M37 新学期
春――
其れは出会いの季節。
麗らかな春の陽差しが降り注ぐ向こう、優しげに微笑むのは誰?
異国から訪れた素敵な王子様?
或いは、あたしだけを守る為に馳せ参じた凜々しい騎士様?
それとも、突然現れる眉目秀麗のあたしにだけ優しい義理のお兄様?
・・・さあ、行きましょう。
天使も羨むような素敵な邂逅を求めて
あの春の木洩れ日の向こうで待つ貴方の下へ。
・・・?
・・・何コレ?
・・・無い無い。こんなの無い。大体、まだ寒いし。外に出るとマジで息が白い。コート羽織らないと冗談抜きで風邪引くレベルだ。
あたしは自分で書いておきながら、速攻で否定し呆れてペンを置いた。あたしは趣味の作文・・・いや執筆の真っ最中だった。
此処に来てから1年。マリと出会ってからは殆ど書いていなかったけど、前世では物語や詩を良く書いて友達に読ませたもんさ。
「続きを書け」と評判の良いときもあれば、「なんだコレ?」と酷評される時も在ったで中々に楽しい趣味だった。で、久々に詩で『ボケ』てみたんだけど・・・。
酷い。読んでて顔が赤くなるくらいには酷い。
幾ら『ボケ』たとは言え、こんな乙女脳全開なモノを書く奴だったっけ?あたし。どっちかと言えばダーク感が強かった気がするけど。ま、いっか。
とにかく4月。
あたし達は進級する。明後日には春休みも終わって新学期が始まり2年生になる。
「ヒナちゃん、昼食できたよー。」
扉の向こうからマリの声が聞こえる。
「はーい。」
あたしは返事をすると自室を出てリビングに向かった。
「おー、オムライス。」
あたしは目を輝かせる。マリはよく卵料理を作ってくれる。いやぁ・・・ホントに料理が上手になったなぁ。あたしはケチャップの入った壺の蓋を取る。
「明後日からは2年生だね。」
「だね。」
「・・・同じクラスになれるかなぁ?」
マリが不安げに呟いた。
あたしもソレは気がかり。
でもさ、幾ら気にしても為るように為るしか無いんだよね。
「・・・為るように為るよ。クラスが離れたって部屋は一緒。何も変わんない。」
「うん・・・」
マリが心許無さそうに頷くのを見てあたしは言った。
「考えるなら、ホントに離れちゃった時にどうするかを考えておくのが良いよ。」
「え!?」
ビックリ顔が可愛い。
「離れてしまった時のメリットとデメリットを本気になって考えておくのよ。」
「・・・デメリットしか無いよ・・・。」
「そんな事無いよ。一緒に居る時間が減るって事は、ソレだけお互いが違うことを経験してるのよ。会って話したい事がドンドン増えていくよ。そうすると帰宅したときに会えた喜びはヒトシオよ。」
マリはポカンとあたしを見ている。・・・伝わったのかな?そう思った時、マリが笑った。
「・・・そんな考え方が在るのね。やっぱり凄いな、ヒナちゃんは。」
あたしはホッとした。
「まあね。伊達に小学校から高校まで何回もクラス替えを経験していた訳じゃ無いのよ。」
ま、こういう時は離れたときにどうするかを『本気で』考えておいた方が精神衛生上は良い。ホントに離れてしまった時に受けるショックが違うからね。
同じ不安を打ち明けに来たアイナとフレアにも同じ事を言う。セーラは同じクラスになりたいと言って来たので、やっぱり同じ事を言う。
やれやれ。あたしだって不安だっつーの。あーあ、みんなと一緒になりたいなぁ。
・・・なんて心配は全く不要だった。見事に4人どころか、いつもの男子3人も一緒だった。そしてセーラも同じクラス。余りのご都合に寒気が走るレベルだ。・・・いや、実際まだ寒いんだけどね。
「やったぁ!同じクラスだぁ!」
周りの目も気にせず、あたし達5人娘は抱き合って喜んだ。
担任はマルグリット先生のままだった。うーん・・・また何か色々と用事を振られそうだな。まぁ、いいか。良い先生なのは間違い無いし。
席もあたしとマリは隣同士だった。コレは侯爵令嬢たるマリの意向が汲まれているらしい。と言ってもこれは彼女が依頼した訳では無く、王族、公爵家、侯爵家の子息子女に関しては特に仲の良かった者を隣に据える学園の考えが入っているそうだ。
しかも席の位置も去年と同じ右側最前列。当然の様に自己紹介の挨拶もあたしがトップバッターだった。・・・コレについては絶対にマルグリット先生の意向だよな。だってコッチを見てニコニコ笑ってるんだもん。
2年生になるに当たって、マルグリット先生から去年とは違う点について説明があった。
2年生は来年には高等部に進学するという事もあって、高等部で組織されている『生徒会』のお手伝いに駆り出される事があるらしい。
先ずは五草会。
次に年に1度王家が中心となって執り行われる『大夜会』には学園の生徒会も呼ばれるらしいけど、そのメンバーに選出される可能性があるらしい。うぇ~メンド臭い・・・。
後は学園祭やら武術祭やら。いわゆる学園行事に執行部側として駆り出されるのだとか。
「あと、今年は修学旅行があります。」
先生の一言にあたしはピクリと反応した。
は?修学旅行?
