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憂愁のヤマダハナコ  作者: ジョニー
チャプター1 1年生編 / 一学期
9/105

M9 2人の部屋



 翌日、マゼルダ婦人に部屋の鍵を預けたあたし達は学園に向かった。


若干の視線を浴びながらも、あたし達は気にせずにこれからの2人の共同生活に思いを馳せながら楽しく登校を果たす。




「ごきげんよう、ハナコ様。」


「ごきげんよう、シルバニー様、カール様。」


 教室に入ると、挨拶をしてきたアイナ様とフレア様にあたしは笑顔で挨拶を返した。でも2人の笑顔はあたしの横を見て一瞬だけど消えた。


「あ・・・アビスコート様、ご機嫌麗しゅう・・・」


 慌てて2人はカーテシーを施した。


「ごきげんよう、シルバニー様、カール様。」


 マリも・・・マリーベルも2人にぎこちない笑顔を浮かべて2人に挨拶を返した。




 うん、まあそうなるよね。想定内よ。


 あたしはアイナ様とフレア様を見る。やや声を張るのがポイントよ。


「シルバニー様、カール様。あたし、マリーベル様とお友達になりましたの。」


 他のクラスメイト達が話を中断して此方を見た。よしよし。


 あたしの思惑には気付かずにアイナ様とフレア様はあたしの発言に驚く。


「え・・・ハナコ様、アビスコート様のお名前を・・・」


「ええ、お許し頂いたわ。ね、マリーベル様?」


 そう言ってあたしはマリーベルに笑いかける。


 不安気にあたしを見上げたマリーベルはあたしの笑顔を見てフワリと安心した様に微笑んだ。


「はい、ヤマダ様。」


「!」


 アイナ様とフレア様だけで無くあたし達に注目していたクラスメイト達も、マリーベルの天使の微笑みに息を呑んだ様だった。




 事情を知らない下級貴族のみんなの中のマリーベルは『傲岸不遜で身分高い者以外は人と認めず、気に入らない者は誰であろうと権力を振りかざして排除する』・・・それ故に、今までクラスでも誰も近付けなかった、そんな認識の筈だ。




 先ずはその作られたイメージを打ち崩す。噂とは違う人の様だ。知らない人達にそう思わせるんだ。


その為には、あたしも一撃で轟沈させられたこの天使の微笑みを利用しない策は無い。そして、第一手は成功したようだった。




 だってその証拠に、好奇心の強いアイナ様が恐る恐るだけどマリーベルに話し掛けたのだから。


「あ・・・あの、アビスコート様。私はアイナ=シルバニーと申します・・・。」


 マリーベルは頷いて微笑んだ。


「はい、存じて居ります。子爵家の御令嬢でいらっしゃいますわね。いつもヤマダ様と仲良くされていらっしゃるのを存じて居ります。私とも仲良くして頂けたら嬉しいです。」


「は・・・はい、こちらこそ喜んで。」


 おおぅ。いつも大人びたアイナ様があんなに素直な笑顔を見せるとは。




 そしてマリ。良く頑張った。昨夜、あたしの交友関係の予習と挨拶の練習をした甲斐があった。まあ、元々マリーベルのスペックを抜きにしてもマリ自身の知的スペックが高いから雰囲気に呑まれさえしなければ大丈夫だとは思っていたけど。




「あ・・・あの、アビスコート様!私はフレア=カールと申します!」


 アイナ様への優しい応対に勇気を得たフレア様の噛み気味の自己紹介にもマリーベルは天使の微笑みで対応する。


「はい、存じて居ります。男爵家の御令嬢でいらっしゃいますわね。確かご実家は交易商として素晴らし業績を上げていらっしゃるとか。カール様も御二人とも仲良くされていらっしゃるのを存じて居ります。私とも仲良くして下さいませね。」


