S10 マリーベルの追懐 2
マリーベル視点のお話です。
この話の後、もう1話『追懐』を追加してから本編に戻ります。
宜しくお願いします。
修学旅行を終えて幾日も経たない日、私達は生徒会副会長様に呼ばれた。
以前にヒナちゃんが申請していたお料理倶楽部が承認されたので説明を聴きにくるように、との事だった。
そんな訳で放課後。私達5人は高等部の門を潜った。
・・・デカい。
擦れ違う人達がデカい。私は怖っかなくてヒナちゃんにしがみ付いた。見ればフレアさんも反対側からヒナちゃんにくっついている。
うん、怖いよね。
生徒会室に入ると生徒会長のスクライド様が両手を広げて迎えてくれた。
「やあ、ハナコさん。待ってたよ。」
「は、はあ。会長様もご壮健で何よりです。」
スクライド様の勢いに呑まれてヒナちゃんは変な返しをしていた。
「教室では此方の真意を直ぐさま見抜いて協力してくれたそうじゃないか。セシルもやり易かったと言っていたよ。本当に有り難う。」
「ああ、いいえ。」
あ、嬉しそう。
「君達が料理倶楽部のメンバーだね。僕は生徒会長のスクライド=ベルク=ローデリッサです。宜しくね。」
「は、はい。よろしくお願いいたします。」
急に挨拶されて私達4人は慌てて挨拶を返した。
なんか、凄く勢いのある方だな。
挨拶を済ませると、あたし達はスクライド様とセシル様から活動について指南を受けた。
話の概略は、活動場所は高等部の学生食堂の調理場を利用すること、活動日誌を付けること、の2点だった。
その後、実際の調理場を見せて貰って終了となった。
そして活動初日には皆が大好きパンケーキを作った。何故か一緒に付いてきた生徒会長様と副生徒会長様にもパンケーキをご馳走して、お料理倶楽部は素晴らしい滑り出しを見せた。
そしてお料理倶楽部の話は2年生の間を駆け抜け、続々と新倶楽部の申請が為されているようだ。リューダ様もそのお一人で剣術倶楽部を立ち上げたみたい。
後日、倶楽部は大盛況で参加人数が加速度的に増加する事になる。
『ゴメン、マリ。副部長になってあたしを手伝って!』
と拝んでみせるヒナちゃんに、私は顔を引き攣らせながらOKする事になるんだけど・・・でも、頼られたのが嬉しくて頑張っている。
そして5月の最終週にヒナちゃんは実家に戻って行った。要件は知っている。私を取り巻く状況の真相をハナコ様にお話する為だ。・・・場合に拠っては私とヒナちゃんは引き離される可能性がある。
そんな事態なのに、待つことしか出来ない自分の不甲斐なさに悔しさを感じながら、私はヒナちゃんの帰りを待った。
そして夕方。
女子寮に戻ってきたヒナちゃんから、ハナコ様が味方に就いてくれた事を聴いた。いざと言うときは護ってくれる事をハナコ様は了承してくれたらしい。
誇らしげに私に親指を突き立てて見せるヒナちゃんが本当にヒーローに見えて、嬉しくて。
私は年甲斐も無く大泣きしてしまった。彼女の華奢な身体に抱きついて、心からこの素敵なヒーローに感謝をした。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
6月に入った。
休みの日に窓の外で雨に濡れそぼる紫陽花を眺めながら溜息を吐くヒナちゃんに私は思わず笑いながら隣に立って尋ねた。
「よく降るなぁ・・・って思ってる?」
「うん。」
頷くヒナちゃんが眺める外の景色に私も視線を移す。
「今回の雨は長いね。」
そう言うとヒナちゃんは不満そうな声を漏らす。
「結局休みが潰れたよ。」
『ハァ~』
ヒナちゃんは何を思ったのか、窓に息を吐きかけると「つゆ」と書いた。
なんで?
意図が掴めずにヒナちゃんを見たけど、この顔は多分、何も考えていない。
でも、梅雨かあ・・・。そう言えば。
「・・・日本ではさ、6月の事を『水無月』って言うよね。」
「そうだね。」
「梅雨なのになんで水が無い月なんだろうね?」
以前に少し疑問に思った事を口にする。
するとヒナちゃんは「うーん・・・」と唸った後に教えてくれた。
「・・・確か、『無』は『無し』って意味じゃなくて『の』っていう助詞の意味だとか何だとか。だから『水が無い月』じゃなくて『水の月』って意味らしいよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
知らなかった。流石はヒナちゃんだな。何でも知ってる。
そう思いながら私はヒナちゃんを眺めた。
今日のヒナちゃんはワンピースじゃ無くて、黒のブラウスに膝丈までのグリーンのスカートを身に付けている。
黒のブラウスがヒナちゃんの真っ白な肌を引き立てていて、彼女をとても大人な感じに見せている。
「・・・」
見惚れていると
「うん?」
とヒナちゃん首を傾げて見せた。
「!」
私は慌てて視線を逸らす。
もう、そんな可愛い仕草を急に見せないで。心臓に悪いわ。
「どした?」
そんな私の動揺には気付いてないのかヒナちゃんが引続き尋ねてくる。
「・・・ヒナちゃんの着ているブラウス初めて見るね。」
何とかソレだけ言うと
「変?」
だなんてトンデモナイ事を訊いてきたので私はブンブン首を振った。
「全然変じゃない。・・・カッコいい。」
「そ・・・そう?」
ああ、でもホントに可愛いな。
「ヒナちゃんって黒が似合うよね。リトル=スターの時も思ったけど。」
「そう?髪色がダークレッドだから、暗く見えない?」
「ううん。肌が白いから凄く良く映えてるよ。」
「でも、ソレならマリの方が似合うと思うよ。」
ヒナちゃんが意外な事を言ってきた。
「なんで?」
と思わず素で訊いてしまう。
「白い肌に銀色の髪なら、きっと黒は似合う。」
「そうかな?」
そうかしら?
私は首を傾げる。
「着てみる?」
ヒナちゃんがそう言ってブラウスのボタンを外し始めた。
「え!?」
着てみたい!
でもヒナちゃん、急に脱ぎ出さないで!
