M72 ヤマダ=ハナコ
あたしとマリはお父様に呼ばれて当面の流れについて説明を受けた。
「これから暫くの間、ヤマダとマリーベル嬢には学園を休学して貰う。」
お父様が仰った。
「はい。」
「解りました。」
あたしとマリは素直に頷いた。
「休学の理由は『暴漢に襲われたショックから来る重度の精神的疲労』という事にする。」
「「はい。」」
あたし達が了承するとお父様は「宜しい」と頷いた。
「其れと先程アビスコート家より返事が届きマリーベル嬢も併せて当家で預かる事になったので安心して良い。」
「!・・・有り難う御座います。」
マリが嬉しそうに頭を下げる。
やった! マリがどうなるのかが心配だったんだ。・・・でも変だな。マリを傷付けたいなら自分の家に置いていた方がやり易い筈なのに何でそうしないんだろ?よし聞いてみよう。
「お父様?」
「何だい?」
「何でアビスコート家はマリーベル様がウチに居る事を了承したんでしょうか?」
「・・・。」
お父様はあたしとマリを見て少し逡巡する様な素振りを見せたけど直ぐに口を開いた。
「・・・社交界は魑魅魍魎が跋扈する世界だ。」
は?
「もし仮にアビスコート家がマリーベル嬢を手元に置いて傷付けた場合どうなるだろうね?」
「・・・?」
「当然アビスコート家は『家に侵入した暴漢に娘が襲われた』或いは『家の中で事故が起きた』等、其れに類する言い訳を言わざるを得ない。そうなれば社交界からは『あの家は暴漢、又は事故から自分の娘すら守る事も出来ない無能な家』と言うレッテルを貼られる事だろう。」
「でも、裏事情を知っている貴族なら・・・。」
あたしが言うとお父様は首を振った。
「いいや、関係無いよ。アビスコート侯爵の評判は元々良いモノでは無い。となれば表面的には良好な関係を築いているが裏ではアビスコート家を引き摺り下ろしたいと考えている貴族達にとって、コレは絶好のチャンスだ。その事態に付け込んで必ずアビスコート降ろしが始まるだろう。」
・・・こわ。え、何? そんな世界なの? 社交界って。絶対嫌だわ。
固まったあたしを見てお父様は苦笑する。
「まあ、だからハナコ家からの申し出はアビスコート家にとっては渡りに船だったのさ。何しろ此れでハナコ家に全力で刺客を送り込む事が出来る。」
「え・・・。」
「それで首尾良くマリーベル嬢を傷付ける事に成功したら全てを私の責任に出来るからね。」
「そんな!」
マリが悲鳴を上げる。
「そんな・・・そんな事ダメです! ハナコ様に・・・皆さんに御迷惑をお掛けするなんて・・・。私、此処には居られない・・・。」
「マリ、落ち着いて!」
「でも!」
あたしはマリを宥めようと立ち上がりながらお父様を見る。何とか言って下さい、お父様。
お父様は上を見上げて思案する。
「ふむ・・・迷惑か・・・。まあ、確かに迷惑を被っているのかも知れないな。」
!?
お父様!?
仰天してあたしはお父様を凝視する。
お父様はフッと微笑んだ。
「但し、此れは貴女から被った迷惑では無い。昨日も言った様に貴女は寧ろ1番の被害者だ。今、私に迷惑を掛けているのはアビスコート家と其の周辺で下らない思惑に駆られて動いている大人達だ。」
お父様は立ち上がってマリの細い肩に手を置いた。
「貴女が気に掛ける事では無い。寧ろ私としてはいつもヤマダと一緒に居てくれる貴女への感謝を形に出来る機会を得たと思っているくらいだ。一段落が片付くまで、ヤマダと一緒にこの家でゆっくりと過ごして頂きたい。・・・宜しいかな?」
「・・・。」
マリはお父様をジッと見上げていたが、やがて目に涙を滲ませながらコクリと頷いた。
おお・・・。流石お父様。爆発寸前だったマリをいとも容易く落ち着かせてしまったよ。カッコイイじゃねーか。
そういや前世のとーちゃんも決めるときは決める男だったな。
あたしはふと気になった事を訊いてみる。
「お父様、じゃあ此処に刺客が来るんですか?」
「ん?」
お父様はあたしを見る。
「そうだね。中途半端な防衛なら来るだろうね。まあ、ウチには来ないよ。」
え、なんで?
「そう言う気が起きないくらいの重厚な防衛陣を張るつもりだからね。・・・今、傭兵が30人弱いるが、傭兵ギルドに掛け合って此れを200人に増員するつもりだ。」
200!?