エラく前世臭い言葉が飛び出してきたなぁ。あたしはマリを見る。マリも首を傾げた。そっか、マリも解らないか。
修学旅行って所謂あたしの知っているあの修学旅行でいいのかしら?だとしたら楽しみだわ。
「今年はロアンナ直轄地のディラーン音楽堂の温泉街に宿泊する予定です。時期は5月。3泊4日の予定ですから、皆さん参加か不参加の希望を出しておいて下さいね。」
あ、不参加でも良いんだ?でもマリが行きたがるだろうし、あたしは参加かな?
直轄地って事は王家が直接支配している土地なのね。
ディラーン音楽堂は知っている。世界中の音楽家が憧れる音楽の聖地だ。大会場は3000人を収容できるそうで、会場の周辺には荘厳な宿泊施設が建ち並んでいるとか。
この世界の文化に造詣の無いあたしが何で知っているのかと言えば、数年前に音楽堂の大改修工事が行われたとき、その費用を受け持ったのがハナコ子爵家だったと言うのを帰省した時にお父様との雑談で聴いていたんだ。
そっか。あの話をわざわざお父様があたしにしたのは、この事を知っていたからなのね。
そして、温泉街!温泉があるのね!?素晴らしいわ。
でも、修学旅行ってどんな感じなんだろ?訊いてみたい。よし、訊いてみよう。
「先生。」
あたしは手をあげた。
「はい、ヒナ・・・ヤマダさん。」
は!?今、先生、ヒナって言わなかった!?どう言う事!?
「・・・」
混乱して言葉を失ったあたしに先生は苦笑しながら尋ねる。
「どうしました?ヤマダさん?」
・・・ハッ!?いかんいかん。先生が知ってるわけ無いよね。聞き違えたかな?
