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憂愁のヤマダハナコ  作者: ジョニー
チャプター5 2年生編 / 二学期
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M59 エンカウンター



 学園祭が近づいて来るとやっぱりみんなの高揚感が肌に感じられるようになる。其れがもう前日ともなれば、高揚感は熱気となって学園全体を包み込む。




 この日ばかりは通常授業は無く、朝からみんな準備にごった返す。




 去年は小講堂への搬入と舞台作成で周りを見る余裕が何にも無かったけど、今年は随分と楽だ。物資の搬入も食通連の人が滞り無く進めてくれて、最高級の茶葉と珍味の食材が届けられている。




 クラスの飾り付けも、木工ギルドのバイラルさんにお願いして手配して貰った職人さん達が午前中に来て、あっという間に仕立て上げてくれた。午後に細かな飾り付けをしてしまえば喫茶店は完成する。




 ふと窓の外を見ると今年の『劇枠』のクラスの子達が、色々と道具を持って小講堂に向かう姿が見えた。


 お料理倶楽部の子達も見えるな。あ、目が合った。お、手を振ってる。




 あたしも笑顔で手を振り返した。


 いやぁ、君達、これからが大変だよ。頑張ってね。あとマリとセーラが『絶対観に行く』って息巻いてたから宜しくね。




 さて、午後。


 賑やかな飾り付けはクラスのみんなに任せて、あたし達お料理倶楽部のメンバー5人は増設して貰った調理場に器材を運び込んでいた。


 初等部食堂のおばちゃん達と交渉して使わせて貰える事になった器材の数々を「ウンウン」言いながら5人で運んでいると


「何やってるんですか!僕らに言って下さい!」


 とリューダ様が叫んで走り寄ってきてエリオット様とエオリア様も一緒になって慌てて運搬を変わってくれた。


 そっか、別に頼んでも良かったんだっけな。


「あ、有り難う御座います。」


 あたし達は御礼を言って器材を運んでいく男性3人の後ろをテクテクと付いていく。




 しかし凄ぇ力だな。あたし達が2人1組で運んでいた器材を涼しい顔で運んでるぞ。そっか、もう中学生くらいで男女の体力差って結構明確に出るんだな。


 あたしは妙に感心してしまう。




「運搬は僕達に任せてハナコさん達は明日の準備に入って下さい。」


 リューダ様がそう言ってくれたので、あたし達は遠慮無く準備に取りかからせて貰う。と、言っても大した事は無い。食器器具の配置と食材置き場の割り振りとか細かなモンくらいだ。




 焼き窯が来たので試しに一品作って見る。


 クラスのみんなにも試食して貰うつもりなので手軽にたくさん作れるクッキーにする。タネ作りをセーラ、アイナ、フレアに任せてあたしとマリが窯の番と火の調整をする。




 次第に香ばしい匂いが辺りに漂い始める。




「・・・。」


 気が付くとみんなが興味津々であたし達の作業を見ていた。


 まあ確かに貴族の御令息御令嬢は意識して厨房に見にでも行かない限り、お菓子作りの現場なんて見る機会無いもんね。




 どうしようかな。型取りの器具はそんなに無いけど木製のナイフは結構有るんだよな。




「良かったら皆さんもクッキーの型を作ってみます?」


「!」


 御令嬢方の目が輝く。


「宜しいのですか?」


「ええ、勿論。」




 大騒ぎ。


 木製ナイフを握り締めた御令嬢方が生地を前にキャーキャー大騒ぎしている。まあ、工作と変わらんし楽しいと思うわよ。




 突然、タネをたくさん作らされる羽目になったセーラ達の視線が痛い。解ったわよ、あたしもやるわよ。


 マリに火の番を任せてあたしもタネ作りに参加する。




 本番は明日だと言うのにエラく香ばしい匂いが周囲のクラスにまで充満し、あたし達は冷や汗を掻く羽目になった。




 結局「何やってるんだ?」と覗きに来た他クラスの生徒にまでクッキーを振る舞う事になり、まるで此処だけ前夜祭みたいな雰囲気になってしまった。余りのどんちゃん騒ぎに先生方の何人かが驚いて様子を見に来る大騒ぎにまで発展してしまう。




「明日から2日間、頑張ろー!」


 最後に誰かが叫んで


「おおー!」


 とみんなが応える。




 まあ、みんなの気合いも入った事だし、多少はね?