200と言ったか、今。
「お・・・多すぎるのでは・・・?」
あたしが恐る恐る尋ねるとお父様は笑った。
「多すぎて良いのさ。いいかい、ヤマダ。戦いと言うのは剣を交えるより前に始まってるんだ。味方の協力を得て周囲への牽制を済ませて有利な状況を作り、敵の戦力を削ぎ、その上で敵を圧倒する戦力を用意する。そして相対した敵が剣を交える前に戦意を失う様に仕向ける。此れが戦いの基本だ。」
「はぁ・・・。」
突然始まった戦略論にあたしは付いて行けず、間の抜けた返事を返す。
「さて、では翻って今回の件を見てみよう。敵の戦力を削ぐ、と言うのは相手が相手だけに短期間で行うのは難しいので捨てる。では有利な状況とは何だろうか?」
「・・・ええと・・・。・・・何でしょう?」
そんな事聞かれても解んないよ。
「もちろんマリーベル嬢を我が家に匿える状況を作り出す事さ。そして更に言えば君達2人は同じ部屋に寝泊まりして貰い毎晩寝室を変えて貰う。そうやって敵の目的地・・・即ち君達2人の眠っている部屋の事だが、此れを攪乱させる。そうするだけでも敵は非常に手が出し難くなるんだ。そうしたら私は全力で我が家の安全を図れば良いだけの話となる。」
「・・・なるほど。あ、じゃあ出来てますね。」
「そう。」
お父様は頷く。
「そして敵の戦力だが・・・今回は何も軍隊をぶつける様な戦争をする訳では無い。向こうは闇夜に乗じて精々が10人程度の刺客を送り込む事が精一杯だ。それに対し、私は刺客の来襲に備えて隙を突かせない形で200人を配備する。また傭兵達も個々に買収されない様に相互に見張らせる仕組みを作るつもりだ。・・・これで侵入しようと思うかい?」
「馬鹿じゃなければ帰ると思います。」
「私もそう思う。・・・まぁ本音を言えば侵入してきて貰いたいと思っているがね。」
・・・まあね。其処まで徹底するなら入って来てくれた方が捕えるのも容易い。って言うか、昨日の今日で此処まで状況を整えてしまうお父様の行動力に驚かされる。
「お父様、カッコイイです。」
「ははは。何より嬉しい言葉だね。」
いやあ、イケメン中年の笑顔は尊いわ。
部屋に戻る時にマリが言った。
「ヒナちゃんのお父さんはカッコイイね。」
「・・・。」
その言葉にどれ程の羨望が込められていただろう。
「うん。」
あたしはマリの手を繋いだ。
「マリも頼って良いんだよ。」
「・・・。」
マリはあたしの顔を見て少し切なげに笑った。
「ありがとう。」
部屋に戻るとあたし達はのんびりと過ごした。本を読み、前世の話をし、途中から乱入してきたテオと最近王都で流行りのボードゲームを嗜む。
午後になってテオが家庭教師の先生に連れられて行くとまた静けさが戻って来た。
「今頃、表彰式でもやってんのかなぁ。」
あたしが呟くとマリが首を傾げた。
「え?」
「武術祭。」
「ああ・・・。」
マリ、忘れてたな。
「リューダ様達は結果どうだったんだろうね。」
「そうだね。あの3人ならきっと良いところまで行ったと思うけど。」
男性不信に近いマリだけど、あの3人に対する評価はかなり高い。特にリューダ様には絶対の信頼を置いている感じだ。
例えば何かクラスの役割を任され、男子の協力が必要になったとする。するとマリは決まって
『リューダ様に相談したら?』
と言ってくる。
確かに今のリューダ様は1年前と違い女子はもちろん男子からも一目置かれている。確実っちゃあ確実なんだけど、それならエリオット様でもエオリア様でも良い筈だ。
でもマリは必ず
『リューダ様に相談したら?』
と言ってくる。
「・・・。」
気になる。
「ねえマリ。」
よし訊いてみよう。
「なあに?」
「マリってさ、その・・・リュ・・・リューダ・・・。」
「?」
クッ。何て円らな瞳で見てきやがるんだ。
なんか恥ずかしくなってきて言葉が止まってしまった。・・・もう訊かなくてもいっか。
「どうしたの?」
・・・いや!やっぱ訊いとこう!
「マリってさリューダ様の事・・・その・・・す・・・好きなの?」
「? うん、男の子の中では1番安心出来るかな。」
OK。あたしの言ってるニュアンスが伝わってない事だけは理解出来た。
「いや、そうじゃなくて・・・ええと、その・・・ラブ的な意味で。」
「・・・あ、ああ・・・。」
マリは理解したような声を上げた。
そしてジト目を投げて寄越す。あ、ヤバ。地雷踏んだかな。
「そう言う事、ヒナちゃんからは訊かれたく無かったな。」
ハイ、ゴメンナサイ。
「う、うん。でもちょっと気になって。リューダ様って男の子だし格好いいから。」
「気になって・・・そっか。」
マリがツツイと躙り寄ってあたしに寄りかかった。
ん、あれ? ちょっと機嫌良くなった?
