S13 マリーベルの追蹤 2
翌日から私達は精力的に学園祭に向けての準備に勤しんだ。特にヒナちゃんが「どうしたんだろう」って思うくらいに凄く頑張ってくれている。
さて仮装喫茶の方は衣装の採寸も済んでいて、予定では1週間後には届けられる手筈になっている。あとは喫茶の中心とも言える飲み物の類いだ。
食通連でアイナさんとセーラさんに茶葉を選んで貰ったけど、選定したのは2種類だけ。前世の呼び名で言うとダージリンとアールグレイ。
私としてはジャスミンティーが好きだったんだけど、まぁいっか。
「最低でも後7種類くらいはメニューを揃えたい。」
ヒナちゃんの要望にクラスのみんなが意見を出し始める。
1つはフレアさんお勧めの黒豆茶が決まった。所謂コーヒーよね。アレ、メチャクチャ苦くて苦手。前世ではミルクと砂糖を落として甘いカフェオレにして飲んではいたけど、なんでアレのブラックを平然と飲める人が居るのかが理解出来ない。
あと6種類。ハーブティーとフルーツジュースで粗方は決まった。この紅茶類の幾つかにフルーツ果汁を垂らしてフルーツティーも加える。
後は誰が茶葉を用意するかと器具の用意だ。みんな貴族だけあって、慣れ親しんだ紅茶に対しては妥協をする気が無いらしく意見交換と役割の振り分けは白熱していた。
因みにヒナちゃんはその様子をニコニコと眺めていた。
きっと「去年よりメチャクチャ楽」とか考えているんだろうなぁ。可愛くて思わずコッソリと笑ってしまう。
私達が作る料理の方もクッキー類とパウンドケーキ系で良さそうなので然程に難しいモノじゃ無いし助かる。まあ料理じゃなくてお菓子だけどね。
さてお料理倶楽部の方だけど。
全メンバー65人中、参加が難しそうな人が7名。みんな同じクラスの人で去年のあたし達の様に小講堂を借り切って劇をやるらしい。因みにタイトルは私の大好きな『星に願いを』っていう物語。
生まれつき病弱な青年が幼なじみの女性を想いながら持病に因って命の灯火を消してしまう。その今際の際に眼前を流れた星に願うんだ。
『もし生まれ変われたなら健康な身体になって彼女と結婚が出来ますように』と。
そんな彼を哀れに思った流れ星は彼に吟遊詩人としての二回目の人生を与えて・・・。
って話だ。
初めて読んだときは前世の自分と重ねてしまって涙が止まらなかった。
私、絶対に観に行くわ!
「衣装合わせするよー。」
準備に勤しむある日、フレアさんの陽気な声がクラス全員の意識の全部を持ってった。
今回は去年と違って全員が仮装する。量が半端ない。
各々が自分が扮する衣装を手に取って更衣室に足を運んでいく。
去年のリトル=スター組はみんな違う物語の衣装を選んでいる。クラスメイトからは反対されたんだけど、やっぱ違うのを着たいしね?
って訳で私はもちろん『星に願いを』からヒロインで幼なじみのオルエッタさん。セーラさんはリトル=スターから私が去年演じたアルテナ様。アイナさんは『生の慟哭・死の欠片』から悲劇のヒロイン・アウローラさん。フレアさんは『神々の黄昏』から剣の美姫エリエーン様。
そしてヒナちゃんは『帝王の咆哮』から覇王エーランド。近隣諸国に虐殺王として恐れられた王様。もちろん盛大に不満げな顔をしていた。
でも。
端々に金の細工をあしらった漆黒のノーブルスーツと背中に羽織るは純白のマントがヒナちゃんの白い肌と華奢な身体に映えていてとても綺麗だった。
ソレに去年のロンディール様も凄く綺麗だったけど、今回のヒナちゃんは美麗さと威厳さのコントラストをその身に纏っているようで凄く・・・何かこう・・・セクシーだった。
「・・・。」
言葉を失って少し不機嫌そうなヒナちゃんを見つめていた私はハッとなった。
いつの間にかアルテナ様の格好に扮したセーラさんがヒナちゃんの横にピッタリとくっついて何か囁いてる。私も慌ててヒナちゃんの反対側に立って彼女の腕をギュッと掴む。
ヒナちゃんのジト目にちょっと強く掴みすぎたかなって反省。
「ヒナさん、生徒会室に行ってくれるかしら?」
「・・・。」
マルグリット先生の呼び出しに応じてヒナちゃんが生徒会へ出向いてから既に刻は4時間を超えた。遅い。遅すぎる。
私は気が気では無かった。あそこにはセシル様がいる
あの人は危険だ。
セーラさんやリューダ様を危ないと思った事も在ったけどセシル様はもう全然違う。ヒナちゃん自身は気が付いて無いと思うけど、彼女があの人に向ける笑顔はいつもと違う笑顔だ。ソレにセシル様も多分ヒナちゃんを気に入ってる。
でもヒナちゃんがもし・・・だったら私は・・・どうしよう? どうしたら良いかな。
悶々と悩んでいると
「ただいま~。」
と声が聞こえた。
ヒナちゃんが帰ってきた!
