M48 おバカ
「断った・・・って、何で!?」
余りにも意外な話の流れに、あたしは素っ頓狂な声を上げてフレアに問い質した。
「・・・。」
「フレア!!」
あたしが強く先を促すとフレアはポツリと言った。
「エオリア様に迷惑を掛けたく無くて・・・。」
「迷惑?・・・いや、だってエオリア様から誘われたんでしょ?」
「うん。」
訳が解らん。
フレアがエオリア様に無理強いして両親に会わせてくれと言ったなら未だしも、エオリア様から言ってきているのに迷惑って・・・。
「フレア、貴女が迷惑になりたくないって言う意味が解らないわ。」
「・・・。」
フレアの双眸から涙が零れ始める。
「・・・。」
あたしは黙ってフレアの肩を抱き寄せた。
此れまでずっと彼女なりに色々と考えていたみたいだ。話し出すまで待とう。あたしはずっと黙って彼女の肩を抱き締めた。
「私もね、アイナと同じで余り時間が無いの。」
フレアは落ち着いたのかポツリポツリと話し始めた。
「この夏休みに実家に帰れば『婚約伺い』に手を着けなくちゃいけなくなるの。・・・だからエオリア様に誘って貰った時は凄く嬉しかった。」
「・・・うん。」
「でもね・・。」
フレアがグッと両手を握る。
「・・・エオリア様は伯爵様でしょ?」
「うん。」
「私は男爵家の娘だわ。」
「そうね。」
やっぱり『1つ飛び』を気にしてるのか。
「1つ飛びを気にしているの?」
「・・・そのくらい乗り越えていけると思ってた。」
「そうよ。」
あたしは強くフレアの手を握る。この子の明るさとエオリア様の支えが在れば大丈夫だと思いたい。
「でもね、私と婚約を結ぶ事でエオリア様の恥になってしまうと知ってしまったら・・・其れは堪えられないわ・・・。」
恥?
「恥って・・・?」
俯いたフレアの瞳から再び涙が零れ始める。
「私なんかがエオリア様の婚約者になったら・・・商売しか取り柄の無い卑しい下級貴族の娘に籠絡された情けない令息だって、社交界の笑い物に・・・馬鹿にされるらしいの。」
何ソレ。
あんまりにも情けない考え方に血の気が引くような思いがした。
「だから・・・私は・・・エオリア様の事は・・・。」
「フレア・・・。」
何て言えば良いんだろう。言葉が見つからない。
「私・・・悔しい・・・。」
フレアはポロポロと涙を流し続ける。
「お父様は頑張ってるわ。いつもニコニコと笑いながら・・・私達家族と商会とこの国の為に懸命に頑張ってるわ・・・私だってエオリア様を籠絡なんて・・・してない・・・。」
あたしはフレアを強く抱き締めた。そんな事、もちろん知っている。
気が付けばあたしも涙を流していた。知らないうちにフレアがこんなに傷ついていたなんて。
「・・・そんな事、言われたくない・・・。」
そうだね。そんな事言われたくないよね・・・。
・・・ん? ちょっと待って。聞き捨てならない。
言われたくない?
誰に?
