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憂愁のヤマダハナコ  作者: ジョニー
チャプター1 1年生編 / 一学期
5/105

M5 丘の上で



「・・・私の上には兄が2人と姉が1人います。」


柔らかな春の日差しが降り注ぐ丘の上で、マリーベル様は静かに語り始めた。


「3人とも成人していて、1番上のアンソニー兄様は次期当主として父の仕事を手伝い、2番目のセドリック兄様は王宮に勤めています。フレデリカ姉様は公爵家へ嫁がれました。」


「アビスコート様とは随分とお歳が離れていらっしゃいますのね。」


 あたしが感想を漏らすとマリーベル様は寂し気に笑った。


「私は愛妾の子ですから。」


「・・・。」


 絶句した。そんな設定あったっけ?いや無かったよ。




「実母は私を産んだ後に亡くなり、私はそのまま父様が母様に用意されていた別宅で育てられました。今の母様には疎まれているので。」


 ――そりゃあ・・・そうだろうな。自分以外の女が産んだ娘なんて仇みたいなもんだろう。よほど器の大きい人じゃ無きゃ受け入れられんわな。


「父様は母は愛していたようですが私に対しては厄介者という感覚しか持てないようで、親子の愛情みたいな触れ合いは在りませんでした。従って兄妹仲も・・・。」


 ――おい、なんだそりゃ。母親はわかる。まあ兄妹も。でも父親、お前は駄目だろ。てめえの間抜けな不始末が原因なんだから確りと愛情を注げや。




「この国では上級貴族に男児が生まれない場合の処置として妾を持つ事は許されておりますが、既に男児が2人居たアビスコート家では単純な不祥事扱いです。そしてあたしの素性はどういった経緯かは分かりませんが社交会に知れ渡ってしまいました。ですから私は家の人達から見れば家の恥の証の様な存在なんです。」


「いや、それは流石におかしい。理不尽に過ぎます。」


 あたしはマリーベル様の言葉を即座に否定した。


 マリーベル様はびっくりした表情であたしを見るけど、いやいや、あたしの感覚はおかしく無いでしょ。


「そんな風に言ってくれたのはハナコ様が初めてです。」


 え、そうなの?この世界ではあたしの考え方がおかしいの?


「でも実際に私が不義の子である事に違いは無くて伯爵位以上の皆さんなら誰でも知っている事なのです。・・・ですから私は誰と話す事も許されません。そんな事をしてはお相手の家にもご迷惑をお掛けしますから。」


 ――なんて子だよ。そんな風に育てられただけなのかも知れないけど、自分の不遇を差し置いてまで相手の事を考えるなんてさ。悪役の『あ』の字も見当たらない。でも――。




「ではアビスコート様はずっとこの様にお1人で学園生活を過ごして行かれるお積もりですか?ご自身が仕出かした訳でも無い事の為に?」




 マリーベル様は俯いていた。長い間。そして、再び話し始める。




「ただ貴族令嬢として家の恥は自分の恥と考えるべきなのでしょう。それにこのままではアビスコート家は恥を掻き続けることになる。」


「でもそれは侯爵様ご自身の事で・・・」


「はい。ですから父様は一計を案じました。私を生半可な貴族に嫁がせては恥の上塗りとなり兼ねませんから、ならばいっその事、徹底的に政略に利用しようと。そして12歳の時に婚約を致しました。」


「・・・何方様とご婚約を?」


 マリーベル様は辛そうな表情で声を絞り出した。


「ライアス殿下です。」


 ――ああ・・・ゲーム通り、攻略対象と婚約しているのか・・・。しかもきっと関係は上手くいってない。ん?でも王太子に指名されるであろう方の婚約者に、曰く付きの令嬢がなれるものなのか?


「ただし、婚約破棄前提ですが。」


「は?」


 なんだって?


