M68 古き鐘に導かれて
「なんて書いてあるの?」
あたし達はセーラに近寄ってリドルの紙に目を通す。
『其処に座すは、数多の娘を見守りし麗しの女神。其の寝所には新たな世界に広がる標が在らん。女神を訪ねよ。』
「・・・。」
あたし達は顔を見合わせた。
意味わかんネェ。
「・・・マルグリット先生の事かなぁ?」
フレアが呟く。
「なるほど、そういう事・・・。でもそう言う意味なら、マルグリット先生は別に『数多の娘』だけじゃ無くて『数多の息子』も見守っていらっしゃると思うんだけど・・・。」
セーラが首を傾げて言う。
「其れに『寝所』って事は学園内にその方の寝所が在るって事でしょう? マルグリット先生の寝所は学園内には無いと思うけど。」
「そっかぁ。」
フレアが腕を組んで眉根を寄せる。
あ。
「寮母様の事かなぁ?」
あたしが呟くと今度はアイナが首を傾げた。
「ああ・・・。確かに寮母様ならお美しい方だし、リドルの条件には合ってるようだけど・・・学園行事に寮を巻き込むかしら?」
・・・うーん、確かにそうだけど・・・でも。
「でも、あの生徒会だしなあ・・・普通に巻き込みそうだわ。」
「・・・ヒナの生徒会の方々へのイメージってどうなってるの?」
「破天荒。」
「ふ・・・あはは。確かに。」
アイナが呆れ、あたしの答えにセーラが笑い出す。
「と・・・とにかく行ってみようよ。」
マリが纏めて話を進めてくれた。
『トントン』
ノックすると
「はーい。」
とマゼルダ婦人の返事が扉の奥から聞こえた。
扉が開き、やけにウキウキした感じのマゼルダ婦人が顔を出した。
「あら、貴女達。」
「ご機嫌よう、寮母様。」
あたし達はマゼルダ婦人にカーテシーで挨拶する。
「ええ、ご機嫌よう。」
「あの、実は・・・。」
と、訪問の趣旨を告げると婦人は楽しそうに頷いた。
「あら、貴女達がそのリドルを引いたのね。ええ、生徒会の方々から聴いているわ。どうぞ、探して下さいな。」
そう言ってマゼルダ婦人は楽しそうにあたし達をお部屋に案内してくれた。
そして其処には別世界が広がっていた。
淡いブルーの壁に黒檀の落ち着いた柱が映える映える。格調高い調度品が置かれ、豪奢なシャンデリアがリビングの中央に吊り下がっていた。美しい観葉植物が彼方此方に品良く置かれて居て、まさに落ち着いた大人の貴族女性のお部屋。
あたしが今の部屋に初めて入室した時も感動したモノだけど、此処は更に一線を画していた。
そうでした。マゼルダ婦人は伯爵家の御婦人でした。しかもお立場在る方々の中では、唯一、この学園で生活されている方。
当然、そんな方が住まわれるお部屋がショボい訳が無い。
「・・・。」
落ち着いた色彩と甘い香りの漂うお部屋に、あたし達は暫しウットリと魅入ってしまう。
「すっげ・・・。」
思わず垂れ流してしまった本音にマリがニヤけ顔を抑える様に口元を半笑いに引き攣らせてあたしを見た。
「さあ、どうぞ。探して頂戴。」
マゼルダ婦人にニコニコ顔で促され、あたし達は我に返った。
「あ・・・では、寝室を・・・。」
「どうぞ。」
そして寝室に入り・・・其処には又もや別世界が広がっていた。
薄い青紫と薄いピンクのシルクが咲き乱れ、大きな天蓋付きベッドが鎮座して居る。何、あのフッカフカそうなベッドは。寝転んだら埋もれてしまいそうだわ・・・。
・・・いや、って言うか、此処を物色するのはヤベーだろ。何か罪悪感を感じてしまうわ。万が一、荒らしてしまったら元に戻せる自信が無い。
でも探さない事には次に進めない。
「・・・。」
あたし達は恐る恐ると部屋を物色し始める。
そして家捜しする事、暫しの時の後。
「あった。」
マリが大きなフカフカ枕の下からリドルの紙を引っ張り出した。
「あら、もう見つけてしまったのね。」
楽しそうにあたし達が物色する様を後ろから眺めていたマゼルダ婦人が残念そうに仰った。
ははは・・・。・・・今度、何かイベント思いついたらマゼルダ婦人も巻き込んでみようかな。
「貴女達、急がないならお茶でも飲んでいく? 一昨日、いつも私が好んで飲む茶葉が届いたのよ。」
え・・・伯爵家の御婦人が愛飲する紅茶ですって・・・?