「はい、宜しくお願いします!」


 うん、フレア様の天真爛漫な笑顔はいつ見ても癒やされる。




「じゃあ、お昼はこの4人で摂りましょう。」


 あたしの提案にみんなは頷いた。




 お昼は学内の購買部で購入した物を中庭で食べる事にした。


昨日に引き続き絶好のアウトドア日和で温かな春の陽気と芝生の薫りが得も言われぬ高揚感を誘ってくれる。




「え・・・では、アビスコート様とハナコ様は一緒のお部屋になったんですか?」


 アイナ様の質問にあたしは首肯して見せる。


「はい、そうですよ。」


「・・・」


 無言で顔を見合わせるアイナ様とフレア様にあたしはクビを傾げた。


「どうしました?」


「いいなあ。」


「え?」


 身分差のツッコミが入ると思っていたあたしは思わず間の抜けた声で訊き返してしまった。


「だって仲良くなったお友達と同じ部屋になるなんてきっと楽しいじゃないですか。」


「・・・ああ、うん、そうですね。」


 この2人の感想も前世では当たり前の感情なんだけど、貴族令嬢としては変わってるよね。




「お二人は違うお部屋なのですか?」


「そうなんです。」


 マリーベルの問い掛けにフレア様は頷いた。


「私の同室の方は子爵家の御令嬢なんですけど貴族はこう在るべきって、よく意見をされて疲れる時が在るんです。アイナ様やハナコ様みたいに気楽に話せる方が良かったのに。」


 その言葉にアイナ様が不本意そうな表情を見せる。


「気楽って・・・私、そんなに気安いかしら?」


「とってもお話し易いわ。仲良くして頂いた途端に『アイナって呼んで。敬語も面倒だから不要よ』って言ってくれたんだもの。ああ、いい人だなって思ったわ。」


「そ・・・そう。」


 うーん、美貌の少女の照れ顔は尊いですな。


「・・・あ。」


 何かに気付いたようにアイナ様があたしを見た。


「名前呼びと言えば・・・」


 美しいお顔があたしににじり寄る。


「な・・・何ですか?」


「なんでアビスコート様には名前を呼ばせて私達には呼ばせてくれないんですか?」


 不満気に口を尖らせる顔が可愛い。・・・いやいや質問に答えねば。


「いや・・・。どのタイミングで言えば良いのか判らなくなりまして・・・。マリーベル様の時は流れでそうなったんですが・・・」


 アイナ様はあたしの表情を伺う様にジッと見る。


「・・・じゃあ、私はヤマダ様とお呼びしても宜しいんですのね?」


「も・・・もちろんです!」


 あたしがコクコクと頷くとフレア様も手を挙げる。


「わ・・・私も呼ばせて頂きたいです!もちろん私の事はフレアと呼んで下さい!」


「判りましたわ、フレア様。」


 アイナ様はニッコリと笑う。


「私の事はアイナで。」


「はい、アイナ様。」


 ・・・本当は日本人の感覚的にはハナコ様の方がしっくりくるんだよなあ。それに実はハナコ様って呼ばれ方も可愛いと感じ始めていて、最近は何気に気に入ってたんだけど。




「あの・・・宜しければ私の事もマリーベルと呼んで頂けたら嬉しいです。」


「!?」


 怖ず怖ずと手を挙げて希望を述べたマリーベルに2人は驚きの視線を向ける。


「よ・・・宜しいのでしょうか・・・?」


 2人はおっかなびっくりな感じだ。そりゃ、そうだ。天下の侯爵令嬢様が名前を許してくれるなんて人生でもそうそうは無いだろうし。


 とは言えマリーベル・・・マリもおっかなびっくり何だろうな。


「お二人が嫌で無ければですが・・・」


「嫌だなんてっ・・・とっても嬉しいです!マリーベル様!私の事は是非アイナとお呼び下さい!!」


「私も!マリーベル様!フレアとお呼び下さい!!」


 二人とも・・・あたしの時とは随分と喜びの度合いが違くないかい?