「お帰り、ヒナちゃん。」
思わず笑顔で彼女を出迎えるとヒナちゃんは私の顔を見ながら「完璧超人がどうの」とブツブツ呟いていた。
・・・何の事?
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
学園祭『グラス=ベル=フェスティバル』。初日はお日様カンカンの快晴だった。
去年と同じ開会式が大講堂で開かれている。私のクラスの出し物は喫茶である為、開催と同時に開店しなくちゃいけない。というか集客を考えるならそうしなくちゃいけない。
と言う事もあって、ヒナちゃんの提案で仮装済みの状態でオープニングセレモニーに参加する事になった。総勢30人がゾロゾロと制服とはほど遠いド派手な格好で大講堂に登場した事もあり、他クラスの注目を一身に集めまくった。
特に注目されているのは『セント=ミハイル・ストーリー』に出てくる3王子に扮したエリオット様とリューダ様とエオリア様。
絵になる3人に女子生徒の視線が熱い。
ヒナちゃんが
「絵になるなぁ・・・。」
なんて多分無意識なんだろうけど呟いていたので私はヒナちゃんに耳打ちしてきた。
「ヒナちゃんも負けてないよ。」
「・・・。」
ヒナちゃんの顔が赤くなる。ふふふ、可愛い。なんて思っていたら
「マリも可愛いよ。去年のも良かったけど今年のも大人っぽくて良いね。」
素敵な笑顔で微笑まれた。
「・・・!!!」
もう・・・もう!
そんな素敵な笑顔でそんな事を言うなんて!
凄く嬉しい!
ああ・・・でもヒナちゃんの無意識プレイガールぶりが堂に嵌まり過ぎてて怖い!
私はヒナちゃんの笑顔から眼が離せなくて顔が火照るのを自覚しながらも彼女を見詰めてしまった。
そしてフェスティバルは滞り無く始まり戦いの火蓋が切って落とされる。
大講堂に仮装した状態で集まったのが功を奏したのか宣伝効果は抜群で、仮装喫茶は本当に賑わった。そして店の賑わいはそのまま裏方の戦況に直結する。
私達5人が担当するお菓子メニューはクッキー類とパンケーキ類に限定したんだけどホイップが間に合わない。本当に人手が足りない。って事で比較的手薄な御令息達にホイップ作りを手伝って貰った。
本当は気心知れたリューダ様達3人にお願いしたかったんだけど、女性客人気No.1の3人を引っ張り込む訳には行かない。
しかもエリオット様とエオリア様に至っては珈琲担当でもあって、その『美味い珈琲を淹れてやるんだ』という入れ込み具合からも尚更「手伝って」とは言いにくい。
「アイナ、ジャムちょうだい。」
「はい。」
フレアさんの要請にアイナさんがジャムの壺を渡して私を見た。
「マリさん、イチゴジャムが少なくなってきた。」
あ、もう?
「わかった、今追加で・・・。」
・・・あれ?
追加のイチゴが置いて在るはずの籠の中に何も入ってない。
「・・・ヒナちゃん、イチゴどこ?」
私が尋ねると
「え?」
火の番をしていたヒナちゃんが振り返った。
「・・・。」
ヒナちゃんは発注を担当してくれたセーラさんと見つめ合う。まさか発注ミス?
