M62 後夜祭
終わった。緊迫の場面も在ったけど2年生の学園祭が終了した。
「これで今年度の学園祭を終了します。」
生徒会長スクライド様の閉会宣言に呼応してみんなが声を上げる。その歓声収まらぬ中でスクライド様が声を張り上げる。
「この後、園庭にて後夜祭を企画しています。軽いダンスや歓談会程度の簡単なモノですが用意して居ますので未だ元気のある方々は是非ご参加下さい。勿論、寮にお帰りになるのも結構です。」
大講堂がザワザワとざわめく。
基本、貴族は新しい物好きが多い。と言うか、『情報が命』の貴族社会に於いて消極的な生活態度は頂けないモノだ。殆どの御令息御令嬢が参加を表明している。
「ヒナちゃん行く?」
4人が聞いて来た。
もちろんあたしも学園祭が始まる前は当然参加する気・・・だったんだけど流石に疲れたな。ちょっと帰りたい。
でも、マリもセーラもフレアも行く気満々の表情だ。アイナも・・・あれ?
アイナが疲れたような表情で3人の後ろからあたしを苦笑交じりに見ている。アイナさん、ひょっとしてお疲れ?そうよね、貴女はそういう人だわ。
あたしは素早く計算する。此処であたし1人が「疲れたから帰る」と言ったら流石に空気が読めない痛い子になってしまう。けど、今ならアイナがあたしに乗ってきてくれるんじゃないかしら?
よし。
「ああ・・・うん、あたしはちょっと疲れ・・・」
其処まで言い掛けた時。
「ああ、アイナ。此処に居たんだね。」
エリオット様が現れた。
「エリオット様!」
アイナの目の色が変わる。
うん。あたしのチャチな打算など愛の力の前には儚過ぎて泣けてくる。
「・・・たんだけど、行く事にするわ。」
語尾を変化させてあたしは3人に告げる。
「ああ、フレア。此処に居たんだね。」
・・・うん、判ってた。こうしてエオリア様とリューダ様も続いて登場してあたし達は園庭、つまり校庭に向かった。
「ああハナコさん、やっと見つけたよ。ちょっと来てくれるかな?」
園庭に着くなりセシル様が近づいて来てあたしにそう言った。
「え? えーと・・・はい。」
不思議そうにあたしとセシル様を見るみんなの顔を見返しながら、あたしは半ば引き摺られる様にセシル様に引っ張っていかれる。
やがてあたしは生徒会の方々が集まっている場所に連れて来られた。
「ちょっと此処で待っててね。」
セシル様はあたしに微笑むとスクライド様の横に立つ。
「はあ・・・。」
あたしはポツンの状態で後ろから園庭を見回した。
園庭の中央には想像以上に大きな組木が置かれており、その中に木材や枝葉が詰められている。あたし達の後ろには楽団の方々が控えていて生徒会の交渉が上手くいった事を示している。
まあ、楽団からしたらスケジュール調整と報酬金の折り合いが付けば断る理由なんか無いもんね。寧ろ美味しい仕事なんだし。
そして、園庭の周囲には軽食が用意されていて簡単なパーティー会場のような体裁が為されていた。
いやぁ・・・。個々の勉学も在っただろうに、よくもまあ、たった1週間で此処まで準備したもんだよ。すげぇな、生徒会。
あたしが感心している中、スクライド様が集まったみんなに話し始めた。
「皆さん、良くお集まり頂きました。正直、予想以上の人数に少し戸惑っている処でもありますが。」
其処で一頻り笑いが起こる。
上手いな。スクライド様のこういう処は感心する。
「さて今宵は、この学園始まって以来、初めての試みとなる『後夜祭』を決行させて頂きます。と言っても大した事をする訳では在りません。互いの労を労って頂き、存分に語り合って頂いて、明日からの学園生活への活力を得て貰おうというものです。」
パチパチと拍手が鳴る。
あたしも拍手だ。さっきまで疲れてたけどちょっと楽しくなって来た。
「楽団の方にも駆けつけて頂いておりますので、この中央の野営火に火を入れた後はソレを囲んでダンスなども楽しんで下さい。」
おお・・とざわめきが起きる。
いいね。あたしもマリとかセーラと踊ろうかな。いや、女子同士じゃ無理か。
「では、早速始めようと思います。が、その前に1人紹介したい方が居ます。」
お、何だ。誰か来んのか?
あたしが伸び上がって周囲を見回した時、スクライド様が振り返ってあたしを見た。
「では、ハナコさん。こちらへ。」
あ?
あたしの時間が止まった。何であたしが呼ばれるの?
訳が判らずに動きの止まったあたしの手を生徒会のお姉様が掴んで引っ張る。もう1人のお姉様があたしの背を押してくる。
「ごめんなさいね。」
「後で会長には謝らせるから。」
なんだ? 何を言ってる? 何で謝るの? ってかあたしコレから何されるの!?
