M64 蠢動
今回は主人公が居ない場所での話がメインになるので、殆どが三人称視点の形式になっています。
宜しくお願いします。
※サブタイトルを間違えていたので修正致しました。
「ライアスはどうしている?」
豪奢な服に身を包んだ壮年の男は、ふと顔を上げて近くに控える侍従に尋ねた。
「は。殿下は現在の処、慎ましく学生生活を送られている様です。」
一礼して答える侍従の返答に男は溜息を吐いた。
グレーの髪色に痩せ型の体型をしたこの男の名はマサイアス=デルン=グランフィールド。
ここ『アルマタニア王国』の国王で在る。
アルマタニア王国は国名としての歴史は古く建国から500年余りの歳月が流れているが、最初の王朝で在り200年続いたユリシール王朝以降は、数十年~100年単位で王朝が変わっている。
現在のデルン王朝は90年程前に立った王朝でマサイアス国王はその4代目となる。そしてライアス=デルン=グランフィールドは其の王位を継いで5代目の王となる筈だった。
しかし・・・。
ライアスは起こしてはならない類いのスキャンダルを引き起こしてしまった。学園にて自分に付き従う伯爵家の令嬢6人と交わり子胤を作ってしまったのだ。
しかもその行為が行われた隣室では現宰相の嫡子であるケニス=アドウィンと現騎士団長の嫡子であるニール=ゴールトンが似たような行為に耽っていたと言う。
ケニスとニールが否定しているので真偽は明らかにされていないが、令嬢達が涙ながらに「個別に」訴えている点とその描写の内容が細かい処まで酷似している点を鑑みて恐らくは真実であろうと周囲の人間は考えて居る。
あの3人は最早、将来国政の場に立つことは無い。
そしてこの事態を受けて、アドウィン宰相とゴールトン騎士団長が1年の引き継ぎ期間を経て職を辞する形となった。その後は未だ国政の表舞台に立つ事を夢見ている馬鹿息子達を引き摺って領地に帰るつもりとか。其れまでは本人には内緒の監視付きで「好きにしろ」と言う事らしい。
ライアスも完全に父王に見捨てられた。
王宮に閉じ込める事も出来たが、王族が学園すら卒業出来ないのは宜しく無いと言う事で卒業を待ってから、王族が蟄居させられる館に生涯放り込む予定である。
マサイアスは背もたれに身を預けると深い溜息を吐いた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
ライアスが誕生した当初は、国中の貴族がその誕生を祝い、同じ年に娘が生まれた伯爵家以上の者達は王家の外戚を夢見て我先にと祝辞を述べに来たものだった。
しかしライアスが年を重ねて10歳にもなると、その本性が明らかになって来た。
先ず努力を惜しむ。学びを旨とする心構えがまるで備わって居らず、遊びや社交には精を出すが学問からはトコトン逃げた。
これは正妃ハリエットが全力で甘やかしていた事と、そもそもマサイアスがライアスに興味を示さなかった事が要因でもあるのだが、兎に角そう育ってしまった。
そして質の悪い事にライアスは10歳の割には非常にマセていた。
通常、王族の男には男の側仕えが付くモノだが、ライアスは其の全てをクビにして代わりに12~14歳くらいの令嬢を複数側仕えに希望したのだ。
目的は明らか。現に毎日のように誰かが卑猥な内容を要求されて令嬢が涙を流す事態が起きた。
是れにより貴族達のライアス離れが相次いだ。そしてライアスより2歳年少のアルベルトに付く貴族が続出したのだ。
ライアスは正妃ハリエットから生まれた王子であり、アルベルトは側妃シェーラから生まれた王子である。
正道を問うので在ればライアスを立太子する方が望ましい。多少(?)性格に難が在ったとしても、周囲の人間が支えれば問題無い筈だ。・・・それでもマサイアスはそう考えていた。
