M44 乾坤一擲
5月の最終週。
あたしは実家に帰った。お仕事で国外に出ていたお父様が帰って来ていたので。そしてマリの事を話した。
第一王子との婚約の裏話を。
アビスコート侯爵が、第二王子アルベルト様推しの筆頭であるゼスマイヤー公爵に取り入り、マリーベルを第一王子ライアスの婚約者に仕立て上げて失墜の一助にしようとしている事。
王家も拒み切れず、アルベルト様の立太子の儀までの仮初めの婚約者としてマリーベルをライアスの婚約者として受け入れた事。
そして時が来たら、マリーベルを疵物にして王家が婚約を正当に破棄出来る状況を作り出すつもりである事。
それら全てが上手く成った暁には、アビスコート侯爵は王家に忠義を示せる上にゼスマイヤー公爵と親戚筋に成れる事。
お父様は眉間に皺を寄せて聴いていらっしゃった。
「そんな話が在ったのか・・・」
「はい・・・」
あたしはゴクリと生唾を飲み込んでお父様の反応を伺った。
多分お父様にして見れば、娘の友人の事情が想像以上にキナ臭い事に危機感を感じていらっしゃるだろうな。
『もう付き合うのは止めなさい。』
と来るのが、あたしの知る一般的な親の意見だ。
大商会の会長たるお父様であれば、その辺りの危機察知能力は其処らの人達とは比較に為らない筈だ。でも、お父様にはそれ以上に物事を利用する能力に長けているとも思う。あたしが掛けたのは其処の部分だ。
「ヤマダ。」
「はい。」
その呼ばれ方も久しぶりだ。盛大な違和感を感じるがそれどころじゃ無い。
「お前はいつから其の話を知って居たんだい?」
「・・・マリーベル様とお友達になった時からです。」
「何故、直ぐに話してくれなかったんだい?」
――良くない方向に向かっている気がする。お父様の目を見て、あたしはそう思った。
「・・・甘く考えて居ました。あたし達だけでも何とか出来ると。」
『あたし達だけ~』ってのは嘘だ。いつかはお父様の助けを借りようと思っていた。でも、其れは高等部の3年生辺りで相談したら良いと思って居た。
甘い考えだった。事態は流動的に動くモノだと言う事をあたしは認識して居なかったんだ。
「ふむ。」
お父様はあたしをジッと見た。
「・・・つまり『自分は甘かった』とヤマダに思わせる『何か』が在ったんだね?」
ホント鋭い。誤魔化す気すら起きない。まあ、元々そんな気は無いけど。
あたしは素直に頷いた。
「はい。」
お父様の視線が少し和らぐ。
「言ってごらん?」
あたしは修学旅行時にアイナから聞いたライアス絡みと思われる不祥事疑惑の件を話した。
お父様の端正なお顔が渋面に彩られる。
「その事か・・・なる程・・・。」
「それで・・・そう言う事がコレからも有るかも知れないと考えたら、とてもあたし達だけで対応出来る様な事では無いと気付きまして・・・。」
あたしが恐る恐る言うと、お父様は珍しく肩を震わせて笑った。
「年齢の割にはしっかりしていると思うけど、やっぱり未だ子供だね。」
そう言ってお父様はあたしの頭を「コツン」と軽く小突いた。
「本当なら怒らなくてはならない処だが・・・まあ、自分が間違っていた事に気付いている様だし今回は不問にしよう。ただ、次にこんな隠し事をしたら厳しく怒るからね。」
ゾォッとなる。ヤバい。お父様を怒らせるのはヤバい。怒らせたくない人NO.1だ。
「肝に銘じます。」
あたしが頭を下げるとお父様は「ヨシ」と頷いて下さった。
お父様は思案する様に顎に手を当てながら、あたしに尋ねた。
「ヤマダはマリーベル嬢と付き合っていくのかい?」
「!!」
来た。あたしは睨むくらいに視線に力を込めて頷いた。
「はい。絶対に彼女を護りたいです。」
「うむ。」
お父様は何だか満足げに頷かれる。
あれ?いいの?
