S5 マリーベルの追想 2
マリーベル視点の続きのお話です。2学期のボリュームが多かったため、この話の後に、もう1話追想を追加します。
次のお話は明日の6:00を予定しています。
よろしくお願いいたします。
翌々日の登校時。
ヒナちゃんが小声で聞いてきた。
「ねえ、・・・何かあたし・・・注目されてる?」
・・・それは私も感じていた。妙に視線が集中している気がする。でもリトル=スター以降、ヒナちゃんのファンは激増しているからソレのせいだと思う。ヒナちゃんはソレを全く自覚していないけど。
私はヒナちゃんのそういう人の好意に対して無防備な処がホントに心配だ。なんか無警戒で誰にでも付いて行ってしまいそうで。
「・・・ヒナちゃんは注目を集めやすいから。」
取り敢えずそう言うと、案の定ヒナちゃんは「どう言う事!?」とでも言いたげな顔を見せた。
そしてアイナさんを通してヒナちゃんから聞いた噂。
私とヒナちゃんが「リトル=スターの時に本当にキスをした」という話が御令嬢の間で出回っているらしい。
・・・恥ずかしい。でも、公認になったら嬉しい。それなのにヒナちゃんはその噂を否定しようとして回っている。
「私は別にキスしてたって思われても良いのに。」
実際したんだし。私が口を尖らせて言うとヒナちゃんは
「このおバカ!」
と言って私の尖らせた口を引っ張った。
「イヒャイッ、イヒャイッ!」
「マリ、解ってるの?もしコレが広まったら一緒の部屋では居られなくなるのよ?」
「!!」
殴られたようにってこんな時の言葉なんだって初めて知った。
ソレはイヤ!!ソレは絶対ダメ!!
それから数日、私とヒナちゃんはアイナさんとフレアさんにも手伝って貰って火消し活動に奔走した。もう必死だった。
そんなこんなで何とか私とヒナちゃんへの注目は次第にだけど沈静化していった。やっぱ自重って必要なんだね。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
さて、学園祭が終わって1週間も経つと、・・・つまり私達の噂が沈静化して来た頃になると、来月の武術祭の話題が上ってくる。
「と言う訳で、立候補及び推薦は明日までですから、皆さん決めておいて下さいね。」
マルグリット先生の言葉に男子の気合いが入った感じだ。
「それと・・・女子の立候補もアリですからね。」
マルグリット先生の言葉に私は胸をときめかせる。ヒナちゃんなら並み居る男子達を一刀両断に斬り捨てる事だって出来るはず!
ヒナちゃんは謙遜して「もう体力じゃ男子には敵わないから無理。」なんて言ってるけど引き受ければきっと優勝してくれる!
――夜。
「ヒナちゃんは出ないの?」
私は期待を込めてヒナちゃんに尋ねた。
ヒナちゃんがジトッと私を見た。
「ヒナなら何だかんだとブツクサ言いながら勝ち上がりそう。」
そう!アイナさんの言う通り!
ヒナちゃんがジトッとアイナさんを見た。
「ヒナちゃんが立候補するなら私も応援するよ。」
私もです!フレアさん!
ヒナちゃんがジトッとフレアさんを見た。
「あんたが出れば良いでしょうが。」
ヒナちゃんがフレアさんにそう言った。
「イヤだよ、勝てないモン。」
フレアさんがあっけらかんと答えるとヒナちゃんはカッとフレアさんを睨んだ。
そしてヒナちゃんは溜息を吐いた。
「あのね、みんなあたしにどんな幻想を抱いているか知らないけど、絶対に無理だから。」
「そうかなあ。」
私達は首を傾げる。
「男子に混じるのよ。1年生のみで半年前なら確かに1勝くらい出来たかも知れないけど、もう今はムリ。体格も体重も違い過ぎるよ。」
「そうかなあ。」
それでもヒナちゃんなら何か不思議な力とかに覚醒して勝っちゃいそうだけど。
まあ、でもヒナちゃんが立候補しないなら推薦って方法もあるしな。
「とにかく、あたしは出ないから。推薦とか絶対に止めてよね。」
あ、ヒナちゃん結構本気で嫌がってる。
うー・・・残念。私達は渋々と言った感じで頷いた。
翌日のホームルーム。
「では、まず立候補者はいますか?」
マルグリット先生の問いかけにリューダ様が顔を赤らめながら手を挙げていた。
リューダ様、出るんですか!流石はヒナちゃんが認める男の子です!頑張って下さい!!よし、これは全力で応援しないと。
そして推薦タイム。
『誰にしようか。』
1人は決まっている。エリオット様だ。このクラスで1番強いと聞いている。あと2人。もう1人はエルロア=スタンジール様にしよう。この方も剣術が得意らしい。もう1人は見当が付けられなかったので適当に目に入った御令息の名前を書いておく。
・・・本当はヒナちゃんの名前を書きたかったんだけどな。
投票終了が終了してその結果。エリオット様、エルロア様、エロル様の3名に決まった。この3人とリューダ様がクラスの代表だ。
そして私が悔しく思ったこと。実はヒナちゃんの名前が挙がってたんだ。しかも実質の4位!流石はヒナちゃん!クラスの御令嬢方が書いたのは調べなくたって解る。