「マリも脱ぎなよ。あたしもマリの服を着てみたい。」
「・・・!」
私は顔を火照らせながら俯いて服を脱ぎ始める。
手渡された黒のブラウスを身に付ける。ちょっとだけ裾が余るな。
「どう・・・かな?」
私が声を掛けるとヒナちゃんがクルリと振り返った。
ヒナちゃんが目を瞠った。
「めっちゃ可愛い。」
「そ・・・そう?」
嬉しい。でも・・・ソレよりも・・・。
私はそれ以上にヒナちゃんの姿に目を奪われていた。彼女は私の着ていた白のニットを着ているんだけど、やっぱり体格差があるせいか、少しだけパッツンパッツンになってた。
彼女の膨らみが強調されていて、結果・・・私の視線が彼女の胸に集中してしまう。
「ヒナちゃんは・・・ちょっとエッチな感じになっちゃったね。」
感想を思わず口にしてしまうと、ヒナちゃんは顔を真っ赤にして両腕で胸を隠す仕草をする。
「マリ、ドコ見てんの?」
「別に・・・!」
私は慌ててヒナちゃんから視線を逸らした。
「ふふ・・・」
ヒナちゃんが急に笑い出した。
「ヒナちゃん?」
どうしたの?
首を傾げる私にヒナちゃんは言った。
「マリ、コレからも時々、服の取り替えっこしようね。」
「!・・・うん!」
したい!コレからも!
「・・・」
ヒナちゃんが無言で私に近寄った。
「?」
ヒナちゃんは私の腰に手を回してくる。
「!」
急に引き寄せられて私は『トトッ』と蹌踉けながらヒナちゃんにしがみついた。
「ヒナちゃん・・・」
ドキドキと胸が高鳴り出す。
「マリ、いい匂い。」
ヒナちゃんの甘い囁き声が私の耳を擽った。
どうして急にヒナちゃんがそんな気になったのかは判らない。でも。
「・・・・ヒナちゃんもいい匂いがするよ。」
私は顔をヒナちゃんの柔らかい胸に埋める。そして、そのまま左手でニットの上から彼女の胸に触れた。
ヒナちゃんは少しだけ身を捩り・・・。
「キス・・・しよっか?」
と囁いてきた。
え、今!?
私はビックリしてヒナちゃんを見たけど。勿論イヤな筈は無い。
「うん。」
って直ぐに頷いた。
「・・・」
「・・・」
お互いに顔を寄せていく。ヒナの吐息が私の唇に掛かる。あと少し。
『トントン』
扉がノックされた。
「!!?」
まさかの此のタイミングでのノック音に、私とヒナは心底仰天した。
お互いにバッと身体が離れ、ヒナちゃんは扉に向かって返事をする。
「ゥヒャ・・・ハ・・・ハイ!」
噛み捲り、裏返り捲りの声を出しながらヒナちゃんが扉を開けると、ソコにはアイナさんが1人で立っていた。
「あ・・・あら、アイナ。いらっしゃい。」
「・・・うん・・・お邪魔して良いかしら?」
「ええ、どうぞ。」
ヒナちゃんがアイナさんを部屋に導く。
様子がおかしい。何かあったのかも。
私はパタパタと紅茶とお菓子を用意した。アイナさんはお礼を言うと、紅茶を一口含んだ。
「・・・」
コタツに入って、私とヒナちゃんは視線を合わせる。
「・・・急にご免なさいね。」
アイナさんが口を開く。
「あ、いや、良いんだけど・・・何かあったの?」
ヒナちゃんが尋ねる。
「う、うん。」
アイナさんがコクリと頷く。
落ち込んでいるって様子では無いけど、なんか戸惑っている様な感じに見える。
「アイナ?」
ヒナちゃんの問い掛けにアイナさんは意を決した様な表情で私達を見る。
「あのね、エリオット様がね、今度・・・実家に来ないかって言ってきたの。」
「え・・・」
素敵!
遂に関係が形になるのかしら!
頑張ってね、アイナさん!
「そっか、良かったね。」
ヒナちゃんも笑顔でそう返す。
でもアイナは少し不安そうな表情になった。
「コレってどう言う意味かな?」
・・・え?
「いや・・・どう言う意味って・・・どうもこうも・・・。」
ヒナちゃんも訊かれた意味が判らなかったらしく口籠もる。アイナさんは不安そうだ。
ヒナちゃんは少しだけ視線を彷徨わせていたけど「あっ」って顔になってアイナさんに尋ねた。
「ねえ、アイナ。エリオット様は実家に招く理由を話していないのかしら・・・?」
するとアイナさんがコクリと頷いた。
ああ・・・エリオット様・・・。聡明な方だけど、女性の心の機微には疎いと言うか、気が回らない処があるのね。
きっと『言わなくても判るだろ』みたいな傲慢な気持ちから言ってないのでは無く、単純に言い忘れているだけなのだろうけど。
心を寄せる殿方の実家に招待されるなんて言うのは女性にとっては大事件な訳で・・・だからこそ、確りと招待する目的を告げて欲しいモノなのですよ。
そうで無ければ、実家への招待が婚約者候補としての両親への紹介・・・等では無く、単なる遊びの誘いだった時に受けるショックが計り知れないですからね。
それに遊びの誘いなら遊びの誘いとして、気楽に行きたいでしょうしね。
まあ、エリオット様の様に普段は気の利く方の、意外な疎さは逆に可愛らしくさえ感じるけど。
「判ったわ、アイナ。あたしから其れと無く訊いてみるから。」
ヒナちゃんがそう言うと
「ヒナ・・・ありがとう・・・。」
アイナさんは申し訳なさそうに、でもホッとした様にお礼を言ってきた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
翌日、私とヒナちゃんはエリオット様を閑散とした通路に呼び出して昨日のアイナさんの話をしてあげた。
「・・・!」
いつもは余裕のあるエリオット様も流石に衝撃を受けたらしく表情を青ざめさせていく。
「ア・・・アイナに伝えなくては・・・!」
慌てて教室に戻ろうとするエリオット様を見て私は彼を止めた。
今の彼の状態は良くない。このままアイナさんに会わせては彼女を傷付け兼ねない。一旦、落ち着いて貰おう。
「エリオット様、みんなが居る教室で言うのは却ってアイナさんを晒し者にしてしまいます。此処は一旦落ち着いて、放課後に2人きりになってから伝えるのが宜しいかと。」
エリオット様はハッとした表情で素直に頷いてくれた。
「あ、ああ。仰る通りだ、マリーベル嬢。」
理解を示してくれて私はニッコリと微笑んで見せる。
とは言え、ドコで引き合わせたら良いかしら・・・?
