M63 ダンス・ダンス
「・・・貴女と踊れて楽しかったです。」
ダンスを終えてマリとセーラの処に戻る最中、リューダ様は笑顔でそう言った。
「・・・。」
意味も無く顔が火照る。
ダメなんだって、そう言うの。男子から・・・しかもこんな中身イケメンで外見メッチャ可愛い男の子からそういう事を言われた経験は前世を含めてマジで皆無なんだよ。
「おかえり、ヒナちゃん。・・・顔赤いよ?」
笑顔で出迎えたマリの笑顔が怪訝なものに変わる。
「え!?・・・そ・・・そう?」
ヤバいヤバい、なんか気持ちがフワフワしてるな。落ち着こう。
「・・・。」
いきなりセーラがあたしの腕を引っ張った。
「セーラ?」
「次は私と踊りましょう。」
「は?」
何言ってんの? 女の子同士では踊れないないでしょ?
あたしが疑問を口にする前にセーラが笑った。
「大丈夫よ。私、リードも出来るから。」
「な・・・なんで!?」
「いいから。行きましょう。」
セーラに引っ張られてあたしは戸惑いながら今来た道を戻っていく。
マリがプーッと膨れている。いや、そんな顔をされてもさ。
セーラは本当に男性パートを見事に踊って見せてくれた。
ダンスって、踊ってみて初めて判るけど本当にハードな運動だ。かなりガチ。30分も踊ればヘトヘトになる。
それだけに足腰が相当鍛えられていないと綺麗に踊れないし連続で踊るなんて出来やしない。もっとも全ての運動に於いて強靱な足腰は基本だから、当然っちゃあ当然なんだけど。
そしてリードする側はもっと大変だそうよ。特に重心を自在に操れないと下手すりゃ相手ごとスッ転ばせてしまうらしい。
でもセーラは涼しい笑顔であたしをリードしてくれる。
セーラの剣術があれだけ鋭いのも納得がいった。コレだけ重心のバランスが良いのなら動きの緩急も自在になる訳だわ。
あたしは右手をセーラの左手と繋いで、左手を彼女の右肩に置く。セーラは右腕をあたしの腰に回してしっかりと抱き寄せて来る。
身長が同じなだけに、リューダ様の時よりも顔がずっと近い。いや、近すぎる! あと10センチも近づいたら唇がぶつかって仕舞いそうだ。
あたしが例によって蹴躓きそうになっても、彼女は力強くあたしを支えてくれる。
そして見慣れている筈の長い黒絹の様な髪がクルリと回転する度に華麗に舞い、日本人形の様に整った清楚な顔立ちと切れ長の双眸で微笑まれては平常心なんかではいられない。
本日何度目かの赤面状態でセーラのリードに付いて行く。
「ほ・・・ホントに踊れるんだね。」
照れを隠しながらあたしはセーラに話し掛ける。
「ええ。上手いモノでしょう?」
「う・・・うん。」
あたしは頷く。
「ほ・・・ホントはあたしが男性パートを踊れれば良かったのかもね。」
「なぜ?」
セーラは首を傾げる。
「だってあたしの方が髪が短いし、いつも男装ばかりしてるから。」
コレはホントにそう思う。特にセーラみたいな清楚系美少女の相手をする時は、きっとあたしが男性パートを踊った方が見栄えはする筈。
するとセーラがクスクスと笑った。
「私が貴女をリードしたかったのだからコレで良いのよ。それに貴女はとても美しいわ。華奢だし、黙ってれば可憐だし素敵な御令嬢よ?」
「!」
だ・・・黙ってればってどう言う意味さ。
セーラが微笑んだ。
「ふふふ。貴女、顔が真っ赤よ?」
「そ、そんな事ないよ。」
「そうかしら?」
セーラは首を傾げると左腕に力を込めてグッとあたしを抱き寄せて囁いた。
「でも、そんないつもの素敵な雰囲気が・・・今は影を潜めているわ。」
「え・・・」
「代わりに・・・とても純朴な感じがして可愛い。」
そして頬にシットリと柔らかいモノが触れて「チュッ」と音が鳴る。
「!?・・・セ・・・セーラ!」
あたしが驚いてセーラを見返すとセーラも顔が真っ赤になってた。
「・・・とっても綺麗。」
「・・・!・・・!」
なんと言って良いのか、もう判んなかった。
でも1つだけ判る事。制服を着た女の子同士が公衆の面前で踊っているのだ。ただでさえ注目を集めているのだ。そんな中で頬にキスなんてしたら皆に見られていない筈が無い。
「み・・・みんな見てるのになんて事するの!」
あたしは別に良いけど、セーラは色々と大ダメージなんじゃないの!?