うー・・・もし私もヒナちゃんの名前を書いていたらひょっとしたらヒナちゃんが代表に選ばれたかも知れなかったのに。
そして武術祭開催の4日前に事件が発生した。というよりも発覚した。
学園祭でリューダ様の衣装をズタズタにしたのがエロル様達だった。やっぱりそうだったのか。
この一連の流れに、マルグリット先生は大変お怒りになり仰った。
「エロル君の武術祭選手登録は取り消しとします。選手は繰り上がって獲得票数4位の人にします。」
・・・こういう事ってホントにあるのね。私は嬉しいというよりも何か空恐ろしくなる。
何だかんだと出場拒否に向けて言葉を尽くそうとしたヒナちゃんだったけど最後には
「・・・解りました。」
と引き受けていた。
――夜。
ヒナちゃんは不機嫌だった。けど。
「でも、何だかんだ言って結局は引き受けるヒナってお人好しよね。私だったら絶対に断るもの。」
アイナ様がそう言うとヒナちゃんは
「・・・リューダ様の手前、カッコ悪いとこなんて見せらんないでしょ。散々、先生ヅラしておいて、いざとなったら逃げ出すなんてさ。」
って言っていた。
ヒナちゃんのそういう処がカッコ良いんだよな。
「ねえ、ヒナちゃん。」
フレアさんがヒナちゃんに躙り寄った。
「な・・・何?」
「ヒナちゃんはリューダ様が好きなの?」
「あん!?」
「!」
ヒナちゃんが変な声を上げる。
私の顔も引き攣ったと思う。ヒナちゃんがリューダ様を・・・。ソレは、実は私も気になっていた。
リューダ様は真っ直ぐで素直で可愛らしくて努力家で。凡そ女の子なら誰しも好感を持ってしまう男の子の典型だと思う。しかもヒナちゃんとの関わりは強い方だ。好きになってもおかしくない・・・。
「なん・・・何を言ってるの!?そんな筈無いでしょ!?」
ヒナちゃんは否定している。
「ホントに?」
フレアさんは食い下がる。
「違うよ!・・・まあ、可愛い方だとは思うけれど、強いて言えば出来の良い弟みたいな感覚よ。」
「・・・そっか。」
そこでフレアさんは諦めた様だけど・・・弟かぁ・・・。確かにテオ君に似ている気はする。それなら・・・まあ・・・。でも本当は好きだったら、私はどうしたら良いんだろう・・・。
ヒナちゃんが私を見て慌てた様な顔をした。
2人が帰ったあと、ヒナちゃんは真剣な顔で私に言った。
「マリ、さっきの言葉はホントだからね。リューダ様は好きだけど友達としてだから。」
「うん・・・」
私は笑って頷く。
そんな私の顔を見てヒナちゃんは私の両肩を掴んだ。
「マリ。お願いよ、信じて。今、私に好きな男の子なんて居ないから。私には貴女しかいないの。マリにだけは信じて貰いたいの。」
貴女しか・・・そうだった。私だって彼女を信じてこの半年を過ごしてきたんだった。その結果は?とても幸せだった。そうでしょう?マリ。
ソレにヒナちゃんは必死になって訴えかけてきてくれてる。だったらコレからもヒナちゃんを信じるのが正解だよ。
私はヒナちゃんに抱きついた。
「うん。信じるよ、ヒナちゃん。」
「良かった・・・」
ヒナちゃんは私を抱き締めてくれた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
翌日の登校時。
また、やたらと視線を感じる。ヒナちゃんが聞いてきた。
「ねえ、・・・何かあたし・・・注目されてる?」
今回は理由が解る。私は答えた。
「・・・ヒナちゃんは注目を集めやすいから。・・・みんな知ってるんだと思うよ。武術祭に出る、たった1人の女の子の事を。」
「・・・ああ・・・」
ヒナちゃんは呆れた様な顔をしていた。
――放課後。ヒナちゃんは武術祭の説明を受けるので、私は先に寮に帰った。アイナさんとフレアさんはマルグリット先生に捕まってお手伝いがあるそうだ。
と言うのを口実に、武術祭の説明を受けに行ったエリオット様が戻って来るのをアイナさんが待っているのは明白。学園祭以降、アイナさんがエリオット様を気に掛けているのは端から見ていても良く解る。フレアさんは・・・付き合わされてるのね。
「ハナコ様、頑張って下さいね。」
「私、応援致しますわ。」
「ええ。こうなっては仕方無いですし、やれるだけやってみますね。」
説明を受けに向かう際にヒナちゃんは御令嬢方に激励され、引き攣った笑顔で応えていた。・・・頑張ってね、ヒナちゃん。
私は部屋に着くと疲れて帰ってくるだろうヒナちゃんを迎えるために夕飯の準備をしようと考えた。以前からヒナちゃんに料理を教わっていたのだけど、最近どうにか形になってきたので偶に私が作らせて貰っている。
ヒナちゃんは卵料理が好きなのでジャガイモとタマネギのオムレツと豚玉にしようと氷嚢庫を覗く。あー・・・豚肉が無い。醤油とか味噌があればもっと色々作れそうなんだけど、この世界で見た事が無い。
豚肉無いなら何にしよう・・・私は町で買った料理本を引っ張り出した。楽しくてかなり長い間読んでしまった。
『ダダダッ』
「?」
誰かが廊下を走ってる。寮母様に見つかったら怒られちゃうよ?