セーラさんのサーッと青ざめる音が聞こえてきそうだった。
「ど・・・どうしよう、ヒナ・・・!」
ヒナちゃんは彼女の両肩に手を置いた。
「落ち着いて、大丈夫だって。何もイチゴジャムじゃ無きゃダメって事も無いんだから。
「でも・・・。」
普段は勝ち気の表情が多いだけにセーラさんの不安げな顔は可愛いななんて不謹慎にも思ってしまう。
「待ってて、初等部の厨房を見て来るよ。」
半べそになりかけているセーラさんの頭をポンポンと叩いてヒナちゃんはクラスの厨房を出て行った。
「大丈夫だよ、セーラさん。」
落ち込むセーラさんに私は声を掛ける。
「そうよ、セーラ。そんな顔しないで楽しみましょう?」
アイナさんが優しく微笑んで見せる。
「そうだよ、セーラさん。ヒナちゃんがきっと何とかしてくれるって。」
フレアさんがセーラさんの頭を撫でる。
「うん・・・。」
セーラさんは少しだけ微笑んだ。
『解決して直ぐに帰って来る』そんな私達の予想に反してヒナちゃんは中々戻って来なかった。
中々帰って来ないヒナちゃんを待ちながら私達4人は注文の応対に気を取られていた。途中で厨房の下男さん達が山盛りのスモモが入った籠を2つ届けてくれる。
「あ、コレってジャムの材料!?」
フレアさんが声を弾ませる。
「え、スモモで大丈夫かな? 酸っぱいでしょ、コレ。」
アイナさんがそう言うとフレアさんは首を振った。
「確かにイチゴで作ったジャムよりは酸っぱくなるけど、コレで作ったジャムもかなり美味しいよ。」
「そうなのね、とにかく作って見ましょう?」
セーラさんがそう言ってスモモを手に取る。
『ヒナちゃん、遅い。』
私は火の番をしながらそう思っていた。
ヒナちゃんの事だから戻る道すがら、文化祭を楽しみながら返ってくる事は想像出来るけどそれにしても遅い。
「ヒナ、遅いね。」
セーラさんが呟く。
「私、そろそろお料理倶楽部の方に行かないといけないんだけど・・・。」
フレアさんが困った様に言うとアイナさんが言った。
「フレアは行ってきて。」
「でも・・・。」
「少しの間なら私達3人でも回せるから気にしないで。」
「・・・うん・・・。」
フレアさんは私達を気に掛けるように振り返りながら厨房を出て行った。
「ただいま~。」
ヒナちゃんの呑気な声が厨房に響く。
「ヒナちゃんお帰り。遅かったね。」
私は竈から取り出したスコーンの山を運びながら答える。
ヤバい、自然と笑顔になってしまう。
「さっき、厨房の人がたくさんスモモを置いていってくれたわ。お手柄よ、ヒナ。」
アイナさんがスモモを煮立てながら言う。
「ありがとう、ヒナ。」
セーラさんがホッとした表情でヒナちゃんにお礼を言ってる。
「まあね、任せなさい。・・・って、あれ?フレアは?」
「お料理倶楽部の方に行ったわ。」
ヒナちゃんは「あ、そっか」て顔になった後
「よし、午後も頑張るか!」
って気合いを入れるように私達に言う。
「おお!」
私達は笑顔で応えた。
やっぱりヒナちゃんが居てくれると安心するな。
なんてホッコリした感想が頭からぶっ飛ぶくらいに午後は忙しかった。
怒濤の来客ラッシュは午後にピークを迎えていた。しかも午後から解禁した仕組みが・・・。
「マリーベル様、リクエストですよ。」
「・・・。」
またか。
私は思わず出そうになった溜息を慌てて呑み込む。
午後から解禁した仕組み。
ソレは『頼んだものを誰に持って来て欲しいかを、お客がリクエスト出来る仕組み』だ。正直に言えばお菓子を作りながらリクエストに応じるのはかなりキツい。
「・・・解りました。」
私が浮かべた笑顔は多分引き攣っているんだろうな。そう思いながら私は厨房を出て行く。
「頑張れー。」
ヒナちゃんの楽しそうな無責任な言葉が私の背中に投げかけられる。
私は渡された一輪の薔薇とオーダー品を手に持ってリクエスト客の所に行く。今回もお相手は貴族の御令息方だった。
「おお・・・。」
私が笑顔で近づくと皆さんが響めく。恥ずかしい。
私は黒豆茶を注ぎ、注文のクッキーを配って回る。
「どうぞ。」
「アビスコート様にお茶を淹れて頂けるなんて光栄です。」
声を掛ければ皆、頬を染めながら返礼してくれる。
嫌では無いのだけれど・・・粗忽をしたらと思うと疲れるの。
後は・・・この薔薇だけど・・・。誰かに渡さなくてはいけないんだけど・・・。
どうしよう。5人も居ると誰に渡して良いか解らなくなる。
ふと見ると御令息の中にワインレッドの髪の方が居た。ヒナちゃんの髪の色に近いかな。