「フレア。」
あたしは抱き締めた腕の力を緩めて彼女を見た。
「言われたくない・・・って誰かにそう言われたの?」
「・・・。」
「フレア!」
其処はハッキリさせたい。
「・・・誰とは言いたくない・・・けど、私が婚約者になったらエオリア様に迷惑が掛かるって、何人かの御令嬢に言われた。」
誰だ。そんな事言った奴は。
「ウチのクラス?」
フレアは無言で首を振る。
・・・まあいい。そんな奴らの事は今は放って置こう。
其れよりも今はフレアだ。ったく、この健気なお馬鹿さんは・・・。
「このおバカ。」
あたしは俯く彼女をコッチに向かせて言った。
「そんなに我慢して・・・そんな風に身を引いて貴女は後悔しないの?」
「・・・。」
彼女の大きな目があたしを見てクリクリと揺れる。・・・けど、やがて苦しそうに頷いた。
「本当に?」
「・・・。」
あたしはワザと凄く意地の悪い言い方をした。
「・・・今まで貴女が居たエオリア様の横に、違う御令嬢が立っていても平気?彼の笑顔がその人にだけ向けられても?・・・生涯、その人を妻と呼んで愛して、貴女の事を彼が思い出さなくなっても本当に堪えられる?」
途端にフレアの目から凄い量の涙が溢れ出た。そして。
「・・・いや・・・。」
彼女はそう言った。
「忘れて欲しくない・・・。」
そう言って彼女はあたしにしがみついてきた。
あたしも彼女の震える背中を抱き締めた。
「ゴメン。凄く意地悪な言い方をしたね。でも、其れが貴女の本心でしょ?」
「うん・・・うん・・・。」
「じゃあ、諦めてはダメよ。」
前世で剣道部主将をあっさりと諦めてガールフレンドに走ったあたしが言うのも何だけど、フレアには簡単に諦めて欲しくは無い。
「でも、エオリア様に本当に迷惑が掛かって・・・本当に嫌われてしまったら・・・。」
不安を拭いきれないフレアにあたしは小さく嘆息する。
まあ、フレアの言いたい事、懸念は解る。でも、とあたしは思う。
「ねえ、フレア。第三者視点で言わせて貰うとさ、エオリア様って頭が良い方だと思うのよ。かなり計算高い処が在るって言うか・・・。」
「・・・?」
あたしの言わんとしている事が解らないのか、フレアはあたしを見上げて言葉の続きを待っている。
「つまりね、貴女を婚約者に選ぶ事で周りが何を言うか、なんていう事はとっくに理解していると思うのよ。だから、其れがもし嫌だったら、そもそも貴女を実家に誘ってなんかいないと思うわ。」
「・・・。」
「だってそうでしょ?わざわざ関係をゴタつかせる必要なんて無いんだもの。貴女がいずれ誰かと婚約するまで、今のまま楽しく貴女と遊んでおけば良いじゃない。」
「酷い・・・。」
ポツリと呟くフレアにあたしは苦笑いした。確かに今の言い草は酷い。
「ゴメンゴメン。でも、エオリア様はそうしなかった。其れはそんな周りの言葉なんかどうでも良いと思える程、貴女を婚約者にしたいと望んだからじゃない?」
「・・・。」
また、フレアの目に涙が溜まっていく。
「・・・どうしよう。もしそうなら、私、エオリア様に酷い事を言った。」
「そうだね。」
あたしはフレアの髪を撫でる。
「だから、もう一度エオリア様と話をしてみよ?」
そう言うとフレアは俯いた。
「でも、どうやって・・・。」
うん、そうだね。今更呼び出すのは気が引けるよね。うーん・・・どうしようかな。
「・・・エオリア様って、寮にいるよね。」
「多分・・・。」
よし。
「フレアは此処に居なさい。あたしがエオリア様を呼んでくるから。」
「え・・・でも・・・」
戸惑うフレアの両頬をあたしはグニッと両手で挟んで押しつぶした。
「でもじゃない。覚悟を決めてエオリア様にちゃんと本音を話しなさい。上手く行かなかったら其処で初めて諦めなさい。でも、伝えるべき事は確りと伝えること。良いわね?」
「・・・。」
ムニッと挟まれてヒョットコみたいな口をしたままフレアはあたしを見て、そして頷いた。
「よし。」
あたしは笑った。
「ありがとう、ヒナちゃん。」
「良いのよ。少し時間は掛かると思うけど・・・待ってなさい。」
「うん。」
やっと少しだけ笑ったフレアに安堵してあたしは男子寮に走り出した。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
