M69 廃教会
鬱蒼とした林と僅かな木洩れ日の中に佇む廃屋の教会、スタリー教会。
あたしとマリはこの教会を知っていた。いや、来るのはモチロン初めて。知っているのはこの風景。この風景をあたし達は見たことが在る。
二次元の画像で。
ゲーム『グラスフィールド・ストーリー ~黄昏の魔女~』のと或るイベントの背景が、今あたし達の眼前に在る「スタリー教会」の光景と同じなんだ。
此処で起こるイベントは暗殺イベント。
とは言っても、モブのあたしはもちろん関係無い。そしてマリが危険な目に遭う訳でも無い。寧ろ逆でマリが・・・いやマリーベルが危険な事を企む側だ。
ヒーローと仲睦まじいヒロインを憎んだマリーベルの計らいに拠って、此処に呼び出されたヒロインが刺客に襲われるイベントなんだ。
このイベントはグラスフィールド・ストーリーに於いて唯一の血が流れるイベントだ。
好感度が一定の数値以上ならヒロインを心配して後から追ってきたヒーローに因りヒロインは死地から脱出できる。
でも数値が足りていないと、ヒロインは此処で暗殺者の手に掛かり命を落としてしまう。いわゆるバッドエンドだ。
・・・このヒロインが殺された姿がかなり無残な姿に描かれていて気分が悪くなった事を思い出す。
そう、あたしは好感度が足りてなくてバッドエンドに行っちゃったのさ。その後、少し前のセーブに戻ってこのイベント自体を回避してクリアしたんだけどね。
そしてマリもこのイベントを失敗している。この子と知り合った頃に、グラス・フィールドストーリーの話をしていて失敗談を聞いていたんだ。
『あたしとおんなじだぁ』
なんて笑ってたけど、笑ってる場合じゃなくなった。
特にマリの顔色が悪い。
「マリ、大丈夫?」
心配で声を掛けてみるとマリが不安げにあたしを見た。
「ヒナちゃん・・・。此処って、あのイベントの場所だよね?」
「・・・そうね。」
恍けても意味が無いのであたしは肯定した。
「・・・私が手を回してヒロインを殺してしまうイベント・・・。」
「!」
あたしはドキリとしてマリの両頬をあたしの両手で挟んでコッチを向かせた。マリの身体が恐怖のせいか、小刻みに震えている。
「貝崎茉璃!しっかりしなさい!」
「・・・。」
「貴女はゲームのマリーベルでは無いわ。貴女は・・・あたしの大好きな貝崎茉璃の記憶を持つマリーベルは、人を陥れる様な子では無いわ。」
「・・・うん。」
マリの震えが止まった。
「・・・へへ。」
そして恥ずかしそうに笑顔を見せてくれる。
「そうだよね。私、別に何もしてないもん。」
「そう、そうだよ。」
あたしも気付かないうちに力んでいた身体から力が抜けていくのを感じる。なんだかんだ言っても、実はあたしも怖かった。
「ソレにゲームでもさ、このイベントが起きるのって高等部の3年生・・・? の時だったよね?」
「確かそうだったと思う。」
「急にあのイベントシーンが目の前に出て来たからパニックになっちゃったけど、やっぱり今は関係無いよ。」
「うん。」
あたし達は色々と状況を整理して漸くホッとした。
「さ、早くお目当ての物を探して兵隊さん達の所に戻りましょう。」
あたしが言うと、マリは手を繋いできて頷いた。
あたしが教会の扉を押すと、扉から「パラパラ」と埃や砂粒が落ちてくる。更に押し広げると重々しい音と共に扉が開いた。
中は広い礼拝堂になっていた。中央には何かの像が祀られていた様だけど、その像が崩れてしまっていてどんな造型なのか見当が付かない。
「あ。」
マリが指を差した。
「?」
あたしがマリの指が示す先を見ると、大きな鐘がぶら下がっていた。
教会の鐘って、イメージでは建物の塔の先端に付いていて『リン、ゴン』と鳴っている感じだったけど、この教会では建物の中に在るのか。
あたしは奥に佇む像を見つめる。
リドルには
『其処は悲しき恋の終着点。古き鐘は既に鳴らず、泣き崩れる老女の其の先に宝は眠る。』
とあった。
