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憂愁のヤマダハナコ  作者: ジョニー
チャプター5 2年生編 / 二学期
71/105

M60 緊迫



「近く、マリーベルに会いに行く。アイツにその様に伝えておけ。」


 王子の言葉にあたしの動きが止まった。




 え・・・? なんで? 何の用で・・・?




 大量の疑問符と共に、途轍もない危機感が湧き上がる。普通に考えれば次期王太子候補が婚約者に面会するだけの話で、ソコに何でもクソも無い。




 でも、ダメだ。会わせちゃダメだ。




 コイツは今のマリを・・・マリーベルを知らない。多分だけど最後に意識して彼女を見たのは、去年の1学期の定期考査後にわざわざ嫌味を言いに来た『あの時』以来だろう。


 マリーベルはあの時から比べると随分と成長した。心も、そして身体も。エロガキのコイツが今のマリーベルを見たらどう思うかなんて知れたモンじゃ無い。


 ひょっとしたら学園祭の時のマリを見てるかも知れないけど、ソコでもし気に入ったのなら学園祭の直後に会いに来ている筈。来てないって事は、アルテナを演じた彼女を観ても何も感じなかったか、或いは劇を観に来てすらいないかのどっちかだ。




 コレほど迄にマリを蔑ろにしてきた男が、急にマリに会おうとしている。ましてあんな事件をコッソリと引き起こした男が。そんなの警戒しない方がおかしい。




 何とか会わせない様に・・・と、考えて「でもソレは無理な事」だと理解する。


 『学園』という狭いフィールドに於いて、片方が会おうとしているのだ。今後ずっと会わないままで居られる筈が無い。ましてやコイツは腐りきっても王家の人間だ。何をどうしようと遭ってしまうだろう。




 なら、どうする?




 最悪、興味を持たれてしまう事は諦めるしか無い。マリは魅力的な女の子なのだから、ソレは仕方が無い。




 あたしはゲス野郎の顔を見た。


「畏まりました。其れでは大まかなご用件だけお伺いしても宜しいでしょうか?恐らくマリーベル様にも訊かれると思いますので。」




 王子の表情が不快げなモノに変わった。


「自分の婚約者に会うのに理由が必要なのか。」


「はい。」


 あたしは即答する。




 3匹はまさか即答されるとは思わなかったんだろう。一瞬だけ驚愕の間抜けヅラを晒すと次には怒りに表情を歪めた。


「何だと!?」とゲス王子が叫ぶ。


「無礼な!!」と次期宰相と目されていた奴が怒鳴る。


「此方に居わす御方を何方と心得る!?恐れ多くもアwセdrftgyフジコ!」と次期騎士団長と目されていた奴が噛み噛みで吠え立てる。


 最後の奴は後半何を言ってるのか聞き取れなかった。




 けど、まあどうでもいい。実際はコイツら、そんなにビビるには値しない。去年のあたしなら『マズい、怒らせてしまった』と焦ったかも知れないけど、今はコイツらの事情を心得ている。


 権力に任せてやりたい放題やった挙げ句に権力から見放されようとしている落ち武者同然の奴らだ。しかも自覚が無いと来ている哀れな奴らだ。はっきりいえば、今のコイツらに他の貴族を、引いてはこの国をどうこう出来る力はほぼ無い。




 だからあたしは僅かな反撃を試みる。


「失礼ですが殿下。あたしは殿下のお立場をある程度は存じ上げているつもりです。・・・今の殿下のお立場を考えれば、例え婚約者とは言え・・・いや婚約者の方だからこそ、社交界全体への影響を慮って会うのは控えるべきかと愚考致します。そうで無ければ、ややもすれば、また『同じ事を婚約者にもしようとした』と在らぬ疑惑を生む事でしょう。」


「!?・・・貴様!」


 王子が睨みつけてくる。




「おい、いい加減にしろ!無礼にも程が・・・!」


 横で吠え立てる宰相息子にあたしはキツい視線をぶつけた。


「・・・だいたい、この様な事は下級貴族のあたし如きが申し上げる様な事では無い筈。常日頃からお側に居られる御二方が殿下に忠言なされるべき事では無いでしょうか?何故、そう為さらないのですか?何か理由でも?」


