M81 ゲームの世界
ピンクが近づいて来る。
コッチに向かって、真っ直ぐ。
あたし達が居る場所にあたし達以外は誰も居ないし、ガラス張りのステラが奥に在るだけだからお手洗いに行くつもりと言う事も無い。
つまり、ヒロインらしき女は確実にあたし達に向かって歩いて来ている。
ピンクがピンチにビンタでビッチの素を出した。
・・・いやいや新しい早口言葉を作ってる場合じゃ無い。
このピンチをどうにかしないと。
でも・・・気になる事もある。
髪型が違うんだ。
ゲームでのヒロインはフワッフワのゆるふわウェーブで『其の髪の中には羊でも飼ってるんですか?』って訊きたくなるくらいにボリューミーな髪型だった筈だ。しかもピンク色が圧倒的な存在感を醸し出していたので偶に立ち絵が出て来ても髪の毛の下に人が生えている様にしか見えなかった。少なくとも女の子に受ける容姿ではなかったな。
ただ、今あたし達に近づいて来ているヒロインらしきピンクは短く綺麗に切り揃えたショートボブなんだよね。そりゃあ髪型くらい何とでも出来てしまうけど、あのヒロインのアイデンティティーとも言える様なボリュームヘアを切るかしら?
だから本当にあのピンクがヒロインなのか、判断に迷ってる。
そんな事を考えている内にピンクは遂にあたし達の前に立った。
「・・・」
あたし達とピンクは黙ったまま見つめ合う。
何だ?・・・何が目的なんだ?
何か仕掛けてくるなら・・・。
い、いいよ。来いよ。あ、相手になってやるよ。
彼女の両手がスッと動いた。
「!?」
あたしはビクッとなって身動ぎ腰を浮かせ掛ける。
彼女はそのままスカートの両端を摘まんで綺麗なカーテシーを施した。
「・・・。」
マリは座ったまま、あたしは腰を浮かしたまま黙ってそんな彼女を眺める。
彼女は静かに頭を上げるとマリを見つめた。
「初めまして、アビスコート様。私、本日よりグラスフィールド学園に編入しましたアリス=ミラーと申します。」
「・・・。」
警戒の表情をしながらもマリは椅子から立ち上がると表情に微笑みを浮かべてからゆっくりとカーテシーを返す。
「初めまして。マリーベル=テスラ=アビスコートと申します。グラスフィールド学園へようこそ、ミラー様。」
・・・あれ?
在学生を見つけて挨拶をしに来ただけ? ・・・いや、なら何であたしには挨拶しないのさ。
若干憤慨しながらあたしが彼女を見ていると、彼女はあたしにチラリと視線を向けてから再びマリを見た。
「あの、アビスコート様。初対面の方に大変失礼な事と存じ上げてはいるのですが・・・少しお話する時間を頂く事は出来ませんでしょうか?」
「え・・・?」
マリは首を傾げてから戸惑った様な表情に変わる。・・・が、直ぐに頷いた。
「解りました。2人きりで、と言う事ですね。」
「はい、申し訳在りません。」
アリスさんが頭を下げる。
「マリ・・・ーベル様・・・。」
あたしは不安一杯でマリの名を呼んだ。
未だ確定しては居ないけど彼女はヒロインかも知れないんだ。謂わばラスボスから『タイマン張ろうぜ』って言われている状態かも知れないんだ。
けどマリは静かに微笑んであたしを表情で制した。
「ちょっと行って来ますね、ヤマダ様。」
「・・・は、はい。」
不安で仕方無いけどマリがそう言うならあたしは頷くしか無い。
「では参りましょうか。」
マリがアリスさんに微笑むとアリスさんが頭を下げる。
「有り難う御座います、アビスコート様。」
そう言って彼女は通路の奥に向かって歩き始め、マリがその後ろについていく。
「・・・。」
あたしはその後ろを無言で見送った。
「ドコまで行ってしまうのか」と不安だったけど、マリ達はあたしが見える位置で立ち止まって話始めた。
とは言え遠い場所に居る事に変わりはしないので2人が何を話しているのかは解らない。
見ているとマリが何だか酷く驚いているが見える。
何だ。何か脅されているのか?
アリスさんは只管に何かを話し続けている。
マリはソレを大人しく聞いている。
やがてマリは何かを話し、ソレを受けてアリスさんは少し迷うような素振りを見せた後に頷いた。
マリは頷くとあたしの方を見る。
お、何だ?