私はその方に近寄ると薔薇を差し出した。
「どうぞ。」
「!・・・こ・・・光栄です!」
御令息方の騒ぎ声を背に聞きながら私はホッとして厨房に戻る。
「おかえり、オルエッタちゃん。」
ヒナちゃんがニマニマと笑いながら出迎えてくれるけど、何かその笑い方が腹立たしい。
「もう、ヒナちゃんだってその内リクエストが来るからね。」
「えー? あたしには来ないよ~。」
カラカラと笑うヒナちゃんの顔に疲労が漂うのはそう後の事でも無かった。
「ヒナさん、セーラさん、リクエストですよ。」
厨房に顔を覗かせたクラスメイトがニヤニヤ顔で伝えてくる。
「また?・・・勘弁してよ・・・。」
4回目の指名を受けたセーラさんがブツブツ言いながら厨房を出て行く。
「行ってらっしゃい。」
さっき5回目のリクエストを終えて帰って来た私はセーラさんを見送る。
「ふふふ、頑張れー。」
アイナさんと交代で戻って来たフレアさんが楽しそうだ。
本来ならアイナさんやフレアさんなんかは下級貴族と言う与しやすさとその愛らしさから、真っ先にターゲットにされて声が掛かりそうだけど殆ど声が掛からない。
でも、少し考えて見れば当たり前で、2人は高等部進学と共に婚約が確定している。ソレは私達の学年では既に有名な話。
そんな相手をリクエストに選ぶ御令息は先ずいない。
リクエストしてくるのはそういった事情を知らずに下心丸出しでリクエストしてくる人達だけだ。そしてそんな人達にはエリオット様とエオリア様の穏便だけど強烈な牽制が飛んでくる。
確りと護ってくれるナイトが居る2人が流石にこの時ばかりは羨ましかった。
「ヒナさん、早く。」
「・・・はーい。」
ヒナちゃんがヨロヨロと出て行く。
「ヒナちゃん頑張って。」
私とフレアさんの声が重なった。
「うーい。」
ヒナちゃんは変な返事を私達に返して注文の品と棘を取り払った薔薇を1輪受け取ると指名してきた席に向かっていく。
「キャー。」
・・・黄色い悲鳴が厨房にまで聞こえてくる。そう、ヒナちゃんを指名してくるのは御令嬢のグループなんだ。さっきもそうだった。
この女性からの人気は覇王エーランド帝王様のコスプレのせいだとヒナちゃんは思っているみたいだけど、ソレだけじゃない。
ヒナちゃん自身も自覚しているように、彼女は御令嬢からの人気がやたら高い。
外見は美しくて中身は取っ付きやすい。頼れば何とかしてくれるし護ってもくれる。本当に女の子が理想に描く貴公子様のような女の子なんだ。だからまだ恋を知らない御令嬢には真っ先にターゲットにされる。
「はぁ・・・。」
私は小さく溜息を吐く。
「キャー!!!」
また黄色い悲鳴が上がる。
「ったく、何やってんのよ。ヒナは。」
セーラさんがクラスを覗きながらブツブツ言っている。
そんなこんなで教室内を大騒ぎにして逃げる様に戻ってきたヒナちゃんをセーラさんの冷めた目つきが出迎えた。
「お帰りなさい、帝王様。」
「ヒナちゃん、格好いい・・・。」
逆にフレアさんは頬を染めてヒナちゃんに見惚れている。
「・・・。」
私は何だかもう何も言えなかった。
「な・・・何よぉ・・・別に良いじゃんよぉ・・・。」
ヒナちゃんの焦ったような表情が可愛くて思わず笑いそうになったのは内緒だ。
そしてバタバタと時間は過ぎていき、漸く長い1日目が終了した。
盛大な客入りに興奮醒めやらぬクラスメイトを尻目に私達5人はヘロヘロで座り込んでいた。
「去年より疲れた・・・。」
「「「うん。」」」
ヒナちゃんが呟くと、私達はセーラさん以外が総じて力無く頷いた。
「でも楽しかったわ。」
セーラさんは私達の顔を眺めながらそれでも満足そうな表情で呟く。
そうだね。楽しかったのは間違いないや。
そしてヒナちゃんが言った。
「ねえ、みんな。疲れているとは思うけど、後であたし達の部屋に集まってくれる?」
「?」
私達は首を傾げた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「で、ヒナ。集まれは良いけど、どうしたの?」
アイナさんが尋ねる。
「うん・・・。」
珍しくヒナちゃんが言い淀んだ。
なんだろう。ちょっと胸騒ぎがする。
「実はね・・・。」
そしてヒナちゃんは話し出した。
ライアス殿下に呼び止められた事。そして殿下が私に会いに行くと告げてきてヒナちゃんがソレを止めてくれた事。
信じられなかった。まさか殿下がヒナちゃんに接触してくるなんて。ソレだけでもショックだった。