あたしはエオリア様を呼び出すと、パーゴラでのフレアと交わした内容を彼に話した。
「・・・。」
エオリア様は絶句していた。
「そんなにも彼女を傷付けていたなんて・・・。俺はてっきり、フレアは其処までの関係は望んでいなかったんだとばかり・・・。」
あたしは首を傾げる。
「うーん・・・傷付けたのはエオリア様では無くて、其のどこぞの令嬢達ですけどね。」
「一体誰なんだ、そんな事を彼女に言った奴は・・・。」
すんごい怖い怒りの形相がエオリア様の整った表情に浮かびあたしは思わず仰け反る。
「おおぅ・・・エオリア様、お顔が怖いです。」
「あ、ああ、失礼。」
エオリア様の表情から怒りの形相が消える。
「誰かはあたしも聞いてません。あの子も言いたく無い様ですし。」
「そうか・・・。」
「そんな事よりも。」
あたしは話を元に戻す。
「エオリア様。お覚悟は御座いますよね。」
「当然だ。彼女を婚約者に据えられるのならば、周りの悪評など聞くに足りない些末な事だ。」
エオリア様は即答で力強く答える。
よし。
頷くあたしをエオリア様は面白そうに見る。
「君は大したモノだな。」
「ん?」
「俺はフレアが傷付けられた事に我を忘れかけたのに君は『そんな事』と冷静に割り切ってしまう。」
「ふふふ、そう見えます?」
「・・・違うのか?」
あたしは笑顔を崩さぬように気を付けながら言った。
「そうですねぇ・・・。今、目の前にその令嬢達が現れたらグーで殴り飛ばしてしまうだろうな・・・と思うくらいにはハラワタが煮えくり返ってますよ。」
「そ・・・そうか。」
おい、引くんじゃ無い。
あ、そうだ。肝心な事が有った。
「あと、御両親への説得も頑張って下さいよ。」
「其れはとっくに済んでいる。」
え?
「済んでるの?」
あ、やば・・・地が出た。
「勿論だ。実家に誘っておいて、彼女に恥は掻かせられない。」
・・・エリオット様と言い、生徒会長達と言い、この世界の御令息達はやる事が早い。
「って事は、御両親は納得されていると言う事ですか?」
エオリア様は頷いた。
「元々、カール商会は鼻の利く貴族達の間ではハナコ商会と並んで注目されていたんだ。下世話な話になるけど貴族だって金は必要だからね。普段はともかく、いざと言うときに金銭的な支援が期待出来る家とは縁を結んで置きたいものさ。」
「なるほど・・・。」
「だからフレアの話をした時も、両親はフレアの為人を確認した後は直ぐに『一度連れて来い』と言っていたよ。」
「なるほど・・・。」
あたしはポカンと相づちを打つ。
エオリア様はそんなあたしを見て苦笑した。
「解っているのかな? つまり、君も婚約者候補の1人として色々な貴族の勘定に入っているんだよ?」
「は?」
あたしが?ご冗談でしょ?あたしはマリ一筋です。
「い、いや、あたしの事はいいんですって。でも、そっか。じゃあフレアについては何も問題は無いんですね・・・。」
っつーか、何だコレ。最初から何処にも問題は無いじゃない。
エオリア様も最初からその事をフレアにちゃんと伝えて下さい!・・・何かエリオット様といい、エオリア様といい、肝心な事を相手に伝えていない様な気がする。・・・まあ、しっかりして居る様に見えてもまだ子供だしね。仕方無いか。
何だよ。じゃあ、教えるか。
「では、学園裏のパーゴラに行ってあげて下さい。」
「え?」
「フレアが待ってますよ。」
「え!?」
「貴男がとっくに覚悟が出来ている事、御両親を説得済みである事を教えてあげて下さい。」
「解った!ありがとう!恩に着るよ!」
猛ダッシュで走り出したエオリア様の後ろ姿をあたしはニコニコ顔で見送った。うん、良い仕事をしたわ。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
寮の部屋に戻ると3人があたしを待っていた。
「どうだった?」
3人が心配げな表情であたしを覗き込む。
「んー・・・まあ、大丈夫じゃないかな?」
少し考えてあたしはそう答えた。あの流れで変な方向に行く事は無いでしょ。
「結局、フレアさんは何に悩んでいたの?」
マリが尋ねてくる。