しかしライアスの言動は常軌を逸し始めていた。そして彼が12歳の時、遂に側仕えをさせられていた令嬢の1人が、口にするのも憚れる様な憂き目に遭わされた。幸いにも純血を奪われる様な事にはならなかったが、12歳の令嬢には酷な内容のモノだった。しかもその令嬢は国の重臣の1人であるルーンデアク伯爵の1人娘だった。
伯爵は激怒して王に詰め寄り、その言動から貴族達の王家に対する深刻な不信感を漸く感じ取ったマサイアスはやっと決心した。
アルベルトを王太子に定めよう、と。
マサイアスが決心した理由は他にも在った。
建国当初こそ周辺諸国にその栄華を知らしめる大国で在ったアルマタニア王国も、今では時代遅れのレッテルが貼られ他国の王侯貴族がアルマタニアを見る目は常に冷笑を伴っている。
ここでカリスマ性皆無のライアスを王太子にしてしまったら、王朝どころか王国自体の存続も危うくなる。其れが原因でこの国が歴史の表舞台から消える様な事にでもなれば、自分の名はライアスと並んで歴代切っての愚王として周辺諸国の歴史書にその名を刻む事になるだろう。
ソレだけは何としても避けたかった。
マサイアスはルーンデアク伯爵を宥め、家を更に取り立てる事を約束する。そして令嬢が入る予定で在ったグラスフィールド学園の入学を取り止めて貰いたいと交渉を持ちかけた。
伯爵は難色を示し、令嬢も入学直前まで断り続けていたが、結局は泣く泣く他国の学園に入学する事に決めたのだった。
そして同時並行で持ちかけられた計画。
それは、この国を代表する筆頭貴族にして『双公爵』の片翼であるゼスマイヤー公爵からの提案で在った。
ゼスマイヤー公爵は早々にライアスに見切りを付け、最初にアルベルトに寝返った貴族で在る。冷酷無比、狡猾老獪が服を着て歩いている様な男で先見の明には定評が在る。
マサイアスがハナコ子爵を切りたがっていても決定打を打たないのはこの男が王を止めているからだった。
「ハナコ商会は切るべきでは無い。」
そう面と向かってゼスマイヤーに言われては無碍には出来ないマサイアスなのだ。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
『陛下、ご機嫌は如何ですかな?』
あの日の事をマサイアスは思い出す。
後ろに1人の貴族を伴って御前参上した公爵は、凡そ至尊たる王に対する言葉遣いとは思えない程の粗略な挨拶をした。
「見れば判ろう。」
王も不機嫌さを隠そうとしない。
マサイアスはこの人を食った様な男も気に入らなかった。
「で、何の用だ。」
「はい、実はこの者から面白い提案を受けましてな。その内容を陛下に言上奉ろうかと参上した次第に御座います。」
そう言ってゼスマイヤーは後ろの男を振り返った。
ソレに応じて後ろの男が顔を上げる。
「陛下、ご無沙汰致して居ります。」
その愛想笑いを浮かべた男の顔を見て王は訝しげな表情になる。
「アビスコート卿か。コレは意外な組み合わせだな。」
王がそう言うのも無理は無い。アビスコート家現当主のクリストフ=テスラ=アビスコートはライアス派に付いている男でゼスマイヤーとは相容れぬ関係の筈だ。
その2人が連れ立って非公式に王の御前に現れる理由が思いつかない。
ゼスマイヤーが口を開く。
「陛下、今回参上した理由はライアス殿下のお相手のお話をする為で御座います。」
「相手?」
首を傾げるマサイアスの様子にゼスマイヤーは口の端を上げた。
「はい。将来を共にするお相手についてで御座います。」
「!」
要は婚約話を持って来たと言う事だ。
「聞けばライアス殿下には未だ将来を誓い合った御令嬢がいらっしゃらないとか。王族の王子とも在ろう御方が12歳を迎えてソレではいけませんなぁ。」