幾つか頭に浮かんだ候補地から1つを選んで提案してみる。
「場所は学園裏のパーゴラは如何でしょう。彼所なら人は来ませんし。」
エリオット様は頷かれた。
「そう・・・そうですね。そうしよう。」
するとヒナちゃんが言った。
「でしたら、今から教室に戻った後、アイナにはそう伝えておきますわ。」
「感謝します。マリーベル嬢、ヒナ嬢。」
エリオット様はペコリと頭を下げた。
「因みに・・・差し出がましいようで申し訳無いのですけど・・・御両親にはもうお話はされているのですか?」
うわ!? ヒナちゃん、いきなり何を訊いてるの!?
ソレは踏み込み過ぎだよ!
怒られちゃうよ!?
「ヒナちゃん・・・!」
私は慌ててヒナちゃんを止めようとしたけど、エリオット様はニッコリと笑った。
「勿論。貴方に教えて貰ったあの直ぐ後に、実家に帰って両親に告げたよ。」
「ほう・・・」
「どうやら両親は俺の妻には侯爵家以上の御令嬢を見繕いたかったようで、最初は子爵家の令嬢と聞いて余り良い顔を見せなかったんだけどね。」
「!」
ソレを聞いてヒナちゃんの表情が変わる。エリオット様は苦笑した。
「でも、アイナがシルバニー家の娘だと判ったら態度が急変してね。『調べるから少し待ちなさい。』と父上に言われて、先日『是非、連れて来なさい。』と言ってくれたんだ。・・・どうやら親同士で既にやり取りを終えてるらしい。現金なもんさ。」
「・・・」
あ、ヒナちゃんの表情が和らいだ。
「では、後はアイナの頑張り次第ですね。」
「その点は余り心配していない。アイナは母上の好みに即しているからね。」
「そうなんですか?」
「ああ。うちの母上は清廉潔白を好む人でね。貴族である以上は多少の融通は利かせるけど、余り小聡明い人間は好まないんだ。」
ああ・・・其れならアイナさんは大丈夫ね。私達5人の中では1番の常識人だし、基本的に感じの悪い事全般を嫌う人だから。
「そうなると・・・多分、アイナは準備した方が良い物は何かと考えるでしょうね。」
あ、そうだね。流石はヒナちゃんだ。
「別にそんな物は・・・。」
「いいえ、エリオット様。招かれる側としてはそんな気楽では居られませんよ。例え必要が無いとしても、御両親が好みそうなモノを教えてあげるのは優しさですよ。」
エリオット様は息を呑んだ様な表情でヒナちゃんを見つめた。
「・・・成る程・・・とても参考になるよ。放課後までに考えておく。」
「是非、そうなさいませ。」
ヒナちゃんがニッコリと笑って見せる。
「しかし・・・何だな。」
「?」
「君達2人と話していると時折、凄く年上の女性と話をしている様な錯覚をする事が有る。とても頼りになると言うか・・・」
「!!」
私とヒナちゃんの笑顔が引き攣った。
うん、この話は流してしまおう。
「まあ、エリオット様ったら。そんな事を女性に言うのは失礼ですよ。」
私が微笑みながらそう言う。
「す・・・済まない。確かにその通りだ。失礼した。」
「ウフフ。」
「オホホ。」
乾いた笑いが通路を吹き抜ける。
その夜。
アイナさんは再び私達の部屋を訪れてエリオット様との話の結果を伝えに来た。準備していた方が喜ぶだろうと思われるモノも教えて貰ったと安堵した表情で話してくれる。
「良かったね。」
ヒナちゃんがそう言うと、アイナさんはコタツから出て居住まいを正し、私とヒナちゃんに頭を下げた。
「本当に有り難う御座います。貴女達のお陰で確りとしたご挨拶が出来そうです。」
「!」
いきなり畏まった御礼を受けて私達も慌ててコタツを出て頭を下げる。
「あ、いえいえ。大した事もできませんで・・・。」
私達って日本人なんだなって痛感するような対応で返礼する。
「フフフ。」
アイナさんが微笑む。
ホントに綺麗な人だな。セーラさんとは違うタイプの完璧な御令嬢だわ・・・。私とヒナちゃんは薄い金色の髪をサラサラと揺らし微笑む美少女に思わず見惚れる。
アイナさんが言った。
「もし、2人に素敵な人が見つかったら、それが誰であれ、私は全力で応援するからね。」
「・・・」
スミマセン。実はもう見つけています。貴女の目の前に居る2人が既にそんな感じです。・・・とは言えず、私とヒナちゃんは苦し紛れの引き攣った笑顔で答えた。
「アリガトウ。」
「あ・・・ありがとう。」
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
夜も更け始めた頃、またパラパラと雨が降り出して来た。消灯している部屋も在るせいか寮全体が静寂に包まれており、その中では雨が窓を叩く音がやけに大きく聞こえてくる。
「また降ってきたね。」
窓の外を眺めているヒナちゃんに私はそう言った。
「うん・・・。」
・・・どうしたんだろう?
彼女の横顔が何だか憂いを帯びている様に見える。
「ねえ、マリ。」
ヒナちゃんが私を見た。
「ん?」
「・・・アイナ、嬉しそうだったね。」
あ、その事?
うん本当に幸せそうだった。
「そうだね。私も嬉しくなっちゃったよ。」
私はニコニコと笑顔で答えた。でも、なんでそんな顔するの?
「マリも・・・マリも、あんな恋がしてみたいと思う?」
「・・・」
一瞬で心が冷えた様な気になった。
そして彼女が何を考えていたのかも判ってしまった気がする。
自分が相手でいいの?
多分、彼女はそんな事を考えているんじゃないかな?