だけど・・・次の話が今の話など比較にならないくらいに私を打ちのめした。
私と仲良くしてしまったせいで、ヒナちゃんの身が危険に晒される可能性が在ること。ソレだけじゃ無くセーラさん達やリューダ様達にまで危険が及ぶ可能性が在ること。
足下から全部が崩れていくような、奈落に吸い込まれていくような絶望が私の心の中に押し寄せてくる。
私が殿下に何かされる・・・とても嫌だけど、でもソレは私が我慢したらやり過ごせる事。でも、みんなが酷い目に遭うのだけは耐えられない。
ヒナちゃんが何か喋ってる。でも私の耳には入って来ない。
ヒナちゃんと離れたくない。でも・・・離れなくちゃいけないのかな・・・・。
私は彼女の顔を見つめながら泥沼のような重い思考の中を彷徨った。
「あたし達がマリさんの弱点になるかも知れないって事だけど・・・。」
「!」
セーラさんの言葉に私の心は現実に引き戻された。
「うん。」
「グレイバード様がそう言っていたのね?」
「うん・・・。」
ヒナちゃんは私を見ながら頷いた。
「で、でもソレはアルフレッド様の考えすぎで・・・。」
言い掛けたヒナちゃんをセーラさんは手で制して首を振った。
「いいえ。グレイバード様がそう仰ったのなら可能性は在るわよ。」
「そんな・・・。」
絶句するヒナちゃん達を見てセーラさんは苦笑した。
「・・・そうね。みんなは宮廷内の事って余り縁がないもんね。土地持ちの諸侯と違って宮廷貴族って王家から与えられる地位が全てなのよ。だから足の引っ張り合いが常に起きているの。醜いドロドロ話なんかは当たり前で・・・。」
セーラさんは一旦言葉を切って何かを思い出したかの様に一瞬だけ不快げな表情を見せる。
「・・・そしてグレイバード様は諸侯で在りながら宮廷での地位も下賜されている侯爵家のご子息よ。そこら辺の事情は良くご存知の筈だわ。だからグレイバード様が仰るなら、殿下がそう考えると言うのは充分に有り得る事だと私も思うの。」
「・・・。」
アイナさんとフレアさんが言う。
「じゃあ、私達はどうしたら良いの?」
ソレにセーラさんが優しげな声で答えている。
「だからグレイバード様はその対処法も確りとヒナに伝えてくれてるじゃない。」
「対処法ってあの『起きた事を冷静に受け止めて、殿下が失脚する日まで互いの所在を密に確認し合う事。それから御実家に必ず事実を伝える事。』って奴?」
「そう。」
セーラさんの声が聞こえる。
「正直、失脚するかどうかは判らないけど、彼がそう仰るのなら何かそんな情報が在るのかも知れないわ。とにかくグレイバード様が仰った『事実を客観的に把握する、仲間との連絡を密にする、頼る相手に偽りない真実を伝えて助けを求める。』は、危険な相手に狙われた時に上級貴族が取る行動の三原則みたいなモノなの。この方法でみんな大体の難事をくぐり抜けてるのよ。」
「定番って事・・・?」
「そ。言い換えればソレだけ堅実な対処法だって事。」
「・・・よし、解った。」
俯く私の耳にヒナちゃんの安心した様な声が届く。
でも・・・ホントにソレで必ずみんなを守れるの・・・?
私が・・・私が離れるのが一番良い選択なんじゃ無いの・・・?
そうだよ・・・独りには慣れてる。また2年前のそして前世の・・・あの頃に戻るだけだ。私が覚悟を決めさえしたら、大好きなこの人達に危害は及ばなくなる。
忌み子か・・・。ホントに私はそうなのかも知れないな。
・・・よし、覚悟を・・・決めよう・・・。
「・・・私・・・。」
言い掛けた私の口にセーラさんが手を置いて塞いだ。
「・・・!」
突然の事に私は驚いて言葉を止めてセーラさんを見る。
「マリさん、まさか私達から距離を置くなんて言うつもりではないですよね?」
「!」
心の中を見透かされて我慢していたモノが目から溢れてしまった。
「だって・・・。」
そう言うとセーラさんは少し眉根を寄せて怒った表情で私に言った。
「だってじゃ無いです。そんな事したら私、本気で怒りますよ。」
良く見たら彼女の綺麗な黒い双眸に赤味が差している。
「・・・だって・・・。」
申し訳無くて見ていられなくて私はギュッと目を瞑った。涙がポロポロと零れてしまった。
私の手をアイナさんの温かい手が包んだ。フレアさんが後ろから抱きついた。
「絶対に離れないわよ、私は。」
アイナさんの少し感情を押し殺した様な声が耳に届く。
「私もマリ様と友達止めるのは絶対にイヤ。」
