M82 リ・ドゥイング=フェイト
「訊きたい事・・・って?」
あたしが首を傾げるとアリスはグッと息を一呑みしてから口を開いた。
「スクライド様は・・・スクライド=ベルク=ローデリッサ様は決まった人は居るのかしら?」
「は? スクライド様・・・?」
なんで急にスクライド様の名前が出て来るの?
ゲームについてとか攻略対象者についての事とかを訊いてくるんだろうと思ってたあたしは混乱した。
固まってるあたしに変わってマリが尋ねてくれた。
「あの、アリスさん。何で急に生徒会長のお名前が出て来るんですか?」
「え、何でって・・・。・・・あ・・・。」」
マリの問いに一瞬だけ不思議そうな表情を見せた彼女は直ぐに何かに気が付いた様な声を漏らした。
「そうだよね。貴女達からしたら何で?ってなるよね。」
アリスはポリポリと頭を掻いた。
「もう一つ肝心な事を伝え忘れていたわ。」
「肝心な事?」
あたしとマリはさっきから訊き返してばかりだ。
何かもう、情報が多すぎてお腹いっぱいな感じは在るんだけど未だあるのね。
ソレはアリスも同様の様で軽く溜息を吐いた。
「全く・・・伝えるべき事が多すぎて整理しきれないわ。」
全くだわ。
聴く側のコッチも整理が追いつかない。
「それで? 伝え忘れてた事って何?」
あたしが促すとアリスは話し出した。
「あのね。さっきの話の続きみたいなモノなんだけど・・・。」
「さっきの話ってダウンロードコンテンツの事?」
「そう。」
アリスは頷く。
「実はね、このゲーム、続編が出てるの。」
ん?
「だからソレがダウンロードコンテンツなんでしょ?」
「違うわ。アレは1つの作品を切り売りされた切れっ端みたいな奴だから、みんなの中では続編扱いにはなってないの。」
ああ、まあそりゃそうか。・・・え、って事はさ・・・
「・・・まさか・・・。」
あたしの横で呻くように呟くマリの声にアリスは頷いた。
「そう。このゲーム、2作目が出てるの。タイトルは『グラスフィールドストーリー2~リ・ドゥイング=フェイト~』」
「マジかよ・・・。」
コレは呆然だ。
2作目が作られたって事はだよ。最初はコケたとしても最終的には売れたって事よね。いやぁ、何というか世の中狂ってるわ。
「あのクソゲー売れちゃったんだ・・・。」
「売れてないわよ。」
あたしの呟きにアリスは首を振る。
「え、でも売れなくちゃ2作目なんて出ないでしょ?」
「普通はそうね。」
アリスは紅茶を口に含む。
「正直、私も経緯は分からないわ。でも2作目は出たのよ、別の会社から。」
「別の会社? ・・・良く解んないけどそういうのって販売の権利とか何とか色々在るんじゃないの?」
「らしいわね。」
「らしいって・・・。」
「企業同士のやり取りなんて公開されるわけじゃないから私達プレイヤーは詳細は知らない。解ってるのは、あのゲームの権利が売られて買い取った会社が在るって事だけ。」
「へぇ・・・。」
奇天烈な会社も在るモンだな。大コケしたゲームの著作権なんて買ってどうするんだろ。
アリスは話しを続ける。
「ま、でもクソゲーの権利なんか持ってても使い途なんか無いだろうし、買ってくれる会社が在るんなら少しでもお金に変えた方が良いんじゃない? あのゲームが大爆死したのは間違い無いんだし。」
「そりゃそうだろうけど。大コケしたゲームなんて良く買い取ってくれる会社が居たわよね。」
「・・・。」
アリスが黙ったままニヤリと笑った。
「何よ。」
あたしがそのニヤリ顔を咎めるとアリスは言った。
「ソレがね。大当たりしたのよ。リ・ドゥイングは。」
「・・・ウソだぁ。」
あたしは呆れた。
あのゲームで・・・しかもダウンロードコンテンツの内容を聞けば、尚更にどんな続編を作ったって良作には成り得ないでしょ。全キャラ総入れ替えして『続編と言いながらも完全新作』にでもしない限り当たりは有り得ない。
「本当よ。黄昏の魔女の発売から2年後に出されたんだけど初週の売り上げは2000くらいだったかな?」
「爆死じゃん。」
「その後、加速度的に売り上げが伸びて2ヶ月後には10万ダウンロード達成。」
「10万!?」
「その後も伸び続けていたらしいから、一体どれだけ伸びた事やら・・・。」
「信じられない・・・。」
マリがポツリと呟く。
そうよね。信じられないわ。
一体何が在ったのよ。
「どんなゲームだったの? 乙女ゲーだったんでしょ?」
「勿論。」
アリスは頷く。
「舞台設定も勿論グラスフィールド学園よ。・・・ただね、時間設定がプレイヤー達の予想と違ってたの。時間設定はグラスフィールド学園の初等部になってたのよ。要は1作目の前のお話。」
「へぇ・・・。」
ちょっと意外だった。
続編って言うからその後のお話かと思ってた。
「ソレにヒロインの名前は固定されてたわ。」
ん?