「有り難う御座います。アイナ様、フレア様。」


「・・・」


 ホッとした様に微笑むマリーベルの笑顔に思わず見惚れる3人だった。




 講義が終わり寮に戻ると、マゼルダ婦人から部屋の鍵を『2つ』と各々の自室の鍵を受け取った。部屋に入ればマリの荷物は全てあたしの自室の反対側、今日からマリの自室となる部屋に既にセットされていた。


「・・・」


 今日から此処はあたし達『2人』の部屋。


 あたし達は暫く無言で、小物以外は綺麗に設置された其の部屋を眺めていた。何か、沸々と感情が湧き上がってくる。


「ヒャッハー!!」


「!?」


 ギョッとなってマリが唐突に叫ぶあたしを見る。


「ヒ・・・ヒナちゃん?」


「マリが来たーっ!楽しくなるぞーっ!」


 マリの驚きを余所にあたしは叫んだ。


「ヒナちゃん・・・うん、楽しくしようね。」


 マリも頬を染めて喜んでくれる。




 何をしようかな?マリと何をしようかな?ああ・・・ワクワクが止まらない!






「ねえ、本当にいいの?」


 あたしはマリのまさかの提案に若干の戸惑いを感じながら尋ねる。




 夜も更けて、『さあ寝よう、お休みなさい。明日も宜しくね。』という場面なのだが、あたしは何故かマリーベル様の麗しき御寝所にマリーベル様と2人で立っていた。


 マリはニコニコしながら頷く。


「うん、昨夜はあたしが泊めて貰ったし、今日は私が招待する番だよ。」


「そ・・・そうなの・・・」


 気後れしてしまう。侯爵家の御令嬢がお休みになられる天蓋付きの豪奢なベッドに、あたしみたいなのが潜り込んで良いんだろうか?




 そんなあたしの気後れなどには頓着せず、マリはベッドに潜ると布団を持ち上げてあたしを誘う。


「どうぞ、来て。」


「・・・」


 だから其のしどけなさは妖艶なんだって。


 今のあたしは漫画ならきっと顔が真っ赤になって、ポンッて頭から蒸気を吹き上げてるんだろうな。


「・・・お邪魔します。」


 あたしはモソモソとマリのベッドに潜り込んだ。


 月明かりが有るとは言え、薄暗いから大丈夫だろうけど顔が真っ赤なのはバレたく無いな。




「うふふ。ヒナちゃん。」


「なあに?」


「顔、真っ赤。」


 ・・・え!?バレてる!?なんで!?


「え・・・なんで分かんの!?」


「そりゃ、こんなに近ければ分かるよ。」


 言われてマリを見ると、確かにマリの頬も紅く染まっている。




「・・・マリも真っ赤だよ?」


「そうかもね・・・。」


 あたしが言うとマリは恥じらいながら微笑んでそう答えた。そして。


「ヒナちゃん。」


 マリはゴソリと動いてあたしに身を寄せた。


『チュッ』


 小さな音と共に温かく湿った感触があたしの頬に残った。


「マ・・・マリ?」


 あたしは驚いてマリを見た。


「ありがとう、ヒナちゃん。ヒナちゃんは私の欲しいモノをたくさんくれる。今のは・・・せめてものお礼。」


 心臓がドッカンドッカン突貫工事を始めている。


 ヤバいヤバい。変な気分になる。




 マリは照れ臭くなったのかあたしの言葉を待たずに


「おやすみ。」


 と囁いて背を向けた。




 いや、お休みって・・・休めないよ!




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 アイナ様とフレア様との交友関係を皮切りに、この2~3日でマリーベルの学園内での交友関係はかなり改善された。最もあたしが仲良くしている下級貴族の令嬢ばかりだけれども、マリーベルに声を掛ける学友が大幅に増えた。




 マリーベルの実家での環境を知っている上級貴族の令息令嬢は遠巻きに見ているだけなんだけどね。それに下級貴族の令嬢の中で次第にマリーベルの株が上がり始めているのも気に入らないらしく、偶に陰口を叩いているのも耳にする。


 マリが特段に気にする様子が無いのであたしとしても知ったこっちゃ無いが。




 入学当初に描いた未来予想図とは大幅に違うけど、あたしは今の環境に大いに満足している。







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