う寄りかは愕然とした表情に近かった。
「ヒロイン? 何を仰っているんですか?」
アリスは怪訝そうな表情でそう素っ惚ける。
なるほど。
そう言えばこの子は聖女だったんだ。こんなポンコツ1人くらい怖れるに足らずって事か。そしてアリスはコイツを神様ん家に連れて行く気は無いと。だから自分達も転生者だと明かす気は無いと。
そう言う事か。
うん、乗っとこう。
あたしもアリスの援護射撃に口を開く。
「殿下、ヒロインと仰ったのは何かの物語りのお話ですか? 突然そんな事を言われてもあたし達も困るのですが。それに以前も申し上げましたが、殿下は今大変な時期だと伺っております。此処で騒ぎを起こすのは御身に不都合な事態を招きかねません。どうか御自重を。」
「うるさい! 子爵風情如きが小賢しい口を利くな!」
これ以上立場を悪くしたく無ければ早く何処か行け。を暗に仄めかしてみたんだけどこのガキんチョには通じない。
っていうかあたしの中で王子は『本当のガキんチョが転生してきた』事で確定する。
こんなに話の通じない大人が居るわけが無い。
あたしとマリはこんなガキんチョに戦々恐々としてたんかい。
はぁ・・・と溜息を吐きたくなる。
「殿下。」
初めてマリが王子に声を掛けた。
その硬い声質に思わずマリを見てあたしは固まった。マリは見たことも無いほどに冷たい双眸で王子を見遣っていた。
「・・・いい加減になさいませ。殿下は現在、王城にて謹慎されていらっしゃる筈です。まさか王城を抜け出して来たのですか?」
「黙れ、平民女から生まれた忌み子が。そんな奴だから未だそんな子爵の娘などと付き合っているんだよ。」
「!!」
マリの表情が変わった。
「黙るのは貴男です。」
「!?」
あたしはギョッとなった。
マ・・・マリさん!? そんな事言って大丈夫なの!?
「・・・王族としての教育を受けたにも関わらずその自覚は無くやりたい放題。学園に入っても人脈を作るでも無く勉学に励む訳でも無い。女性と見れば側に侍らせて自分の欲求を満たすか蔑むだけの存在としてしか見ようとしない。そんな愚か者に彼女達を貶める資格など在りません!」
「き・・・貴様・・・。」
こんなに強烈な言葉をぶつけられた事は無かったんだろう。
マリの痛烈な指摘に王子は青ざめた表情で口を戦慄かせた。
「ふ・・・不敬であ・・・。」
「不敬とは敬われるべき人が敬われていない事を指摘する言葉です。」
王子の言い掛けた言葉にマリが被せる。
「俺は王子だぞ! 敬われるべき・・・。」
「敬われるべき人とは!」
大きく張られたマリの声の気迫に王子が思わず口を噤む。
「・・・敬われるべき人とは、『私』を後回しにして『公』を優先し国民の為に働き続ける方の事を言うのです。」
マリの気迫に王子は明らかにたじろいでいた。
「マリ・・・。」
思わず呟く。
貴女、本当に強くなったわね。
思わず涙が零れそうになるのを堪えながらあたしは、前に立ち堂々と王子に言葉をぶつけるマリの背中を見る。
「・・・貴男は違う。そんな精神とは真逆の位置に居る。私はそんな貴男を敬う気は在りません。」
いや、マリ! ソレは言い過ぎだ!
腐ってもソイツは王族の1人なんだ。
「良い度胸だ・・・。」
王子が引き攣った嗤いを浮かべる。
「き・・・貴様が何と言おうと不敬である事に変わりはない。・・・斬り捨てられる覚悟が在ると言う事だな。」
王子が腰に佩いた短剣を引き抜く。
基本的に学園で武器の類いを所持する事は許可されていない。だけど王族だけは例外で護身のために短剣を身に着ける事を許されている。
ただし敢くまで『護身』の為だ。
相手を斬り捨てる為に武器を使う事は王族と言えども許されていない。
一方のマリは剣を向けられたにも関わらず怯んでいない。
1歩も退かずに王子を睨んでいる。
アレ? ちょっと・・・この子キレて無いか!?