「ソレだと楽しみが減っちゃうんじゃない? 推しのヒーローに自分の名前を呼んで貰うのも楽しみの1つでしょ?」
「大丈夫。敢くまでも固定されていたのは家名だけで、ファーストネームの方はプレイ開始時に変更可能だったから。」
「ああ、そうなの。」
「でもね、殆どのプレイヤーが名前を変更せずにプレイしたと思うわ。私もそうだったし。」
「え、何で?」
「ヒロインが大人気だったからよ。」
「・・・。」
良く解んないな。
プレイもしてないのに大人気?
「どう言う事?」
あたしが尋ねるとアリスはマリを見てその頭をそっと撫でた。そして撫でながら答える。
「ヒロインの名前はマリーベル=テスラ=アビスコート。」
「え・・・。」
「は!?」
マリが驚き、あたしが仰天の大声を上げた。
マリが主人公!?
いやいや、その前に!
あたしはアリスを見た。
「あんた、さっきヒロインは大人気って言ったわよね。ソレってつまり・・・。」
アリスは頷いた。
「マリーベルは人気キャラなのよ。」
・・・。
そう・・・なんだ。
ちょっと嬉しいかも。
「ダウンロードコンテンツが出た後、余りの不人気ぶりにテコ入れでも考えたのか企業主催の人気投票が在ってね。その結果はマリーベル様がブッチギリの1位だったのよ。ま、そうは言ってもプレイ人口がかなり少ないから総投票数も4桁止まりだったんだけど、その得票数の6割以上がマリーベル様に集まってたわ。」
「6割って・・・。」
ちょっとあたしは引いた。
ソレって逆を返せば、他に魅力的なキャラが居なかったって事になる。
「ヒロインが人気無かったのは解るけど攻略対象もマジで人気無かったんだ・・・。」
「無いわね。」
アリスは切って捨てる。
「因みに2位はヤマダ=ハナコよ。」
「「は!?」」
あたしとマリが同時に声を上げる。
ソレを見てアリスが笑いだした。
「そう、ヤマダ=ハナコ。」
「いや、だってヤマダ=ハナコなんて名前しか出て来なかったじゃん。しかも、明らかにスタッフ側の手落ちよね。」
「そうなんだけどね。ネットで『みんなでヤマダ=ハナコはどんな子かを想像しようぜ』みたいな企画が上がって色んな人が画像を上げたのよ。ソレがムチャクチャ可愛いって事で投票でも2位に推されたみたいね。」
「・・・もうゲーム関係無いね。」
マリが呆れた様にボソッと言う。
いやホントだよ。って言うかそんなのに負ける公式の・・・しかもメインキャラクターってどんなだよ!
「で、とにかくマリーベルが人気の理由は『ムカつくヒロインにもめげずに頑張って努力する姿が愛おしい』とか『どんなに頑張っても勝てないマリーベル様が愛おしい』とか。えっと、あと何が在ったかな・・・。ああ、『ライバル令嬢とは言いながらも、全うな事を言っているし卑怯な策を使わずに真っ向から勝負を挑んでくるマリーベル様が愛おしい』とか『銀髪にエメラルドグリーンの瞳とかマジで尊い』とかも在ったわね。」
「ヒロインへの当てつけも入ってる気がするわ。」
「入ってるわよ。ヒロインは人気どころか嫌われていたし。『話し方がムカつく』とか『立ち絵がもうムリ』とか散々だったもん。」
やっぱりそうよね。男子には受けるのかも知れないけど、あのヒロインは女には絶対に受けないタイプだわ。
あたしはマリを見た。
「良かったね、マリ。みんなもマリーベルが好きだったんだって。」
「・・・うん。」
あたしの顔を見たマリは嬉しそうに頬を染めながら頷いた。
ああ、可愛ええのう!