「あ、いえ。あの・・・あ、そうだ、修学旅行ってどんな感じで執り行われるのですか?」
「どんな感じと言うと・・・?」
「あー・・・例えば移動方法とか、現地で何をするのかとか、部屋割りはどうするのかとか。」
先生、ちょっと驚いた顔をしている。
「ヤマダさんは確か上にご兄弟は居なかったわよね。」
「はい、あたしが最長老です。」
『ブッ』
周囲から吹き出す声が聞こえる。
しまった。言い間違えた。
最年長って言おうとしたのに、先日マリから借りた物語に出て来た最長老のインパクトが強すぎて、つい言っちまった。
でもまあ、掴みはOKだ。コレはコレで良し。マルグリット先生も少し笑い顔になり掛けている。
「そ・・・そう。」
マルグリット先生は深呼吸して笑いの発作を落ち着けた様だ。
「ヤマダさんは旅行の概観が少し見えているのかしらね。」
まあ、前世と同じであるならば。学年旅行は前世で5回ほど経験しているしね。でも、前世と違うなら概観なんてサッパリだ。
「移動は学園から大型旅客用の馬車を30台用意します。1台に10人ほど乗れます。勿論、単独で移動したい方は前日がお休みになりますから、其れを利用して前日に着いて貰っても構いません。」
成る程、学園の馬車に乗ってみんなと一緒に行っても良いし、勝手に前乗りしても良いと。
「現地での行動については、後日お知らせします。」
成る程、まだ発表出来る段階では無いと。
「部屋割りに関しては、後日、皆さんに班を作って頂いて、其れを基準に振り分けます。」
成る程、だからボッチは友達作っとけよと。
あたしは手を上げた。
「自由行動ってあるんですか?」
「・・・」
マルグリット先生は今度こそ驚愕した顔をした。
「・・・呆れた。本当に鋭いわね。・・・其れはまだ検討中です。」
ちぇー。検討中か・・・。まあ、有りませんって言われるよりはマシか。
「流石はヒナね。最初から随分と賑やかせてくれるわね。」
セーラが楽しくてしょうがないって感じで言う。
「去年もこんな感じだったよ、ヒナは。」
アイナが答える。
「私、最長老と同じ班がいいなぁ。」
とフレア。
おい、最長老はもう止めろ。
みんな肩が震えてんぞ。
「わ・・・私も最長老と一緒がいいわ・・・」
「わた・・・私も・・・」
肩を震わせながら言うんじゃないよ。
チクショウ、暫く言われそうだ。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「修学旅行、楽しみだね。」
夜。マリはニコニコであたしに言ってきた。
「マリは初めて?」
「うん、小学生の林間学校は体調悪くて行けなかったから。」
「そっか。じゃあ楽しまないとね。」
「うん。」
パジャマ姿のマリが微笑む。今日はワンポイント花柄の黄色いパジャマか。薄紅色に染まった頬が可愛いなぁ。突ついてみたい。
「あ、お湯が沸いたね。」
そう言ってマリはキッチンに向かった。その後ろ姿を見ながら思う。
――それにしてもマリ、大きくなったなぁ。
紅茶を淹れて持ってきたマリがあたしの視線に気付いた。
「な・・・何?じっと見て。」
「うん、マリおっきくなったなぁって思ってさ。」
「え!?」
マリが顔を紅くしながら両腕で胸を隠す素振りをする。
いやいや、そうじゃないから・・・ソレもあるけど、今言ったのはそう言う意味じゃ無いから。
「身長の話ね。」
「あ、身長・・・」
マリは増々紅くなって両腕を下ろした。
「1年前・・・ってか、実際にマリと並んで立ったのは五草会が初めてだけど、あの時のマリってあたしの肩くらいだったもんね。」
「え、そんなに低かったかなぁ?」
「うん。小学生だと言われたら何の疑いも持たずに信じてしまうくらいには低かった。」
「むー・・・」
マリが頬を膨らませる。
ヤバい。可愛ええ。
「でも今は・・・マリ立ってみて。」
マリがゴソゴソとコタツから抜け出して立ち上がる。あたしがその前に向き合う様に立った。そして少しだけ目線を下に向けてマリを見る。
「ホラ、今はもうそんなに変わらない。」
「うん・・・」
マリは恥ずかしそうに視線を逸らしながら頷いた。
「あたしも大きくなってるんだけどなぁ。」
「ふふ。そしたら私が追い抜いちゃうかもね。」
「あはは。それも良いかもね。」
あたしが笑うとマリは逸らした視線をあたしに戻してきた。
「?」
あたしが首を傾げるとマリは思い切った様に言う。
「・・・む・・・胸も大きくなったよ。」
「あ・・・うん。」
知ってます。2回ほど揉ん・・・触れているので。
「・・・ヒナちゃんはもともと大きかったけど、更に大きくなってたよね。」