フレアさんが震える声を抑えて静かに言った。
嬉しかった。本当に。嬉し過ぎて、でも申し訳無くて涙が止まらない。
「ありがとう・・・。」
と私はソレだけを小さく呟いて、耐えられずに蹲ったまま泣いた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
その夜、ヒナちゃんは自分のベッドに私を招いてくれた。
「・・・。」
私はヒナちゃんの顔を見つめる。と、ヒナちゃんが微笑んだ。
堪らず私は心の中を吐露する。
「ヒナちゃん、私・・・みんなに迷惑を掛けて・・・。」
「マリ。」
「!」
突然ヒナちゃんは私を抱き寄せた。
思わず身が震えて言葉が止まる。そんな私に彼女の優しい声が囁かれた。
「あたしは側に居るよ。絶対に離れない。ずっと側に居るからね。」
心の中が熱くなる。一番好きな人に一番欲しかった言葉を言って貰った。
泣きそうになるのを我慢する為にヒナちゃんを抱き締める腕に力が籠もった。でも我慢出来なかった。勝手に嗚咽が漏れてしまう。
私は辛うじて一言だけ伝えた。
「ありがとう・・・。」
そして泣いた。
「マリ。」
泣き続ける私の耳元にヒナちゃんは囁いた。
「今晩は幾らでも泣いて良いよ。だから明日からも頑張ろう?」
私はヒナちゃんの胸元に顔を埋めながらコクリと頷いた。そして
「頑張る。」
と答える。
ヒナちゃんの温かな手が私の頭を撫でてくれる。
私の中にまた忘れられない優しい思い出が増えた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
翌日。
「これで今年度の学園祭を終了します。」
生徒会長スクライド様の閉会宣言に呼応してみんなが声を上げた。その歓声収まらぬ中でスクライド様が声を張り上げる。
「この後、園庭にて後夜祭を企画しています。軽いダンスや歓談会程度の簡単なモノですが用意して居ますので未だ元気のある方々は是非ご参加下さい。勿論、寮にお帰りになるのも結構です。」
大講堂がザワザワとざわめく。
基本、貴族は新しい物好きが多い。と言うよりも『情報が命』の貴族社会に於いて消極的な生活態度は頂けないモノだ。殆どの御令息御令嬢が参加を表明している。
「ヒナちゃん行く?」
私達がヒナちゃんに訊くと彼女は少しだけ微妙な表情を見せた。
あ。ちょっと億劫になってるな、コレ。
「ああ・・・うん、あたしはちょっと疲れ・・・」
ヒナちゃんが其処まで言い掛けた時。
「ああ、アイナ。此処に居たんだね。」
エリオット様が現れた。
「エリオット様!」
アイナさんの目の色が変わる。
「・・・たんだけど、行く事にするわ。」
明らかに答えを修正した返答がヒナちゃんの口から漏れる。
なんで急に答えを変えたのかは解らないけど、まあいっか。
「ああ、フレア。此処に居たんだね。」
「エオリア様!」
フレアさんの目の色も変わる。
こうしてエオリア様とリューダ様も続いて登場して私達は園庭、つまり校庭に向かった。
「ああハナコさん、やっと見つけたよ。ちょっと来てくれるかな?」
園庭に着くなりセシル様が近づいて来てヒナちゃんに声を掛けてきた。
「え? えーと・・・はい。」
私以外のみんなが不思議そうにヒナちゃんとセシル様を見ている。ヒナちゃんは半ば引き摺られる様にセシル様に引っ張られていった。
うー・・・。またセシル様か。私が2人の背中を見送っているとリューダ様が小声で話し掛けてきた。
「マリーベル様。」
「はい?」
私は彼を見上げる。
彼は本当に大きくなった。
去年の夏頃は私と身長も体格もそんなに差は無かったのに、今や他の男の子達と較べても遜色ないくらいに大きい男の子になった。そして努力家で誠実で優しくて頭も良い。ヒナちゃんが好きにならないのが不思議なくらいに素敵な男の子になった。
きっとヒナちゃんと出会ってなかったら私も彼に惹かれていたかも知れない。
そんな彼がいつもの柔和な雰囲気を消して少し真剣な表情で私を見ている。
「何でしょう?」
私が尋ねるとリューダ様は少し逡巡した様子を見せた後に口を開いた。
「ヒナさんの事・・・アルフレッド様から聞きました。」
「!」
少し私の表情は引き攣ったかも知れない。
「そう・・・ですか。」
リューダ様はコクリと頷く。
「詳しい話は未だ聞いたわけではありませんが、王太子殿下に絡んで皆さんにも僕達3人にも危険が及ぶ可能性が在るとか。」
「・・・。」
