M43 倶楽部
「ハナコさん、お客様ですよ。」
教室の椅子に座ってマリ達と喋って居ると後ろから声を掛けられた。
客?
振り返ると、クラスメイトの御令嬢の横にセシル様が立っていた。
え・・・生徒会副会長様がわざわざ初等部まで足を運ぶって一体何事!?どう見たって只事じゃ無いんだけど。
あたしが恐る恐る近づくとセシル様はそのクールビューティーなお顔を破顔なさって微笑まれた。
「やあ、ハナコさん。久しぶりだね。」
セシル様の爽やかスマイルにクラスの御令嬢方の声にならない悲鳴が上がる。まあ、高等部の貴族御令息でしかもイケメンと来てはね。大人びた笑顔に撃ち抜かれるのも仕方が無い。
「あ、はい。お久しぶりです。」
ただ、コッチは何用かと戦々恐々としているんだが。
「あの、今日はどの様なご用件で・・・?」
怖っかな吃驚で尋ねて見る。
「うん、貴女が申請してくれた『料理倶楽部』の件なんだけどね。」
・・・ああ。わざわざ初等部まで言いに来たって事は申請は通らなかったのかな?
「正式に認められたから伝えに来たんだ。」
「え?そうなんですか?」
じゃあ、何でわざわざ言いに来たんだ?書面で伝えてくれても良かったのに。
セシル様は笑顔で頷く。
「うん、おめでとう。貴女の倶楽部が新設倶楽部の第1号だよ。是非、頑張ってね。我々生徒会は料理倶楽部の活躍を期待して居ます。」
「あ、はい。有り難う御座います。」
あたしは差し出された手を握る。
「キャー」
という小さな悲鳴を聞いて、あたしはわざわざセシル様が初等部まで足を運んだ理由を察した。
要はアピールだ。
『生徒会はこんなにも新設倶楽部の誕生を望んでいるんですよ。だから遠慮無く申請してね。』
って初等部のみんなに印象付けたいんだ。
成る程。なら乗っかっとこう。
あたしは抜群の微笑みを浮かべると、少し声を張ってお礼を申し上げる。
「相談から申請まで、本当に解りやすくご指導頂いたお陰ですわ。あんな簡単な手続きを執るだけで、これからの学園生活がより一層楽しくなるなんて素晴らしい事です。これも生徒会の皆様のご尽力のお陰と心得て居ります。有り難う御座いました。」
セシル様は一瞬だけ吃驚した様な顔をしたけど、次には吹き出しそうな表情で頷いた。
「う・・・うん。期待に添えて良かったよ。」
・・・何だよ。笑うなよ。せっかく合わせてやったのに。
「では料理倶楽部のメンバーの方々は、放課後に高等部の生徒会室まで来て貰えるかな?活動場所などの説明をしたいから。」
「はい、畏まりました。」
げ、また彼所まで行くのか。・・・まあいいか。
そんな訳で放課後。あたしはマリ、セーラ、アイナ、フレアを連れて高等部の門を潜った。
相変わらず擦れ違う人達がデカい。やっぱ怖い。マリとフレアは怖っかながって、あたしにしがみ付いている。いや、歩き辛いんだが。
生徒会室に入ると生徒会長のスクライド様が両手を広げて迎えてくれた。
「やあ、ハナコさん。待ってたよ。」
「は、はあ。会長様もご壮健で何よりです。」
スクライド様の勢いに面喰らってあたしは変な返しをしてしまう。
「教室では此方の真意を直ぐさま見抜いて協力してくれたそうじゃないか。セシルもやり易かったと言っていたよ。本当に有り難う。」
「ああ、いいえ。」
お礼を言われるのは気持ち良いわ。
「君達が料理倶楽部のメンバーだね。僕は生徒会長のスクライド=ベルク=ローデリッサです。宜しくね。」
「は、はい。よろしくお願いいたします。」
マリ達に挨拶するスクライド様に4人は慌てて挨拶をかえしている。