「暇です。」
あたしは即答した。
「は?」
セーラの頓狂な声はスルーだ。
「いや、あの、ヒナ・・・?」
アイナの疑問符も横流しだ。
「あらそう。では其処に座って待っていて頂戴な。」
「はい。」
あたしはニコニコ顔で椅子に腰掛ける。
他の4人も戸惑い気味に腰掛けた。
「時間は大丈夫なの? ヒナちゃん。」
フレアが心配げに聴いてくる。
「大丈夫よ。2問ともかなり早く正解に辿り着いているのよ。少しお茶をご馳走になる時間くらい在るわよ。」
「そ、そうだね・・・。」
マリも少し不安げに、でも頷く。
「お待たせ。」
マゼルダ婦人はティーセットとお菓子を持ってきてくれた。
紅茶はクザス連峰原産の少し甘みのある紅茶だった。ってか、コレ美味しくない? 蜂蜜要らないんだけど。
「美味しい・・・。」
セーラが目を見開く。
あ、舌の肥えてるセーラが言うなら間違い無い。あたし達はホクホクした気分で紅茶を口に含む。コレ今度買おうっと。
紅茶が美味しいとクッキーも尚更美味しく感じる。
あたし達はマゼルダ婦人と楽しい一時を過ごした。
・・・過ごしすぎた。
「貴女達、時間はまだ大丈夫なの?」
「・・・。」
あたし達は慌ててマゼルダ婦人の部屋を辞すると走り出した。
「ヒナの馬鹿!」
「だってしょうがないじゃん!」
ギャーギャー騒ぎながらあたし達はリドルに従って、セシル様の下に走る。
『其処は悲しき恋の終着点。古き鐘は既に鳴らず、泣き崩れる老女の其の先に宝は眠る。・・・この先、リドルの舞台は学園の外になります。生徒会の下に来る様に。』
「着いた!」
ハァハァ言いながらあたし達はセシル様の下に辿り着く。
「ず・・・随分と手間取った様だね?君達が最後だよ。」
セシル様があたし達の様子に若干引きながら声を掛けて来る。
「ええ・・・、まあ・・・。」
本当の事が言えず、あたし達は顔を真っ赤にして適当にゴニョゴニョと返した。
「とにかく急いでね。1日目の武術祭が終わる午後3:00には、此方も終了する予定だから。」
Oh・・・。もう正午を回ってるよ。時間無いじゃん・・・。
セシル様の言葉に暫し絶句する。
「では、彼らが君達の護衛だよ。」
セシル様は4名の兵士をあたし達に紹介し、あたし達も挨拶を返す。
「暮れ暮れも護衛からは離れない様にね。」
「はい。」
「では、行ってらっしゃい。」
セシル様に和やかに見送られてあたし達は学園の外に足を踏み出した。
ただ、セシル様の表情ほど事態は楽観的では無い。
とにかく時間が無い。
「誰のせいよ。」
セーラがジト目を向けてくる。いやん。その視線、クセになりそう。
「セーラ。誰のせいだとか、今はそんな些細な事を追求している場合じゃ無いの。今は前を向いてこの失態を如何にして取り戻すかをみんなで考えるべきなのよ。」
あたしが彼女の両肩を掴んで真っ直ぐに言い放つと、セーラは真っ赤になって視線を逸らす。
「慌ただしくさせた張本人が言ってれば世話無いわ。」
・・・アイナさん、いちいち言葉に添えられた棘がグサグサ突き刺さってとても痛いわ。
「と、とにかくリドルの意味を考えようよ。」
フレアが作り笑いを浮かべながら事態の収拾に協力してくれる。
ああ貴女、ホントにいい娘だわ。
5人でもう一度リドルを見直す。
『其処は悲しき恋の終着点。古き鐘は既に鳴らず、泣き崩れる老女の其の先に宝は眠る。』
「恋の終着点・・・?」
「悲恋の物語かなんかに関係するのかしら?」
「実話から取ってる可能性も在るよ。」
うーん。選択肢が多すぎて決められない。
「コッチの『古き鐘』は?」
「・・・『既に鳴らず』って事はもう使われてないって意味よね。」
「うーん・・・鐘なら大聖堂と時計塔に大きな鐘が付いてるけど、どっちも使われているしなぁ。」
「この『泣き崩れる老女』って言うのもよく解らないね。」
うーん・・・。5人で腕を組む。
「あ、でも港の近くの古い灯台にもう使われてない鐘が付いてるって聞いたこと在るわ。」
フレアが思い出した様にそう言った。
「おお、流石は貿易商の娘。」
あたしがサムズアップでフレアを賞賛すると、フレアは得意げに鼻を鳴らした。
「じゃあ、其処に行って・・・。」
「あと、港の反対側になっちゃうけど、『スタリー教会』っていう廃教会にも鐘が付いてたかな。」
Oh・・・。候補が2ヶ所になっちゃったよ・・・。
流石に2ヶ所回る時間は無いなぁ・・・。
「どっちに行く?」
アイナが尋ねる。
うーん・・・よし、此処は。
「二手に分かれましょう。」
「・・・。」
一瞬だけ4人は戸惑った表情を浮かべたけど、直ぐに頷いた。
「そうだね。可能性の在る場所は全部見たいもんね。」
「どうやって分けるの?」
どうやって?