「殿下は幼い頃から・・・その・・・何と言うか・・・自由を愛し、社交を尊ばれる方なので・・・」


 うん。勉強が嫌いで女好きって事だよね。それはゲームやってる時からあたしもそう思ってた。ライターはキラキラ王子様と遊び人の違いが分からなかったようだしね。


「ですので本来ならば殿下が王太子候補の第1位なのですが、今のままでは弟君のアルベルト殿下が優位であると。そして宮廷ではアルベルト殿下を推す声が圧倒的に強いのです。」




 おおう・・・。何か設定には絶対に無かった話が出て来たよ。


 でも当たり前っちゃあ当たり前だよね。そんな乙女ゲーの対象商品・・・いや攻略対象になっちまう様なチョロい連中が国政を担える訳が無い。しかも権謀術数が渦巻く中央集権制度の中では尚更だ。




「それで父様はアルベルト殿下派のトップとなるゼスマイヤー公爵様にライアス殿下と『忌まわしき落とし子』である私の婚約話を持ち掛け、ライアス殿下のお立場を失墜させる策を画したのです。事が上手く為った場合には公爵家の次女様をアンソニー兄様に嫁がせる約束で。」


「・・・。」


 なんだそれは。


「大きな力を持つアビスコート家との婚約話を、国に冠絶する力を持つゼスマイヤー家当主が勧めて来たら、如何な王家と言えども無碍には出来なくて渋々ですが条件付きで婚約の儀が為ったのです。」


「・・・条件とは?」


「王家としても私のような娘に王家には入って欲しくない。だけど王家もこのままライアス殿下が変わらない様ならば、努力家のアルベルト殿下の立太子が好ましいと考えている。だから敢くまで勢力争いを避ける為、つまり当時10歳でいらっしゃったアルベルト殿下が立太子できる15歳になる迄の『5年間だけのものとする。』と言うものです。」


「ライアス殿下はその事はご存知なのですか?」


「いえ、あの方は卒業後に自分が立太子されるものと信じています。」


 ――・・・だろうな。でも・・・


「それまでにライアス殿下が王太子に相応しい方に変わられたらどうするのですか?」


「その時は別の策があるようです。」


 ――うーん・・・


「でも、殿下が変わらなくてもそんな簡単に婚約破棄なんて出来るものなんですか?」


「・・・父様はいずれ私に何らかの瑕疵を付けて王家が断れる口実を作るお積もりのようです。」


「!!」


 あたしは愕然となった。実の娘にわざと傷を付けようとする父親が本当にいるのか?




「申し訳在りませんでした。」


 その声にハッとなって彼女を見るとマリーベル様は泣いていた。


「アビスコート様・・・」


 ――謝る意味がわからない。


「本当は初めて声を掛けて頂いた時にお話をするべきだったんです。そうしたら、ハナコ様も今日のように皆さんの注目を集めるような真似は為さらなかった筈です。・・・私は・・・ハナコ様を・・・判っていながら学園で不利な立場にしてしまった・・・本当にごめんなさい・・・」


 そう言ってマリーベル様は嗚咽を漏らし始める。


 友達1人作る事にさえ罪悪感を覚えなくてはならない彼女の環境にあたしは呆然となった。




 あたしは思った。


 これはイジメだ。王族、貴族、家族までがグルになって総出で、何の落ち度も無いマリーベル様に全ての責任を被せて傷つける、桁外れのイジメに他ならない。




 ゲームでは凄まじい邪魔を繰り返してきたあの悪しき水戸○門様なマリーベルも、もしこの背景の上であの嫌がらせをしていたのなら仕方が無いわ。納得するわ。やっと見つけた自分が寄り添える攻略対象があんな腹立つヒロインに掻っ攫われたらそりゃキレるわ。歪むわ。




 そしてこちらの現実のマリーベル様もこのイジメに今までずっと耐えてきたんだ。たった1人で。なんて強い子だ。それでも寂しさだけは誤魔化せないよね。


 そこに話し掛けてくれる人間が現れたんだ。そりゃあ手放したくないだろうさ。言えないさ。




 あたしは草むらから腰を上げるとマリーベル様に抱きついた。




「!」


 息を呑む声が聞こえる。


「謝らないで下さい。あたしはアビスコート様を尊敬します。」


 本心だった。あたしだったら先ず耐えらんない。


「今まで辛かったですね。良く・・・良く頑張りましたね。」


 なんて言って良いか解らない。だからあたしは思うままの言葉を口にした。




 マリーベル様は泣いた。今度こそ本当に。幼子のように大声を上げて泣いた。




 あたしは何も言えずに、ただ彼女を抱き締めた。あたしも思わず泣いてしまった。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「落ち着きました?」