あたしの訝しげな視線に気付いてお父様が首を傾げた。
「どうした?」
「いや・・・その・・・宜しいのでしょうか?・・・反対されると思っていました。」
あたしの返しにお父様は微笑んだ。
「お前が中途半端な気持ちで友達付き合いを続けたいと言ったなら反対したよ。・・・でも、お前はどうやら本気の様だ。正直に言えば・・・お前が其処まで覚悟を決める程、大切に思える友人に出会えている事が嬉しいんだよ。」
何か・・・感動してしまった。思わず目から涙が零れてしまう。お父様は優しい手つきであたしの涙を拭ってくれると話を続ける。
「それに私もお母様もマリーベル嬢の事は好ましく思っている。そんな話を聴いてしまっては何とか助けたいと思いもする。」
お父様はそう言って少し思案する。
「ヤマダ、マリーベル嬢に確認して欲しい。彼女はアビスコート侯爵家に未練は有るのかどうか。2度と戻れなくなっても良いかどうか。」
「はい、必ず確認します。」
やった!一か八かだったけどお父様を味方に付けられた!
コレは大きいわ!お父様の顔の広さと財力は、其処らの上級貴族なんて相手にならないくらい強力だもの。
こう言うの何て言うんだっけ?・・・乾坤一擲?
とにかくあたしは心の中でガッツポーズした。
「あと、決して2人で何かを仕掛けたり探ったりはしない様に。思いついた事や気が付いた事が有ったら直ぐに知らせなさい。良いね?」
「はい、仰る通りにします。」
あたしは頷く。
それと・・・。
「お父様。」
「なんだい?」
「ライアス殿下の件は本当なんですか?」
「・・・」
お父様の顔が再び渋面になる。・・・けど、やがてお父様は首肯した。
「本当だ。・・・こんな話は娘のお前にはしたく無かったんだがな。ライアス殿下は昨年の1年で6人の伯爵令嬢と肉体的な関係を持ち妊娠させた。・・・王となった後の事なら、令嬢達の立場が悪くならない様に如何様にもフォローは出来る。しかし未だ王子の身分で、況してや婚約者の居る身で、そんな淫らな真似をされては王家としてもフォローの為ようが無い。」
「・・・」
「だから、王子は『病気に因る長期療養』と言う名目で謹慎させられた。そして王家の不名誉を喧伝せぬ様にと各伯爵家には言い含めた上で、地位の向上を約束したそうだ。各伯爵家は是れを受け入れて、自分の娘に堕胎させた上で国外の学園に転園させたらしい。」
「・・・」
「ヤマダ・・・」
お父様はあたしの目から流れて止まらない涙を拭い続けて、終いにはあたしを抱き締めた。
酷すぎるわ。令嬢達は未だ13か14才くらいの子供よ?傷付けられた子供がなんで大人の都合だけでそんな追い遣られる様な目に遭わなくてはならないの?
しでかしたゲス野郎は謹慎で済んで、令嬢達は事実上の国外追放じゃん。
「お父様・・・」
まだ少し嗚咽の止まらない声であたしは口を開いた。
「何かな?」
頭の上からお父様の優しい声が聞こえてくる。
「あたし、学園でたくさん友達が出来ました。」
「うん。」
「いけ好かない貴族子女だと思っていた学園の人達は、生徒にも先生にも、気の良い人が沢山いる事を知りました。入学した当初は学園の人なんてどうでも良いと思って、お父様に『こんな国に未練は無い』と言いましたけど・・・」
「今は離れたくない気持ちが強いんだね?」
あたしは気まずくてお父様の胸に顔を埋めたまま頷いた。
お父様はあたしの頭を撫でながら仰る。
「お前ならいつかそう言ってくるだろうと思っていたよ。・・・大丈夫。安心しなさい。この国の王族があの王家である以上、本店を国外に移すのは変わらないがこの国の民衆や貴族達と縁を切るつもりは無い。例えばお前が繋いでくれたシルバニー家やカール家などとは長く付き合いたいと考えて居る。」
「はい、有り難う御座います。」
あたしはお礼を言った。
雪合戦で沢山の人達が見せた笑顔が思い出される。
「平民の方々は勿論、貴族の方々にも気の良い方々は沢山いる事を知りました。でも・・・」
そこまで言うと、あたしはお父様の胸から顔を離し視線を合わせて言った。
「王家は大っ嫌いです。あとアビスコート侯爵も。」
あたしが目を怒らせて言うと、お父様は苦笑して頭を撫でて来た。
「良く覚えておこう。」
「ああ、それと・・・」
話を終えて立ち上がろうとしたあたしをお父様が呼び止めた。
「・・・以前にお前とマリーベル嬢が提案してくれた『キャタツ』と『クルマイス』を4月から貴族向けに売り出しているんだが、かなりの売り上げを見せていてね。」
「まあ、何よりです。」
「うん。お前とマリーベル嬢の取り分を告げて置こうと思う。」
あら、マリにもくれるんだ。当然か。マリの発案だもんね。
「お前に金貨92枚、マリーベル嬢に金貨204枚だ。」
!?