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 学園祭『グラス=ベル=フェスティバル』。初日はお日様カンカンの快晴だった。素晴らしい日本晴れ・・・じゃない異世界晴れ?だ。




 去年と同じ開会式が大講堂で開かれている。我がクラスの出し物は喫茶である為、開催と同時に開店しなくちゃいけない。というか集客を考えるならそうしたい。


 と言う事もあって、仮装済みの状態でオープニングセレモニーに参加する事になった。総勢30人がゾロゾロと制服とはほど遠いド派手な格好で大講堂に登場した事もあり、他クラスの注目を一身に集めまくった。


 特に注目されているのは『セント=ミハイル・ストーリー』に出てくる3王子に扮したエリオット様とリューダ様とエオリア様。


 堅物だけど純情な王太子アレクサーをエリオット様、『木漏れ陽の様な優しさで皆を包み込む』第2王子にして主人公のミハイルをリューダ様、陽気で剣が得意な第3王子のヴァシリーをエオリア様。美形3人が扮する王子様に女子生徒の視線が熱い。




 いやあ、絵になるなぁ。


 なんて思いながらあたしも3人を見ていたらマリがヒソっと耳打ちしてきた。


「ヒナちゃんも負けてないよ。」


「・・・。」


 ちくしょう。そんな事言われても嬉しくない筈なのに嬉しいじゃないか。だからお返ししとこう。


「マリも可愛いよ。去年のも良かったけど今年のも大人っぽくて良いね。」


「・・・!!!」


 マリが真っ赤になってあたしを見つめる。




 ふふ。ユデダコじゃないか。可愛いなぁ。・・・ああ、あたし、言動がだんだん男みたいになってる気がする。




 とにかくフェスティバルは滞り無く始まり、あたし達は賑やかな祭りの始まりを盛大に祝った。


 そして戦いが始まる。




 大講堂に仮装した状態で集まったのが功を奏したのか、宣伝効果は抜群だった。


 喫茶よりも仮装したイケメンと美少女を堪能したいと訪れるお客さんで仮装喫茶は賑わった。そして店の賑わいはそのまま裏方の戦況に直結する。




 あたし達5人が担当するお菓子メニューはクッキー類とパンケーキ類に限定したんだけどホイップが間に合わない。マジで人手が足りない。って事で比較的手薄な男性メンバーにホイップ作りを手伝って貰う。何しろ力が要るからね、ホイップは。


 本当は気心知れたリューダ様達3人にお願いしたかったんだけど、女性客人気No.1の3人を引っ張り込む訳には行かない。


 しかもエリオット様とエオリア様に至っては珈琲担当でもあって、その『美味い珈琲を淹れてやるんだ』という入れ込み具合からも尚更「手伝って」とは言いにくい。




「アイナ、ジャムちょうだい。」


「はい。」


 フレアの要請にアイナがジャムの壺を渡してマリを見た。


「マリさん、イチゴジャムが少なくなってきた。」


 アイナの声にマリが反応する。


「わかった、今追加で・・・ヒナちゃん、イチゴどこ?」


「え?」


 火の番をしていたあたしはマリを振り返った。


 イチゴ・・・?イチゴは其処の籠に・・・無いじゃない。アレ?もっとたくさん発注してなかったっけ?




「・・・。」


 あたしは発注を担当してくれたセーラと見つめ合う。まさか発注ミス?




 あたしを見るセーラのサーッと青ざめる音が聞こえてきそうだった。


「ど・・・どうしよう、ヒナ・・・!」


 清純をイメージして作られた真っ白な衣装に身を包んだセーラの、何故かエロさを感じさせる姿に少しムラムラしながらあたしは彼女の両肩に手を置いた。


「落ち着いて、大丈夫だって。何もイチゴジャムじゃ無きゃダメって事も無いんだから。


「でも・・・。」


 普段は勝ち気の表情が多いだけにこんな不安顔のセーラはレア物だな、なんて考えながら


「待ってて、厨房を見て来るよ。」


 半べそになりかけているセーラの頭をポンポンと叩いてあたしは初等部の厨房に向かった。




「すみませーん!」


 厨房でワチャワチャしているおばさん達の1人に声を掛けてあたしは事情を話した。


「そう言う訳でして、何かジャムの材料になりそうな食材が余っていたら分けて貰いたいと思ってきました。」


「そうなんですか。良いですよ、目欲しい物があれば仰って下さい。」




 やったね。おばちゃんアリガトウ。




 あたしは地下のデカい氷嚢庫の中を見て廻る。そして・・・。


「在るじゃない、良いのが。」


 あたしはスモモを手に取った。甘いクッキーやパウンドケーキには甘酸っぱいジャムが合う。イチゴジャムに比べると酸味は増すけどスモモジャムは結構イケる。




 おばちゃんに交渉してみると、おばちゃんは直近の仕様書を見ながら「スモモなら全部持っていって構いませんよ。」と言ってくれた。




 良し、問題解決だ。とは言えあの大量のスモモをあたし1人で運べる筈も無く、結局は下働きの人達に運んで貰う事になった。スマンッ、ありがとう!




