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憂愁のヤマダハナコ  作者: ジョニー
チャプター4 2年生編 / 一学期
54/105

M46 私はマリーベル



 ブルリ。


 寒さに身を震わせて、あたしは薄らと目を開いた。




 見慣れない天井があたしに朝の挨拶をしてくる。




 ――・・・ドコだ?ココ。


 と思う間も無く、直ぐにリビングだと気が付く。




「・・・っくしゅん!」


 隣から聞こえて来た、やけに可愛らしいクシャミにあたしは視線を横に向けた。其処にはあたしに身を寄せるようにして眠るマリが居る。


「・・・」


 あたしは無言でマリの肩にコタツの布団を被せた。






 ・・・昨夜は大変な目に遭った。




 あたしが放った不用意な一言が、マリというガソリンの海に特大の火種を放り込んでしまったばかりに、マリの心に大惨事レベルの盛大なキャンプファイヤーが巻き起こり、あたしは見事にその炎に巻き込まれてしまった。




 銀髪の美少女は昨晩、銀色のユキヒョウとなってあたしを美味しく頂いてくれました。




『まだ止めてあげない。』


 その彼女の言葉通り、あたしは随分と遅くまでマリに優しく虐められた。




 何度『やめて』と言ったか判らない。けど、マリはその度にあたしの顔を確認して微笑むとあたしを攻め続けた。


 きっと、あたしが本気で言ってない事を見抜いていたんだと思う。




 昨夜のマリの表情にゾクゾクしたのは嘘では無い。あたしに触れる唇も、這う舌も、艶めかしく動いた指先も、その全部があたしを支配して胸を高鳴らせたのは本当だ。




 少し吊り上がり気味の双眸で挑戦的にあたしを見下ろしながら小悪魔の様な微笑みを浮かべてあたしに触れ続けるマリは、今あたしの横で眠るマリの寝顔からはまるで想像が付かない。




 でも、やられっぱなしは何か悔しい。




「この肉食小悪魔め。」


 あたしは気持ち良さそうに眠るマリのほっぺたを突ついた。




 結局、あたしは昨日はされるが儘で、あたしからは彼女に何もしていない。・・・と思う。多分。


 恥ずかしさと擽ったさと気持ち良さに揉みくちゃにされて、正直な話、後半はもう何が何だか良く覚えていない。




 マリに脱がされた筈のブラウスもいつの間にか着ているし。マリが着せてくれたんだろうか?


 少なくともあたしが自分で着た覚えは無い。




「・・・」


 じっとマリの寝顔を見ていたあたしはそっと顔を寄せた。




「チュッ」


 静かにキスをしたつもりが、思わず力が入ってしまい音が立ってしまう。




 でもマリの柔らかい唇に自分から触れた事であたしも少し満足する。




 でも、このくらいにしておこう。下手に起こして気付かれて、マリのキャンプファイヤーが再燃してしまうと流石にあたしが保たない。って言うか何時間かしたら学園が始まる時間だし。




 と思ったら、マリの目がパチッと開いた。


「!・・・お・・・おはよう。」


 気付かれてないよね?