マリがコッチに向かって歩いてくる。
お、何だ? 決戦か? いいよ。怖いけど頑張るよ。
あたしはフンスと鼻息荒くマリを待つ。
「ヒナちゃん。」
あたしの下に来たマリが言う。
「何、やっちゃうの?」
「?・・・何を?」
あたしの問いにマリが首を傾げる。
あれ?
あ、そうか。まだ彼女がヒロインという訳では無かったんだ。
そしてマリがこの反応って事は・・・彼女はヒロインでは無い・・・と。
あたしはフゥーと溜息を吐くとニッコリ笑った。
「何でもないわ。で、何?」
「うん、あのね、彼女の話を聴いて欲しいの。」
マリのお願いにあたしは快く頷いた。
ヒロインじゃ無いのなら別に何でも良いわ。
「ええ、良いわよ。あの子はヒロインじゃ無かったんでしょ?」
「ううん。ヒロインだったわ。」
おぉぉぉぉいぃぃぃぃ!?
「ヒロインなの!?」
仰天したあたしがマリに喰らい付くように訊き返す。
「うん。」
マリが頷く。
「ちょ・・・あんた何でそんなに落ち着いているの!?」
あたしが尋ねるとマリは考えてから言った。
「うーん・・・とにかく彼女の話を聴いて。」
まあ、そう言うなら・・・。
あたしはマリの後ろにくっついてヒロインことアリスさんに近づいた。
そして改めてアリスさんをマジマジと眺めた。
なるほど。
美人だわ。
そして似てるわ。あの立ち絵の顔を3次元にしたらこんな感じになるのかって納得できる位にはよく似てる。
でもゲームの立ち絵で描かれていた媚び顔全開の腹立つ甘ったるい表情では無くて、キリリと締まった表情に穏やかな微笑みを浮かべている。
つまり、そう言う美人。
「先程は失礼致しました、ハナコ様。」
アリスさんがあたしに頭を下げる。
「あ、いえ。」
あたしも頭を下げ返す。
「ふふふ。」
アリスさんが笑う。
「?」
あたしは首を傾げる。
そしてアリスさんは言った。
「そうやって釣られて頭を下げちゃう処はやっぱり『元日本人』ですね。」
・・・。
・・・ん?
・・・はっ!?!?!?
今、なんつった!?
あたしは自分の耳が信じられなくてマリを見た。
マリは困った様な顔で頷いた。
「アリスさんも『転生』してるんだって。」
「!!」
あたしはアリスさんを再度見る。
「・・・。・・・マジで?」
あたしが尋ねるとアリスさんも頷いた。
「マジで。」
ウソだろーーー!?
でも・・・でも、確かに思わず口をついて出た『マジで?』と言う言葉にアリスさんは正しく反応して見せた。
この世界に『マジ』と言う言葉は存在しない。従って他の誰かに『マジで?』と問うても『マジで。』と返される事は無いんだ。
でも彼女は間髪入れずに返してきた。
・・・。・・・いやいやでもでも。偶然って事もある。良し。再確認だ。
「じゃあ質問。」
あたしは生真面目な表情を作ってアリスさんに迫る。
「どうぞ。」
アリスさんは余裕の微笑みで頷いて見せる。
「聖夜ツリーを日本では何と呼んでいた?」
「クリスマスツリー。」
「・・・。」
「因みに去年の秋に突然大々的に王都で行われた豊穣祭はハロウィン祭かな? カドマツはそのまま門松で、あとやってないのは七夕とかセントバレンタインデーとか雛祭りくらい?」
あたしは強烈に酸っぱい梅干しでも口に突っ込まれた様に渋い顔を作って目を閉じた。
うーん・・・本物だ。本物の転生者だ。
こんな事ってある?