「なんか、凄く勢いのある方ね。」
セーラが耳打ちしてくる。
「うん、凄いでしょ?圧倒されちゃうんだよね。」
挨拶を済ませると、あたし達はスクライド様とセシル様から活動について指南を受けた。
「まず活動場所なんだけど、調理場が必要だろうからスペース確保の点も考慮して高等部の学生食堂の調理場を拠点にして貰いたいんだ。」
スクライド様の言葉にあたし達は顔を少し引き攣らせる。
「高等部の・・・。」
「そう。ああ、心配は要らないよ。食堂スタッフの皆さんは快く了承してくれたから。」
あたし達の表情を見てセシル様がフォローを入れてくる。
まあ了承は取れてるんだろうけど、高等部に顔を出すのは緊張するよな。
スクライド様は1つ頷くと説明を続ける。
「それと、部長さん・・・料理倶楽部の場合はハナコさんかな?・・・には、毎月1回で良いから、活動報告書を生徒会室に持って来て貰うからね。」
「え、報告書?・・・って何を持っていけば良いんですか?」
焦ってあたしが尋ねるとセシル様が手を振りながら言った。
「ああ、面倒な物じゃ無い。生徒会から渡す書類に従って書いてくれたら良いから。簡単に言えば、その月の活動報告・・・君達で言えば「何日に何を作った。事故は無し。」とかそんな簡単な物さ。」
「ああ・・・ソレくらいなら。」
要は活動日誌か。あたしは了承する。
「その報告書を元に来期から倶楽部に予算を出すから真面目に書いてね。」
「!」
部費!?部費の話だ!良し、真面目に書いとこう。
「ソレと食材に関しては、食堂の食料庫に在る物を自由に使って言いからね。」
「有り難う御座います。」
あたし達が頭を下げると御二人は頷いて立ち上がった。
「では、調理場を案内するよ。付いてきて。」
学生食堂は2階建ての大きな建物だった。一度に400人の生徒が食事を摂れる収容体勢を誇っており、調理場もそれに見合う大きさだ。
「デッカいな。」
あたしが呟くとスクライド様が後ろでクスリと笑いながら声を掛けて来る。
「そうだろう?何しろ高等部とも為ると、生徒の食欲は君達の想像を超えるくらい有るからね。そんじょそこらの大きさでは間に合わないのさ。」
マリ達は普段入れない場所に入り込んだ興奮からか、セシル様相手に色んな質問をぶつけている。
あたしは窯や水場などをチェックする。
「ハナコさんは料理をするんだね。」
「はい、しますよ。」
「何処で覚えたの?」
あ、そうか。普通の貴族令嬢は料理なんてしないモンね。
「えーっと・・・前から興味が有ったので、学園に入ってから寮の部屋で実践して覚えました。」
「なる程ね。」
スクライド様は楽しそうに頷く。
「で、此処が食料庫。」
スクライド様の案内した先は広い地下室でヒンヤリするどころか、かなり寒い場所だった。
「寒いですね。」
「一面に氷を敷いているからね。薄着で入らない様にね。あと、入る時には必ず誰かに伝える事。絶対に勝手に入らないようにね。」
「はい。」
そうだな。閉じ込められたら凍死しかねない寒さだわ。
粗方の説明を受けた後、あたし達は高等部を出た。
『いつくらいから始める予定なの?』
『そうですね・・・明日からでも良いですか?』
『勿論。』
ってなやり取りも在って、あたし達は明日から活動を開始する。
そして翌日の放課後。あたし達は高等部食堂の調理場に居た。
「じゃあ、始めよっか。」
あたしは4人に言った。
お料理倶楽部の活動初日である。
「ヒナ、私達、お料理をした事無いんだけど・・・。」
