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憂愁のヤマダハナコ  作者: ジョニー
チャプター5 2年生編 / 二学期
72/105

M61 お調子者の薔薇と健気な涙



 忙しかった。午前中のあの不快な出来事が頭からぶっ飛ぶくらいに。




 怒濤の来客ラッシュは午後にピークを迎えていた。しかも午後から解禁した仕組みが・・・。




「ヒナさん、セーラさん、リクエストですよ。」


 厨房に顔を覗かせたクラスメイトがニヤニヤ顔で伝えてくる。




 うー・・・またか・・・。




 『頼んだものを誰に持って来て欲しいかを、お客がリクエスト出来る仕組み』なんてモノをクラスメイトの1人が提案してしまったが故に、更に忙しさが加速する事になっていた。


 あたしは「あたし達には関係無いし、別に良いんじゃない?」と思って何も言わなかった。いや、だってあたし達5人に来るとは思わないじゃない? ずっと厨房に籠もる事になるんだから。




 なのに何故かあたし達も呼ばれる。なんでだよ。




 因みにセーラは上級貴族の御令息方から頻りに声が掛かる。理由は簡単。アルテナ様のエロい格好をしていて、有力貴族の娘で特定の相手がいないフリーのセーラを狙うが故だ。


「また?・・・勘弁してよ・・・。」


 4回目の指名を受けたセーラがブツブツ言いながら厨房を出て行く。




 そしてマリは普段の物腰柔らかく分け隔てをしない態度から、下級貴族の御令息や御令嬢を問わず人気がある。それもあって当然の様に怒濤のリクエストラッシュに喘いでいる。さっき5回目のリクエストを熟して厨房に帰ってきたばかりだ。


「行ってらっしゃい。」


 疲れた笑顔でマリが見送る。




「ふふふ、頑張れー。」


 アイナと交代で戻って来たフレアが楽しそうだ。




 本来ならアイナやフレアなんかは下級貴族と言う与しやすさとその愛らしさから、真っ先にターゲットにされて声が掛かりそうだが殆ど声が掛からない。


 でも、少し考えて見れば当たり前だ。2人は高等部進学と共に婚約が確定している。ソレはあたし達の学年では既に有名な話。


 そんな相手をリクエストに選ぶ御令息は先ずいない。


 リクエストしてくるのはそういった事情を知らずに下心丸出しでリクエストしてくる人達だけだ。そしてそんな人達にはエリオット様とエオリア様の穏便だけど強烈な牽制が飛んでくる。




 確りと護ってくれるナイトが居る2人が流石にこの時ばかりは羨ましかった。




「ヒナさん、早く。」


「・・・はーい。」


 あたしはヨロヨロと出て行く。


「ヒナちゃん頑張って。」


 マリとフレアの声が重なってあたしの背中に届く。


「うーい。」


 あたしは返事して注文の品と棘を取り払った薔薇を1輪受け取ると、指名してきた席に向かう。




「キャー。」


 ・・・黄色い悲鳴が上がる。あたしを指名したのは又もや御令嬢方だ。解ってた。うん解ってたさ。さっき初めてあたしを指名してきたグループも御令嬢のグループだったしね。


 この女性から『だけ』の人気は覇王エーランド帝王様のコスプレのせいだと信じたい。




 あたしは精一杯の微笑みを浮かべて声をやや低めに出す。


「お待たせしました、お嬢様方。」


 イメージはサブカルチャー的な執事様だ。まあ、格好は帝王だけどね。




 この世界、ましてやこの子達は常日頃から実家で生の執事に触れているけど、当然ながらリアル執事さん達は皆、彼女達の親御さんと同年代かそれ以上の紳士達の筈。そのくらいの年の功が無いと日々の激務をそつなく熟すのは不可能だしね。


 ドラマとかによく在った10台の坊ちゃん嬢ちゃんが華麗に熟すという設定は絶対に不可能だって、ウチの執事のリジオンさんを見ていたら良く解る。




 だから同年代の人間にこんな扱いをされる事は珍しいんだろうな。




 その証拠にお嬢様方の頬がメチャ紅い。


 いいさ。イケメン演じてやるよ。とくと味わうが良いさ。




 あたしは優雅な手つき・・・かどうかは解らんけど、静かにご注文のハーブティーを御令嬢方の前に置いていき、フルーツジャムをテーブル中央に置く。そしてトレイのパウンドケーキにホイップクリームを目の前で落としていくと彼女達の眼を見ながら微笑んで