え・・・そんなに!?
・・・一体いくら儲けたんだろう・・・いや、いいや。訊くのはよそう。何か怖い。
「あ、有り難う御座います、お父様。・・・凄く売れたのですね。」
金額の大きさにドン引きのあたしには気付く事無く、お父様は頷いた。
「そうだね。キャタツは貴族の家で働く人達に受けている様だ。クルマイスは貴族自身に好評だ。何分、良い生活をしているだけに亡くなる事無くベッド生活を続けているご老体が多い。」
成る程。
「後はこれらの作成コストの削減を図り、安く庶民に販売出来る体勢を整えたい。・・・其処で元となる鉱石の大量生産が必要になってくるのだが・・・シルバニー家とカール家には少々無理をお願いしなくてはならなくなりそうだ。」
え・・・無理を・・・?
あたしはちょっと不安になる。
「あの、お父様・・・無理って言うのは・・・?」
「ああ、シルバニー領の鉱山は莫大な規模なんだが、其れの直接取引の量を増やして貰おうと考えて居る。安く大量に鉱石が欲しいのでね。だが、そうなると向こうには人夫を大量に増員して貰う必要が出てくる。また、カール商会からも南国のゴムなどを取り寄せているんだが、其れも大量に取引をさせて貰いたいんだ。」
「はぁ。」
「・・・3者とも莫大な利益を取れる事にはなるが、生産販売の規模から考えて、幾つかの事業を縮小して貰う必要も出てきそうでね。」
「・・・」
――良く判らないけど、凄いわ。小さな思いつきが大きな事業に発展していく様を見られるって、何だか楽しい。
「頑張って下さいね、お父様。」
「ああ、有り難う。」
ああ・・・渋いイケメンの微笑みもご褒美よね。
そして夕方。
女子寮に戻ると、不安げな表情であたしの帰りを待っていたマリに、お父様が味方に就いてくれた事を話した。マリが大泣きして抱きついて来た時には、あたしも思わず貰い泣きしてしまったぜ。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
6月に入った。
休みの日に窓の外で雨に濡れそぼる紫陽花を眺めながら、あたしは溜息を吐いた。
「よく降るなぁ・・・って思ってる?」
いつの間にかあたしの横に立っていたマリが笑いながらコッチを見ていた。
「うん。」
「今回の雨は長いね。」
そうなんだ。いつもは半日も降れば収まるのに、今回は2日間ずっと降り続けている。
「結局休みが潰れたよ。」
昨日はセーラ達が遊びに来ていたから気にならなかったけど、今日もずっと降り続けているのは流石に気が滅入ってくる。
『ハァ~』
あたしは窓に息を吐きかけると「つゆ」と書いた。特に意味はない。
「・・・日本ではさ、6月の事を『水無月』って言うよね。」
あたしの落書きを見てマリがそう言った。
「そうだね。」
「梅雨なのになんで水が無い月なんだろうね?」
・・・ああ、ソレあたしも思ったわ。えっと・・・何か授業で先生が言ってたな・・・。
「・・・確か、『無』は『無し』って意味じゃなくて『の』っていう助詞の意味だとか何だとか。だから『水が無い月』じゃなくて『水の月』って意味らしいよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
マリが感心した様にあたしを見た。
お?なんか雑学的なポイントで初めてマリに教える事が出来たような気がするぞ。あたしは少し気分が良くなる。
「・・・」
マリがそんなあたしを見ている。