いきなり謝られた事に少し恐怖を感じてあたしは思わず踏ん張った。けど、御二人とも細身に見えても流石は高校生。いや、高等部。まったく抵抗出来ずにあたしはみんなが注目する中に押し出された。
おい待て。何が起きてる。
あたしがキョドってキョロキョロするのもお構い無しにスクライド様が話しを再開する。
「彼女が今回の『後夜祭』を提案してくれたヤマダ=ハナコ嬢です。彼女は未だ初等部の2年生ですが彼女から溢れる発想の数々は高等部の我々でも舌を巻く程です。」
「「「おお・・・」」」
響めきが起きる中、あたしは仰天していた。
おい!会長!何言い出しやがりますの!?
あたしが睨むとスクライド様はニヤリと笑って更に声を上げる。
「例えば皆さん。覚えていらっしゃると思います。去年、突然寮に現れた『聖夜ツリー』や『カドマツ』なるモニュメントの数々を。アレも彼女が発案したモノだとか。」
「「「おお!!」」」
さっきよりも響めきがデカくなる。
ちょ・・・やめろ。マジで。あたしは余りの事に固まる。
「そう言えば『ユキガッセン』だっけ?アレもあの子がやり出したんだろ?」
「いや、違っ・・・!」
其れはマリがやり出した・・・!
「なるほど、アレも君が始めたのか。」
「いや、違っ・・・!」
スクライド様の感心したような視線にあたしはブンブンと首を振る。
「あと『ヒナマツリ』もハナコ様が始めたのよね。アレ、今年は私達も作って貰いたい。」
いいから!言わなくていいから!
「私も」
「私も!」
判った、作るから黙って!
「ほう・・・其れは知らなかったな。」
スクライド様の眼がキラキラと輝く。そしてそのまま更に言葉を連ねていく。
「更には倶楽部の増設や不慣れな1年生達の為にと倶楽部の勧誘会などにも一言を呈してくれたのが彼女です。」
「なんと・・・。」
逃げたい。今すぐ。もう空気読む云々など気にせずにさっさと寮に帰れば良かった。と後悔するも後の祭り。
そう、後夜祭だけにな!!
ああ面白くも何ともねぇ。
会長の紹介が終わった事で、あたしは露骨にぶっちょう面を晒したまま後ろに下がる。
「因みにこの野営火を囲んで語らうこの集まりを『キャンプファイヤー』と称するそうです。」
拍手が鳴る。
「では点火!」
生徒会の御令息達が組木の中に火種を差込むと、煙が上がり始めやがて勢い良く燃え始める。
「おお!」
周囲から歓声が上がり、楽団の方々がメロディを奏で始める。
そんななか。
「ゴメンね、ハナコさん。生徒会としてはコレだけ学園に良い影響を与えてくれている君をどうしても皆に紹介したかったんだ。」
「・・・。」
あたしはブスッたれてスクライド様と視線を合わせない。
「だから言ったんですよ。前以て伝えるべきだって。」
「いやでも、さっき思いついた事だったし・・・。」
「だったら日を改める事も出来たでしょうに。」
お姉様方がスクライド様に抗議してくれる。
「女の子はデリケートなんです。まして未だ初等部の子ですよ。もう少し気を使ってあげて下さい。」
「うー・・・解ったよ。」
スクライド様があたしに頭を下げる。
「ハナコさん、申し訳無かった。貴族として功績は正しく評価されるべきだとの思いがつい逸ってしまった。今後はもっと気を付けるようにするよ。」
「・・・解りました。もう良いです。怒って無いです。」
悪戯心や嫌がらせじゃ無く真っ当な理由が在ったと判ってあたしは頷いた。
と言うよりも、実は内心ちょっと焦ってたんだ。晒し者の様な真似をされて怒ってたのはホントだけど、まさか生徒会長さんが頭を下げてくるなんて思いもしなかったから。
「ああ良かった。」
スクライド様が笑う。
チクショウ、本当に良い笑顔だな。
そしてあたしは漸くマリ達のところに戻る事が出来た。
「おかえり。」
不機嫌顔を隠そうともしないあたしを7人が苦笑交じりに迎えてくれる。
「酷い目に遭った。」
「まあまあ。」
セーラが苦笑いしながらあたしの背中を押す。
「美味しい物でも食べて忘れましょう?」
「ヒナちゃんの好きなチーズとトマトのクラッカーも置いてあったよ。」
むぅ・・・。ソレは食わないとな。
好物を口に運びながら、あたしは園庭を眺めた。
広い園庭の中央で煌々と燃え上がるキャンプファイヤーと、音楽に合わせて其の周りで踊る参加者の令息令嬢達。
各テーブルの食べ物を手にしながら談笑する他の生徒達。
うーん・・・あたしの記憶にあるキャンプファイヤーよりも随分と上品な光景ではあるけども、みんな楽しそうだしコレも良いかな。
「キャンプファイヤーなんて面白い事考えるね。」
マリがコソッと耳打ちしてくる。
あたしは笑った。
「まあね。高校の学園祭で後夜祭の時にやったのよ。かなり楽しかったからね。」
「そうなんだ。」
「マリは楽しい?」
「え?」
あたしは首を傾げるマリを見た。
あ、こうやって並ぶとやっぱりあたしの方が少し背が高いんだな。
「マリはキャンプファイヤーなんて初めてでしょう?」
マリの目がキラリと光る。
「・・・うん。とっても楽しい。」
よし。良い笑顔だ。
「ヒナさん、踊りませんか?」
リューダ様が声を掛けて来る。
え? あ・・・え?