「どうして、そんな事を訊くの?」
私はヒナちゃんに訊いてみる。
「え・・・あの・・・」
狼狽えた様な表情を見せるヒナちゃんを見て、少し冷静になった。大切な人にこんな顔をさせちゃダメだ。
「・・・」
私はコタツから抜け出して立つとヒナちゃんの隣に座った。
「マリ・・・」
「私は今、恋をしているよ。凄く幸せな恋をしてるよ。」
私はジッとヒナちゃんを見ながらそう言った。そして思う。
その相手は貴女よ。
「う・・・うん。」
視線を逸らすヒナちゃんに私は更に近づいた。
「ヒナちゃんは?」
「あ、あの・・・」
「・・・ヒナ。」
囁くように彼女の耳元に口を寄せて私は返事を催促する。彼女はピクリと震える。顔が紅い。
「あ・・・あたしも恋してる。」
ヒナの口から零れた答えに心が温かくなる。
「誰に・・・いや、いいや。・・・そっか。」
別に訊かなくてもいいや。
私はそのままヒナを見つめ続ける。
胸の高鳴りが収まらない。ヒナも私をジッと見つめてくれる。その綺麗なダークレッドの双眸に見つめられると・・・もう、押さえが効かなくなる。
「・・・」
私はそっと手を伸ばすと、彼女の紅色の唇に触れた。ツツッと人差し指を滑らせてそのままヒナの唇を一撫でする。
するとヒナはペロリと舌を出して私の指を舐めた。
「!」
私はビックリして指を引っ込め掛けたけど、そのまま指をあたしの唇に置き続けた。彼女の舌の感触が気持ち良くてもう一度舐めて欲しかった。
ヒナは私の指をもう一度舐めた。
ああ・・・堪らない。私は指を動かすと彼女の柔らかい唇を割って口の中に指を差し込んだ。
「もっと舐めて・・・」
自分の声とは思えない様な掠れるような声で私は囁いた。
「・・・」
ヒナは黙って舌を動かし私の指を舐め続けた。
時折、彼女の口から漏れ聞こえて来る「ピチャリ」という水音と指に絡みつくヒナの舌の感触に、私はゾクゾクしてしまう。彼女の艶めかしい表情に引き込まれて恍惚となってしまう。
「・・・」
ヒナが急に私の指に歯を立てた。
「!?」
私はビックリして指を抜きヒナの顔を見た。
彼女は頬を赤らめながら悪戯っぽく私を見て微笑む。
「・・・急に噛んだらビックリするよ。」
もう、ビックリさせないでよ。
・・・せっかく貴女に酔っていたのに。・・・でも、噛まれるのも悪くない。
私はもう一度指をヒナの口に突っ込んだ。
「もう1回噛んで。」
私が言うとヒナはもう1度軽く歯を立ててくる。
「・・・う・・・。」
思わず声が漏れる。
私は彼女の口の中で指を動かした。ヒナはその指を追い掛けるように舌を動かす。
再び静寂が訪れた部屋でヒナの舌を動かすノイズ音だけが響く。
やがて私はヒナの口から指を引き抜くとその甘い指を咥えた。
ヒナの顔がカァーッと紅潮する。
「マリ・・・エッチぃよ?」
ふふ・・・可愛い言い方。
「うん、判ってるよ。」
ああ、もう堪らない。今すぐ彼女を押し倒したい。だから。
「き・・・今日は・・・一緒に寝ようか?」
ヒナのその提案には答えず、私は彼女の細い肩を掴んで押した。
「・・・え?」
私に押し倒されたヒナが声を上げる。私は半ば馬乗りの様な格好でヒナを見下ろした。
「マリ・・・」
私を見上げて呟くヒナに私は
「我慢できなくなった。・・・今すぐ・・・」
そう言ってヒナに顔を寄せる。
私は彼女の白い首筋に柔らかく口づける。
「!」
ヒナが身を震わせながら言った。
「マ・・・マリ・・・此処、コタツ・・・。」
「うん。」
判ってるよ。
首筋に舌を這わせるとヒナは身を捩る。私はそのまま舌を上に向かって這わせていき、彼女の耳を舐めた。
「ひゃ・・・」
可愛い声が漏れる。
「ふふ。」
知らなかった。ヒナって耳も弱点なんだ。
「ヒナ・・・首が弱いのは知ってたけど・・・耳も弱いんだ。」
そう言うとヒナは抗議の視線を向けてくる。
「強い人なんて居ないでしょ?」
顔を真っ赤にしながら抗議するヒナの視線が愛らしくて、私は優しくヒナの瞼に触れた。彼女の長く艶やかな睫を整える様に撫でると、再び耳を舐め始める。
「・・・あ・・・あ・・・」
ヒナの口から立て続けに声が漏れてくる。そのまま彼女は身を捩りながらギュッと私の腕を掴んでくる。
限界かな?私はスッと離れた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
激しく肩で息をするヒナを見下ろして私は微笑む。
「ヒナ、可愛い・・・」
私はグッタリとなったヒナのブラウスに手を伸ばすとボタンを外し始めた。
「・・・」
ヒナはされるが儘に私の手の動きを眺めている。
ヒナが受け容れてくれてる事がとても嬉しい。
私は彼女が不安を感じない様に、ゆっくりと服を脱がし、ブラを外した。ヒナの真っ白な肌と膨らみが露わになる。私はその膨らみに唇を寄せるとそっと口づけた。舌を這わせ、そして吸い付く。
「あっ!」
ヒナの身体が激しく震えた。
「そ・・・それは・・・ダメ・・・。」
ヒナの掠れた声が聞こえる。
私は一度顔を上げるとヒナの表情を確認した。本当に嫌がってる様なら残念だけど直ぐにやめる。でも、彼女の表情は嫌がってなかった。戸惑ってる感じ。
だから私は、また黙って胸に口づけする。そして手でヒナの膨らみに触れながらまた口を耳に寄せて囁いた。
「ヒナはさ、私が貴女をどう思っているか、今ひとつ良く判っていないみたいだから・・・今日はソレを判って貰うんだ。」
そう、コレが私の本心。
彼女は素敵な女の子だ。今まで会った誰よりも、綺麗でカッコ良くて可愛くて。頼りになって楽しくて、そしてとても優しい。
そんな彼女は、自分がどれだけ私を虜にしているのかを今ひとつ理解していないフシが在る。だから今日はソレを態度で示して彼女に判って貰う。
「わ・・・判ってるよ・・・。」
ってヒナは言うけどね。私は首を振る。
「まだ足りない。だから・・・」
覚悟してね。
私はヒナの耳元に囁いた。
「まだ止めてあげない。」
瞬間、彼女の身体から諦めた様に力が抜けていった。
私は少しだけ微笑むとヒナに顔を寄せた。彼女の至る所に唇を落とし、舌を這わせ、時に甘く噛んでみる。手はヒナの膨らみからお腹へ。そして瞼から頬へ、首筋へ。撫でていく。ヒナは何度も身を震わせて身を捩らせる。
もっと私を感じて欲しい。
「ヒナ・・・大好き・・・。」
「あ・・・たしも・・・マリ・・・好き・・・。」
私の愛撫にもう殆ど理性を飛ばしかけているヒナが、言葉も切れ切れに返してくる。
その夜、ヒナは何度も私に「やめて」と告げてきた。けど、その彼女の両腕はしっかりと私の身体に巻き付いて離さなかったから、私は本当に長い時間、彼女を攻め続けた。
彼女が疲れて眠ってしまうまで。
ヒナ。私の想い、判ってくれた?
