S9 マリーベルの追懐 1
マリーベル視点のお話になります。
宜しくお願いします。
私達は2年生になった。
クラス分け前の不安などはドコ吹く風か。私達はセーラさんも含めて5人とも同じクラスになった。そして1年次と同じく担任の先生になったマルグリット先生から修学旅行の話を聴かされる。
場所はロアンナ直轄地。王家が直接治める地域だけど良くは知らない。でも、修学旅行なんて行った事が無いから凄く楽しみだ。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「修学旅行、楽しみだね。」
夜。そんな会話から私とヒナちゃんは修学旅行の話をした。
その最中。紅茶を淹れてコタツに戻って来るとヒナちゃんが私をジッと見つめてきた。
な・・・何?
そんなに見つめられたらドキドキするよ。
「な・・・何?じっと見て。」
そう尋ねるとヒナちゃんは
「うん、マリおっきくなったなぁって思ってさ。」
なんて事を真顔で言い出した。
「え!?」
私が思わず両腕で胸を隠す素振りをするとヒナちゃんは両手を振って言った。
「身長の話ね。」
「あ、身長・・・」
・・・恥ずかしい。
「1年前・・・ってか、実際にマリと並んで立ったのは五草会が初めてだけど、あの時のマリってあたしの肩くらいだったもんね。」
「え、そんなに低かったかなぁ?」
そんなに差が有ったかしら?
「うん。小学生だと言われたら何の疑いも持たずに信じてしまうくらいには低かった。」
「むー・・・」
ソレは酷い。私は頬を膨らませる。
ヒナちゃんはそんな私を見て微笑むと言った。
「でも今は・・・マリ立ってみて。」
「・・・」
私はゴソゴソとコタツから抜け出して立ち上がる。ヒナちゃんがその前に向き合う様に立った。そして少しだけ目線を下に向けて私を見る。
「ホラ、今はもうそんなに変わらない。」
「うん・・・」
そう答えはしたモノの、私は間近に見るヒナちゃんの綺麗な顔が恥ずかしくて視線を逸らしてしまった。
「あたしも大きくなってるんだけどなぁ。」
ヒナちゃんのボヤきに私は微笑んだ。
「ふふ。そしたら私が追い抜いちゃうかもね。」
「あはは。それも良いかもね。」
ヒナちゃんはあっけらかんと笑う。この人の笑い声は私を幸せな気持ちにしてくれる。私は逸らした視線をあたしに戻した。
もっと私に興味を持って欲しい。
「?」
急に視線を戻した私に首を傾げるヒナちゃんを見ると私は思い切って言う。
「・・・む・・・胸も大きくなったよ。」
「あ・・・うん。」
ヒナちゃんの視線が泳いだ。
「・・・ヒナちゃんはもともと大きかったけど、更に大きくなってたよね。」
「・・・」
恥ずかしいのか私から視線を逸らすヒナちゃんだけど顔が真っ赤だ。
私はコタツに座って言った。
「ヒナちゃんと出会ってから1年経ったんだね。」
「うん。」
色々あったな。ホントに色々あった。その全てはヒナちゃんが私にくれたもの。
彼女はいつも何かを思いついて私を喜ばせてくれる。そして私の笑顔を見て嬉しそうな表情をしてくれる。そんな彼女の美しい笑顔を見る度に、私は泣きたくなるくらい嬉しくなる。
ヒナちゃんが私に命を吹き込んでくれた。前に彼女に言った言葉だ。その言葉は私の本心で、これからもその想いと彼女への感謝が消える事は決して無い。
どうしたらその気持ちを上手く彼女に伝えられるのか?
私は最近、ソレばかりを考えている。
「マリ、アリガトね。」
唐突にヒナちゃんがそう言った。
「え?」
私は何で御礼を言われたのか判らなくて首を傾げた。
「マリに出会えた事で、あたしの生活は凄く楽しくなったよ。」
「!」
衝撃を受けて私は俯く。ソレはヒナちゃんの台詞じゃ無い。私が彼女に伝える言葉だ。だから伝えないと。
そして穏やかに或いは無邪気にすら見える優しい笑顔を私に向けて、コタツの上でポヤポヤと手遊びをしていたヒナちゃんの手を、私はギュッと握った。
「それは・・・」
声を絞り出す。
「・・・それは私の言葉だよ、ヒナちゃん。私は貴女に出会えた事で『幸せ』を知る事が出来た。私はもっともっと貴女の喜ぶ事をしてあげたい。」
「アリガト。マリが側に居てくれるだけであたしは嬉しいよ。」
「!」
・・・そんな事を私に言ってくれるのはこの人だけだ。
滲む視界もそのままに私はヒナちゃんを見て言った。
「・・・貴女は私の全てです。私と仲良くなってくれて本当に有り難う、ヒナちゃん。」
私は顔が火照るのを自覚しながら精一杯の笑顔をヒナちゃんに向けた。
「・・・うん。」
ヒナちゃんもとても素敵な笑顔を向けてくれる。