まさかヒロインまでが転生者だなんて・・・。
現実を受け容れ切れてないあたしにアリスさんは言った。
「此処で立ち話も何ですし、先程のテラスでもう少しお話でもしませんか?」
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
あたし達3人は春先のまだ肌寒いテラスでテーブルを囲んで座っていた。
「では、取り敢えず・・・。」
アリスさんが口を開く。
「全員が前世持ちという事で、タメ口でも結構でしょうか?」
確かにその方があたしもやりやすい。
「ええ結構です。」
「はい、私もソレでお願いします。」
「オッケー。」
あたしとマリが頷いた瞬間にアリスさんの・・・アリスの口調が砕けた。
「じゃあ先ずは私の自己紹介をさせて貰うね。」
「うん。」
「前世の私の名前は夏神亜梨子。夏の神でカガミ。亜細亜の亜に梨の子供でアリス。」
へぇ、本名なんだ。
「それでアリス=ミラーか。まんまだね。」
あたしがそう感想を言うとアリスは不満げな表情になる。
「仕方無いじゃん。ゲームであたしがヒロインに付けた名前なんだから。でもだからってそのまんま転生後の名前に使う事無いじゃんね。」
「ま、でもヒロインだしある意味正しい名付け方よね。」
あたしが言うとマリも頷く。
「そうだねヒロインは公式の名前とか無かったし。」
「え?」
アリスが首を傾げる。
「公式ネームあったじゃん。」
「え、そうなん?」
「・・・。」
アリスはジッとあたしとマリを見つめた。
「ん?」
どうした?
「ちょっとさ、確認したいんだけど・・・その前に貴女の自己紹介を聴かせて貰える? マリさんの自己紹介はさっき聴いたんだけど貴女のはまだだったから。」
「あ、そうか。」
そう言えばまだしてなかったな。
「あたしの前世の名前は風見陽菜です。風を見るでカザミ。太陽の陽に菜っ葉でヒナ。」
「ヒナさんね。」
アリスは頷くと改めてあたし達を見た。
「じゃあ聴きたいんだけど2人はどうやってこの世界に来たの?」
「私は12歳の時に病気で死んで、気が付いたら6歳のマリーベルになってました。」
「12歳で病気かぁ・・・。ソレは辛かったね。」
アリスは慰める様にマリの頭を撫でた。
「あたしは18歳の時に理由は解らないけど、いきなり13歳のヤマダ=ハナコになってたわ。」
「理由は解らない・・・?」
「うん。気が付いたらハナコ家のベッドに寝かされていたの。」
「そっか・・・あ・・・。」
アリスは何か考えているみたいだったけど、何かに気が付いた様に声を上げてから気の毒そうにあたしを見た。
なんだ?
「ちょ・・・ちょっと待ってね。今、整理するから・・・。」
アリスはあたし達の怪訝な表情を受けてそう言うと1つ頷いてから改めてあたし達を見た。
「あのさ。もう1つ訊きたいんだけど2人はゲーム発売から算えてどれ位でコッチに来たの?」
アリスの質問にあたしとマリは顔を見合わせる。
「あたしはゲームの発売日。」
「私は発売してから1ヶ月くらい経ってから。」
「ああ、随分早かったんだねぇ。」
アリスはウンウンと頷く。
「アリスさんは?」
「私は発売から約2年後。大学2年生の時。サークルで旅行に行った時車が崖から落っこちて、多分その時に死んだんだと思う。」
「うわー・・・壮絶・・・。」
あたしは眉を顰め、マリは悲しげにアリスに尋ねた。
「痛かったですか?」
ただ当のアリスはケロッとした顔で答える。
「ん? いや全然。何が起きたのか訳分からんかったし。」
「そ、そう・・・。」
なんつーか、砕けてるな。
アリスはあたし達の反応には頓着せずに話を進める。
「それでね、ヒロインの公式ネームの話なんだけど。実はね、あのゲーム追加コンテンツとか出てるのよ。」
「ウソ!?あのクソゲーが!?」
あたしは思わず大声を出してしまう。
「人気在ったとか・・・?」
「いや、全然。ボロクソに叩かれてたわよ。でもまあ、そこら辺に関しては何時もの事だしね。あの会社は。新ジャンルのゲームを出す度に超薄っぺらい内容のゲームを出してプレイヤーから金だけ掻き集めて叩かれるってのがデフォルトだから。」
「そう・・・。」
何か・・・楽しみにしていた当時のあたしが可哀想過ぎて涙が出そうだわ。
「しかも追加ダウンロードコンテンツの発売が本編発売の1ヶ月後だったのよ。」
1ヶ月後!? 早くない!?