『国を共に背負って立つ』とは言わず、敢えて『将来を誓い合う』と言う平民向けの表現を使って見せた事にマサイアスは不快感を示す。
「ソレで何だと言うのだ!」
眉間に皺を寄せてマサイアスは声を荒げた。
ゼスマイヤーはソレを涼しい表情で受け流し一礼する。
「それ故、僭越ながらこのゼスマイヤーが殿下と将来を共にしたいと名乗り出た御令嬢の名前を、陛下にお伝えさせて頂こうと愚考し参上致しました次第で御座います。」
「何?」
マサイアスは不穏なモノを感じてその声に警戒の色を込めた。
「令嬢だと?まさか・・・。」
「はい。その御令嬢の名はマリーベル=テスラ=アビスコート。」
「公爵!」
マサイアスは叫んだ。
「貴公、何を言っているか解っているのか!?」
流石に親たるクリストフには言い難いのか、王は老獪な公爵を睨め付けた。
「無論で御座います。」
ゼスマイヤーは飄々と一礼して返答する。
「その名前の娘は・・・」
言い淀むマサイアスに向けてクリストフが笑顔を向ける。
「陛下、お心遣いは無用に御座います。陛下もご存知頂いている様に、我が家の次女マリーベルは卑賤な平民の血を継ぐ娘。輝かしいアビスコート侯爵家の歴史に影を落としかねない忌まわしき娘に御座います。」
悲劇に酔った主人公の様な文言に隣で聴くゼスマイヤーの口角が馬鹿にしたように競り上がる。
「うむ・・・。」
マサイアスは頷く。
「其方には災難であったと思う。だがな、その娘を王家に差し出すと言うのはどう言った了見か!?」
「正に其処で御座います、陛下。」
「何?」
訝しむマサイアスをゼスマイヤーが打って変わった迫力を湛えて見返した。
「陛下、もう既に御心は定まって居られる事と思います。ライアス殿下では国の王は勤まりませぬ。故に退いて頂く。」
「・・・!」
「だが、其れには事前の意思表示が必要だ。理由はどうあれ殿下は正妃ハリエット殿下の御子であり第一王子。急に廃嫡を知らせれば他の貴族共が混乱致します。故に他の貴族共に陛下の御意志を事前に察知させる出来事が必要です。是れはその為の婚約で御座います。」
「そう言う事か・・・。」
「はい。幸いにも殿下は不勉強故にマリーベル嬢が忌み子と呼ばれている事を知りません。只の嫌われ者程度の認識ですから了承させるのは容易いでしょう。」
マサイアスは察した。
本来なら有り得ない忌み子とさえ呼ばれる娘と婚姻関係を結ばせる。其れはつまりライアスを王太子にはしないと言う意思表示である。しかも体面的にはマリーベルは侯爵家の令嬢であり王妃候補に選ばれても可笑しくは無い。
だが中身を知る国内の貴族達は知るだろう。
ライアスは外れた、と。
「・・・良かろう。」
熟考の後、マサイアスは声を絞り出した。
「婚姻を認めよう。但し5年間の条件付きだ。」
「ほう・・・。」
ゼスマイヤーの目が細まる。
「理由をお聴かせ願えますかな?」
「計画としてはまあ良い。だが王家としてもその様な忌まわしい娘を王家に迎える事など出来ぬ。故にアルベルトが15歳になる迄の5年間だけだ。」
「ふむ・・・其れはそうですな・・・。」
ゼスマイヤーがクリストフを振り返る。
クリストフは微笑んだ。
「ならばアルベルト殿下が15歳になられる年に、マリーベルには傷を負って貰う事にしましょう。身体か・・・いや、顔が良いか。誤魔化せぬくらいの深い傷を付けましょう。疵物の娘では栄光に満ちた王家に入れて頂く訳には参りませんのでな。」
「出来るか?」
「はい。その年は・・・マリーベルは高等部の2年生になっている筈ですな。そして学園では大きな旅行が在った筈。・・・旅ともなれば様々な出来事が起きても不思議では在りませんなぁ。」