「私は・・・。」
マリがあたしを見上げる。クソ、可愛いな。ってかその仕草、セーラが時々やる奴だよね。むぅ、会得したのか。
「・・・ヒナちゃんが好き。」
一気に顔が火照る。
「うん。」
あたしは恥ずかしくて視線を逸らしながら頷いた。やべ、メチャうれしい。
「でも・・・。」
マリは遠くを見るような表情をして呟いた。
「もしヒナちゃんとこんなに深く知り合ってなかったら、もしかしたらリューダ様を好きになった未来も在ったのかもね。」
「え。」
「もうそんな未来は無いけど。」
ギョッとした。
一瞬マリが遠くに行ってしまう様な喪失感に似たモノを感じてしまう。
「それより・・・。」
マリが言葉を繋げる。
「ヒナちゃん、セシル様をどう思ってるの?」
「セシル様?」
あたしは首を傾げる。急に何だ?
「そう、凄く仲が良いよね。」
「そ、そう?」
「うん。最初はスクライド様が危ないと思ってたけど、あの方は違う。あの方はヒナちゃんをオモシロキャラくらいにしか思ってない。ヒナちゃんも少し鬱陶しがってるし。」
オ・・・オモシロキャラ・・・。そんな言われ方は始めてされたわ。
「でもセシル様と話してる時はヒナちゃん、凄く楽しそう。」
「そうかな・・・。」
良く見てんな。でも、セシル様かぁ・・・。
確かに素敵だわ。今まで会った事が無いタイプよね。美人だけどとても冷徹そうな外見。でも話してみると愛嬌あるし、良く笑うし、優しいし、文武両道を地で行くし。それにセシル様から見ればてんでチンチクリンである筈のあたしをちゃんと女性として扱ってくれるし。きっとモテるんだろうなぁ。
・・・ヤバい。完璧じゃん。
「ヒナちゃん!」
「!?」
あたしがボーッとセシル様の事を思い浮かべていると、マリが突然叫んでガッとあたしの手を鷲掴みにした。
ギョッとなってあたしは我に返る。
「な・・・何?」
「あ・・・えっと・・・。」
マリはマリで何だかキョドり出す。
何だ? どうしたマリちゃん。
「・・・あ、そうだ。こ・・・此れから暫くの間、私達はどうしたら良いんだろうね。外に出るわけにも行かないし。」
如何にも今思いつきました感が凄いけど、確かにマリの言うとおりだ。
此れからかぁ。どうすっか。うーん・・・。正直何も思い浮かばない。
「まあ、暫くはゆっくりしましょ。」
あたしはそう答えた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「今晩は此方のお部屋をお使い下さい。」
ライラの案内で毎晩違う部屋が寝室に様変わりして用意される。
なんだかホテルに泊まってる気分がして実はワクワクしている。
「今日も凄いお部屋だね。」
マリが目を輝かせて部屋をキョロキョロと見て廻る姿が可愛い。そして夜はお互いにドキドキしながら同じベッドに潜り込む。
「・・・。」
お互いに顔を見合わせながら照れたり笑ったり。
毎晩エッチな事が出来るのかと胸高鳴らせたりしてたけど実際は意外とそうはならなかった。なんだかお互いに遠慮してしまう。
でも数日も大人しくしていると我慢しきれなくなってくる。そうなると我慢出来なくなった方が堪らず相手に「チュッ」と唇を合わせちゃう。その後は一瞬で箍が吹き飛んで激しいキスの応酬になったりするんだけどね。
けど、声が出てしまう様な事まではしない。やっぱ寮みたいな完全防音では無いからね。仕方無いね。
そんなこんなであれから2週間が経つ。
『勉学が遅れてはいけない。』
との理由からテオの家庭教師のイングリッド先生より学習課題を渡されソレを熟した。とは言え、あたしにとってはチョロい内容だ。歴史も含めて。
「・・・。」
マリが何か言いたげにあたしを見ているのには気が付いている。・・・まあそう言う事さ。
そして遂にマリが尋ねてきた。
「ねえヒナちゃん。ヤマダ=ハナコの記憶・・・戻ってきてる?」
うん、やっぱり解るよね。
「なんで?」
一応そう返してみる。
「だって、歴史の課題が出来すぎてるモン。私が教えてた内容よりも全然細かい所も理解してるし。」
流石です。この子の私への観察眼は半端ない。嘘吐いても無駄。
「そっか。やっぱ解るよね。」
あたしはアッサリと陥落した。
「やっぱり。いつから?」
「うーん、いつからって事もないんだよなぁ。少しずつ・・・主には家に帰る度に少しずつ小さい頃の事を思い出すようになって。」
「そっか。」
マリは気遣わしげに頷いた。
6月くらいだったっけ?マリに『自分は貝崎茉璃では無くてマリーベルだ。』と言われて情けないくらいにパニくったのは。
あの頃から少しずつ思い出と言う形で古い記憶が流れ込んで来るようになった。一気に、では無くふと思い出すといった様な感じで。
そんな事が続いていくうちに自然と理解出来るようになった。
あたしはヤマダ=ハナコとしてこの世に生まれたんだ、と。風見陽菜の記憶を持ったヤマダ=ハナコなんだと。
不思議とあの時に恐れた喪失感は無かった。
「ねえ、ヒナちゃん。」
マリがあたしに尋ねた。
「貴女は風見陽菜さん? それともヤマダ=ハナコさん?」
あたしは微笑んだ。
「あたしはヤマダ=ハナコよ。」