ああ・・・私は本当にこの人が大好きだ。もっとこの人の近くに居たい。朝も昼も夜も。
でも今夜はダメだ。
気持ちが暴走し過ぎて彼女に凄い事をしてしまいそうな気がする。
「・・・今日はもう寝よっか。明日も早いし。」
私は何とか平静を装ってヒナちゃんにそう言った。
「そだね。」
頷くヒナちゃんに
「お休み、ヒナちゃん。」
と挨拶をして私は立ち上がった。
「うん、お休み。」
なんか意外そうな表情で私を見上げるヒナちゃんに、私は微笑んで自室に入っていった。
・・・眠れる訳なんて無い。
『やっぱり一緒に寝ようって言えば良かった・・・』
『でも、今日はマズいよ・・・』
『でも、やっぱり今からでもヒナちゃんの部屋に行こうかな・・・』
『でも、今から行くなんて怖がられてしまうかも・・・』
『・・・でも・・・』
その日、私は悶々と眠れぬ夜を過ごす事となった。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
修学旅行が始まった。
生まれて初めての修学旅行に私のテンションは振り切れんばかりだった。・・・んだけどヒナちゃんのテンションはその私をも遙かに超えて振り切っていた。
「やかましい!」
大騒ぎって言う言葉は彼女にこそ相応しいんだろうな、と私はアイナさんに怒られるヒナちゃんを見て感心した。
夜。入浴タイムだ。
露天の温泉の前で私達5人は立ち止まった。
「・・・」
「誰も居ないね・・・。」
「うん・・・。」
「貸し切りだー!!」
「!?」
突如、奇声を上げて脱衣所に飛び込んだヒナちゃんに私達はギョッとなって彼女を見る。
ヒナちゃんはパパッとワンピースを脱ぎ捨てと、タオルを身体に巻いて私達4人を見た。
「何やってんの!?早く来なさい!貸し切りよ、貸し切り!こんなチャンスそうそう無いわよ!」
「え・・・ええ。」
「そ・・・そうだね。」
私達も互いに少し離れた場所で衣服を脱ぎ始める。
・・・まあ、今更、同性の前で裸になる事に抵抗は感じない。
私はスパッとワンピースを脱ぎ捨てた。それよりも、先程のヒナちゃんの裸が目に焼き付いて離れない事が少し困る。
気が付くとヒナちゃんは楽しそうに下着を脱ぐのを躊躇っているセーラさんにちょっかいを掛けていた。
「セーラちゃん。」
「うひゃあっ!」
身体を震わせて驚いたセーラさんが真っ赤な顔でヒナちゃんを見る。
「な・・・何!?」
「何やら脱衣に手詰まって居られるご様子。宜しければあたしがお手伝い致しましょうか?」
「ば・・・馬鹿!何言ってるの!?全然平気よ!」
セーラさんはそう言うと勢いよく下着を脱いでタオルを身体に巻き付けた。
・・・ヒナちゃんの残念そうな顔。なんかモヤモヤする。
「・・・」
私の視線を感じたのか、ヒナちゃんの視線が激しく泳いでる。・・・まあ、良いんだけどね。
扉を開けるとソコは湯気とお湯と岩が溢れる露天風呂だった。うん、流石は日本人が作ったゲームの世界だわ。この辺は良く分かってる。
「な・・・なんかさ・・・みんなで並んで身体を洗うのって・・・落ち着かないね。」
あ・・・。フレアさんがヒナちゃんの悪戯心を刺激するような事を言い出したよ?
「ば・・・馬鹿、フレア!そんな事言ったら、ヒナが・・・!」
アイナさんがフレアさんを制止するも、ヒナちゃんはニヤリと笑ってフレアさんに躙り寄った。
「フレアちゃん・・・」
「な・・・なあに?ヒナちゃん・・・」
「じゃあ、落ち着く方法を教えてあげようか?」
「だ・・・大丈夫だよ、ヒナちゃん・・・」
フレアさんが凄く怯えた表情で断ってる。けど、そんなんじゃヒナちゃんは止まらない。
「遠慮なんて不要よ。・・・フレア、落ち着かないなら楽しんでしまえば良いのよ。」
ヒナちゃんはそう言うと私達に言った。
「みんな、円を組んで座って。」
「?」
なんだろう?私達は意味が判らずに怪訝な顔で言う通りに動く。
「はい、じゃあ前の人の背中を優しく洗ってあげて。」
あ!コレって背中の流し合いっこ?
私がヒナちゃんを見ると、ヒナちゃんはニッコリと私に向かって笑った。
ヒナちゃんがセーラさんを、セーラさんが私を、私がフレアさんを、フレアさんがアイナさんを、アイナさんがヒナちゃんを、それぞれ洗い始める。
ふふふ。楽しい!なんかもう色々と温かくて笑いが零れてくる。
「ふ・・・ふふ。」
みんながクスクスと笑い始める。
「何をさせるのかと思ったけど・・・コレ楽しいわね。」
「でしょ?・・・はい、じゃあ今度は反対を向いて下さい。今、洗ってくれた人の背中を洗ってあげましょう。」
「はーい。」
あ、セーラさん、ヒナちゃんの背中を素手で洗ってる!いいな!羨ましいな!