「どういう事かと尋ねたのですが、アルフレッド様は先ずは貴女方から話を聴いて欲しいと言われました。その後に詳しい話をすると。」
「皆さん、良くお集まり頂きました。正直、予想以上の人数に少し戸惑っている処でもありますが。」
生徒会長のスクライド様の後夜祭開催の声が響いてくる。
一頻り笑いが起こる中で私は答えた。
「・・・解りました。」
そして私はリューダ様に昨日のヒナちゃんに起きた事を話した。
「そうでしたか・・・良く解りました。アルフレッド様から聞いた事とズレが無い。」
リューダ様は頷くと少し思案した後、私に言った。
「後でヒナさんをダンスにでも誘ってみます。其処で彼女からも話を聴いてみようと思います。」
「はい。」
私は頷いた。
少しだけホッとする。やっぱり信頼できる男の子に知って貰えるのは安心する。
スクライド様の話はまだ続いていた。
「・・・では、早速始めようと思います。が、その前に1人紹介したい方が居ます。・・・では、ハナコさん。こちらへ。」
急に名前を呼ばれてビックリしているヒナちゃんが見える。思わず笑ってしまう。
みんなの前に押し出されてキョロキョロしているヒナちゃんを見ながらスクライド様が話しを再開する。
「彼女が今回の『後夜祭』を提案してくれたヤマダ=ハナコ嬢です。彼女は未だ初等部の2年生ですが彼女から溢れる発想の数々は高等部の我々でも舌を巻く程です。」
「「「おお・・・」」」
響めきが起きる。
ああ、みんながヒナちゃんの凄さを知って驚いている。何か嬉しい。とても良い事だわ。でもきっとヒナちゃんは嫌がるだろうな。
「例えば皆さん。覚えていらっしゃると思います。去年、突然寮に現れた『聖夜ツリー』や『カドマツ』なるモニュメントの数々を。アレも彼女が発案したモノだとか。」
「「「おお!!」」」
「そう言えば『ユキガッセン』だっけ?アレもあの子がやり出したんだろ?」
そうそう!
「あと『ヒナマツリ』もハナコ様が始めたのよね。アレ、今年は私達も作って貰いたい。」
そうそう!
「更には倶楽部の増設や不慣れな1年生達の為にと倶楽部の勧誘会などにも一言を呈してくれたのが彼女です。」
「なんと・・・。」
会長の紹介が終わった事で、ヒナちゃんは露骨にぶっちょう面をしたまま後ろに下がっていった。
ああ、相当怒ってるな。
「因みにこの野営火を囲んで語らうこの集まりを『キャンプファイヤー』と称するそうです。」
拍手が鳴る。
「では点火!」
生徒会の御令息達が組木の中に火種を差込むと、煙が上がり始めやがて勢い良く燃え始める。
「おお!」
周囲から歓声が上がり、楽団の方々がメロディを奏で始める。
そして漸くヒナちゃんが帰ってきた。
「おかえり。」
不機嫌顔を隠そうともしないヒナちゃんを私達は苦笑交じりに迎える。
「酷い目に遭った。」
「まあまあ。」
セーラさんが苦笑いしながらヒナちゃんの背中を押す。
「美味しい物でも食べて忘れましょう?」
「ヒナちゃんの好きなチーズとトマトのクラッカーも置いてあったよ。」
「・・・。」
ヒナちゃんの表情が少し変わる。
後夜祭を楽しむみんなを眺めているヒナちゃんに私は囁いた。
「キャンプファイヤーなんて面白い事考えるね。」
ヒナちゃんはクスリと笑った。
「まあね。高校の学園祭で後夜祭の時にやったのよ。かなり楽しかったからね。」
「そうなんだ。」
いいなぁ。
「マリは楽しい?」
「え?」
私は首を傾げる。
「マリはキャンプファイヤーなんて初めてでしょう?」
あ・・・。コレもそう言う思いで提案してくれたのかな。嬉しくて少しだけウルッときてしまう。
「・・・うん。とっても楽しい。」
その時、リューダ様がヒナちゃんに話し掛けた。
「ヒナさん、踊りませんか?」
リューダ様が私をチラリと見た。私も頷く。
ヒナちゃんが私を見る。
私を気に掛けてくれるのが嬉しかったけど此処は当然送り出さないと。
「踊ってきて。ヒナちゃん。」
「え、ええ。」
ヒナちゃんのビックリ顔が可愛い。
リューダ様が差し出した手にヒナちゃんは手を置いて歩いて行く。
少しだけチクリと胸が痛む。
2人は本当に絵になる。ヒナちゃんが躓きそうになる度にリューダ様は彼女を支えながらクルリクルリと回っている。
ヒナちゃんの楽しそうな表情を見ていると私も男性パートを練習しようかななんて思ってしまう。でも女の子同士で踊るのは可笑しいかな。
2人が帰ってきた。多分、ヒナちゃんはリューダ様から色々訊かれていた筈だ。・・・でも何か彼女の顔がとても赤い。様子がおかしい?