 あたしは怖っかな吃驚で挨拶の言葉を口にする。




 マリは暫く無言であたしを見た後、


「・・・おはよう。」


 って返してきた。


 そしてその後、


「ヒナちゃん・・・」


「何?」


「今、何した?」


 即座にあたしに訊いてくる。




「別に何も・・・」


 あたしはさり気なく視線を逸らしながらそう答えて起き上がろうとした。




 するとマリの腕が伸びてきてあたしの腕を掴んだ。


「うゎ。」


 バランスを崩したあたしは、また絨毯の上に寝っ転がる。




 マリがズイっと身を更に寄せてくる。


「キスしたでしょ?」


「してないよ?」


「嘘。」


「・・・」


 バレてたか。




「・・・」


「しました。」


 マリに見つめられてあたしは敢え無く白状した。




「寝てるときにキスするなんて酷いよ。」


「ごめん。可愛くってつい・・・。」


「!」


 マリの顔が真っ赤になる。




「そ・・・そう。べ・・・別に良いんだけど・・・今度からはキスする時は起こして欲しいな。」


 こういう風に言うと相変わらずチョロいマリが顔を俯かせてモゴモゴとそう言う。


「え、でも、せっかく気持ち良く寝ているのに『キスしたいから起こす』なんて出来ないよ。」


「いいから起こして。」


「わかったよ。」


 マリに押されてあたしは了承する。




 マリは暫くあたしを見つめると顔を寄せて来た。あたしもマリに少しだけ顔を寄せて唇を重ねる。


 柔らかくて温かい。少し湿ったモノが動き、あたしの唇を少し挟んで吸い付いた。


「・・・」


 顔を離すとお互いに少し微笑み合う。




 マリが仰向けに寝っ転がるあたしの胸の上に「ポスン」と頭を置いた。




「・・・風邪引かなくて良かった。」


「え?」


 あたしはマリの旋毛を見下ろす。


「ヒナちゃん、あの後、グッタリとしてそのまま寝ようとするんだもん。慌ててブラウス着せてショールを掛けたんだよ。」


 やっぱそうだったんだ。




「昨夜のマリは・・・」


「え?」


 マリが頭を上げてあたしを見る。


「・・・凄かった。」


「!」


 見なくてもマリの顔が赤くなったのが判る。


「マリに食べられちゃいそうだった。」


「嫌だった?」


 あたしはマリをガバッと抱き締めて耳元に囁いた。


「気持ち良かった。」


「・・・ヒナちゃん、言い方がエッチだよ。」


「ワザとだもん。」


 マリもソロソロと腕をあたしの背中に回してくる。




 あー・・・温かい。もう少しこのままで。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 今日も雨が降っている。




 部屋の中に居るうちは良いんだけど、外に出るとなると面倒臭い。雨天用のコートとスカーフを身に纏って外出するんだけど傘が無い。


 いや在るには在るんだけど日傘しか使って無くて、雨避け用の傘は在るにも関わらず使っていない。




 思い返せば、中世ヨーロッパを舞台としたアニメや漫画でも雨傘を差しているシーンなんて見た事無かったな。19世紀くらいが舞台の世界だと、雨傘差してる風景も見たけど。




「何で使わないんだろ?」


「ん?」


 朝食を終えて食器を洗っていたマリが振り返る。




「みんな雨が降っても雨傘って使わないよね。」


「そうだね。面倒臭いんだと思うよ。寮から学園まで歩いても10分くらいだし、制服だしね。」


「そっか・・・貴族のお嬢様でも面倒臭いって思うのね。」


 マリが苦笑いをする。


「ヒナちゃんだってお嬢様でしょ?」


 其れこそあたしは苦笑いで返した。


「あたしは文字通りの『なんちゃってお嬢様』よ。何しろ『お嬢様歴1年ちょっと』なんだから。」


「・・・。」




 あたしの返答にマリは微妙な顔をした。


「?」


「ねえ、ヒナちゃん・・・。」


「はい?」


 あたしが首を傾げると、マリは躊躇いがちに言った。




「ヒナちゃんも転生して、もう1年経ったよね?」


「うん。」


「それ以前の記憶って無いのかな?」




 ・・・ある。今までにも何回かデジャブの様に転生前の記憶らしきモノがあたしの頭の中に流れ込んで来た事がある。


 お父様に頭を撫でられたり、お母様に抱き締められたりした時に「懐かしい」と感じる事が何回か有った。


 でも其れを訊くって事はマリも・・・?