身体を洗い終えると、みんなで温泉に浸かる。
「広すぎてチョット落ち着かないけど・・・楽しいわ。」
アイナさんがウットリした表情でそう言った。
「・・・ココ、周りに壁が無いけど、誰も見てないよね?」
フレアさんが心配げに言うので
「大丈夫よ。こういうのって覗かれない様に計算されて作られてるんですって。」
そう教えてあげる。
明るいところでヒナちゃんの胸って初めて見るけど・・・ホントに大きいな。私、アレを揉んだのか・・・2回も・・・。・・・また触りたいな。・・・って何を考えているのよ、私は。
変な気分になってしまった私は、極力ソッチを見ないように視線を逸らしてアイナさんとフレアさんとお話をした。
2人もとても綺麗な身体をしているけど、特別に何かを感じる事も無い。
やっぱり私が変な気分になるのはヒナちゃんだけらしい。前から気になって事を確認出来て、私は少しだけホッとした。
就寝時間が過ぎた。
みっしょんすたーと。ヒナちゃん曰くそう言う事らしい。
私はソッと扉の外を窺うとゆっくり廊下に出た。ホテルとは言っても前世のホテルの様な高級感は無い。廊下は暗いし絨毯が敷き詰められてる訳でも無い。
そんな所を私は音を立てない様に裸足になって歩いて行く。
こんなとこを先生に見つかったらお説教は免れない。私はもうビクビクしながらヌキアシのサシアシでヒナちゃん達の部屋を目指した。
「コラッ!」
「!!!」
後ろから掛かった声に私は飛び上がった。
恐る恐る振り返ると・・・遠くでマルグリット先生が数人の女生徒達に向かって、何かお説教をしている。
「・・・。」
驚きと恐怖で言葉を失った私は、カタカタと震えながらヒナちゃん達の部屋を目指す。
「こ・・・コワかった・・・もう少しでマルグリット先生に見つかる処だった・・・」
部屋に辿り着いた私がみんなに訴えると
「良く頑張ったわ、マリ。良い思い出が出来たわね!」
ってヒナちゃんが私を抱き締めて賞賛してくれた。
ああ、頑張って良かったな。
こうして修学旅行1日目の夜は、かしましく更けていった。
修学旅行2日目。
今日は学年全体で行動する日だ。行動予定は、午前中はディラン音楽堂で演奏鑑賞。その後に昼食を摂って、午後から音楽堂の近くにあるバランティーノ遺跡見学。
まあ・・・300人で移動する訳だし、そんな色々は回れないよね。いいのよ、メインは明日の自由行動なんだから。
ディラン音楽堂は大きな石造りの建物だった。イメージ的には古代ギリシャのコロッセオみたいな感じだ。
「イメージと随分違うね。」
ヒナちゃんがポツリと呟いたので私も頷いた。
「うん、もっと講堂みたいな場所をイメージしてた。」
半円形の長大な観客席にあたし達は腰掛けた。楽団の人達は既に中央の舞台で準備を始めている。弦楽器に金管楽器、ティンパニみたいなパーカッションもある。演奏会なんて初めてだ。
それにしても、こんなに広くて音響設備も無い青空ステージで音が響くのかしら?あ、でも楽団の後ろに大きな衝立が立ててあるけど、アレで音を前に飛ばすのかな?
やがて楽団長らしき人が前に出て来て、挨拶をする。楽団長も演奏者も青や緑の衣装に身を包んでいた。
こっちの世界の一流楽団の演奏者達は基本的に青か緑の衣装を身につける。
音楽は自然の神様と人間の間を取り持つ『友好の架け橋』として扱われるため、演奏者は森をイメージした『緑』か、海をイメージした『青』の衣装を着る。希に赤の衣装が有るのは火山の溶岩をイメージしているのだとか。
演奏が始まる。どれも一度は耳にした事のある楽曲だ。でも、ヒナちゃんには初めての楽曲が殆どだったらしく、とてもキラキラした瞳で聴いていた。可愛い。
因みに『しどけなき宵闇の連環』も演奏されていた。
以前に私が演奏したフルートのソロパートが流れ始めるとヒナちゃんがチラリと私を見てくれる。恥ずかしくて、でもなんか嬉しくて笑って見せた。
そして馬車戻ると何だかアイナさんの様子がおかしかった。私を見ると何かを言い掛けるように口を開いたけど直ぐに視線を逸らされてしまった。
・・・なんだろう?
余りにも彼女の様子が急変しているので午後の予定地であるバランティーノ遺跡で、ヒナちゃんがアイナさんに何が在ったのかを尋ねた。
「アイナ。そろそろ話してくれないかしら?」
ヒナちゃんがそう言うと、アイナさんはまた私をジッと見てきたけど
「そうね。」
と呟いた。
・・・ホントになんだろう?