「どうぞ。」


 と置いていく。


「・・・有り難う御座います。」


 熱い視線で御礼を言ってくるお嬢様方に段々と気分が乗ってきた。




 ふと見ると1人の御令嬢の綺麗な髪が1筋、頬に掛かっている。


「お嬢様。」


「は、はい。」


 頬を染めてあたしを見上げる御令嬢のその髪を優しく指で整えてあげる。


「御髪が少々、悪戯をされている様ですよ?」


 そう言って微笑み、その頬をフワリと撫でる。


「!・・・!?・・・!!」


「キャー!」


 真っ赤になる御令嬢と騒ぐ周りの御令嬢方。


 やべぇ、楽しいかも。




「もう御髪が悪戯をしない様にこの薔薇で止めてしまいましょう。」


 あたしはそう言って彼女の髪に持っていた1輪の薔薇を挿す。


「キャー!!!」




 ヤバい。調子に乗り過ぎた。


 大騒ぎになってしまった店内から逃げる様にあたしは厨房に戻った。




「お帰りなさい、帝王様。」


 セーラが白けた視線でそう言ってきた。


「ヒナちゃん、格好いい・・・。」


 フレアが頬を染めてそう言ってきた。


「・・・。」


 マリがジト目を送ってきた。




「な・・・何よぉ・・・別に良いじゃんよぉ・・・。」


 あたしは何とかソレだけ言い返す。




 バタバタと時間は過ぎていき、漸く長い1日目が終了した。


 いや、長ぇよ。マジ疲れた。




 盛大な客入りに興奮醒めやらぬクラスメイトを尻目にあたし達5人はヘロヘロで座り込んでいた。


「去年より疲れた・・・。」


「「「うん。」」」


 あたしが言うとセーラ以外の3人が力無く頷いた。


「でも楽しかったわ。」


 セーラが満足そうな表情で呟く。




 そう、ソレなら良かったわ。


 あたしは密かに微笑んだ。この子は去年、余り楽しい学園祭を経験出来なかったみたいだし、楽しんで貰えたのなら何よりだわ。




 さてと・・・。後は『あのこと』を話さないとね。




「ねえ、みんな。疲れているとは思うけど、後であたし達の部屋に集まってくれる?」


「?」


 4人が首を傾げた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「で、ヒナ。集まれは良いけど、どうしたの?」


 アイナが尋ねてくる。


「うん・・・。」


 あたしは言い淀んだ。




 ・・・。・・・ああ、もう。腹を決めよう。アルフレッド様の言っていた事は筋が通っている。みんなの安全の為には話すべきなんだ。




「実はね・・・。」


 あたしは午前中のゲス王子とのやり取りとアルフレッド様との会話の内容をみんなに話した。






「殿下が・・・。」


 流石にみんな絶句している。




 あたしはチラリとマリを見た。マリは蒼白になっていた。




「と、とにかく先ず!」


 フレアが言った。


「ヒナちゃんは無事だったのね?」


「うん。」


「何にもされてないのよね?」


「うん。」


「・・・そう。」


 ホーッと溜息が漏れる。




「じゃ、じゃあ次に・・・。」


 アイナがマリを見た。釣られてみんなの視線もマリに向く。


 マリは其の視線に気付いていないのか、あたしを見たまま固まっている。


「マリさんに殿下が会いに来るって言ったのよね?」


「うん。」


 あたしは頷いてから言った。


「でもソレに付いては、あのエロガキにハッキリ言ってやったわ。お前の仕出かした事を考えたら、マリに会うべきじゃないだろってね。」


「エロガキって・・・まあ、その通りだけど・・・。・・・じゃあ、殿下は暫くはマリさんには会いに来ないのかしら?」


「多分ね。アルフレッド様もそう言ってたし。」


「そう・・・。」


 ホーッと溜息が漏れる。




「最後に・・・。」


 セーラが口を開く。


「あたし達がマリさんの弱点になるかも知れないって事だけど・・・。」


「!」


 放心していたマリがピクリと反応した。


「うん。」


「グレイバード様がそう言っていたのね?」


「うん・・・。」


 あたしはマリを見ながら頷いた。


 ああ・・・やっぱり言わなきゃ良かった。マリの表情を見てあたしは後悔した。




「で、でもソレはアルフレッド様の考えすぎで・・・。」


 言い掛けたあたしをセーラは手で制して首を振った。


「いいえ。グレイバード様がそう仰ったのなら可能性は在るわよ。」


「そんな・・・。」


 二の句が継げないあたし達を見てセーラが苦笑した。


「・・・そうね。みんなは宮廷内の事って余り縁がないもんね。土地持ちの諸侯と違って宮廷貴族って王家から与えられる地位が全てなのよ。だから足の引っ張り合いが常に起きているの。醜いドロドロ話なんかは当たり前で・・・。」