アイナの不安げな表情にあたしは微笑む。
「大丈夫よ。あたしとマリ・・・ーベル様で教えるから。」
何故かニコニコ顔で居座っているスクライド様とセシル様の存在を思い出して、あたしはマリの呼び名を言い直して答えた。
「ヒナちゃん、何を作るの?」
既にあたしの呼び名は昨日の時点で御二人にはバレてしまっていたので、マリは遠慮無くいつもの呼び方で尋ねてくる。
「パンケーキ。」
4人の目がキラリと輝く。
卵黄、砂糖、牛乳を混ぜて小麦粉投入。
「フレア、アイナ。これ掻き混ぜて。」
「わ・・・わかったわ。」
卵白と砂糖を混ぜた物を超掻き回してメレンゲを作る。これは一番大変だからあたしがやる。因みに腕がヘロヘロになるのは覚悟しないくちゃいけない。
生地の元とメレンゲをトロットロになるまで混ぜ合わせたら温めたバターを投入してまたグルグル。
「セーラ、これ掻き回して。」
「う、うん。」
幾つかのフライパンにバターを伸ばして生地を投入する。窯に魔法で火を点けて充分な熱を保ったら放り込む。
「マリ・・・ーベル様、火加減をお願い。」
「はい。」
バターの良い匂いが漂ってくる。
腕が回復したあたしは「生地が焼き上がる迄に」と、食料庫で見つけた杏と乾棗の砂糖漬けを取り出すとサンデーグラスに盛り付けてヨーグルトを掛けていく。
焼けたケーキを取り出して見ると・・・うん、上手く膨らんでいる。
あたしとマリは人数分にパンケーキをカットしてバターを落とし、ハチミツを掛けていく。
「完成だよ。」
「やったあ!」
「早く食べてみようよ!」
あたし達は5人プラス2人で試食してみる。・・・うん。良い感じだわ。未熟な腕を上質なバターが完璧にカバーしてくれている。
「美味しい!」
5人娘がキャイキャイ騒ぐと
「本当に美味しいね。こんなに確りしたモノが出来上がるとは思わなかったよ。」
スクライド様とセシル様が笑顔で誉めて下さる。
「えへへ。」
あたしは思わず地の笑い声を上げて照れてしまった。
初日は上手くいったんじゃない?
『ごちそうさま。とっても美味しかったよ。』
と仰って、御二人は生徒会室に戻られていった。
「楽しかったね。」
フレアがニコニコ顔で言うと
「新鮮だったわ。」
とアイナが頬を染めて頷く。
「私、自分の部屋でもやってみる。」
とセーラが宣言する。
ふふふ。楽しんで貰えて何よりだわ。
女子寮に戻ったあたし達は、活動予定についてもう少し話し合った。
「・・・じゃあ、活動日は月曜と水曜と金曜の週3回。当面の活動目標としてセーラ、アイナ、フレアの3人に『独りで幾つかの料理が作れるようになって貰う』で良いかな?」
3人が緊張した面持ちで頷く。
マリが微笑む。
「3人とも大丈夫だよ。私とヒナちゃんが教えるから。・・・まあ、私もヒナちゃんから色々と教わってる身だけど。楽しくやりましょう?」
「そ・・・そうね。」
マリの笑顔に3人の表情が和らいだ。
あたしは頷くとセシル様から貰った活動報告書に色々と書き込んでいく。セシル様が仰っていた様に書く内容は極めて単純だった。これなら5分と掛からずに記入し終えられる。
活動日・・・月曜日、水曜日、金曜日
倶楽部目的・・・美味しい物をみんなで作って食べて、有意義な楽しい時間を過ごす。
活動目標・・・全員が独りで幾つかの料理が作れるようになる。
5月7日報告内容
記入者・・・ヤマダ=ハナコ
活動場所・・・高等部食堂調理場
活動内容・・・パンケーキ作り
瑕疵報告・・・事故無し
うん。こんなところかな?