ちょっと胸騒ぎがする。
私達は観光客用に用意された林の中のテラスに腰を下ろした。
まだ寒い時期とは言え、陽が出ていれば温かさを感じられる季節になっている。木洩れ日を心地良く浴びながらヒナちゃんはアイナさんに話を促した。
「貴女を落ち込ませるって、一体何があったのかしら?」
ヒナちゃんがそう訊くとアイナさんは苦笑した。
「別に私は落ち込んでた訳では無いわ。ただ、話して良いのか迷っていただけ。」
「迷っていた?」
アイナさんは頷く。
「ええ・・・。私、昼食の時に一度、席を外しているの。で、其処で食事も摂らずに隅でヒソヒソと話している令嬢方を見つけたのよ。最初は何の気も無し、聴くとは為しに聴いていたわ。・・・でも後半は立ち聞きに変わってしまったわね。」
珍しい。アイナさんはそう言うマナーに反する事は結構嫌がるタチなのに。
「・・・みんなは去年の秋頃、5~6人の御令嬢達が立て続けに学園を去った事を知ってるわよね?」
「ええ。」
私とヒナちゃんも、その頃にそんな話をベッドの中でした覚えが在る。
「その御令嬢方はみんな王子殿下のお側に居た方達なの。」
ああ・・・偶に見掛けたあの伯爵家の御令嬢方か・・・。
「ソレでね。その御令嬢達が学園を去った理由は全員が同じ理由だったそうなの。」
「同じ理由?」
「ええ・・・。理由は・・・。」
アイナは言い辛そうに眉を顰めると少し俯いた。
「・・・お腹に子供が出来たかららしいの・・・」
「!?」
え・・・お腹に?・・・。
ソレって、つまり・・・そういうコトをしたって事・・・?
私は文字通り絶句した。でも・・・と思う。
あの殿下ならやり兼ねない。
その横でセーラさんが淡々と話す。
「婚約に年齢制限の無かった昔の時代なら、親公認ならばその位の年齢での妊娠もあったらしいわ。でも今の時代、婚約は王族の方以外は初等部を卒業する迄は禁じられてる。況してやそう言う行為は、婚約した者の家同士の事情でも無い限り、学園を卒業する迄は禁止されてる筈よ。」
「ええ・・・」
アイナさんが頷く。
それからアイナさんは私を見た。
「ねえ、マリさん。マリさんは王子殿下の3学期の定期考査の順位をご存知?」
・・・知らない。
一応は婚約者である以上、毎回、試験の順位くらいは確認しているんだけど、前回はそもそも名前が載っていなかった。
「いいえ・・名前は無かったわ。」
「では3学期に王子殿下を見たりした?」
・・・見ていない。
「いいえ。」
「そう・・・やっぱりそうなのね。」
「アイナ・・・まさか・・・王子殿下が相手だと言いたいの?」
フレアさんが恐る恐るとアイナさんに尋ねる。
アイナさんはソレには直接答えなかった。でも私に向ける気遣う様な視線は「そうだ」と言っている様な物だ。
「殿下は3学期は学園に来ていなかったそうなのよ。」
「知らなかった・・・」
「理由は伏せられているけど『謹慎』させられているみたい。」
「・・・」
もしも御令嬢達が学園を去った理由がアイナさんの言った通りなら、そしてその相手が殿下だったなら・・・。
如何な殿下と言えども、いや王子殿下だからこそ、そう言った不逞な行いは許される筈も無い。
身分を以て秩序を為す制度に於いて、上位者が下の貴族を蔑ろにし其れに対して処罰が与えられなかったら。当然の様に秩序は崩壊する。
多分、王家としては殿下を廃嫡する絶好の機会の筈なのだろうけど、そうするには引き起こした内容がマズい。
何故なら廃嫡するとなれば其の理由を明らかにしなければならないが、この件は明らかにしてしまうと確実に王家の恥となる類いの愚行だ。
だから取り敢えずひっそりと『謹慎』させているのだろう。令嬢達の家を納得させる為に。
あの王家が考えそうな『らしい』処分だと思う。
対応したのは敢くまで伯爵『家』達に対してであって、令嬢1人1人の心についてはまるで頓着していない。
・・・御令嬢方が可哀想に思えてくる。いつも私を見下す視線を投げてくるばかりの御令嬢方だったけど、コレは余りにも酷い。ここまで酷い事をされる様な悪さをしていた訳じゃ無いのに。
結局、上の人間達は王家の恥だとか貴族の面子だとか、そんなモンどうでも良いモノを守る為に、傷を付けられた御令嬢達を逆に学園から追い出したんだ。そんな事が許されるのか。私は絶対に許したくない。
子供っぽい考えなのは判ってる。でも、この国の大人の考えはどこかおかしい。・・・アビスコート家も含めて。
そして、私は1つの仮説に思い至る。
この信用ならない大人達が暴走して殿下の廃嫡を早めようとして来たら。私を『疵物』にしようとアビスコート侯爵が放つ「刺客」が現れる日も近いんじゃ無いだろうか?