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
・・・?
誰かがほっぺたを囓ってる?
やめてよ、眠いのに・・・。
今度は唇に暖かくて柔らかいモノがくっついた。
まるでキスしたみたい・・・。
キス?
私はパチッと目を開いた。
ヒナちゃんのビックリした顔が私を見つめている。
「!・・・お・・・おはよう。」
何だか動揺した様子で挨拶してくるヒナちゃん。
「・・・おはよう。」
挨拶を返す。
そして尋ねた。
「ヒナちゃん・・・」
「何?」
「今、何した?」
「別に何も・・・」
ヒナちゃんは視線を逸らしながらそう答えて起き上がろうとした。
待って。
私は腕を伸ばしてヒナちゃんの腕を掴んだ。
「うゎ。」
バランスを崩したヒナちゃんが絨毯の上に寝っ転がる。
私は梳かさず身を更に彼女に寄せた。
「キスしたでしょ?」
「してないよ?」
「嘘。」
「・・・。・・・しました。」
やっぱり。
「寝てるときにキスするなんて酷いよ。」
それじゃあ私がドキドキ出来ない。
「ごめん。可愛くってつい・・・。」
「!」
顔が一瞬で茹で上がる。
もう、そんな台詞ズルいよ。でも嬉しい。しょ・・・しょうがないな。
「そ・・・そう。べ・・・別に良いんだけど・・・今度からはキスする時は起こして欲しいな。」
「え、でも、せっかく気持ち良く寝ているのに『キスしたいから起こす』なんて出来ないよ。」
ヒナちゃん、その気遣いは無用のモノよ?
「いいから起こして。」
「わかったよ。」
私は暫くヒナちゃんを見つめると顔を寄せた。ヒナちゃんも私に少しだけ顔を寄せて唇を重ねる。
柔らかくて温かい。私は唇でヒナちゃんの唇を少し挟んで吸い付いた。
「・・・」
顔を離すとお互いに少し微笑み合う。
私は仰向けに寝っ転がるヒナちゃんの胸の上に「ポスン」と頭を置いて呟いた。
「・・・風邪引かなくて良かった。」
「え?」
「ヒナちゃん、あの後、グッタリとしてそのまま寝ようとするんだもん。慌ててブラウス着せてショールを掛けたんだよ。」
グッタリとしたヒナちゃんを起き上がらせてブラウスを着せるのは結構大変だった。熱を出した時みたいにグニャグニャになって。
「昨夜のマリは・・・」
「え?」
ヒナちゃんの声に私は頭を上げて彼女を見た。
「・・・凄かった。」
「!」
そ・・・ソレは・・・うん。そうかも。全く制御出来ていなかった気がする。
「マリに食べられちゃいそうだった。」
「嫌だった?」
ソレだけが心配だ。
けどヒナちゃんは私をガバッと抱き締めて耳元で囁いた。
「気持ち良かった。」
顔が紅潮するのが判る。
「・・・ヒナちゃん、言い方がエッチだよ。」
「ワザとだもん。」
私もソロソロと腕をあたしの背中に回してみた。
あー・・・温かい。もう少しこのままで。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
今日も雨が降っている。
「何で使わないんだろ?」
「ん?」
朝食を終えて食器を洗っていた私はヒナちゃんの声に振り返った。
「みんな雨が降っても雨傘って使わないよね。」
ああ、そうか。
「そうだね。面倒臭いんだと思うよ。寮から学園まで歩いても10分くらいだし、制服だしね。」
この世界では傘はまだソコまで一般的なモノでは無いようで身分の高い男性でもコートと帽子で済ませる傾向がある。現代人の感覚からすると強い違和感を感じるかもね。
「そっか・・・貴族のお嬢様でも面倒臭いって思うのね。」
ヒナちゃんの台詞に私は苦笑いをする。
「ヒナちゃんだってお嬢様でしょ?」
するとヒナちゃんも苦笑いで返してきた。
「あたしは文字通りの『なんちゃってお嬢様』よ。何しろ『お嬢様歴1年ちょっと』なんだから。」
「・・・。」
前から思ってた事がある。
ヒナちゃんも『此処』に来て1年以上が経っている。それでも未だに『なんちゃってお嬢様』なんて言葉が彼女の口から出てくる。彼女は未だ自分が『風見陽菜』だと思っているのかな?
私は自分を振り返ってみる。
『此処』に来た当初は、確かに私の意識も『貝崎茉璃』のモノだった。でも、少しずつそれ以前の記憶が甦ってきて1~2年も経った頃には、自分は『マリーベル』だと認識し初めていた様な気がする。
完全に記憶を取り戻す迄には4年くらい掛かったけど、マリーベルとしての自覚はソレくらいから始まっていた。貝崎茉璃の記憶は、遠い昔の、前世の記憶だと認識し始めていた気がするんだ。
ただ、ヒナちゃんは18歳まで前世で生きていた。私は12歳まで。
この差が時間のズレとして出ているだけで、いずれは彼女も私と同じ認識を持つのかも知れない。
訊いて・・・みようか・・・?