「ふーん、ソレだけなんだ?」
フレアが横から覗き込んで拍子抜けしたように言った。
「そうみたい。だからあたしが居ない時に活動しても記入は簡単だから気楽に書いといて。」
「わかった。」
お料理倶楽部の話は2年生の間を駆け抜け、続々と新倶楽部の申請が為されているようだ。
「ヒナさんを見習って僕らも剣術倶楽部を立ち上げました。」
リューダ様が頬を上気させて報告に来た。
うーん・・・相変わらず可愛い笑顔だ。身長は完全に追い抜かれたし体力じゃ全く敵わなくなったけど、この方の純粋無垢な表情はちっとも変わらない。
「そうなんですか。頑張って下さいね。」
あたしも思わず笑顔で返す。
「はい、とても楽しみです。」
「因みに、他には何方が?」
「エリオットにエルロアです。他にも希望者が居たのでエリオットを部長にして12人で申請を出しました。」
おお・・・随分と大所帯だな。
「楽しみですね。」
「はい、みんなで強くなりたいです。」
みんなで・・・コレがこの人の良いところだ。「自分だけ」とは決して考えない。ホント尊敬出来るな。
「ふふふ。うちのお料理倶楽部もみんなが作れるようになったら差し入れしますね。」
「!・・・はい!楽しみにしています!」
ああ、天使だわ。
倶楽部活動は想像以上に楽しいモノだった。セーラもアイナもフレアも懸命に料理をマスターしようと頑張っている。特に、アイナとフレアの気合いは凄い。・・・因みに何故そんなに気合いが入っているのか、その理由は知っている。
上記のリューダ様との会話を横で聞いていたからだ。
つまりエリオット様とエルロア様に差し入れをしたいんだ。分かり易くて微笑ましい。
結果、3人は3週間程であっさりと料理やお菓子を幾つか作れるようになった。まあ元々、何をやらせても卒なく熟す子達だしね。こうなる事は解ってた。クッキングナイフの扱い方や火の扱い方が未だ危なっかしいところも有るけど、ソコは慣れだし何れは問題無くモノにするだろう。
さあ、あたしの密かな理想「みんなに作って貰ってあたしが食べる」に一歩ずつ近づいてきた。
5人でキャイキャイと楽しみながら目標を達成して行こう。・・・と、思っていたら入部希望者がゾクゾクと現れた。1年生の時に同じクラスだったメイベル様やその他のお友達、それにセーラのお友達のレイナー様達など。
もちろん拒否なんて出来ないし、当然入部はOKにしたんだけど・・・計17人。多過ぎんぞ。捌き切れる自信が無いんだが。
違う日。廊下を歩いていると、前を歩いている人がいる。
「エリオット様。」
あたしが声を掛けると精悍なお顔が此方を向いた。
「やあ、ヒナ嬢。」
いやあ、相変わらずイケメンだわ。中身の伴ったイケメンは見ているだけでキラキラしい。
いやいや。丁度良い機会なのであたしは倶楽部の様子を訊いてみた。
「剣術倶楽部はどうですか?」
「順調だよ。人数も30人を超えてしまった。」
30人!?すげーな。
「凄い人数ですね。ソレだけ多いと纏めるのは大変じゃ無いですか?」
「うん、俺1人では無理なんでね。リューダとエルロアに副部長になって貰って手伝わせてる。」
「・・・ほう・・・」
副部長ね・・・何で思いつかなかったのか。よし、マリは今日からお料理倶楽部の副部長だな。
「うちも人数が増えたんですけど・・・そのうち差し入れに行きますんで覚悟して置いて下さいね。」
「ははは、覚悟って・・・ああ、楽しみにしているよ。」
「アイナも頑張ってますよ。」
「!・・・そ、そうか。」
うん、イケメンの照れ顔を頂きました。
ついでにケツを叩いて置こう。
「アイナと言えば・・・」
あたしは何気なく話を変える。
「そろそろ彼女の御両親もアイナの婚約者を定めておきたい頃でしょうか。」
「!」
エリオット様の表情が変わる。
「・・・去年の五草会で彼女は言ってましたよ。『家の都合による結婚なんて嫌。結婚は想い合った方とにしたい。』って。」
あたしはジッとエリオット様を見る。
「そうか。」
「ええ。」
エリオット様は暫し思案した後にあたしに向かって微笑んだ。
「貴重な情報を有り難う。・・・君とマリーベル嬢にはいつもそういった事で助けられているよ。」
「いいえ。」
あたしもニッコリと微笑んだ。