何と答えれば良いものか・・・。悪口を言ってきた令嬢の事とか、フレアは余り話したく無さそうだった。
当たり障りの無いところだけ伝えとこう。
「やっぱり『1つ飛び』の事で悩んでいたみたい。」
「そうなんだ。」
「で、エオリア様にその事を話したら『そんな心配は要らない』って。今、フレアと話をしている筈よ。」
「そっか。」
3人の表情が落ち着いた。
「・・・。」
本音を言えば3人にも真相を話してあたしが令嬢達に抱いている怒りを共有したい。
エオリア様と良好な関係を築いているフレアの存在が面白く無くて「仲良くするな」と文句を言うくらいは正直に言えば全然怒る事じゃない。令嬢からしたら寧ろ当たり前の感情だと思うし。
でも、実家を蔑むのはルール違反だろ。其れは言っちゃいけない。敢くまでもコレはフレアと令嬢達の感情の問題であって家は関係無い。
いや貴族である以上、婚約などが絡んできたら関係は在るけど、ソレは高等部に進学して法的に婚姻が許されるようになってから家を通してやり取りする話で、一人前じゃ無い者同士が口にして良い内容じゃ無い。況してや家を蔑むなど品位の欠片も無いだろ。
そしてあたしが何より許せないのは、フレアに対して『籠絡した』と言った令嬢達の一言だ。
例えばフレアがエオリア様だけで無く、他の御令息とも同じように親密な関係を自分から構築していったなら、確かに令息達を『籠絡』したと言えるだろう。
でも、フレアはそんな事はしていない。エオリア様の両隣りにはいつもエリオット様とリューダ様という絶世の美少年が居ながら、彼女の目はエオリア様しか映していない。
そんなもん、どう見ても一途な『恋心』だろうが。そんな想いを『籠絡』なんて言葉で汚して良い筈が無い。いくら僻んでいて冷静じゃ無かったとは言え、そんな言葉を使うな。
本当は、その言葉だけでも撤回させてフレアに対して謝らせたいと思う。・・・けど、フレアは多分そんな事は望まないんだろうな。
だから真相を話すとしても、其れはフレアの口から語られるべきなんだわ。
「まあ夏休みに入っちゃう前に、改善出来そうで何よりだわ。」
あたしはそう言った。
ホントにそう思う。
もしこの事態を知らずにフレアを実家に帰していたら、と思うとゾッとする。
あの子はきっと望まぬ婚約に向けて動き始めてしまい、もしそうなってしまったら改善は絶望的だっただろう。マジで危機一髪だった。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
4人でそのまま夕食を作って食べていると
『コンコン』
とノックがされた。
「ふぁい。」
口に頬張ったベークドポテトをそのままにあたしは返事をした。
「ヒナ、呑み込んでから返事しなさい。」
「ウィ。」
あたしはアイナに怒られながら扉を開けに行く。
予想通り、フレアが其処に立っていた。その表情には笑顔が浮かんでいる。
良かった。
「フレア。」
アイナが立ち上がってフレアを招いた。
「みんな心配してくれてありがとう。」
フレアがペコリと頭を下げる。
「いいのよ。」
フレアにいつもの笑顔が戻った事にみんなホッとした感じだ。
「で、結局、エオリア様とはどうなったの?」
あたしが尋ねるとフレアは頬を紅色に染めて恥ずかしそうに報告する。
「うん。夏休みにエオリア様の御実家に行くことになった。あと、エオリア様もウチに挨拶に来てくれる。」
そっか。
「良かったね。」
あたしが微笑んで見せるとフレアはあたしの顔をじっと見て言った。
「ヒナちゃんって時々凄くお姉さんみたいに感じる事が在るの。なんでかな?」
ギク・・・。
「そうね、私もそう思う。」
とセーラ。
「普段は一番子供っぽいのにね。」
アイナさん・・・。
マリは黙って顔を背けて肩を震わせている。ちょっとマリちゃん?
確かに中身は年齢食ってるかもだけど、身体は同い年齢だからね。そんな言い方は失礼だからね。あと『一番子供っぽい』は傷つく。
でも、ま。
コレで元通りになったかな?
「ふふふ。」
自然と頬が緩んだ。
誤字報告を頂きましてありがとう御座います。
早速、適用させて頂きました。
皆様、これからも宜しくお願い致します。