決まってるじゃない。こういう時にチーム分けする方法は昔から古今東西お決まりなのよ。
「グーとパーで決めましょう。」
「?」
セーラとアイナとフレアが首を傾げる。マリが吹き出しかけて慌てて顔を背ける。そうね。解ってた。当然3人は知らないわよね。
あたしは3人にやり方を教える。3人が理解するとあたし達は準備に入る。
「じゃあ行くよ。出っさなきゃ負けよ、グーとぉパッ。」
まさかの全員グー。
「も、もう1回。出っさなきゃ負けよ、グーとぉパッ。」
今度はあたしだけがグー。
「え・・・じゃ、じゃあ、ヒナが1人で・・・行くの?」
おおい!?
戸惑うように首を傾げるアイナにあたしは心の中で全力のツッコミを入れる。アイナちゃん、こんな時に妙な天然をブッ込まないで。
「そ、んな訳無いでしょ! も、もう1回。出っさなきゃ負けよ、グーとぉパッ。」
結果はあたしとマリがグー。セーラとアイナとフレアがパー。
チームが決まった処であたしは言う。
「じゃあ、灯台はフレア達に任せるわ。教会はあたし達で行くから。お宝を見つけても見つからなくても2:00には此処に集まりましょ。」
「解ったわ。」
護衛の兵隊さん達もいきなりの別行動に戸惑っていたようだけど、なんか少し揉めた後、あたし達の方に2人付いてきてくれる事になった。
スタリー廃教会は歩いて30分くらいの所に在る。
「ふふふ。」
マリが笑う。
「どしたの?」
あたしが尋ねるとマリは楽しそうにコッチを見る。
「まさか、グーとパーを言い出すとは思わなかったよ。」
「ああ。マリ、吹きだし掛けてたわね。」
「だって、あんまりにも意外過ぎて。」
ケラケラと笑い出す銀髪美少女にあたしは顔を赤くして言う。
「いや。だって、ああいう時は定番でしょ?」
「そうなの?」
え、違うの?
其れはともかく、あたし達は散歩気分で街のショーウィンドウを楽しみながら廃教会を目指す。
やがて王都でも有名なスタリ-湿地帯に入る。
まあ湿地帯とは言っても、大きな沼と散策用の林が在るだけで広さにして4キロ四方くらいの、ちょっとした観光名所ってだけなんだけどね。前世で言えば国立公園みたいなモノかな。
確か、この奥のあんまり人が入ってこない所に取り壊されていない廃教会が在るのよね。
段々と薄暗く深くなってくる林の中を、サクサクと落ち葉を踏みしめながらあたしとマリは手を繋いで廃教会を目指す。左手の沼には水鳥が数羽浮かんでいて首を水の中に突っ込んだりしている。
繋いでいるマリの手が柔らかくて温かくて、もし後ろの兵隊さん達が居なければあたしは妙な気になってたかも。
さて、もう少しで教会に到着するぞって時だった。
ふいに後ろの兵隊さんが声を上げた。
「おい、大丈夫か?」
「?」
その声にあたしとマリは振り返る。
見ると兵隊さんの1人が蹲っていて、もう1人の兵隊さんが声を掛けていた。
え、何? 持病の癪が・・・とかって奴? いやいや、ふざけている場合じゃ無い。
「あの、どうかしましたか?」
声を掛けると兵隊さんが言った。
「申し訳在りません、お嬢様方。実はこの者が体調を崩したようでして。」
「え、大丈夫なんですか?」
あたしは平々凡々な事を尋ねる。大丈夫じゃ無いから蹲ってるんだろうが。
「少し休めば良くなります・・・。」
蹲った兵隊さんが苦しそうに言う。
どうしよう。あたしはマリを見た。マリが兵隊さんに声を掛ける。
「あの、此方で休んでいて下さい。私と彼女で教会に行ってきますので。」
「しかし・・・。」
「平気ですよ。もう直ぐソコですから。2~30分で戻って来れます。」
マリが優しく微笑むと兵隊さんは頭を下げた。
「申し訳在りません。良くなりましたら直ぐに追いかけますので。」
「いいえ、此処で待っていて下さい。」
マリはそう言うとあたしを見た。
あたし達は兵隊さん達を置いて廃教会を目指し始めた。
やがて見えて来たスタリー廃教会。
日はまだ高い筈なのに、密集した木々のせいで僅かな木洩れ日しか届かない中、静かに座す古い教会を見てあたしは身を震わせた。
マリが顔を青ざめさせ、緊張した面持ちであたしの手を強く握ってくる。
そう。あたし達はこの廃教会を知っている。
ヤバいところに来てしまった。