「ねえ、ヒナちゃん・・・。」
「はい?」
ヒナちゃんが首を傾げる。その無邪気な顔を見て、私は逡巡したけど言った。
「ヒナちゃんも転生して、もう1年経ったよね?」
「うん。」
「それ以前の記憶って無いのかな?」
ヒナちゃんの表情が少し変わった。
「あるわ。・・・マリも有るの?」
やっぱり有るんだ。私はコクリと頷いた。
「・・・転生した頃は確かに貝崎茉璃の記憶だけだったんだけど、その後に少しずつマリーベルとしての記憶が甦ったわ。」
「・・・」
ヒナちゃんは視線を揺らがせながら黙って私の話を聴いている。
「少しずつ、少しずつ。マリーベルとしての記憶が甦ったわ。」
「そう・・・」
「ヒナちゃんも1年経ったから少しずつでもヤマダ=ハナコとしての記憶を取り戻して居るんじゃ無いかなって思ったの。」
ヒナちゃんの顔に不安の色が広がる。
「ねえ、マリ。」
「なに?」
「・・・貴女は『貝崎茉璃』なの?それとも『マリーベル』なの?」
ああ・・・。ソレを尋ねると言う事は、少しは自覚が始まってるのかも知れない。
だから私は隠さずに本当の事を言った。
「・・・私の名前はマリーベル。マリーベル=テスラ=アビスコートよ。」
私の答えに彼女の表情から恐怖の色が滲み出てきた。
「マリ・・・。」
違う、怖がらせたいんじゃ無い。そんな顔をしないで。
私はヒナちゃんの横に座って安心して貰おうと微笑んだ。
「ゴメン。怖がらせちゃったね。」
「・・・平気。」
そう言う彼女の顔は全然平気そうに見えない。
私の事を話そう。参考にして貰おう。
「ヒナちゃん、ちょっと私の話をするね。」
「・・・うん。」
彼女の縋るような視線に愛しさが湧き出してくる。
「私が貝崎茉璃の記憶を取り戻したのは6才の時。その時の私は間違い無く『貝崎茉璃』だったよ。でも、少しずつその前のマリーベルの記憶があたしの中に出て来た。ふとした時に思い出すって感じ。」
ヒナちゃんがキュッと私の服を握ってくる。
「そして4年も経つと私はマリーベルの過去の記憶の殆どを思い出したと思う。と、言っても3~4才くらいからの記憶だけど。・・・そして段々と実感したわ。私はやっぱりマリーベルなんだって。マリーベルの身体を奪った貝崎茉璃では無くて、マリーベルとして生まれた私が6歳の時に、前世の貝崎茉璃の記憶を思い出したに過ぎないんだって。」
「・・・。」
「思い出した当初は、一気に貝崎茉璃の記憶が甦ったから、あたかも自分が貝崎茉璃からマリーベルに転生したような錯覚をしていたけど・・・時間が経つとそうでは無いと自然に思えたわ。」
ヒナちゃんはジッと私を見つめた後に訊いてきた。
「あたしもそうなるのかな?」
私は首を振った。
「判らない。でも、思い出し始めているなら自然にそうなっていくんだと思うよ。・・・ただ、時間は掛かると思う。私は精々が2~3年の間の記憶を取り戻すだけだったけど、ヒナちゃんは・・・。」
私は少し上を見上げて考えてから再び口を開いた。
「ヒナちゃんは、仮に3才くらいの記憶から取り戻すとしても10年分のヤマダ=ハナコの記憶を少しずつ取り戻す訳だから・・・少なくとも10年くらいは掛かるんじゃ無いかな?」
「そう・・・。」
ヒナちゃんは頭の良い人だ。きっと噛み砕いて呑み込もうとしているんだろう。
「マリは・・・怖くなかった?」
「ん?」
「自分が・・・自分の認識が・・・違うモノになって行く様な不安は無かった?」
ああ、そういう事・・・。
私は苦笑いした。
だって当時の私には、貝崎茉璃には、自分が違うモノになって行く事に不安を感じるほどの『大事な何か』を1つも持っていなかったから。寧ろ捨てられるモノなら捨ててしまいたいとすら感じていたのだから。
「私は、前世に・・・貝崎茉璃の人生に・・・何の未練も無かったから・・・不安は無かったかな。」
「そっか・・・。」
ヒナちゃんは俯く。そして恐怖から逃れる様にギュッと目を瞑った。
「ヒナちゃん・・・。」
私は彼女の細い肩をそっと抱き締めた。
「私ね・・・マリーベルの人生にも大して思い入れは無いの。・・・大切に思えるのはお母様との思い出くらい。」
「・・・。」
「だから、お母様が亡くなってからは・・・まるで人形の様だったわ。お母様が亡くなってからのマリーベルの人生は貝崎茉璃の人生よりも酷いモノだったし・・・心を殺してしまわなければ、自分を保てなかった。」
ヒナちゃんは私の腕の中で大人しく聴いている。
「でもね・・・。」
私は見上げてくるヒナちゃんに微笑んだ。
「去年の五草会で・・・私の死んでいた心は生き返ったのよ。・・・貴女に会えた事で。」
「マリ・・・。」
「私はもう貝崎茉璃では無い。マリーベルだわ。でも・・・今、私の心を支えてくれているのは、マリーベルでも、その周りを取り囲む環境でも無い。・・・私を支えてくれて居るのは・・・貴女が美しく微笑んで呼んでくれる『マリ』って名前よ。」
コレが嘘偽りの無い私の想いだ。
「!」
ヒナちゃんが身動いだ。
「私はマリーベルで在ってマリーベルでは無い。私は『マリ』。貴女が名付けてくれた『マリ』よ。」
ヒナちゃんの綺麗なダークレッドの双眸から涙がポロポロと零れてくる。そして彼女はとても美しいに微笑みを私に返してくれた。
「マリ。」
「ん?」
「大好き。」
私の顔が火照り出すのが判る。堪らなくなって私は力一杯ヒナちゃんを抱き締めた。そして囁く。
「私も・・・大好き。」
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
熱い太陽が燃え盛る夏がやって来た。
そんな或る日、私はヒナちゃんに引き摺られて馬車に押し込まれた。
「ヒナちゃん、何を作るの?」
碌な説明も受けずに馬車に押し込まれた事もあって私はそう訊かずに居れない。
ヒナちゃんはニッコリと満面の笑みを浮かべる。
「ヘヘヘ。」
・・・可愛い。でも、絶対何かを企んでる顔だ。
「・・・ヒナちゃん、悪い顔してる。」
ヒナちゃんは心外だとでも言いたげな顔になったけど、直ぐに表情を取り繕った。
「コホン・・・。実はね、今年の夏はやりたい事が有るのよ。」
「やりたい事?・・・って何?」
私は首を傾げる。
「あのね、今年の夏休みはね、海に行きたいの。」
「海・・・。」
え・・・海・・・?