 どれだけ泣いていたのか。


 マリーベル様は恥ずかしそうにコクリと頷いた。あたしはハンカチを取り出すとマリーベル様の涙の跡を拭った。


「アビスコート様。」


「・・・はい。」


 あたしはマリーベル様にニッコリと微笑んだ。


「あたしと友達になりましょう。」


「・・・本当ですか?」


「はい。あたしはアビスコート様が大好きです。だからお友達になって下さい。」


「・・・。・・・はい、・・・はい。・・・喜んで・・・。」


 あー・・・また泣かせてしまった。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「ハナコ様・・・」


 マリーベル様は恥じらう素振りを見せる。


「はい、なんでしょう?」


「私の事はマリーベルとお呼び下さい。」


 きた、名前呼びの許可。下位貴族や平民が上位貴族の名前を呼ぶことは基本的に許されないそうだ。ライラさんがそう教えてくれた。上位貴族が名前を呼ぶことを認めて初めて名前呼びが許される。


「有り難う御座います。マリーベル様。」


「はい。」


 頬を染めて嬉しげに返事する姿が天使にしか見えない。


「私もヤマダ様とお呼びして宜しいですか?」


「・・・はい、勿論です。」


 ちくしょう、やっぱりそうなるよね。友達になれた感動の場面なのに。


 製作スタッフ、マジ腹立たしい。




「ヤマダ様?」


 マリーベル様の小首を傾げる姿があたしの吹き荒れる心をほんわかと癒やしてくれる。


「何でもありませんよ。」


 あたしも会心の笑みで返す。




 モブが悪役令嬢とお友達になりました。これは取り巻きになったと言う事かな?ああ、それがどうした。


 これでマリーベル様が闇堕ち仕掛けても堂々と救えるってもんよ。ゲームのシナリオなんか一々気にしてられっか。




 友達になった後のマリーベル様は今まで溜め込んでいた物を吐き出すかのように、色々な話を聞かせてくれた。好きな色の事、好きな花の事、好きな食べ物の事。


 あたしが記憶を失っている(と言う設定)事を知っているからか、この国の歴史や有名人の話などもしてくれた。




 楽しかった。あと超愛でた。気が付けば随分と話したな。




 丘の上から見下ろす町並みが夕焼け色に染まっている事に気付いてあたしは思った。


「もう夕方なんですね。」


 あたしの視線を追って空を見上げたマリーベル様は呟いた。


「明日は朝から一緒ですよ。」


 あたしが言うとマリーベル様は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに頷いた。


 そして呟いた。


「ヤマダ様は先程、私に『辛かったね』と言って下さいました。確かに辛かったんですけど、でも嬉しいことも在るんです。ここでは自分の食べたい物を食べられるし自由に歩き回れる。だから幸せを感じる事も出来るんです。」


「マリーベル様・・・」






 あたしには確認したい事があった。


今、彼女は確かに言った。


『ここでは』と。


 そしてさっき怒濤のように自分の話をしている時にも『現実の世界だと思える様になった。』と言っていた。




 ひょっとして・・・あたしと同じ?




うーん・・・でも何て訊けばいいのかな。


もしあたしの早とちりで「何を言っているの?」と訊き返された場合に、そんな変な事を訊いた説明が出来ない。


でも、確認したい。




 あたしの中でポンと閃いた。


そうだ、一言呟けばイイだけじゃ無いか。もし、彼女がこのワードを知らなくて尋ねられても『何でも無い。只の一人言』で済ませられる。もし知っていれば何らかの反応を示すはず。




 あたしは息を整えると呟いた。


「グラスフィールド ストーリー 黄昏の魔女。」




 効果は如実だった。




 驚愕の表情があたしを見ていたのだ。









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