実の娘を傷付ける計画を楽しそうに話すクリストフを見て、さしものゼスマイヤーも不快感を覚える。
「解った。ならば子細が決まり次第、事を進めよ。」
「は。」
王の命に2大貴族は頭を下げた。
「・・・。」
過去の記憶から立ち返ったマサイアスは、今度は今後に思いを馳せていく。
いずれにせよ、此処まで大きなスキャンダルをライアス自身が起こしてしまっては予定を早めるしか無い。ライアスが、あの無能が、勝手に墓穴に堕ちて行ったのだ。ならばもう後は土を被せてしまうのみ。そして然る後にゆっくりとアルベルトを立太子したら良い。
此処まで心を決めてしまうと問題はあの娘である。ゼスマイヤーとアビスコートが仕掛けてきた提案内容そのものが意味を成さなくなる。
本来はライアスに瑕疵を付ける為の計画だったが、其れ自体が不要となってしまった今ではあの娘との婚約は王家にとってデメリットしか無い。
「ゼスマイヤーとアビスコートを呼べ。」
疲れ切った表情でマサイアスは侍従に命じた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
朝、あたしは寒くて目を覚ました。
「ハァ・・・」
吐息を漏らすと白い息が上がる。
うわぁ・・・こりゃ、相当寒いな。
隣では銀髪美少女が眠りの女神様に未だ抱かれたままでいる。
結局、あのあとマリは『一緒に寝たい』と言い出して、あたしがベッドに招いたんだけど・・・流石に今年は疲れていて特に何をするでも無く直ぐに寝ちゃったんだよな。
お陰でグッスリ安眠だ。そして今日は学園祭翌日のお休みの日。
それにしても、つくづくお休みが多い学校だな。今日は大勢の業者さんが入って学園内を綺麗に片付けてくれている筈。後片付けを部外者にさせるなんてホント贅沢だよな。
まあ、業者さんにしても良いお金が入ってくるから望む処なんだろうけど。
兎にも角にも、久しぶりのゆっくりタイムをマリの寝顔を眺めると言う行為で満喫していた。
「・・・。」
あたしは我慢出来ずにマリのプクプクのホッペタをプニプニ突つく。彼女の小さな口がモニョモニョと動いた。そう言やぁ小っこい子がこんな感じで寝てるときにちょっかい出すと口動かすよな。
前世の弟がそうだった。幼児の頃、寝ている弟のホッペタ突ついていたら口をモニョモニョと動かしたので蒸かした芋の破片を放り込んだら眠ったまま呑み込んで咽せて。大騒ぎになったな。
『弟を殺す気か!』
と父ちゃんに唸り飛ばされて大泣きしたっけ。そのあと父ちゃんが爺ちゃんに
『実の娘に何て言い方しやがる!』
ってぶっ飛ばされてたけど。
今思い返すとタフな家族だったよなぁ。元気かなぁ。
・・・う・・・ちょっとセンチメンタル・オータム。
パチリ。
あ、起きた。
隣の美少女が漸く眠りの女神様とのワルツに飽きてあたしの処に帰って来てくれた。
「おはよう。」
あたしが言うとマリは正に女神の様な微笑みを見せてくれる。
「おはよう、ヒナちゃん。」
うん、朝から癒やしを頂いたわ。
「今日は寒いよ。」
あたしが言うとマリは『ハァ・・・』と息を吐く。白い吐息を見てマリがニコリと笑った。
「ホントだ。」
「お腹空いた?」
あたしが尋ねるとマリは首を振った。
「ううん、ヒナちゃんは?」
「あたしも別に。」
「じゃあさ・・・」
マリが躙り寄る。
「もう少しこうしてようよ。」
くー!可愛いじゃねーか!
「いいよ。」
あたしは堪らなくてマリをギュッと抱き締めて囁いた。
ようやく、この国の名前と騎士団長の子息の名前が出て来ました。
本当はずっと出さないつもりで居たんですけど「せっかく考えて在ったんだし出そう」と思い立ちまして話の序でに出しました。