「で・・・殿下!」
あたしは慌ててマリの前に立って王子に呼び掛ける。
「お待ち下さい! 学園での無礼打ちは禁止されております! 御自重下さい!」
「黙れ、この悪女が・・・斬り捨ててやる。」
憎悪の炎を滾らせた王子の視線はマリだけを捕らえながらそう言い捨てる。
あたしはその言葉を聞いて言い知れぬ怒りを感じた。
悪女・・・。こんなに頑張ってきたマリを悪女と呼ぶのかよ。どれだけマリを見て来なかったんだよ、コイツ。
あったま来た!
「あんた、いい加減にしな!」
あたしは怒鳴った。
「あんただって前世の記憶持ちなんだろ!? 何歳で転生してきたかは知らないけど2作目のヒロインのマリーベルを知らないの!? そうじゃなくても少しは現実のマリを見たらどうなのさ!」
「なんだと・・・。」
王子があたしを睨んだ後に驚きの表情に変わった。
「あんただって・・・だと?」
あ。
しまった。
王子の顔が歪んだ。
「道理でおかしいと思っていたんだ。聖夜ツリーと言い門松と言い何で前世のイベントがこんな立て続けに起こり始めたのかってな。」
王子の視線がマリとアリスに向けられる。
「まさかお前達も転生者か。」
2人は硬い表情で頷いた。
「ええ。」
「そうよ。」
「・・・そうか・・・。」
王子は呟くとアリスを見た。
「なら知っているだろう。お前はこのゲームのヒロインだ。俺と結ばれるべき女だ。」
「嫌よ。」
アリスは即答する。
「あのゲームをやっている時からライアス王子なんか好きじゃ無かったわ。って言うか黄昏の魔女なんて言うクソゲーなんかに推しのヒーローなんか居なかったわ。私の推しは別に居るの。」
「誰だ!」
「言う訳無いでしょ。少なくともあんたでは無いわ。初めてあんたに会って喋ってみたけど何だかゲームのライアスよりもかなり酷い性格みたいだし、とても好感なんか持てない。」
「なんだと・・・。」
王子の顔が怒りのせいか赤く染まる。
「ねえ、あんたさ。幾つでこの世界に来たのよ。」
ちょっと訊いてみよう。
さっきもチラリと思ったけどやっぱり言動を見ている限り、多分あたし達より年下なんだと思う。いってもマリと同じくらいまでなんじゃ無いか?
王子はあたしを見た。
「・・・お前達はどうなんだ。」
いや、答えてから訊けよ。
まあいいや。
「18歳よ。」
「12歳です。」
「20歳。」
あたし達が答えると王子はニヤリと笑って呟いた。
「ガキじゃねーか・・・。」
え?
今なんて言った?
ガキ? あたし達が・・・?
アリスなんて20歳だよ!?
「俺は26歳で転生した。お前らよりもずっと年上だよ。」
「・・・。」
絶句した。
嘘でしょ。元26歳でこのメンタリティなの!?
そして・・・。
あたしはゾワッと鳥肌が立った。
「どうした。」
黙り込んだあたし達に優越感を感じたのか王子がニヤけ笑いを浮かべながら近寄ろうとする。
「!!」
あたしはマリとアリスの腕を掴んで後ろにザザッと退いた。
ソレを見て王子が訝しな顔をする。
「何だ?」
あたしは叫んだ。
「寄るな! 変態!」
「何だと!?」
王子が怒鳴る。
「ヒ・・・ヒナちゃん?」
「ヒナ?」
マリとアリスも怪訝そうな顔をしている。
コイツを2人に近づけさせちゃダメだ。
あたしはこのゲス王子に言った。
「あんた・・・初等部で側に置いていた令嬢達に何をした?」
「・・・ふん。何だ今更そんな過去のことを・・・。」
「ふざけんな!!」
一瞬怯みながらも嘯こうとする王子にあたしは怒鳴った。
「妊娠させたよね。14歳の女の子を6人も・・・26歳の男が!」
「!!」
マリとアリスの表情が変わった。
あたしの言いたい事が理解出来たらしい。
「更に言えば、あんた12歳の女の子にも如何わしい事をしたよね。」
「は? 知らねーよ。」
さっきまでの傲慢な態度は一気に消え失せて視線が彷徨い始めていた王子だけど、まだ言葉の上では強がっている。
「ルーンデアク伯爵令嬢。この名前に覚えはない?」