驚いてあたしはリューダ様の顔を見上げた。
リューダ様がそんな事を言ってくるなんて。
あたしはチラリとマリを見た。
「踊ってきて。ヒナちゃん。」
意外な事にマリは笑顔で勧めて来た。
「え、ええ。」
差し出された手にあたしは手を置いた。男の子らしくなった大きな手に剣の練習で出来たのだろうゴツゴツのマメがたくさん付いている。
ヤバ・・・ちょっとドキドキするかも・・・。
まだ幼さは残るモノの、段々と男の子らしい精悍さも混ざってきたリューダ様の笑顔に顔が火照ってくる。
ああ、やっぱ可愛いな。あたしはドギマギしながらキャンプファイヤーの近くに引っ張られていく。
「あたしそんなに上手く踊れないんだけど・・・。」
「大丈夫です。僕に付いてきてくれれば良いですよ。」
お、おお・・・。何、この頼れる感。
あたしが蹴躓きそうになる前に、彼は腕の力であたしを支えながらクルリクルリと回ってくれる。やべ、ちょっと楽しいかも。
ダンスって苦手意識が在ったけど、こうやってクルクル回ると結構楽しい。
「ふふ。」
思わず笑うとリューダ様が微笑んだ。1年前の夏休みからは比較にならない程に逞しくなったリューダ様に頭上から微笑まれてあたしは思わず息を呑む。
「楽しんでくれている様で良かった。」
「あ・・・はい・・・。」
思わず照れて俯いてしまう。
チクショウ。
普段、弟みたいに思っているから何かこう言う不意打ちは対応に困る。男子にこんな扱いをされた事が無くて慣れてないのも原因だとは思うけど。
リューダ様ってテオに似ているのよね。もっと言えばテオが前世の弟に良く似ているんだ。だからリューダ様みたいな人相手なら、あたしの性格上ベタ惚れしても可笑しくないんだけど、中々そんな気にならない。
でもリューダ様はどうなんだろう?
あたしはチラリとリューダ様を盗み見る。視線が合って慌てて目を逸らす。
か・・・考えすぎって事は無いよね。だって現にダンスに誘われているし。アイナやフレアも想い人とダンスの真っ最中だし。ダンスに誘うってそう言う事なんでしょ?違うの?
もし・・・もしもよ。もしリューダ様があたしを好きって事にでもなったらあたしはどうしたら良いんだろう?
「あ、あのリューダ様・・・。」
「ヒナさん。」
あたしが怖ず怖ずと絞り出した声は、リューダ様の力強い囁きに弾き飛ばされた。
「ひゃ・・・ひゃい・・・はい!」
噛み捲りながらあたしが返事をすると、リューダ様は意外な程に真剣な声を出した。
「マリーベル様と殿下の件、聞きました。」
「!」
あたしは反射的にリューダ様を見上げる。
「え・・・。」
「さっき貴女が生徒会の人に連れて行かれた時に、マリーベル様達から教えて貰いました。僕らも彼女の弱点に成り得るとか。」
「・・・」
ハ・・・ハハ・・・。恥ずかしい・・・。リューダ様があたしをダンスに誘った理由が判明してあたしは勝手に真っ赤になった。
要はこの話がしたかったのね。
だからマリも素直に送り出してくれたのね。
心の中で盛大且つ哀しみの溜息を吐いて、あたしは心の中を整える。そしてリューダ様の問いに答えた。
「そうです。アルフレッド様はそう仰っていました。」
「判りました。」
リューダ様が頷く。
「エリオットやエオリアとも話したんですが、コレから先は僕らも1日の行動予定を可能な限り貴女方にお伝えします。ヒナさん達も出来るだけ僕らに教えて下さい。」
「・・・。」
・・・なんか安心した。男の子が混ざってくれるだけでこうも安心するモノなのか。
「有り難う御座います。頼りにさせて頂きます。」
あたしは微笑んでそう言った。
「はい、お任せ下さい。僕ら3人で必ず皆さんをお護りします。」
リューダ様がニッコリと笑う。
・・・ラブストーリーなら、きっと此処で恋が芽生えるんだろうなぁ。