「・・・いやぁ、想像以上の天使だわ。」
アリスがウットリとしながらマリの微笑みを眺めて彼女の頭を撫でる。
「アリスさん・・・。」
マリが戸惑う様な表情を見せたのであたしはアリスの手を払う。
「アリス、さっきから触りすぎ。」
「あら、失礼。」
アリスはあたしに向かってニヤリと口の端を上げた。
コイツ、あたしがヤキモチ妬くのを見て楽しんでやがる。
まあ良いわ。
とにかく!
「それで話の続きは? ソレで終わりなの?」
「ヒナちゃん?」
あたしのイライラした口ぶりにマリがオロオロとした口調で尋ねてくる。
「ほらほら、そんな顔をしてるとマリちゃんが不安がってるよ、ヒナちゃん?」
アリスは何処までも楽しそうだ。
チクショウめ。
あたしは軽く深呼吸すると気分を落ち着けた。
「で、話の続き。」
「はいはい。」
アリスは空になったカップに紅茶を注ぐ。
「其れでリ・ドゥイング=フェイトが人気になった理由は、攻略対象がまとも・・・って言うかちゃんと魅力的になったって事が1つ挙げられるわね。貴公子系、可愛い系、やんちゃ系、クール系、朗らか系って感じである程度の需要に応えてるのよ。」
へぇ・・・。
「やって見たかったな。」
「うん、メッチャ良い感じだったから是非2人にもやって貰いたかったわ。」
ん? でもちょっと待って。
「あれ? じゃあその攻略対象者を攻略するのはマリーベルって事・・・?」
「?・・・そりゃそうでしょ。」
あたしは無意識にマリを見た。
・・・うーん・・・何か複雑だわ。
マリが顔を赤らめて俯く。
「でね、リ・ドゥイング=フェイトの大きなポイントなんだけど、このゲームって攻略対象者の好感度を上げるだけじゃノーマルエンドを辿るだけでグッドエンディングに辿り着けないの。」
「そうなの?」
「ええ、攻略対象以外に3人の同性の友人との好感度も上げなくちゃいけないんだ。」
「え、面倒臭くない?」
あたしは思わず感想を漏らす。
アリスも頷いた。
「そう言う意見も在ったわ。賛否両論って感じ。でも少なくともやり応えだけは在ったわね。それにこういうシステムにしたのは理由が在ったのよ。」
「理由って?」
「リ・ドゥイング=フェイトは『運命のやり直し』って意味なの。ほら、マリーベルってこの先、悪役令嬢にされちゃうでしょ。だからリ・ドゥイングは其れを回避する為の物語なのよ。その為にはねじ曲がったマリーベルの心を素直にしてくれる攻略対象者と彼女を横で支えてくれる同性の手助けが必要だって言う解釈なの。つまり運命はそう簡単にはやり直せないよ、っていう制作側のプレイヤーに対する楽しい挑戦って処かしら。」
・・・面白い。
「因みにエンディングは3種類。誰の好感度も上げられなかった場合はバッドエンディングで高等部に上がってから王太子の婚約者になって悪役令嬢の路を辿るわ。」
なるほど。黄昏の魔女に続くって訳ね。
「・・・で、攻略対象者の好感度だけ上げた場合はノーマルエンド。高等部に上がって王太子の婚約者に名前が挙がるんだけど、決まる前に攻略対象者が婚約を申し込んでくれるの。でも、王族には勝てなくて其の求婚は却下されてしまうわ。そして同性の友達は出来ないし攻略対象者とも偶に微笑みを交わし合う程度の少しだけ寂しい学園生活を送るの。で、学園卒業後に何もかもを捨てて2人で他国に旅立つって書いてあったわ。」
「・・・それ、ノーマルなんだ。」
「ノーマルね。」
ノーマルかなぁ。バッドっぽいけどなぁ。
「・・・で、攻略対象者の好感度と同性の友人との好感度をしっかり上げた場合はグッドエンディング。高等部に上がって王太子の婚約者に名前が挙がるんだけど、決まる前に攻略対象者が婚約を申し込んでくれて同性の友人達とその家が応援してくれて目出度く婚約が成立するって話。」
ああ、ソレはグッドっぽいわ。
「コレがリ・ドゥイング=フェイトの流れよ。大凡でも理解出来た?」
アリスが尋ねる。
「まあ、大体は。」
「はい、大体は。」
あたし達が頷くとアリスは満足げな表情になる。
「それじゃ、攻略対象者達の名前を言うわね。先ず同学年の攻略対象者からいくね。1人は伯爵令息のエリオット=ルナル=カイハンズ君。」
は!?