「あるわ。・・・マリも有るの?」


 あたしの問いにマリはコクリと頷いた。


「・・・転生した頃は確かに貝崎茉璃の記憶だけだったんだけど、その後に少しずつマリーベルとしての記憶が甦ったわ。」




「・・・」


 何か妙な不安が押し寄せて来てあたしは言葉を返せずにマリの話を黙って聴く。


「少しずつ、少しずつ。マリーベルとしての記憶が甦ったわ。」


「そう・・・」




「ヒナちゃんも1年経ったから少しずつでもヤマダ=ハナコとしての記憶を取り戻して居るんじゃ無いかなって思ったの。」


 さっきからマリの言い方に漠然とした不安を感じる。




 ねえ、マリ?


 貴女のその言い方は・・・。




「ねえ、マリ。」


「なに?」


「・・・貴女は『貝崎茉璃』なの?それとも『マリーベル』なの?」




「・・・私の名前はマリーベル。マリーベル=テスラ=アビスコートよ。」




 ゾクリとした。


 一瞬、あたしの目の前に立っている彼女が誰なのか判らなくなった。




「マリ・・・。」


 あたしの表情から不安を読み取ったのか、マリはあたしの横に座って安心させる様に微笑んだ。


「ゴメン。怖がらせちゃったね。」


「・・・平気。」




 嘘。ホントは全然平気じゃ無い。




 突然に転生してきて不安を感じていた処に現れた『貝崎茉璃』と名乗る同じ転生者の女の子。同じ境遇の子が居るから大丈夫。その思いがあたしを落ち着かせていてくれたのに、その女の子は単に前世の記憶『貝崎茉璃』を持っているだけで、本当はこの世界の住人『マリーベル』なのだとしたら。




 今まで寄る辺にしていた物が崩れ去ったかの様な喪失感すら感じている。




「ヒナちゃん、ちょっと私の話をするね。」


「・・・うん。」


 あたしは頷いた。


 いつもと変わらないマリの声があたしを少しだけ落ち着かせてくれる。




「私が貝崎茉璃の記憶を取り戻したのは6才の時。その時の私は間違い無く『貝崎茉璃』だったよ。でも、少しずつその前のマリーベルの記憶があたしの中に出て来た。ふとした時に思い出すって感じ。」


 ・・・其れは今のあたしと同じだ。


「そして4年も経つと私はマリーベルの過去の記憶の殆どを思い出したと思う。と、言っても3~4才くらいからの記憶だけど。・・・そして段々と実感したわ。私はやっぱりマリーベルなんだって。マリーベルの身体を奪った貝崎茉璃では無くて、マリーベルとして生まれた私が6歳の時に、前世の貝崎茉璃の記憶を思い出したに過ぎないんだって。」


「・・・。」


「思い出した当初は、一気に貝崎茉璃の記憶が甦ったから、あたかも自分が貝崎茉璃からマリーベルに転生したような錯覚をしていたけど・・・時間が経つとそうでは無いと自然に思えたわ。」




「あたしもそうなるのかな?」


 あたしが尋ねるとマリは首を振った。


「判らない。でも、思い出し始めているなら自然にそうなっていくんだと思うよ。・・・ただ、時間は掛かると思う。私は精々が2~3年の間の記憶を取り戻すだけだったけど、ヒナちゃんは・・・。」


 マリは少し上を見上げて考えてから再び口を開いた。


「ヒナちゃんは、仮に3才くらいの記憶から取り戻すとしても10年分のヤマダ=ハナコの記憶を少しずつ取り戻す訳だから・・・少なくとも10年くらいは掛かるんじゃ無いかな?」


「そう・・・。」




 記憶喪失。


 強い衝撃が一時的に過去の記憶を消してしまう現象。『前世の記憶』と言う膨大な情報量が何かを引き金にして一気に流れ込んで来てしまったから、脳が自分を護る為に其れまでのヤマダ=ハナコの過去の記憶を手放したのだとしたら・・・?


 少しずつ・・・か。


 どうなんだろう? やっぱり乗っ取られて行く様な不安は有るんじゃないかな?