私は少しだけブルリと身を震わせた。
そんな私の耳にアイナさんの言葉が届く。
「正直、殿下の婚約者であるマリさんの事を思うと言わない方が良いとは思ったわ。・・・でも、逆にマリさんに黙っていると言うのも気が引けて・・・。」
アイナさんの苦しそうな表情に、私は彼女の優しさを感じる事が出来て嬉しくなる。
私は笑みを浮かべてアイナさんの手を握った。
「嬉しいわ、アイナさん。そんなに私の事を考えてくれて。でも、気になさらないで。知ってると思うけど私と殿下の仲は最悪だから。私も殿下に対しては何の感情も無いから平気よ。」
「・・・でも、お家の事とか・・・」
私は首を振る。
「其れこそ関係無いわ。私、家でも厄介者扱いだもの。だから今更なのよ。」
「・・・そう・・・」
アイナさんは暫く私を気遣わしげに見ていたが、やがて表情を緩ませると少しだけ微笑んだ。
「さて、不愉快な奴の事なんか忘れて、旅行を楽しみましょう。」
ヒナちゃんは話はおしまいとばかりにパンッと手を打ってそう言った。
ホテルに戻って、消灯後に私はヒナちゃん達の部屋にお邪魔した。けど、ヒナちゃんが唐突にお化け話を始めた事でアイナさん達がパニックになり、お開きになってしまった。
ヒナちゃんは苦笑いをしながら私を宿泊部屋に送る事にして、その場を退散する事にした。
暗い廊下。もう時間は2時を回っていて、流石に誰も見回っていない。寒い廊下をあたし達は言葉も無く歩き続けた。
私の泊まるシングルルームはもう直ぐソコだ。ソコまで行ったらヒナちゃんは自分の部屋に戻ってしまう。
嫌だ。行かないで。
私はヒナちゃんに後ろから抱きついた。
「わ・・・」
ヒナちゃんから声が上がる。
行かないで。ホントは不安なんだよ。
ヒナちゃんは抱き締める私の手に自分の手を重ねた。
「ヒナちゃん・・・」
「ん?」
「昼間のアイナさんの話・・・。もし・・・殿下の廃嫡が早まったら・・・私・・・」
ヒナちゃんは私の手をポンポンと叩いた。
「マリ・・・1人で悩む必要なんて無いわ。あたしがココに居るよ。マリの隣にね。だから、一緒に対策を考えよう。」
ああ・・・ヒナちゃんは解ってくれてる。私の不安を。そしてずっと隣に居ると言ってくれた。
ああ・・・もう、私は・・・。
「・・・うん。大好き。」
ギュッと更に強くヒナちゃんを抱き締める。
安心したら別の感情が湧き上がってきた。昨日の入浴時からずっと悶々と私の胸に居座っている感情が。
「・・・」
私は、ヒナのお腹に回していた腕をサワサワと上に動かした。
「ん?」
ヒナが首を傾げたのが判る。
「・・・。」
私は構わずに手を上に移動させる。
「・・・っ!」
私の手がヒナの柔らかな膨らみを包むと、彼女の口から小さい呻き声が漏れた。
「マ・・・マリ・・・」
ヒナが少し慌てた様に振り返ろうとしてくるので、私は手を彼女の膨らみの上でクネクネと動かした。
「あっ・・・!」
今度はハッキリと可愛い声が彼女の口から漏れ聞こえてきた。ヒナは私の手の動きを感じてくれているのか、前屈みになりなる。
綺麗でカッコ良くて可愛いヒナ。大好きだよ。
「マ・・・マリ、だ・・・ダメだよ。こ・・・こんな所で・・・」
「ヒナが欲しい・・・」
本音が簡単に私の口から飛び出してしまった。
するとヒナは私の腕の中で、クルリと180°身体を入れ替えて私と向き合った。
瞬間、私の視界に飛び込んできたのは、頬を紅色に染めたダークレッドの髪の美少女のどアップ。同じダークレッドの双眸がウルウルと月の明かりに煌めいて揺らいでいる。
私はその美しさに一瞬で引き込まれてしまった。
「ヒナ・・・」
呟くと
「マリ・・・」
とヒナが私の名前を呼んでくれる。
彼女の柔らかな唇に私は自分の唇を寄せて重ねた。熱く柔らかい感触が私の全身を貫いていく。唇を重ねるのも久しぶり。
堪らなかった。本当に愛しくて。
私は何度も何度もヒナの唇を貪り、ヒナに回した右腕で背中と言わずお尻と言わず撫で回す。そして左手でヒナの柔らかな膨らみを堪能する。
ヒナは、抵抗せずに私の手に唇に反応しながら身体をビクンビクンと震わせている。何度もその口から愛らしい声が漏れてきて、私の理性は本気で吹き飛び掛ける。
「マ・・・マリ、激しいよ・・・」
ヒナが絞り出す様に言った言葉で、私はハッと我に返った。
やり過ぎた・・・。
私はヒナを見つめると顔を寄せて首筋にキスをした。
「だって・・・我慢出来ない・・・。」
耳元に囁く。
「うっ・・・」
ヒナが小さく呻く。
「温泉でヒナの裸を見たら・・・もう・・・」
でも、まだ修学旅行の最中で・・・。
「でも・・・廊下だし・・・修学旅行だし・・・」
私は自分を納得させながらヒナちゃんから離れた。
でもせめて・・・。
「・・・続きは帰ってから・・・。」
私は火照る顔もそのままにヒナちゃんにそう言った。