あの夏の定番の・・・?
ヒナちゃんと一緒に?
・・・行きたい。絶対に行きたいわ!
「いいね、海!私も行きたい!」
「でしょ?」
「でも、じゃあ何でお店に・・・? ・・・!!!」
言いながら私は気付いてしまった。
まさかアレを作るつもりなの?
「まさかヒナちゃん・・・。」
「そう!マリの水着を作りに来ました!!」
「いやいや待って!ヒナちゃん!」
やっぱり! 私はヒナちゃんの腕を掴んだ。多分、ヒナちゃんは知らない。この世界に現代人がイメージする様な水着というモノは存在しない事を。あの格好はハシタナイ部類に入ってしまう事を。
「何?」
「この国に水着の概念は無いよ!?」
ヒナちゃんは首を傾げた。
「嘘よ。じゃあ、素潜りの女漁師さん達はどうしてるの?」
ああ、それで勘違いしたのね。
「素潜りの女性は仕事着のサラシとショートパンツみたいな布製の服を身に着けて潜ってるらしいよ。少なくともヒナちゃんが想像している様な水着はこの国には無いから。」
「・・・そうなのか・・・。」
ヒナちゃんは腕組みして唸った。
「うーん・・・」
ヒナちゃんは考えた挙げ句、御者さんに行き先の変更を告げた。
「で、結局、裁縫ギルドに来たと・・・。」
諦めないヒナちゃんに流石に私も呆れて呟いた。
「だって、マリの水着姿が見たいんだもん。」
「・・・!」
そ・・・そんなコト言われても困るわ・・・。顔が熱いわ。
「水着・・・ですか?」
ギルドマスターのセルマさんが首を傾げる。
「・・・南方の国々には水際で遊ぶ風習も在って、そういった類いの服が在るとは聞いた事が在りますけど・・・。」
「おお!」
ヒナちゃんは目を輝かせるけど、多分ソレはヒナちゃんが想像してるような水着とは違う奴だ。
「ただ・・・こんな形ですよ?」
セルマさんは簡単なスケッチを始める。そして見せられた絵は・・・やっぱりだ。
「・・・うーむ・・・。」
ヒナちゃんが覗き込んで思わず唸ってる。
私も違う意味で唸った。セルマさん絵が上手いな。
ソコに描かれていたのはいわゆる『服』だった。平服にロングのパレオみたいなモノを身に付けた女性の絵。要は濡れても良い服を着てホントに波打ち際でパシャパシャと遊ぶだけなんだ。
こんな感じの挿絵を本で見たことがある。
「お嬢様が仰る様な『泳ぐ』遊びには不適切な格好かと。」
「・・・よし。」
暫く絵と睨めっこしてたヒナちゃんが呟いた。
ヒナちゃんはペンと紙を借りるとサラサラと絵を描いていく。私はソレを横から覗き込んだ。・・・女の子の立ち絵?・・・上手だ。
「・・・ヒナちゃん、絵が上手だね。」
思わず感心して言った。
・・・でも・・・あれ?
この絵・・・まさか・・・私?
「ヒ・・・ヒナちゃん・・・。」
恥ずかしくて少し咎める様な声になってしまった。
「ふふ。」
ヒナちゃんは笑いながらマリの絵を完成させる。
そして私の絵の胸と腰の部分に線を入れていく。その姿は・・・。
「・・・!」
私は声にならない悲鳴を上げてヒナちゃんの服の袖を引っ張る。
「これ、ビキニ?」
「そだよ。」
ぎゃーっ恥ずかしい!
「ビ・・・ビキニは嫌。」
「なんで?」
なんでって・・・
「恥ずかしいよ・・・。」
ヒナちゃんは何か考える素振りをした後に尋ねてきた。
「ねえ、マリは今まで水着を着た事とかある?」
「・・・無いよ。」
前世は身体が弱かったから海もプールも行く機会が無かったから水着なんて着たことが無い。そもそも親の立場に在った人達は連れて行ってくれる様な人達では無かったし、友達も居なかったから近づいたことすら皆無だ。
「しゃーねぇ。」
ヒナちゃんは小さく呟くと、線を消して新たな線を私の身体に入れていく。
この形は・・・。
「・・・ワンピース?」
私が尋ねると
「うん。」
と、ヒナちゃんは頷いた。
「コレならどう?」
「・・・」
私は絵をジッと見つめて自分の姿を想像してみる。
さっきのビキニよりだいぶマシに思える。ただ・・・ちょっと切れ込み具合が気になる。
「腰のところ。」
私は言った。
「ん?」
「ショートパンツみたいにしたい。」
「ソレは駄目。」
「・・・」
え・・・?
即却下!?
「な・・・なんで!?」
「エロくないから。」
「・・・ふぁ・・・?」
余りにもあんまりな理由に驚愕して思わず変な声が出た。けど、直ぐに我に返った。
「なんて理由なの!?ビックリしたよ!」
「マリちゃん・・・。」
急に『ちゃん付け』で呼ばれながら両肩に手を置かれて私はギョッとなる。
「な・・・何?」
ヒナちゃんのメヂカラが凄い。
「いい?・・・女性の水着は何の為に在ると思ってるの?」
「え・・・?」
泳ぐためじゃ無いの?
「女性の水着には『華』が求められているのよ。そしてエロスも同様に求められる。ソレは何時の時代も、何処の世界でも共有されるべき真理なのよ。」
「・・・」
何を言っているの?
「世の男性はソコにロマンを感じて、女性を敬愛するモノなの。」
いや、男の人には見せる気無いわ。
「・・・男性には見せないわよ?」
「あたしが居るじゃない。」
「・・・」
え? そう言うコト? ヒナちゃんが見たいってコト?