でもセーラは笑うのみだ。
「ふふ。キスの事を言ってるの?・・・平気よ。」
「何が!?」
「だって、貴女とキスしてみたいって令嬢は結構居るのよ。だから私もその内の1人で、冗談でキスしたって認識で終わるわ。」
「は!?」
いやだからってホントにするなんて・・・。
「あ、でも・・・上手くやったなって僻まれはするかもね。」
・・・もう、どう突っ込んで良いのやら。淑女の貞操観念とは? 前から気付いていたけど、この辺がこの学園の人達はホントに緩いのね。
「だから・・・。」
セーラは更に密着してくる。
「もう1回・・・。」
「ちょっ・・・セーラ!」
貴女の胸が当たってる!
あたしが藻掻いた処で曲が終わった。
セーラの動きがピタリと止まる。
「・・・残念。」
セーラは苦笑いしながらそう言うと別れの一礼をした。
・・・ちょっと残念な・・・いやいや。
「おかえり。」
頬をパンパンに膨らませたマリがマカロンを頬張りながら眉根を寄せて出迎えてくれた。隣でリューダ様が困った様に苦笑いをしている。
もうマリは怒って頬が膨らんでるのか、マカロンを詰め込みすぎて頬が膨らんでるのか判らない。
「マリちゃん、凄い顔。」
「いいの。」
あ、やっぱりちょっと怒ってるんだ。
「ふふ。マリさんもヒナと踊ってきたら?」
「私、男性パートは踊れません!」
セーラ、お願いだからマリを煽らないで。
それにしてもマリ、なんかリスみたいだな。
その後、夢心地な表情のアイナとフレアを連れてエリオット様とエオリア様が戻って来ると、あたし達は8人で後夜祭の雰囲気を楽しんだ。
上品すぎる嫌いは在るけどみんな思惑通りに楽しんでくれている様で良かった。
キャンプファイヤーの回りで踊る者、回りに用意された椅子に座って炎を見ながら回想に耽る者、談笑する者。教えてもいないのに、みんな如何にもキャンプファイヤーらしいって言える楽しみ方をしている。
実は「言い出しっぺ」として、ちょっと不安も在ったんだ。実際には火を置いて軽食と楽団を用意しただけだし、『つまんない』と帰られてしまったらどうしよう・・・って思ってた。
けど、暗闇に焚かれる炎って言う奴は人の本能を激しく惹きつける何かが在るのかも知れない。だってみんな明らかにテンション高いもん。
「さて、では此処で皆さんに発表が在ります!」
会場にスクライド様の良く通る声が響いた。あたし達も含めて全員の目が生徒会に集中する。
なんだ? まだ何かあるのか?
「今回、私達生徒会が学園祭の風紀取り締まりも兼ねて見回っていた事は皆さんもご存知の事と思います。」
其処まで言ったスクライド様が一瞬あたしを見た。
ん?なんだ?
「その時、私達も皆さんの出し物を大いに楽しませて貰ったのですが・・・此処で1つ、賞状を差し上げたいと思っています。」
・・・ああ、言ったな。そう言えばそんな事。まさかホントにやるとは。
ただ他のみんなは初耳だ。当然、会場が響めいた。「賞状なんて聴いていない。」そんな声が主だ。
スクライド様の明るい声が響く。
「但し賞状とは言っても単なる洒落です。生徒会の独断で渡すお遊び的なモノです。どうぞ気楽に聴いておいて下さい。」
その説明で会場が和んだ。
うーん、流石貴族だね。賞状とか順位とか名誉に関わりそうな事には過敏に反応するんだな。
「では凄く頑張ったクラスに送る『頑張ったで賞』から発表したいと思います。」
笑いが起こる。
うん。前世では場面に拠っては寒くなるほどの使い古されたネーミングだけど、この世界ではユーモア溢れる斬新なネーミングだ。
マリがクイッとあたしの袖を掴んで引っ張った。
「・・・あれ提案したのヒナちゃんでしょ。」
「わかる?」
「わかるよ。」
マリがクスクスと笑う。
お、機嫌が良くなった様で何より。
「では次に、面白い発想で学園祭を賑やかしてくれたクラスに送る『面白かったで賞』を発表したいと思います。」
おっと発表は続いている。
「・・・昔からこの学園でも喫茶店などで来訪した客人を持て成す出し物は多々在りました。そんななか、今年は面白い試みをしたクラスが在ります。そのクラスはクラス全員が物語や神話の主人公やヒロインに為りきり、お客の舌だけでなく目も楽しませてくれました。ここに『仮装喫茶』を催した初等部2年3組に頑張ったで賞を贈りたいと思います!」
おお!?