「・・・」
恥ずかしくなってきてマリから視線を逸らすけど顔が火照って仕方が無い。
マリは黙ってコタツに座る。あたしもコタツに戻る。
「ヒナちゃんと出会ってから1年経ったんだね。」
「うん。」
色々あったな。ホントに色々あった。多分マリと出会わなければやらなかった事だらけだ。
いつもあたしの行動原理は『コレをしたらマリは喜ぶかな?』が基本なので、彼女と親しくなっていなかったら、ハロウィンも聖夜ツリーも門松も雪遊びもしていなかった。精々がコタツを作って終わりだったと思う。
それでも、それなりに学園生活を楽しんだとは思うけど、コレほどに思い出深い1年にはならなかったと思う。
「マリ、アリガトね。」
感謝の気持ちが湧き上がってきてあたしはマリにそう言った。
「え?」
「マリに出会えた事で、あたしの生活は凄く楽しくなったよ。」
「!」
マリは衝撃を受けた様な表情になり俯く。
そしてコタツの上でポヤポヤと手遊びをしていたあたしの手をギュッと握ってきた。痛いくらいに。
「それは・・・」
マリが震える声を絞り出した。
「・・・それは私の言葉だよ、ヒナちゃん。私は貴女に出会えた事で『幸せ』を知る事が出来た。私はもっともっと貴女の喜ぶ事をしてあげたい。」
マリ・・・。そう言って貰えるのは嬉しいな。
「アリガト。マリが側に居てくれるだけであたしは嬉しいよ。」
マリが顔を上げた。その綺麗なエメラルドグリーンの双眸には涙が浮かんでいる。
「・・・貴女は私の全てです。私と仲良くなってくれて本当に有り難う、ヒナちゃん。」
マリは顔を赤らめて、極上の笑顔をあたしに向けてくれた。
「・・・うん。」
もう・・・何だか胸が一杯になって、心が温かくて言葉が出て来ないけど。
あたしも精一杯の笑顔を彼女に向けた。
「今日はもう寝よっか。明日も早いし。」
「そだね。」
「お休み、ヒナちゃん。」
「うん、お休み。」
マリは微笑んで自室に入っていった。
「・・・」
焦った。何かマリがもの凄く盛り上がっているように見えたから「一緒に寝よう。」って言われるかと思った。でも、彼女は大人しく自室に戻っていった。・・・とても大人びた微笑みを残して。
まだ胸がドキドキしてる。
「・・・ハァ。」
思わず溜息が漏らしながら、あたしは自分の胸を触ってみた。確かに大きくなってるな。ブラが無い分、余計にそう感じる。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
この世界の女性の下着は基本的に日本とそんなに変わらない。まあ現代日本ほど洗練されてないし、バラエティーに富んだモノでは無いけど。
でも、胸にはスポーツブラみたいな形をした布地多目なブラがあるし、下は所謂イメージ通りのパンツを穿く。ドレスを着るときは勿論コルセットを着ける。どれもシルクや綿を素材にしてるけど、コルセット以外のデザインは至ってシンプル。柄や模様が付いていてもワンポイントだけ。色も白が基本で、精々が薄い水色やピンク色のパステルカラーが在るくらい。
でも寝る時は上にブラは着けない。そりゃそうだ。あんなキツい物を着て寝れないもん。だから夜分に急遽男性と会うときはガウンを羽織るんだけどね。アレは防寒以外にも胸を隠す意味も在るんだ。
ついでに言えば、寝衣はネグリジェの他にパジャマが在る。貴族子女はネグリジェを使用するのが一般的だけどあたしはパジャマ派です。
何回かネグリジェを着て寝てみたけど、寝相が悪いせいか朝起きると酷い事になっているので。ネグリジェが胸の辺りまで捲れ上がっていて下をパンツ丸出しにして寝ていたんです。
布団を被ってなかったら『コレ、何のエロ動画だよ。』って唸ってしまうくらい酷い格好だった。
あとマリがパジャマを着ているのは前世から着慣れているからだって。至極納得。
中世と現代が入り交じった様なアンバランス感は在るけど、不自由を余り感じないレベルなのは転生者としては助かるところ。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
あたしは胸から手を離した。何だか気分が高揚して落ち着かない。
『マリの部屋に行こうかな・・・』
と閉じられたマリの自室の扉を見る。・・・いやいや、今行ったら何かトンデモナイ事をしてしまいそうだ。
「ハァ・・・」
もう1度あたしは溜息を吐くと悶々とした気分を押さえ込んでリビングの明かりを消した。
誤字の指摘、ありがとう御座います。
適用させて頂きました。
今後とも宜しくお願い致します。