激しく心が揺れる。
「・・・ヒナちゃんは見たい・・・?」
「見たいわ。」
力強く頷くヒナちゃんに私の顔がもの凄い熱を帯び始める。少しは照れながら言ってよ!
何故か私が恥ずかしくなって視線を逸らした。
「・・・わかった。」
私が了解して結局ワンピースを作る事になった・・・んだけど、セルマさんが聞き捨て為らない事を言った。
「恐らくは絹か綿か羊毛辺りを織り交ぜて作る事になると思います。・・・それと海では使用しないで下さい。多分ですが・・・海水はダメージが強すぎて・・・その・・・大変な事になると思います。」
大変な事・・・それって見えてしまうってコトよね。じゃあ、海には使えないのね。・・・だったらムリに肌を見せなくても良いじゃない。
私はセルマさんに変更をお願いしようとした。
「・・・海に使えないなら、やっぱり腰のところは・・・」
「解りました。ソレで結構です!」
ヒナちゃんが明らかに慌てた様子で了承してゴリ押した。
「・・・」
まあ・・・良いけど。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「フレアが悩んでいるみたいなの。」
そんな言葉をアイナさんとセーラさんから聞いたのは定期テストの最終日、武術試験が終わった後だった。
「悩んでる?」
私とヒナちゃんは顔を見合わせる。
言われて思い返せば、確かに最近少し元気が無かったような気が・・・しないでも無い。ヒナちゃんもそう思ったらしく
「いつも通りに見えたけど・・・?」
そう答えるとアイナさんは首を振った。
「普段はそう見えるのよね。でも最近は、よく1人でボーッと溜息吐いたりしているのよ。どうしたの?って訊いても何でも無いって寂しそうに笑うだけで話してくれないの。」
「・・・。」
敢くまで想像の範疇なのだそうだけど、2人はフレアさんがエオリア様の事で悩んでいるのではないかって言う予想をしていた。それに伴う『1つ飛び』を気にしているんじゃないかって。
『1つ飛び』と言うのは貴族間での婚約に纏わる、この国の古い慣習の様なモノで2つ爵位が違う者同士の婚約は難しいとされている。
具体的に言えば、爵位には公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の基本の位が在る。例えば伯爵と男爵の間には子爵が在り、男爵から見れば伯爵は『1つ爵位を飛ばした先』の爵位となるので、この国の暗黙の常識に鑑みると婚約は難しいんだ。
今回の場合は、上の立場であるエオリア様の御両親が、カール家と縁を結ぶ事に余程のメリットを見出さない限り結婚は難しい。
アイナさんの時もそんな流れは在ったけど、フレアさんの場合はもっとその条件が厳しい。
「ヒナ達で訊いてみてくれない?」
アイナさんが頼んでくる。
「そうだなぁ・・・。」
ヒナちゃんが腕を組む。きっとヒナちゃんは引き受けるだろうな。その時、私は側に居るべきだろうか?
私がフレアさんだったら・・・きっと話し難い。
「ヒナちゃんが1人で訊いた方が良いと思う。」
私はそう言った。
「え!?」
ヒナちゃんの驚いた顔がちょっと面白い。
「大事な事って、話しにくいと思うの。だから・・・。」
「解った。訊いてみるよ。」
ヒナちゃんは頭を掻きながら了承した。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
放課後、私はアイナさんとセーラさんを連れて寮に戻った。けど、3人とも言葉少なめだった。正直、心はあんまり此処には無い。ヒナちゃんとフレアさんの事ばかりだ。
1時間もすると、ヒナちゃんが帰ってきた。
「どうだった?」
私達が勢い込んで尋ねると
「んー・・・まあ、大丈夫じゃないかな?」
とヒナちゃんはのんびり答えた。
「結局、フレアさんは何に悩んでいたの?」
私は尋ねてみる。
「やっぱり『1つ飛び』の事で悩んでいたみたい。」
「そうなんだ。」
「で、エオリア様にその事を話したら『そんな心配は要らない』って。今、フレアと話をしている筈よ。」
「そっか。」
多分、ソレで全部では無いと思うけど、ヒナちゃんが大丈夫って言うなら恐らく悪い方向には行かないと思う。それで充分だ。
「まあ夏休みに入っちゃう前に、改善出来そうで何よりだわ。」
ヒナちゃんの言葉に私達は頷いた。
4人でそのまま夕食を作って食べていると
『コンコン』
とノックがされた。
「ふぁい。」
口に頬張ったベークドポテトをそのままにヒナちゃんが返事をした。
「ヒナ、呑み込んでから返事しなさい。」
「ウィ。」
アイナさんの注意にヒナちゃんが変な返事をしながら扉を開けに行く。
予想通り、フレアさんが其処に立っていた。その表情には笑顔が浮かんでいる。
良かった。
「フレア。」
アイナさんが立ち上がってフレアを招いた。
「みんな心配してくれてありがとう。」
フレアさんがペコリと頭を下げる。
「いいのよ。」
フレアさんにいつもの笑顔が戻った事にみんなホッとした感じだ。
「で、結局、エオリア様とはどうなったの?」
ヒナちゃんが尋ねるとフレアさんは頬を紅色に染めて恥ずかしそうに報告する。
「うん。夏休みにエオリア様の御実家に行くことになった。あと、エオリア様もウチに挨拶に来てくれる。」
「良かったね。」
ヒナちゃんが微笑んで見せるとフレアさんはヒナちゃんの顔をじっと見て言った。
「ヒナちゃんって時々凄くお姉さんみたいに感じる事が在るの。なんでかな?」
「そうね、私もそう思う。」
「普段は一番子供っぽいのにね。」
3人が一斉にそう言い始める。
そっか。やっぱりみんなもそう思ってたんだ。
私はヒナちゃんの引き攣った笑顔が可笑しくて、黙って顔を背けて笑いを堪える。
チラリとヒナちゃんを見ると、ヒナちゃんは恨めしげに私を見ていたけど、やがて
「ふふふ。」
と微笑んだ。
その笑顔がとても優しくて
「・・・」
私達4人は彼女の微笑みに見惚れてしまった。
 