『悲しき恋の終着点』は未だに解らないけど『古き鐘は既に鳴らず』はあの鐘で、『泣き崩れる老女』があの像だとしたら、其の先・・・つまり、あの像の前に何か置いて在るのかも知れない。
「行こう。」
あたしがマリの手を引っ張ると、マリが黙って付いてくる。
古くなった長机や長椅子が並ぶ側を歩いて行く。『カツン、カツン。』とあたし達の靴の音が、薄暗く閑散とした空間に妙に大きく木霊する。
「でも、やっぱり怖いね。」
マリがボソボソとあたしに囁く。
「うん。」
仰る通りです。イベント云々関係無く、単純に気持ちの良い場所じゃ無い。
そして像の前に辿り着いたあたし達は・・・何も発見出来なかった。
「・・・。」
無言で視線を交わしたあたし達は、やはり無言で周囲を探索してみる。
「外れか・・・。」
暫く探索した後、あたしはそう結論付けた。
「そうだね。」
マリが同意する。
「よくよく考えてみたらさ。」
あたしは気付いたことを口にした。
「教会の扉を開けた時に、埃や砂が降ってきた時点で、長い間あの扉を開けた人が居ないって事だもんね。」
「そうだね・・・。ん?ソレがどうしたの?」
マリが首を傾げる。
「つまりさ。此処がリドルの正解の場所だったのなら、近々で生徒会の方が正解のお宝を置きに此処に来ている筈じゃない。となれば、当然にあの扉を開けている筈よね。」
「ああ・・・そっか。よく気付いたね、ヒナちゃん凄い。」
「いやぁ。」
マリのキラキラの視線を受けてあたしは照れる。
「ま、ソレはともかく。セーラ達はお宝を見つけてるかな?」
「解んないけど見つけてたら良いね。」
「うん。」
あたし達は立ち上がった。
「戻ろっか。」
「うん。」
その時だった。
『ギィ・・・』
と音がして扉が閉まったのは。
「・・・え・・・。」
あたし達は何が起きたのか理解が出来ずに閉まる扉を呆然と見つめた。一瞬、人影が見えた様な気がする。
「何で閉まったの?」
「解ん・・・ない・・・。」
不安を押し殺した様な声でマリが答え、扉に走り寄ろうとする。
「マリ!」
あたしは走り出そうとするマリを咄嗟に後ろから抱き止めた。
「な・・・何?」
ビックリした顔で振り返るマリをあたしは見ていなかった。
あたしが見ていたのは、マリの先の扉の近く。ソコで蠢いているモノだった。一瞬で並ぶ長机の影に隠れて見えなくなったけど。
「・・・なんかいる。」
「え!?」
あたしの呟きにマリがギョッとなって扉に視線を送った。
アレは何だったんだろう?
カサカサと揺れ動いていたアレは・・・マント? 誰かがマントを被っていた?
何処からか『カサカサ』と衣擦れの音が聞こえてくる。その音は次第に近づいて来る。
「誰!?ソコに居るのは!!」
マリが叫んだ。
その時あたしは見た。長机の影に潜みながら、今にもマリに飛び掛かろうとしている黒いフード付きマントを被った人間を。そのフードの奥に光るギラついた視線を。そして手元に鈍色に光る刃を。
「マリ!!」
あたしが叫んでマリを突き飛ばすのと、マントが飛び掛かるのはほぼ同時だった。
「わっ!?」
声を上げてマリは倒れ、あたしの腕に熱い痛みが走る。
「チッ」
マントから舌打ちが聞こえて、此方を振り向く。フードが剥がれた中から現れたその顔は・・・。
「兵隊さん!?」
あたしは仰天した。
マントの正体は、さっき具合が悪いと言っていた兵隊さんだった。
「なんで貴男が・・・?・・・じゃあ扉を閉めたのはもう1人の兵隊の人?」
あたしの問い掛けに兵士は嗤った。凄い邪悪な顔で。でも何も教えてくれない。
「!」
あたしは起き上がったマリの手を引いて走り出した。
兵士は・・・いや、もう本当に兵士かどうかも解らない。とにかくあたし達の命を狙っている殺し屋はくぐもった嗤い声を上げながら追いかけてくる。
どうしよう。どうやって抵抗しよう。
相手は明らかに逃げ惑うあたし達を眺めて楽しんでいる。コイツ・・・女だからって舐めんな! 絶対に後悔させてやる!