ヒナちゃんは苦笑いしながらも頷いて言ってくれた。
「うん、帰ってから・・・あたしもしたいな。」
う・・・顔が火照ってくる。・・・でも嬉しい。
「お休み、ヒナちゃん。」
「お休み、マリ。」
私とヒナちゃんは、こうして2日目の修学旅行を終えた。
修学旅行3日目。
「あ。」
「あ。」
朝、合流した私とヒナちゃんは同時に声を上げた。
忽ち昨夜の事が脳裏に浮かび私の顔がどんどん火照り出す。ヒナちゃんの顔も真っ赤だ。恥ずかしいけど・・・ヒナちゃん可愛い。
「オハヨ。」
「おはよう・・・。」
今日の自由行動にはマルグリット先生も同行されるそうだ。
「今日の自由行動の中で、貴女方の行動予定が極端に遠方を設定しているからですよ。最初に行く星皇ヶ原高原は馬車で1時間ほども掛かりますからね。其処まで遠いと令嬢方5人だけで行かせる訳には行かないのよ。」
と言う事らしい。
最初は窮屈になりそうだな、なんて思っていたけど、そんな事は無かった。マルグリット先生は年上のお姉さんの様に振る舞ってくれて楽しかった。
朝から夕方まで行動予定をしっかりと漫喫した私達はようやく温泉街に戻って来た。その後はブランニュー通りでお買い物をして夜は早めに寝てしまう。
そして翌日、私達は学園に戻ってきた。初等部の修学旅行はコレにて終了。とても楽しかった。
馬車から降りると、アイナさんとフレアさんが男子が乗る馬車の方にいそいそと向かって行った。
時刻はまだ夕方にも為って居ない。ヒナちゃんが私とセーラに振り向いて尋ねた。
「あたし達はどうしよっか?」
するとセーラさんが
「私、実家に帰らないといけないの。多分、帰りは明日になると思う。」
と言って挨拶をすると校門へ歩いて行ってしまった。
なんか寂しいな。
ふと横を見るとヒナちゃんが心配げに、セーラさんの後ろ姿を目で追っていた。
「・・・気になる?」
「?」
ヒナちゃんは首を傾げた。でも。
「いいえ。」
と首を振った。
夕刻に向けて、陽は段々と傾き始めている。もうすぐ陽の光はオレンジ色に変わり始め、町並みを暖かい暖炉の色に染め上げるのだろう。
「・・・」
ヒナちゃんは黙って私の手を握った。
ドクンと胸が高鳴る。
「ヒナちゃん?」
私の声にヒナちゃんは微笑んで歩き始めた。
「ドコいくの?」
「付いて来て。」
あたし達は学園を抜けて裏の林を歩いた。冬の間は葉を落としていた木々もすっかり芽吹き青々とした葉を繁らせている。そしてその先は。
小高い丘の上にあたし達は辿り着いた。
「此処・・・」
思わず呟く。
「ふふふ、久しぶりだね。ココに来るのは。」
丁度1年前の五草会のあの日、ヒナちゃんと運命を変える言葉を交わした場所。彼女の温かさを知り、彼女が私と同じ転生者である事を知り、彼女と一緒に居たいと強く願った場所。私と彼女の全てが始まった場所だ。
ヒナちゃんは握っていた私の手を離して前に出た。丘の縁に立って下を見下ろすと王都の町並みが一望出来る。
町並みがオレンジ色に染まるまであと少しの時間が必要そうだ。柔らかな風がヒナちゃんの綺麗なダークレッドの髪をフワフワと弄んだ。
丘の上から優しく町を見下ろす彼女の横顔の何と綺麗な事か。
「・・・」
私はその美しさに声も失って彼女に見惚れた。
「気持ち良い・・・」
ヒナちゃんがそう言った時。
『ビュゥッ』
突然吹きつけた強い風がヒナちゃんの髪を激しく呷った。フワリと舞い上がったスカートの裾を押さえる。
私は自分の髪を押さえながらも胸を高鳴らせる。
「もう・・・急に吹くな。」
ヒナちゃんはブツブツと不満を口にしながら私に振り返った。
「ど・・・どうしたの? そんなに見つめて。」
何故か急に顔を真っ赤にしたヒナちゃんが私にそう尋ねて来て、私の顔もあっと言う間に火照ってくるのを感じる。
「え!?・・・あ、ああ・・・あの・・・綺麗だなって・・・思って・・・。」
シドロモドロになって返すとヒナちゃんは首を傾げた。
「?・・・あ、・・・ああ。でも、其処からじゃ町並み見えないでしょ?」
あ、違う。そうじゃなくて。
「ち、違う。町並みじゃ無くてヒナちゃんが綺麗だなって・・・」
「あ、あたしが?」
怪訝そうな彼女に私は頷いた。
「うん。・・・髪が風に靡いていて、優しい目で町並みを見つめていて・・・その横顔が・・・凄く綺麗だった。」
「そ・・・そう。」
ヒナちゃんは恥ずかしげにそう言うと黙って私に手を伸ばした。
「・・・」
私もあたしの手を掴んで隣に立ち向かい合う。
心臓の鼓動がどんどん大きくなっていく。
頬を薄紅に染めてダークレッドの髪を棚引かせる彼女はとても綺麗で何だか嬉しくなってくる。
ヒナちゃんが小さく囁いた。
「マリも、とても綺麗だよ。」
「・・・嬉しい。」
ホントに嬉しい。
私とヒナちゃんは胸の辺りで恋人の様に両手を繋いで見つめ合う。
ヒナちゃんが私に顔を寄せてきて驚いた。
え・・・ココで!?