「マリは・・・怖くなかった?」


「ん?」


「自分が・・・自分の認識が・・・違うモノになって行く様な不安は無かった?」


 あたしの問いにマリは少し寂しげに笑った。


「私は、前世に・・・貝崎茉璃の人生に・・・何の未練も無かったから・・・不安は無かったかな。」


「そっか・・・。」




 あたしはどうだろう・・・なんて思う迄も無い。未練だらけだ。


 そもそも、何であたしがこの乙女ゲーの世界に転生したのかが判らない。いや、もう転生と言って良いのか判らないけど。でも、前世で死んだ記憶なんて無い。気が付いたら此の世界に居たんだ。事実はどう在れ、あたしはそう言う認識だ。




 其れに少なくともあたしは風見陽菜の人生を謳歌していた。不満はたくさん有ったけど、捨ててしまっても良いと思えるモノでは無かった。


 家族、友人、好きになった人達、言葉にこそしなかったけど恋人の様な関係だったアヤ。




 全部、大事な思い出だ。この思い出が、気持ちが、薄まっていってしまうのは怖い。




 一旦は収まっていた恐怖が、再びぶり返してきてあたしは思わず目を瞑った。




「ヒナちゃん・・・。」


 マリはあたしをそっと抱き締めてくれる。


「私ね・・・マリーベルの人生にも大して思い入れは無いの。・・・大切に思えるのはお母様との思い出くらい。」


「・・・。」


 あたしは幼子の様にマリに抱かれながら黙って彼女の話を聴く。


「だから、お母様が亡くなってからは・・・まるで人形の様だったわ。お母様が亡くなってからのマリーベルの人生は貝崎茉璃の人生よりも酷いモノだったし・・・心を殺してしまわなければ、自分を保てなかった。」




 そう・・・だろうな・・・。聴いただけでも酷い人生だもの。あたしだったら堪えられない。




「でもね・・・。」


 マリはあたしに優しく微笑んだ。


「去年の五草会で・・・私の死んでいた心は生き返ったのよ。・・・貴女に会えた事で。」




 ドキンと胸が高鳴る。


 優しく、温かく、そして甘く微笑んであたしを見つめるマリの顔にあたしの心は引き寄せられた。




「マリ・・・。」


「私はもう貝崎茉璃では無い。マリーベルだわ。でも・・・今、私の心を支えてくれているのは、マリーベルでも、その周りを取り囲む環境でも無い。・・・私を支えてくれて居るのは・・・貴女が美しく微笑んで呼んでくれる『マリ』って名前よ。」


「!」


「私はマリーベルで在ってマリーベルでは無い。私は『マリ』。貴女が名付けてくれた『マリ』よ。」




 ジワリと視界が滲む。


 何気なく呼んでいたマリという呼び方に、そんなにも価値を見出してくれていた事がとても嬉しかった。




 そうだ。あたしもマリに『ヒナちゃん』って呼んで貰ってるじゃないか。マリが側に居てくれてるじゃないか。彼女が側に居てくれれば、不安に思う事なんて無いじゃないか。




 風見陽菜の記憶は大事。でもヤマダ=ハナコとしての今の人生も大事。何よりマリが大事。今は其れで良い。


 あたしが不安に感じている事も、自然に受け容れられる時が来るかも知れない。


 マリの様に、やっぱりあたしもヤマダ=ハナコとして生を受けていて、風見陽菜の記憶を思い出しただけなのかも知れない。だとしても、マリが側に居てくれさえしたら何だか乗り越えられそうな気がしてきた。




 あたしはマリに微笑み返した。


「マリ。」


「ん?」


 精一杯の心を込めてあたしはマリに告げた。




「大好き。」




 マリの顔が見る見るうちに真っ赤になる。


 そして力一杯、抱き締められた。


「ぐぇ・・・。」


 情けない声があたしから漏れる。




 マリはあたしに囁いた。


「私も・・・大好き。」




 ヤバい。嬉し過ぎる。


 此れから学園に行こうっていう時なのに・・・違う事がしたくなる。いやいや、自重自重。









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[気になる点] >「マリに食べられちゃいそうだった。」 まだ喰べられていない所が!? [一言] 哲学ですね
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