 こうしてあたしは緊急クエストを無事にクリアしてクラスに戻る事になった。・・・戻ったら戻ったで戦場が待ってるだけなんだが。しかも午後はアイナとフレアが倶楽部の当番で代わり番こに抜けてしまう。実質は4人稼働だ。


 束の間の休息を楽しもう。と、あたしは各クラスの出し物を眺めながらゆっくりと歩いてクラスに戻って行く。




「おい。」


 聞き慣れない声に呼び止められてあたしは振り返り、思わず顔を顰めそうになった。






 今あたしが、この世で最も最低なゲス野郎と評価している奴が其処に立っていた。ライアスとか言うポンコツ王子だ。


 いつものスケカクを左右に控えている。えっと・・・なんだっけ? 宰相の息子と騎士団長の息子だっけ? 名前も思い出せない。


 ただ、今までと違うのは「其れまで」たくさん居た筈の取り巻き令嬢達が今や1人も居ないと言う事だ。「其れまで」と言うのは勿論、6人もの伯爵令嬢達に手を出して傷付け謹慎を食らった件の事。




 実はあたしはお父様を通じてこのゲスの色々な情報を入手している。


 王家から「これ以上面子を潰すな」と学生の間は女子生徒を侍らせる事を禁じられた事。其れに対して王子が全く反省して居らず不満タラタラな事。


 2人のスケカクも王子のこの件に関して、王子を諫めるどころか自分達も手を貸して美味しい思いをした疑いが在る事などから「嫡子」の立場を外され『次期宰相』『次期騎士団長』の立場は絶望的な立場になったらしい。




 王子とその側近と言う扱いは変わっていないが、今や学園内でこの3人に近寄る者は無く、メッチャ浮いてる存在なんだとか。






 ねえ、一応、この世界って乙女ゲーの世界よね?


 正直、あたしもマリも既にその認識はゼロでこの世界は現実の世界だと考え始めているけど、でも一応はそうなのよね。


 そしてあたしの目の前に居る、この3馬鹿はそのゲームの攻略対象だった筈。欠片も攻略したいだなんて思えないけど、でもそうなのよ。




 うーん・・・現実とゲームで此処まで乖離するモノなの?


 乖離していると言えばマリーベルだけど、確かにこの世界のマリは・・・マリーベルはゲームとは別人だわ。でも其れは貝崎茉璃ちゃんの優しい心がマリーベルを救ったからで在ってコレはイレギュラーみたいなモノ。




 ゲームと此処まで乖離してしまった3人が、ゲーム開始となる高等部入学・・・つまり、あと半年で入学してくるヒロインの目に素敵と思わせられる様な、そして攻略したいと思わせられる様な人間に成れるのかしら?




 まあそんな些細な事、あたしにとっては心底どうでも良くて、全く興味無い事なんだけど。




「赤毛のお前の事だ。」


 ゲス王子の声にあたしは自分の思考から現実に戻って来る。


 赤毛と言ったかこのゲス野郎。


「ご機嫌麗しゅう、殿下。」


 あたしは無表情でカーテシーを施す。気を抜くと侮蔑の視線を送ってしまいそうだ。王子はあたしの挨拶は無視して話し始める。


「マリーベルはどうしている?」


 挨拶をスルーされた事に少し苛ついたあたしだったけど、その問い掛けを聴いて思わず怒鳴りそうになった。




 散々マリを放ったらかしにしてきたお前なんかが、今更彼女の名前を口にするんじゃねぇ!




 寸での処で堪えてあたしは返答する。


「はい、お元気にしていらっしゃいます。」


「フン。」


 王子は鼻白んだ表情になった。


「婚約者が体調不良で学園を長く休んでいたと言うのに薄情なモノだな。」




 自業自得だろうが。って言うか体調不良・・・?


 ・・・あ、そうか。学園には『体調不良による長期休暇』と届けてあるから、あたし達学園生徒が其れを信じてると思ってるんだ。・・・目出度い奴。




 しかし、コイツはかなり頭が悪い。


 仮にマリとの婚約がいずれ解消されると言う事実を知っていて疎遠にしていたのなら、未だ理解出来る。いずれ縁が切れるんだからね。


 でも、コイツはマリを本物の婚約者だと疑って居らず、その上でこの疎遠っぷりなんだ。


 だったら立場とか、将来とか、人脈とか考えたら、例え個人的には気に入らなくても少しはマリとの仲を良好にしようと考える筈だ。


 だけどコイツは其処まで考えが至らないお子様だ。お馬鹿さんだ。




 そしてこの両隣のスケカクもマジで使えない無能だ。今、あたしが思った事くらいは側近なんだから助言出来た筈なのにそうしなかった。それどころか一緒になって悪さをしている。


 今もボケッとふんぞり返って立っているだけだ。




 3人とも美形なだけに、この無能っぷりと勘違いっぷりが見ていて痛々しい。






 で、コイツは何の用なんだ?


 わざわざ呼び止めてそんな不満を吐きたいだけなのか?




 あたしの訝しげな表情に気付いたのか王子の眉が跳ね上がる。


「貴様!何だその顔は!?俺はこの国の次期王太子だぞ!?」




 ・・・うわ・・・。


 もう、何だか相手するのが辛くなってきてあたしは素直に頭を下げた。


「申し訳ありません殿下。私如き下級貴族の娘には、殿下のお聞きになりたい事を察っする事が叶いません。ご用件を承って宜しいでしょうか?」


「・・・。」


 暫く顔を怒らせていた王子はやがて元の偉そうな表情に戻すと尊大に言った。






「近く、マリーベルに会いに行く。アイツにその様に伝えておけ。」











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― 新着の感想 ―
[一言] …王子とスケカクの教育担当は全員極刑になりそうな勢い(ぉ)
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