「うん?」
あたしが首を傾げると、彼女は慌てて視線を逸らした。
「どした?」
「・・・ヒナちゃんの着ているブラウス初めて見るね。」
ん?・・・ああ、確かに。女性モノとしては、この国では珍しい・・・と言うか見た事が無い黒絹のブラウスだ。
「変?」
あたしが尋ねるとマリはブンブン首を振った。
「全然変じゃない。・・・カッコいい。」
「そ・・・そう?」
そんな頬を染めて言われたら照れるじゃない。
「ヒナちゃんって黒が似合うよね。リトル=スターの時も思ったけど。」
「そう?髪色がダークレッドだから、暗く見えない?」
「ううん。肌が白いから凄く良く映えてるよ。」
なんか恥ずかしい。
「でも、ソレならマリの方が似合うと思うよ。」
「なんで?」
「白い肌に銀色の髪なら、きっと黒は似合う。」
「そうかな?」
マリは首を傾げる。
なんかムラムラしてきた。着せてみたい。きっと似合うよ。あとマリの着ている白ニットを着てみたい。
「着てみる?」
あたしはそう言ってブラウスのボタンを外し始める。
「え!?」
驚くマリにあたしも服を脱ぐように促す。
「マリも脱ぎなよ。あたしもマリの服を着てみたい。」
「・・・!」
マリは真っ赤になりながらモジモジ俯いて服を脱ぎ始める。
「どう・・・かな?」
マリの声がけに振り返るとソコには絶世の美少女が立っていた。
黒いブラウスと銀色の髪のコントラストがお互いを引き立たせ合って、とってもシックな落ち着いた雰囲気を醸し出している。襟下から覗く真っ白な首筋と薄紅色に染まった頬があざとい。あたしの服を着ているせいで少し緩めに見える感じがコレまたあざとい。
ブラウス1つでこんなに変わるモノなの?
いやー・・・ズルいわ。
「めっちゃ可愛い。」
「そ・・・そう?」
うーん、更に真っ赤になったぞ。
「ヒナちゃんは・・・」
とマリがあたしを見る。
「ちょっとエッチな感じになっちゃったね。」
やっぱりか。マリのサイズに合わせたニットだからあたしが着ると少しだけパッツンパッツンになってしまう。ボディーラインが強調されちゃうので、結果・・・マリの視線があたしの胸に集中する。
「マリ、ドコ見てんの?」
「別に・・・!」
マリは慌ててあたしから視線を逸らした。
まあでも、1年前の体格差を思えば考えられないよね。1年前はマリの服を着るなんて、小さすぎて到底無理だったもん。
「ふふ・・・」
思わず笑ってしまう。
「ヒナちゃん?」
訝しげに見るマリにあたしは言った。
「マリ、コレからも時々、服の取り替えっこしようね。」
「!・・・うん!」
ホント、嬉しそうに笑うんだから。
「・・・」
まだお昼だけど・・・ちょっとくらい、良いよね。
あたしはマリに近寄ると、その腰に手を回した。
「!」
マリは『トトッ』と蹌踉けるようにあたしに抱き寄せられる。
「ヒナちゃん・・・」
「マリ、いい匂い。」
こんな美少女、抱き締めるしか無いじゃん。
「・・・・ヒナちゃんもいい匂いがするよ。」
マリも顔をあたしの胸に埋めてくる。と、そのまま左手でニットの上からあたしの胸に触れてくる。
くすぐったい。でもイイかも。
「キス・・・しよっか?」
あたしはマリの耳元に囁いた。
マリはビックリ顔であたしを見る。けど直ぐに
「うん。」
って頷いた。
「・・・」
「・・・」
お互いに顔を寄せていく。マリの吐息があたしの唇に掛かる。あと少し。
『トントン』
扉がノックされた。