「な・・・!?」


 宰相息子は思わぬ攻撃の刃を向けられて絶句する。・・・なんか、ちゃちい奴だな。




 更には器の小っせえ王子に疑惑の視線を向けられて宰相息子は慌てた御様子だ。


「で・・・殿下!誤解です!」




 うん、誤解だね。この自称側近の2人にとって、今や頼りの綱はこのゲス王子しか居ないんだ。失脚など狙う筈が無い。でも、ま、この頭の悪い王子がそんな事を察っする事が出来る筈も無く。


 まあギスギスしてくれ。




 あたしは期待以上に上手くいった事に少し驚きながらも締め括る事にした。


「殿下。それであたしはマリーベル様になんとお伝えしたら宜しいのでしょうか?」




 王子は憎々しげにあたしを見遣ると


「もういい!」


と吐き捨てて立ち去って行く。


 スケカクもあたしを睨み付けながら王子の後を追った。




 ・・・コレで良い。コレで仮に今後アイツとマリが遭遇して、アイツがマリにゲスな感情を抱いたとしても、今の会話が楔になって何も出来ない筈だ。多分、マリを守れた筈だ。




「・・・」


 あたしはその後ろ姿を呆然と見送る。


 やがてあたしは自分が涙を流している事に気が付いた。身体の震えが止まらない。何だかんだと理由を付けて自分を落ち着かせては居たけど、やっぱり怖かったんだな、と自覚する。




 あたしは息を吐くと、此処が人の通らない場所で良かったと安堵しながら、その場にペタリと座り込んで暫く泣いた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「・・・ハナコ嬢?」


 突然、後ろから声を掛けられてあたしはビクリと肩を震わせた。




 慌てて涙を拭いて、振り返るとアルフレッド様が立っていた。相変わらずの金髪美形だ。背はだいぶ伸びたかな?




 アルフレッド様は不思議そうな表情で近づいて来る。


「こんな所に座り込んでどうしたんんだい?」


「アルフレッド様・・・。」


 あたしは近寄ったアルフレッド様を見上げる。


「さ、立てるかい?」




 アルフレッド様はあたしを労る様に手を回して立たせてくれる。


「顔色が悪いね。何か在ったのなら話を聴くよ?」


「・・・。」




 あたしは逡巡した。


 いつもなら『何でもないです。』とニッコリ笑って誤魔化す処だけど、極度の緊張の後に現れた安心出来る相手を前にして、やっぱり心が蹌踉けてしまったらしい。


「・・・殿下に呼び止められました。」


 と、素直に話してしまった。




「呼び止められた・・・?」


 アルフレッド様の眉間に皺が寄る。


「何かされたのかい?」




 ああ、やっぱりそう思うよね。あのゲス王子は前科者だし、そんな風に心配するのは当然だわ。だからあたしは首を振った。


「いえ、何も。ただ・・・」


 そう言ってあたしはさっきの3馬鹿とのやり取りをアルフレッド様に話した。




「・・・そうか。」


 アルフレッド様の表情は厳しい。此の表情だけ見ているとまるで大人の様に見える。何か色々と考えていそうで不安になってくる。




「あの、アルフレッド様。」


 あたしは思わずアルフレッド様に声を掛けた。


「なんだい?」


「今の事、マリ・・・マリーベル様達には黙っていて欲しいんです。」


「何故だい?」


 真正面から見据えられてあたしはドギマギしながら答える。


「心配させたく無いんです。」


「・・・。」




 アルフレッド様は少しあたしを見つめてから溜息を吐いた。


「君は理解出来ていない様だね。」


「え?」


 理解?何の事?


 あたしが首を傾げるとアルフレッド様は言い含める様にあたしに話す。


「いいかい?君は今、危険な立場に居るんだよ。」


「・・・え?」


 あたしが・・・?何で?