あたしは負けん気を振り絞って逃げながら、対抗手段を必死で考える。
「ヒナちゃん・・・。」
あたしの名を呼んだマリはもう半泣き状態だ。無理もない。負けん気出して自分を奮い立たせているけど本当はあたしだって泣きたい。
ん? マリ・・・か。そうだ。
「マリ、氷を出して。手一杯に溢れるくらい。」
あたしは逃げながらマリに囁いた。
「え・・・?」
マリは訳が解らないって顔をしたけど、直ぐに手の中に氷を作りだす。
ソレを見てあたしは頷いた。
よし。相手が油断している今だけ使える1回だけの方法だ。
マリの出す魔法の氷はマリの感情に因って堅さが変わる。
楽しい時や喜んでる時に出す氷は水を含んだ少し柔らかい氷。
怒ってる時や悲しんでる時、そして怖がってる時に出す氷はキンキンに冷えてメチャクチャ堅い氷になる。
コイツを使う。
あたし達は如何にも疲れた様に少しだけ走る速度を落とした。
「クク・・・もう疲れたのか。お嬢様はひ弱だな。」
身の毛もよだつ様な、途轍もなく昏い声が聞こえてくる。
「外の相棒も待っている事だし・・・ソロソロ死ね。」
直ぐ後ろに迫った声を聞いて、あたしはマリに叫んだ。
「マリ!足下に散撒け!」
マリが男の足下に両手に溢れんばかりの堅い氷を撒き散らす。
男にとってはホントに予想外だったんだろう。まともに氷を踏みつけて足をツルンと滑らせるとバランスを崩した。
「うぉっ!?」
と声を上げて男は後ろに引っ繰り返りそうになる。
此処だ!
あたしは反転して男に駆け寄ると男の胸の辺りを力一杯突き飛ばす。『ゴンッ』と鈍い音が響いて男は強かに後頭部を床に打ち付けた。
「ぐぁっ!」
苦痛に呻いて藻掻く男の顔をあたしは思い切り踏みつける。
「マリ!」
あたしが叫ぶとマリがハッとなって近寄り、一緒になって殺し屋を蹴り付けた。
いくら14~5歳の女の子の脚力とは言え、あたしもマリも足腰だけは鍛えている。そんな子達に何度も頭を力一杯踏みつけられたら、幾ら大の男だって保ちはしない。・・・そうだったら良いな。
そんなあたしの目論みは功を奏し、やがて男は動かなくなった。
「ハァ・・・ハァ・・・。」
2人で息を切らしながら動かなくなった殺し屋を見下ろす。
「・・・死んじゃったの?」
尋ねるマリにあたしは首を振った。
「知らない。」
マリが無事なら、こんな奴どうでも良い。
あたしは周囲を見て破れ掛かったカーテンを見つけると、ソレを引き裂いて男の両腕と両脚を縛る。そして脈が在る事を確認すると少しだけホッとした。
でも問題は解決した訳じゃ無い。・・・もう1人居る。多分だけど、外からコッチの様子を音か何かで伺っている筈だ。
あたしは像を祀る祭壇に置かれていた鉄製の長い燭台を持つとマリに渡した。あたしももう一本の燭台を持つ。
そして一計を案じるとマリに作戦を耳打ちした。
あたし達は扉に近づくと耳を当てて気配を窺った。・・・なんて上手くいく訳がない。気配なんてどうやって探れば良いんだよ。誰か教えてくれよ。
とその時、男のクシャミが聞こえた。そしてマヌケなぼやき声まで・・・。
『まだ終わらねぇのか。娘2人に何を手こずってやがる。まさか1人で楽しんでるんじゃねぇだろうな・・・。』
「・・・。」
ソレを聞いてあたしは作戦を一部変更させた。
マリに伝えると彼女も頷いた。
作戦開始。
マリが叫ぶ。
「いやぁ!止めて!何で殺すの!?・・・ああ!!」
続いてあたしが叫ぶ。
「マリーベル様ぁ!!・・・何で殺したのよ!誰なのよ、あんたは!・・・止めて!お願い、服を脱がさないで!嫌ぁ!」