「続編ってそんなに簡単に作れるモノなの?」
「んな訳無いじゃない。」
「・・・。」
あたしの疑問をアリスは即座に否定で返す。
「コレもあの会社の何時もの手口なんだけど、完成品の80%くらいを最初にフルプライスで販売するの。で、その後に残り20%をさも人気が出たから急いで作って販売しましたよ、的な事をするのよ。プレイヤー側もソレを知ってるから今回も大炎上よ。」
「ふざけんな。」
「そうよ、マジでふざけんなって感じだわ。」
あたしが憤慨して呟くとアリスもソレに乗っかって頷いて見せる。
「それでそのダウンロードコンテンツも想像の斜め上を行く酷さで初週の販売数が1000本にも届かなかったのよ。しかも大荒れ。で、慌てて企業側も無料ダウンロードに切り換えたんだけど、今度は買った人達が返金しろと騒ぎ出して暫くあの界隈は荒れてたわ。で、その時に何か知らないけど公式ネームが発表されてね。確か『レイラ=シルバーフレイム』だったかな。」
「だっさ!」
思わず叫ぶ。
いやマジでセンス無さ過ぎる。凡そ乙女ゲーのヒロインに付ける様な名前じゃない。
アリスがキラリと目を輝かせた。
「じゃあ、貴女達はコレも知らないわね。本編では魔女が出て来なかったでしょ。」
「うん。」
「実はちゃんと魔女は出て来ているのよ。」
「え?」
あたし達は首を傾げて、直ぐに気が付いた。
「あ、ダウンロードコンテンツ・・・。」
アリスは頷いた。
「そう、ダウンロードコンテンツに出て来たの。コレも企業がワザと分割販売した良い証拠だってみんな騒いでたな。」
うん、あたしもそう思うわ。
「魔女って誰だと思う?」
アリスが尋ねてくる。
その訊き方は、あたし達が知っているキャラの中に居るって事よね。あたしはイヤな予感がした。
「まさか・・・。」
アリスは頷いた。
「そう、マリーベル=テスラ=アビスコートよ。」
「そうなの・・・。」
マリが青ざめた顔で呟いた。
あたしはマリの手を握る。
「マリは違うよ。全然関係無いわ。」
「うん、解ってる。」
マリが頷いた。
アリスも微笑んで頷く。
「私もそう思うわ。この世界のマリーベルは・・・貴女はゲームのマリーベルとは全然別人だわ。何だか温かいし強さを感じる。」
「そう・・・かも知れませんね。」
マリは薄らと微笑んだ。
「私にはいつもヒナちゃんが側に居てくれたから何も迷うことは無かった。」
「そっか、良いわね。」
アリスは優しげにマリの頭を撫でた。
ちょっとアリス。さっきからマリに触りすぎ。とは言えず、あたしはモヤモヤしながらも気になっている事を訊いた。
「それでアリス。何でマリーベルは魔女になんかなってしまったの?」
あたしの質問にアリスは溜息を漏らす。
「それも薄っぺらくてね。ヒロインに攻略対象を奪われた腹いせに、魔王を呼び出して魔女にして貰うの。で、国に魔物を放って混沌がなんちゃらかんちゃらって感じ。ソレをヒロインが聖女、攻略された
奴が勇者、他の2人がサポート役になって魔女を倒しに行くってあらすじ。」
「・・・。」
いや、もうホントにさっきから酷いわ。ホントに言葉が出て来ない。
「・・・もうさ、何?そのムリヤリ感。魔女が話しに絡められなかったからって後付け感がハンパ無いんだけど・・・ライターは素人なの?」
「まだ在るわ。」
あたしの疑問には答えずにアリスは続ける。
「まだ在るの・・・?」
もう、ウンザリなんだけど。
「ええ、取っておきがね。・・・このダウンロードコンテンツ、まさかのRPGで出て来たのよ。しかも何十年前のRPG?って言いたくなるくらい古臭い奴。」
「は? 何で? ソレじゃあ全然別ゲーじゃん。」
「そう、だから初週のスレは荒れたわよ。『乙女ゲーにRPG要素出して受けると思ってんのか』とか『スタッフは脳味噌沸いてんじゃ無いの?』とかボロクソだったわね。」
あたしとマリはゲッソリと溜息を吐いた。
「もうイイ。聴きたくない。」
何とかそう言った。
これ以上聴いてると頭が可笑しくなりそうだ。
アリスも頷いた。
「そうね。この辺りはもう幾ら話してもキリが無いから後日改めてゆっくりと。」
「はいはい。後日ね。」
あたしがぞんざいに返すとアリスが顔を寄せて来た。
「でね。」
「な、何?」
思わず仰け反りながら彼女を見る。
「今日の本題に入りたいの。貴女方にどうしても訊きたい事があるの。」
今までの雰囲気とは打って変わって、アリスの双眸はとても真剣だった。