「知らんな。」
惚けているのか本当に忘れているのか。
どちらにせよ最低だ。
「初等部入学前にあんたが王宮で身の回りの世話をさせていた令嬢で、あんたに性的嫌がらせを受けた女の子よ。しかもその子はグラスフィールド学園に入学する筈だったのに、王家の一方的な都合で国外の学園に急遽入学させられた可哀想な女の子よ。」
「マジで・・・?」
アリスのドン引きする声が聞こえる。
「ホントよ。本来ならあたしと同室になる筈の子だったのよ。」
変態王子を睨みながらあたしはアリスに答える。
奴はせせら笑った。
「だから何だって言うんだ? 王族ならそのくらいの事、許されても良いだろうが。大体、いちいち令嬢の名前など覚えていられるか。」
もうダメだな、コイツは。
幼い子供が転生してきてたのなら、ワンチャン更生の余地は有るかも・・・なんて思ったけど、26年+αでこのメンタリティは全く救えない。いや、救う気にもならない。勝手に堕ちて行け。
あたしはありったけの侮蔑の思いを込めてこの変態を見据えた。
「前世で26年も生きてからコッチの世界にきてるのに考えは幼稚で傲慢。しかも12歳や14歳の女の子に性犯罪を犯して平然としているロリコン。コレが変態じゃ無くてなんなのよ。」
ヒュッと息を吸う音がして変態の表情から色が抜け落ちた。
短剣があたしに向けられる。
「こ・・・殺してやる・・・。」
「!」
ヤバい。流石に言い過ぎたか。
あたしは一歩後退った。
「ヒナちゃん!」
マリがあたしの前に立つ。
「マリ!」
あたしが慌ててマリを後ろに退げようとする。
そんな様子を見て変態王子が薄ら嗤いを浮かべる。
「心配しなくても2人とも無礼討ちにしてやるよ。その上でヒロインは俺が連れて帰る。」
この悪党が・・・!
あたしが睨み付けた時。
「見るに耐えないな。」
後ろから声がした。
聞いた事がある声だった。
あたし達が振り返るとその人が近づいて来た。
「アルフレッド様・・・。」
その名を呼ぶ。
アルフレッド様はあたし達に柔らかく微笑むと変態王子を見据えた。
「まさか君も転生者だったとはな。」
耳を疑った。
今、この人なんて言った?
君も? 君『も』?
「アル・・・フレッド・・・様・・・?」
あたしと同じ疑問を持ったのかマリが呆然と呼ぶ。
アルフレッド様は微笑んだ。
「・・・君達2人が僕と同じ転生者だって事は解ってた。聖夜ツリーの件で『まさか』と疑い、門松で『やっぱり転生者なのでは?』と思い、雛祭りで確信した。」
「じゃあ何で『自分もそうだ』と教えてくれなかったんですか?」
あたしが尋ねるとアルフレッド様は困った様に笑った。
「それに付いては済まないと思う。でも、今の僕にとってはこの世界が全てだ。過去の事は捨てたつもりだったから積極的に明かすつもりは無かったんだ。君達の事をヒッソリと見守りながら必要と在れば明かすつもりだったんだよ。」
「そう・・・だったんですか。」
釈然とはしなかったけど、ソコは人それぞれの考え方だ。
怒るのは筋が違うと思ったからあたしはアルフレッド様の返答を受け容れた。
「ねえ。マリちゃん、ヒナ。」
アリスが後ろから囁いた。
「この人、誰?」
ああ、そうか。アルフレッド様は黄昏の魔女でもリ・ドゥイング=フェイトでも攻略対象では無かったからアリスは知らないのか。
「この人はアルフレッド=フレア=グレイバード様。侯爵家の嫡男よ。色々とあたし達に助言をくれた人。転生者って話は今初めて知ったけど。」
「そう・・・。」
アリスは怪訝な顔をする。
「どうしたの?」
尋ねるとアリスは首を振った。
「ううん。何でもないわ。」
そしてアリスは言った。
「もう面倒だわ。此処に居る全員を連れて行きましょう。」
「え・・・。」
首を傾げたときアリスの身体が突然に光り輝いた。
「うわっ。」
皆が驚いて声を上げる。
瞬間、足下から地面が消えた様な感覚がしてスゥッと気が遠くなった。