「殿下は何故、君に声を掛けたと思う?」


「それは・・・あたしがマリーベル様と仲が良いから・・・。」


「そう、その通り。殿下は君とマリーベル嬢は1番深く繋がっていると認識しているんだ。」


「・・・」


「そして殿下は今、立場が非常に危うい。・・・マリーベル嬢と無理にでも繋がって、アビスコート家の方向から立場を強化しようと画策する可能性がある。・・・まあその可能性は今、君が払ってくれたのだが。」


「・・・」


 なんだろう・・・心がザワつく。




「この2つの事実から予想出来る事。それは次に殿下が何かを企んだ時に、君がターゲットにされる可能性が在るんだ。」


「え・・・」


「マリーベル嬢に自分の言う事を効かせる為に『君を人質に取る』可能性も在るって事さ。其れは実際に君の身柄を掠わずともマリーベル嬢を脅す材料にはなる。」




 頭をブン殴られた様な気がした。


「あたしが・・・マリの弱点になるって事ですか・・・?」


 そう尋ねるとアルフレッド様は少し考えて緩く首を振った。


「その言い方は正確じゃ無いかな。正しくは『君も弱点になりうる』って事だ。君を含めたいつも一緒に居る4人の御令嬢達の全員が彼女の弱点になる。もっと言えば他に仲良くしている3人の御令息達も弱点になるよ。」


「そんな・・・。」


 あたしは信じられなかった。たかが14~5歳の子供がソコまで悪辣な事をするんだろうか。




「信じられないかい?」


 あたしの表情を見たアルフレッド様が尋ねてくる。あたしがそれに頷くとアルフレッド様は少し苦笑して言った。


「過剰な権力に依って守られてきた人間の権力欲を甘く見てはいけない。過ぎた権力っていう奴は人の心を腐らせる毒に等しい。その毒を慢性的に喰らってきた人間に年齢はもはや関係無い。彼らは追い詰められたら大人顔負けの悪事でも平気でやらかすよ。僕は父の下で同年代のそう言う人間を散々見てきた。」


「・・・。」


 アルフレッド様から放たれる同じ年齢とは思えない言葉の迫力にあたしは言葉を失った。コレが最高位に属する貴族の御令息なのかと思う。




「では・・・どうしたら・・・。」


 流石に道が見えずにあたしは素直に答えを求めた。


「先ずは隠さず4人に話す事だ。」


「・・・。」


「そして起きた事を冷静に受け止めて、殿下が失脚する日まで互いの所在を密に確認し合う事。それから御実家に必ず事実を伝える事。」




 失脚・・・。やっぱりこの人はご存知なんだ。王子とマリの婚約の裏話を。先々どうなるのかを。でも・・・。




「でも、実家に話してマリとの付き合いを止めろって言われたら・・・。」


「その時はその時さ。各自が決める事だ。大事なのは自分を守ってくれる各方面に事実と自分達の希望を伝える事だ。」




「・・・解りました。」


 あたしはアルフレッド様の言葉を反芻して正しいと思った。だから頷いた。


「色々とご助言、有り難う御座いました。」


 あたしが頭を下げるとアルフレッド様は穏やかに微笑んだ。




 本当に不思議な方だ。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「ヒナちゃんお帰り。遅かったね。」


 マリが忙しそうに、でも笑顔で迎えてくれた。


「さっき、厨房の人がたくさんスモモを置いていってくれたわ。お手柄よ、ヒナ。」


 アイナがスモモを煮立てながら言う。


「ありがとう、ヒナ。」


 セーラがホッとした表情であたしに言ってくる。




 ふふ。みんなの笑顔を見ていたら何か少し元気が湧いてきたわ。




「まあね、任せなさい。・・・って、あれ?フレアは?」


「お料理倶楽部の方に行ったわ。」


 あ、そうか。忘れてた。って事は後でアイナも行くのか。こりゃ、忙しくなるわ。




「よし、午後も頑張るか!」


 あたしが言うと


「おお!」


 3人が可愛くソレに応えてくれた。




 みんなとの此の縁だけは絶対に守りたい。







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