私は嬉しさを押さえ込んで顔を真っ赤にしながら慌ててヒナちゃんを止めようとした。
「ま・・・待って、ココじゃ誰かに見られちゃう。」
「大丈夫だよ。」
ヒナちゃんは彼女に顔を寄せて微笑んだ。
「校舎側からは林に隠れてココが見えないし、下の町からはこの丘の場所が高すぎて見えないよ。」
「・・・」
え、ホントに?
私はキョロキョロと校舎と下の町並みを交互に確認してみる。・・・確かにそうかも。
だから
「・・・うん。」
って頷いた。
ヒナちゃんは再度、私に顔を寄せる。今度は私もその綺麗な顔に引っ張られる様に顔を寄せた。そして彼女の柔らかな唇に自分の唇を重ねる。
『ザァ・・・』
とまた風が吹き、私達を包み込むように駆け抜けていく。
ヒナちゃんの唇は相変わらず柔らかくて温かい。それに少し甘く感じるのは気のせいかな?
私はそっと彼女から唇を離すと笑った。
「まるで映画かドラマのシーンみたい・・・」
そう言うと、ヒナちゃんは突然私の手を離して其の両腕ごと「ガバッ」と私を抱き締めてきた。
「!」
そしてさっきよりも激しく口づけてくる。
「・・・ふ・・・う・・・」
余りの激しさに思わず声が漏れ身を少し捩ってしまった。けど、私は止めて欲しく無くてヒナちゃんの制服を強く掴んだ。
口づけては離し、また口づける。彼女の舌が私の口の中に滑り込んでくると、私もそれに応じて舌を絡ませる。身体が時折ピクリと震えてしまうけど気持ち良すぎて止めたくない。
「ハァ・・・」
やがて吐息を漏らしながら私達は唇を離した。
濡れた唇をヒナちゃんがペロリと舐めるのを見て、私も真似をする。
「ふふ。」
ヒナちゃんの笑顔がとても綺麗で私は彼女に抱きついて耳元に囁く。
「幸せ。」
ヒナちゃんが草むらに腰を下ろした。
「座りませんか?」
・・・え?
私は一瞬だけ首を傾げたけれど直ぐに理解した。
1年前のあの日、ヒナちゃんが『マリーベル様』の私に掛けたてくれた言葉だ。
「ありがとう御座います、ヤマダ様。」
私は微笑んで彼女の隣に座る。
「・・・プッ・・・アハハハ。」
懐かしくて、むず痒くて、私達は笑ってしまう。
2人で町並みを見下ろす。
「もう、1年前か・・・。懐かしいね。」
ヒナちゃんの言葉に私は頷いた。
「うん。・・・そしてお母様が亡くなって『幸せ』を失った私に、もう1度『幸せ』が訪れた日。」
「・・・」
「ヒナちゃんは私の幸せそのものだよ。」
何度でも伝えたい言葉を私は口にする。
ヒナちゃんは嬉しそうな顔をしてくれる。
「あたしもだよ。・・・マリに出会えて本当に良かった。」
「ふふふ。」
2人して見つめ合い照れ臭げに笑い合う。それから、私達は修学旅行の話に始まり、この1年の思い出話に浸った。
気が付けば、もう辺りはオレンジ色に染まり始めていた。夕方だ。
「綺麗な色だね。」
私は町並みを見下ろして呟いた。
「うん、そうだね。」
頷くヒナちゃんに私は寄りかかった。ヒナちゃんも私に重心を預けてくる。
「・・・」
ヒナちゃんの温かさが、柔らかさが、どんどん私を加速させていく。
「はぁ・・・」
もう無理。我慢出来ない。私は吐息を漏らして立ち上がった。
「マリ?」
怪訝そうなヒナの手を掴むと、彼女を立ち上がらせてその華奢な手を引きながら林へと歩いて行く。
「マ・・・マリ、どうしたの?」
後ろから慌てた様に問い掛けるヒナには答えずに私は無言で林の中に入った。そしてそのまま1本の大樹にヒナを押しつける。
「マリ?」
何かを言い掛けたヒナは私を見て息を呑んだ様に言葉を止めて、私を見つめた。
「マ・・・マリ・・・」
そう言ったきり、ヒナの口が止まる。
「ヒナ・・・」
私の口から漏れた声は、自分でも驚く程に妙な艶っぽく聞こえた。
でも、そんなの関係無い。私は自分の気持ちを吐露する。
「・・・もう無理・・・」
「マ・・・マリ、急にどうしたの?」
ヒナは私を落ち着かせようとする。けど、もうムリ。
「急じゃ無いよ。私、ずっと我慢してたよ。・・・2日目の夜から。」
あ。ヒナちゃんの口がそんな形になった。
私はそのまま伝え続ける。
「そしてさっきのキスと・・・その後ヒナに寄りかかってた時に感じたヒナの温かさと貴女から漂ってきた香りが・・・我慢の限界を超えちゃった。」
私の視線にヒナはたじろいだ様に言う。
「マ・・・マリ・・・此処、まだ外だし・・・ね?」
大丈夫、優しくするから。
私は両手を伸ばすとヒナの頬に両手を添えて顔を寄せた。そして私は何かを話そうとするヒナの綺麗に整った唇を私の唇を塞いだ。
「・・・っ」