「おかえり、ヒナちゃん。・・・顔赤いよ?」
「え!?・・・そ・・・そう?」
「・・・。」
・・・なんか違う話もしたのかしら。
ヒナちゃん、流されやすいからなぁ。
いきなりセーラさんがヒナちゃんの腕を引っ張った。
「セーラ?」
「次は私と踊りましょう。」
「は?」
は? ちょっとセーラさん!?
セーラさんが微笑んだ。
「大丈夫よ。私、リードも出来るから。」
「な・・・なんで!?」
そう、なんで!?
「いいから。行きましょう。」
セーラさんに引っ張られてヒナちゃんは戸惑いながら今来た道を戻っていく。
「・・・。」
何よソレ。だったら私だってヒナちゃんと踊りたい! リードは出来ないけど。悔しい。私も練習しとけば良かった!
私はプーッと頬を膨らませた。
セーラさんがグッとヒナちゃんを抱き寄せて何か囁いてる!
近いって!
私は持て余した感情を処理するために手近にあったマカロンの皿を手に取ってバリバリと頬張る。
そしてヒナちゃんの頬にセーラさんが唇を寄せたのが見える。
「!!!!!」
私は駆け寄りたい感情を必死に抑えながら更にマカロンを頬張る。
「マリーベル様、あんまり頬張るのは・・・。」
リューダ様が困った様な笑顔で私を諫めてくるけど気にしていられない。
「いぃんれふ!」
良いんです!と言ったつもりが上手く喋れなかった。
そして踊り終えたヒナちゃんが満更でも無い表情で戻って来る。当然セーラさんはツヤッツヤ状態だ。
「おかえり。」
私は感情を抑えてそう言った。でもとても笑顔まで添えるのはムリだ。
「マリちゃん、凄い顔。」
ヒナちゃんが苦笑して言う。人の気も知らないで。
「いいの。」
「ふふ。マリさんもヒナと踊ってきたら?」
セーラさんが少しからかう様に言ってくる。チクショウ。
「私、男性パートは踊れません!」
私はプイと横を向いて見せた。ちょっと意地悪だったかな。
この後、生徒会から色々なユーモア賞の発表があって、ウチのクラスも『頑張ったで賞』を受賞していた。
「ああ、疲れた。」
部屋に戻ってきて、真っ先に湯浴みを済ませたヒナちゃんはコタツに足を突っ込んでゴロンと横になった。
「お疲れ様。」
同じく湯浴みを終わらせた私もコタツに潜る。
「マリもお疲れ。」
「うん。」
ああ、疲れた身体にヒナちゃんの笑顔は癒やされるな。
「今年も楽しかったね。」
「だね。」
私が言うとヒナちゃんも相づちを打つ。
「ヒナちゃんの帝王スタイル格好良かったよ。」
「ハハ・・・。」
ヒナちゃんが乾いた笑いを漏らす。
本当にカッコ良かったのに。
「・・・あたしは偶にはヒロイン枠の扮装をしてみたいよ。」
「それはダメ。」
私は即答する。
こんなに綺麗なヒナちゃんがヒロイン枠なんて扮装をしたら御令息達が絶対に放っとかないもん。
「え、なんで!?」
まさか即答で却下されるとは思って無かったらしく驚いて尋ねてくる。
「なんでも。」
こんな独りよがりな理由は教えられない。
それよりも・・・。
「私も男性パート踊れるように練習しようかなぁ・・・。」
私が呟くとヒナちゃんが言った。
「ソレならあたしが踊れるようになった方が見栄えがするかもね。」
「それはダメ。」
私は即答する。
こんなに綺麗なヒナちゃんがダンスでリード出来るなんて知られたら御令嬢達が絶対に放っとかないもん。
「え、なんで!?」
「なんでも。」
こんな独りよがりな理由はやっぱり教えられない。
うーん・・・私、何か嫌な子だな。
ヒナちゃんは「うーん」と身体を伸ばす。
「・・・」
あの無防備の身体にギュッて抱きつきたいな。私は無言であたしの隣に潜り込んだ。
「なあに?」
ヒナちゃんがとても優しい微笑みで尋ねてくる。堪らなくて私はクイッとヒナちゃんに身を寄せる。
「ねえマリ。」
「なに?」
「今年は衣装を着て寝ようって言わないの?」
「・・・!」
私はハッとなった。そしてヒナちゃんの悪戯っぽい顔を見る。
もう!からかわれた!
照れ隠しに眉根を寄せて頬をパンパンに膨らませて見せた。
「ふふふ。」
ヒナちゃんが私の膨らませた頬をツンツンとつついてくる。
胸のドキドキを隠しながら私は抗議する。
「もう、意地悪言わないで。」
「ゴメンゴメン。マリが可愛くて、ついね。」
「・・・。」
もう!
そんな素敵な笑顔で・・・ズルいわ!