「次に伯爵令息のエルロア=スタンジール君。最後に子爵令息のリューダ=ゼフロンド君。」
ちょ・・・ちょっと・・・。
「次に高等部の攻略対象者ね。先ずは伯爵令息のセシル=エイラ=アーベット様。そして・・・。」
アリスはグッと溜めてから言った。
「私の最推しスクライド=ベルク=ローデリッサ様! ああ、マジで私の太陽!」
「・・・。」
何と言って良いか解らずにあたしとマリが黙っているとアリスは訝しげにあたし達を見た。
「ちょっと。何か言いなさいよ。」
その言葉にあたしとマリは見合わせた。
「あのさ・・・。」
「うん。」
「その5人、全員知り合いなんだけど。」
アリスの目が見る見る驚愕に見開かれていく。
「マジで!?!?」
「う、うん。」
アリスは周りに気を使ったのか声を顰めた。
「何で知り合いなの? 攻略対象者を知ってたの?」
「続編が在った事も知らなかったのにそんな訳無いでしょ。何でって言われても普通にゲーム関係無く生活してたら知り合ったってだけよ。」
「そ・・・そうなの・・・。」
アリスは信じられないって顔をしている。
あたしはちょっと予感めいたモノを感じていた。3人っていうのがさ、もうね。
アリスにちょっと提案してみる。
「ねえアリス。同性の友達の名前を言ってみても良い?」
「・・・良いわよ。」
あたしの顔をジッと見ていたアリスが頷く。
「じゃあ言うわね。アイナ=シルバニー、フレア=カール、セーラ=ステイ=リーズリッテ。・・・どう?」
「・・・当たり。」
アリスは呆れた様にあたしの答えを肯定した。
やっぱりか。
「呆れたわ。ソレも何? 普通に生活してたら知り合ったって訳?」
「うん。」
「ふー・・・。」
アリスは疲れた様に背もたれに身を預ける。
「何も知らずにリアルでゲーム攻略をしていたなんて驚きだわ。」
彼女の呟きにちょっとだけピクリと反応する。
「アリス。」
「何よ。」
「1つだけ言って置くわね。」
「・・・。」
あたしの口調に何かを察したのかアリスがあたしを見る。
「あたしもマリもこの世界をゲームだとはとっくの昔に思ってないわ。この世界は現実で此処に生きてる人達はそれぞれの人生を懸命に生きているわ。あたしもマリも必死になって生きてきた。」
「・・・。」
アリスはあたしとマリを交互に見ていたけど、やがて真摯な視線で頷いた。
「ええ、解ってるわ。私も此処を現実だと思ってる。私も此処に来るまでに結構大変な思いをしてきたしね。」
そう、なら良いわ。
認識が共有出来るのは喜ばしい事ね。
アリスは両肘を着いて遠い目をしながら言う。
「最初は絶望したわ。あのクソゲーのヒロインになっちまった・・・って。」
・・・ソレは大いに同情するわ。
「でも腐ってても仕方無いって思い直して、最推しのスクライド様の存在を調べたわ。そしたらホントに居る事が解って其処から私は勉学に集中したわ。特に社会関係は壊滅的だったから図書館に行って本を読みまくったわ。平民だから生活も楽では無いし働きながらね。」
そうか。
この子も苦労したんだな。
あたしとマリはもう1人の転生者の話に耳を傾けた。