選ばれたぞ!?
スゲー!!
「ヒナちゃん、行ってきなよ。」
は!?
何言ってんのフレア!
「ヒナ。賞状貰ってきて。」
ちょっと、アイナ!?
「ハナコさん。」
「ハナコ様!」
待て待て待て。なんであたしが!?
「言い出しっぺが受け取って来ないと。」
セーラが楽しそうに言う。
確かに言い出したのはあたしだけど・・・。
・・・グゥ・・・。
あたしは多分ユデダコになってた思う。これ以上は無いってくらい顔の火照りを感じながら、スクライド様の前に立つ。
「やあ、ハナコさん。さっきぶり。言って置くけどコレは君の意見を採用したので在って、僕の独断では無いからね。」
「判ってますから早くして下さい。」
スクライド様は苦笑いすると賞状を差し出した。
「おめでとう。」
「ありがとうございます。」
ウチのクラスの方から歓声が聞こえてくる。
うう・・・逃げ出したい。
その後は「賞状を見たい」と言うクラスのみんなに渡して、あたしは後方でグッタリしていた。まさか後夜祭でこんなに疲れる羽目になるとは流石に想像していなかったよ。
「送って貰って有り難う御座いました。」
「礼など要らないよ。」
エオリア様が笑顔で答えてくれる。
後夜祭が終了して解散となった後、当然寮に戻る事になったんだけど。
『一応、女子寮まで送るよ。』
学園の敷地内とは言え暗い夜道をあたし達だけで帰す事に不安を感じたのか、リューダ様達はあたし達5人を寮まで送ってくれたんだ。
「皆さんも道中お気を付けて。」
と言っても此処から男子寮まで10分程度なんだけどね。
「ああ、有り難う。それと殿下の件、グレイバード様にも機会が在ったら訊いてみるよ。」
エリオット様がそう言った。
「そうですね。それが良いかも知れません。」
あたしも頷く。
「ああ、疲れた。」
部屋に戻ってきて、真っ先に湯浴みを済ませたあたしはコタツに足を突っ込んでゴロンと横になった。
「お疲れ様。」
同じく湯浴みを終わらせたマリもニコニコ顔でコタツに潜ってくる。
「マリもお疲れ。」
「うん。」
ああ、疲れた身体にマリの笑顔は癒やされるな。
さっきの頬をパンパンに膨らませた顔も可愛かったけど。
マリが思い出すように言った。
「今年も楽しかったね。」
「だね。」
あたしも相づちを打つ。
「ヒナちゃんの帝王スタイル格好良かったよ。」
「ハハ・・・。」
乾いた笑いしか出ない。
「・・・あたしは偶にはヒロイン枠の扮装をしてみたいよ。」
「それはダメ。」
え!?即答!?なんで!?
「え、なんで!?」
まさか即答で却下されるとは思わなくてあたしは驚いて尋ねる。なんか以前もこんなやり取りをした記憶があるな。
「なんでも。」
マリは理由を教えてくれない。
「私も男性パート踊れるように練習しようかなぁ・・・。」
ポソリとマリが呟く。
「ソレならあたしが踊れるようになった方が見栄えがするかもね。」
「それはダメ。」
え!?即答!?だからなんで!?
「え、なんで!?」
「なんでも。」
マリはやっぱり理由を教えてくれない。
まあ良いわ。冗談で言っただけで本気で「踊れるようになりたい」なんて思って無いし。それにしても今年も色々あったなぁ。
あたしは「うーん」と身体を伸ばす。
「・・・」
マリがゴソゴソと無言であたしの隣に潜り込んできた。
「なあに?」
あたしが尋ねるとマリがクイッと身を寄せて来る。
ふふ。この甘えんぼさんめ。
ふとこの甘えんぼさんが、去年あたしに仕掛けてきた事を思い出してあたしは勝手に顔を赤くした。と同時にからかってみたくなる。
「ねえマリ。」
「なに?」
「今年は衣装を着て寝ようって言わないの?」
「・・・!」
マリがハッとなった顔になり、そのあと照れ隠しなのか眉根を寄せて頬をパンパンに膨らませて見せた。
「ふふふ。」
そのマリの表情が可愛くてあたしはホッペをツンツンとつつく。
「もう、意地悪言わないで。」
「ゴメンゴメン。マリが可愛くて、ついね。」
「・・・。」
マリが真っ赤になる。
ああもう、何だこの可愛い生き物は!