そしてマリが扉にぶつかった。
扉がガチャガチャと音を立てる。
そして扉が開いた。
「おいっ!遊んでるんじゃ・・・。」
叫びながら顔を覗かせた男とあたしの目が合う。
もう1人はやっぱりさっきの兵士の片割れだった。
あたしは指先に灯しておいたチョットだけ大きめの火を男の顔にぶつける。
「ぎゃあっ!」
燃え上がる髪に仰け反って叫ぶ男の首筋辺りに、マリが思い切り燭台を振り下ろした。
『ゴンッ』
と鈍い音が鳴る。
しかし殺し屋は、マリの一撃にフラつきながらも
「このガキ!」
と唸って腰の剣を掴もうとする。
「!」
咄嗟にあたしは男の手を燭台で打ち据えると、そのままあたしも男の頭に燭台を振り下ろす。
「ウグッ!」
呻く男に、マリが反対側から燭台を振り下ろした。
「き、貴様ら!」
蹌踉けた男にあたし達はもう滅多打ちに燭台を振り下ろした。
「ハァ・・・ハァ・・・。」
2人で息を切らしながら動かなくなった殺し屋を見下ろし燭台を投げ捨てる。
「・・・死んじゃったの?」
尋ねるマリにあたしは首を振った。
「知らない。」
何度でも言うけど、マリが無事ならこんな奴等どうでも良い。
それに燭台に少し血が付いてはいるけど、そんなに重い燭台じゃ無い。多分生きてると思う。
あたしは一旦、教会の中に戻るとさっきのカーテンを更に引き裂いて倒れている男の両腕と両脚を縛った。
危機は去った。多分。
ハァ・・・助かった・・・。
あたしが溜息を吐くとマリが抱きついてきた。震えてる。
「マリ、震えてる。」
「ヒナちゃんも。」
あたし達は無言で互いの無事を喜びギュッと抱き合った。
暫くしてあたし達は気絶している男を眺めながら事態の把握に努めた。
「コイツらさっきの兵士よね。」
「うん。」
「どういう事なんだろ?」
「・・・私を狙っていたのは確かだと思う。」
「うん。」
マリの言葉にあたしは頷いた。
考えられる事。
コイツらが本物の兵士で在ろうが無かろうが、誰かの指示で動いていた可能性が高い。マリの存在を邪魔に思っていた誰かがリドル・フェアの開催を知って護衛に紛れ込み殺すように指示を出した。
思い返せば、セーラ達と二手に分かれる時に兵士達が少し揉めていた。アレはコイツらが強引にあたし達の方に来ようとしたからなんだろう。
では誰がコイツらにそんな指示を出したのか? 個人的な恨みを買っていないマリを邪魔に思う人間はそう多くは無い。
そして真っ先に思いつくのがアビスコート侯爵。コイツが一番怪しい。マリもきっとそう思っているだろう。
次に怪しいのはマリを王家に迎えたくない国王本人。でも王が指示を出したとしても結局動くのはアビスコート侯爵だろうから、どっちにしても侯爵が今回の黒幕である可能性が濃厚だ。
でも何でこんな早い時期に? ゲームを基準に考えたくは無いけど、でも実際には未だゲーム開始時期にすら入っていないのに。
うーん・・・いや、考えるのは止めておこう。アビスコート侯爵黒幕説にしても証拠が在る訳では無く敢くまで想像でしか無い。今の時点では考えても確かなことは1つも解らない。
とにかく、この事をお父様に報告しよう。
指示を出した奴は、あたし達がこの教会に来た事を知らない筈だ。従って、この兵士もどき達が何処で伸びてるかも知らないだろう。
ただ只管にコイツらが「暗殺成功」と報告してくるのを待っているだけの筈だ。だったら公にする前に、先にお父様に報告だ。
あたし達はセーラ達に合流する為に集合場所へと戻って行った。