 セーラは一旦言葉を切って何かを思い出したかの様に一瞬だけ不快げな表情を見せる。


「・・・そしてグレイバード様は諸侯で在りながら宮廷での地位も下賜されている侯爵家のご子息よ。そこら辺の事情は良くご存知の筈だわ。だからグレイバード様が仰るなら、殿下がそう考えると言うのは充分に有り得る事だと私も思うの。」


「・・・。」


 アイナとフレアが泣きそうな表情になる。


「じゃあ、私達はどうしたら良いの?」


 セーラは微笑んだ。


「だからグレイバード様はその対処法も確りとヒナに伝えてくれてるじゃない。」


「対処法ってあの『起きた事を冷静に受け止めて、殿下が失脚する日まで互いの所在を密に確認し合う事。それから御実家に必ず事実を伝える事。』って奴?」


「そう。」


 セーラは頷いた。


「正直、失脚するかどうかは判らないけど、彼がそう仰るのなら何かそんな情報が在るのかも知れないわ。とにかくグレイバード様が仰った『事実を客観的に把握する、仲間との連絡を密にする、頼る相手に偽りない真実を伝えて助けを求める。』は、危険な相手に狙われた時に上級貴族が取る行動の三原則みたいなモノなの。この方法でみんな大体の難事をくぐり抜けてるのよ。」


「定番って事・・・?」


「そ。言い換えればソレだけ堅実な対処法だって事。」


「・・・よし、解った。」


 なんかちょっと安心した。




 そう思いながらマリを見るとマリは俯いていた。そして何かを言い掛ける。


「・・・私・・・。」


 その口にセーラが手を置いて塞いだ。


「・・・!」


 ビックリしたマリがセーラを見る。


「マリさん、まさか私達から距離を置くなんて言うつもりではないですよね?」




 マリの双眸に見る見る内に涙が溜まった。


「だって・・・。」


「だってじゃ無いです。そんな事したら私、本気で怒りますよ。」


「・・・だって・・・。」


 マリは目を強く瞑って涙をポロポロと零すと同じ言葉を繰り返した。そのマリの手をアイナが握った。フレアが後ろから抱きついた。


「絶対に離れないわよ、私は。」


 アイナが初めてマリにタメ口をきいた。


「私もマリ様と友達止めるのは絶対にイヤ。」


 フレアが震える声を抑えて静かに言った。




 マリは


「ありがとう・・・。」


 と小さく呟いて、蹲ったまま泣き続けた。




「・・・ヒナ、任せていい?」


 辛そうにマリを見ていたセーラがあたしに言う。




 もちろんだよ。




「うん。」


 あたしは頷いた。




 何が出来る訳でも無い。でも、側に居る事は出来る。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 あたしは自分のベッドにマリを招き入れた。




「・・・。」


 マリは黙ってあたしを見る。


 あたしはマリに微笑んだ。




「ヒナちゃん、私・・・みんなに迷惑を掛けて・・・。」


「マリ。」


 あたしは彼女を抱き寄せた。




 言いたい事は痛い程に解る。あたしだってこの子と同じ立場ならそう思う。でも、だからこそ言いたい。




「あたしは側に居るよ。絶対に離れない。ずっと側に居るからね。」


「・・・。」




 マリのあたしを抱き締める腕に力が籠もる。痛いくらいに。そして、マリは震えながら嗚咽を漏らしていた。


「ありがとう・・・。」




 本当に・・・何でこの子ばっかり・・・。


 運命とか神様とかよく解んないけど、そう言う奴に対してあたしは言いようのないムカッ腹を立てていた。




「マリ。」


 泣くマリの耳元にあたしは囁いた。


「今晩は幾らでも泣いて良いよ。だから明日からも頑張ろう?」




 マリはあたしの胸元に顔を埋めながらコクリと頷いた。そして一言。


「頑張る。」




 健気な一言が愛しい。


 あたしは微笑んで彼女の頭を撫でた。




 絶対に護ってやるからね。







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