ヒナが私のキスに翻弄されてくれるのがとても嬉しい。私は何度もヒナの唇にキスをしては離し、首筋にキスをしては舌を這わせた。
「あ・・・」
ヒナの口から可愛い声が漏れてくる。
いつものベッドの中じゃ無い。此処は外だ。下手に声を上げれば、その声は今もソヨソヨと吹く穏やかな風に乗り、この林間を突き抜けて誰かの耳に届いてしまうかも知れない。
ヒナは口をキュッと結んで声を漏らさぬように堪えながら、私の攻めに堪え続けた。その姿が愛らしくて。
「ヒナ・・・可愛い。」
私は呟いて微笑んで見せる。
「・・・」
ヒナは虚ろな瞳で私を見つめブルリと震える。
でも今はキスだけじゃ満足出来そうに無い。
ヒナの首筋に左手で触れ、そのまま下に撫で下ろした。その手が膨らみに達した時、ヒナは慌てて私の手を掴んで言った。
「マ、マリ!此処、外だよ!?」
わかってるよ。でも、ヒナが嫌がるならこれ以上はやらない。
私はジッとヒナを見つめて言った。
「いや?嫌なら止める・・・。」
「・・・」
ヒナの瞳が揺れる。
「・・・嫌じゃ無い。」
やがてヒナは目を逸らしながら小さく言って、掴んだ私の腕をゆっくりと離した。
嬉しい。私、頑張るからね。私を感じてね。
私はヒナの制服の中に手を入れるとブラウスのボタンを外してスルリと手を忍ばせた。
ヒナの滑らかな肌を撫でるとヒナは身を震わせる。私はヒナのブラを肩から片方外して胸を覆うカップをズラすと、そのまま彼女の膨らみに触れた。
「!」
ビクンとヒナが身を竦める。
手を動かし続けると、次第に彼女の息が荒くなってくる。
修学旅行の時よりも身体が敏感になっているのか、ヒナは私の手の動きの1つ1つに翻弄されて遂に声を漏らし始めてしまう。
「・・・は・・・あ・・・」
その声が、顔が堪らなくて私は彼女の耳元に囁く。
「ヒナ、可愛い。」
「!」
ヒナはその囁きにビクンと震えると、ヘナヘナと腰が砕けて大樹の根元に座り込んでしまう。私もヒナに合わせて一緒にしゃがみ込んだ。
荒い息を吐くヒナを覗き込む。
「・・・ゴメンね、調子に乗っちゃった。」
ヒナは首をユルユルと振った。
「いいよ。けど・・・ちょっと疲れた。」
良かった。怒って無かった。
「帰る?」
私が尋ねると
「少し、休む。」
ヒナちゃんはそう言って、そよぐ風に身を委ねる。
私は乱してしまったヒナちゃんの制服を直し始める。ただ、ヒナちゃんの表情が艶っぽくて顔の火照りが収まらない。・・・私がこうしたんだよな。
ヒナちゃんはやがて私に呼び掛けた。
「マリ。」
「なあに?ヒナちゃん。」
「2日目にアイナが言ってた話の件だけど。」
「!」
一瞬だけドキリとして手が止まってしまった。けど、平静を装って頷く。
「うん。」
ヒナちゃんは少しだけ逡巡した様子だったけど、直ぐに話し出した。
「あたしは元々、侯爵が動くとしたら第2王子の立太子が出来る3年後、つまりあたし達が高等部の3年になった年が危ないと思っていたの。」
「うん。」
私もそう思っていた。
「でも王子が此処まで阿呆な奴だとすると、正直判らなくなった。・・・だからね、マリ。あたし、マリが婚約者になった裏の事情をお父様に話してアドバイスを貰おうと思うの。」
「・・・」
ソレって・・・どういう事・・・?
「ひょっとしたら、そのせいでマリとの交友を止めろと言われる可能性も在るわ。」
嫌だ。イヤ。ソレだけはイヤ。
「いや・・・」
急激に視界が滲む。
そんな私をヒナちゃんは抱き締めた。
「大丈夫。その時は全部を捨てて、貴女を連れて何処へでも逃げる覚悟は在るから。・・・どんな形になっても決して貴女を1人にだけはしない。必ずあたしが隣に居るから。」
隣に・・・。
「・・・ヒナちゃん・・・」
でも・・・と思う。ヒナちゃんのご家族を思う。あの優しい方々を。どんな事になっても絶対にあの方達を悲しませてはダメだ。例え私が1人になるとしても。ソレだけはやってはいけない。
私は震える身体を押さえながら首を振って言った。
「ダメだよ、ヒナちゃん。・・・ヒナちゃんがあの素敵なご家族を捨ててはダメ。それだけはしちゃダメだよ。私ね、ハナコ様もシルヴィア様もテオ君もライラさんも大好き。あの方達を悲しませる様な事だけはしたく無いの。・・・私は大丈夫。1人でも頑張れる。ヒナちゃんから素敵なモノを沢山貰ったから。」
ヒナちゃんは更に強く私を抱き締めてくれる。
「わかった。でも、絶対あたしは貴女を離さない。だから、お父様に相談するね。」
私はヒナちゃんに微笑んだ。
「うん、有り難う、ヒナちゃん。」
私、この人に会えて本当に良かった。