時計を見ればヒナちゃんと別れてから1時間半も経っている。ちょっと本に集中し過ぎたな・・・なんて思っていたら、扉が「バンッ」って開いて私は飛び上がった。
何!?
扉を見ると、肩で息をするフレアさんが立っている。
その表情は・・・今まで見たことも無い程に青ざめていた。そして彼女の口から零れた名前。
「ヒナちゃんが・・・」
私は途轍もなく嫌な予感がして立ち上がった。
「ヒナちゃんがどうしたの!?」
「エ・・・エロル様達に連れて行かれて・・・」
「何処へ!?」
フレアさんは私の剣幕に押されて少しビックリした顔をしていたけど直ぐに教えてくれた。
「学園裏の林に歩いて行くのを見た人がいて・・・」
「!」
私は走り出した。
なんで私は先に帰ってしまったんだろう。あの人達と一緒って事はきっと穏やかな話ではない。ヒナちゃんを待っていれば良かった!・・・ヒナちゃん、無事でいて!
林の中は秋の紅葉に彩られ落葉が降りしきっていた。その中を私は走る。前方で声が聞こえた気がした。迷わずにソコへ向かうと、やがて幾つかの人影が見えた。
男子が6人。その真ん中に尻餅を付いている女子が1人。
女子は男子の一人に後ろから羽交い締めにされていた。女子が藻掻いた際に見えたあのダークレッドの髪。
ヒナちゃん!私は走る。叫びたいけど息が苦しくて大声が出せない。
ヒナちゃんの前に屈んだ男子、エロルがヒナちゃんのスカートに手を掛けて引き摺り下ろすのが見えた。男子達の下品な笑い顔に私の頭は真っ白になった。
駆け寄る。そして私に気付いて驚くエロルの顔を目掛けて脚を振り上げ、骨も砕けろとばかりに振り抜いた。
『バシンッ』
乾いた音と共にエロルが鼻血を撒き散らしながら後ろに吹っ飛んだ。
愛しい人を守れなかった自分の情けなさが悔しくて、ヒナちゃんを傷付け辱めたコイツらに腹が立って、私は気付いたら涙を流していた。
許さない。絶対に。動かなくなるまで踏みつけてやる、そう思って倒れているエロルに向かって、足を一歩踏み出した時。
「・・・マリ?」
「!」
愛しい人の信じられないくらい弱々しい声が私の怒りを吹き飛ばした。私は慌ててヒナちゃんを抱きかかえた。いつの間にか追いついたアイナさんが、下半身に自分の制服の上着を掛けてくれる。気付けば私を呼びに来てくれたフレアさんを始め、エリオット様やリューダ様達も来てくれていた。その表情は一様に厳しい。
「ヒナちゃん、大丈夫!?ゴメンね、遅くなってゴメンね!」
私は流れる涙もそのままにヒナちゃんに呼び掛ける。彼女はボゥとした顔でコクリと頷いた。
「チッ」
エロルの舌打ちが聞こえた。
「行くぞ。」
一派に声を掛けて立ち去ろうとする。
その時。
「セドリック=バトライン!!」
リューダ様が呼び止めた。リューダ様はその双眸に怒りを湛えて、一派の一人、セドリックを睨み据えていた。
セドリックの眼に凶暴な光が宿る。
「俺を呼び捨てにするとは良い度胸だな。リューダ。」
リューダ様はセドリックの言葉に頓着しなかった。
「僕と戦え。女性に不必要に手を上げたお前を、僕は自分のプライドに掛けて許さない。」
・・・夏休み前に言っていた彼の言葉。
「・・・『プライドなどと言う物は無闇矢鱈と持つものでは無い。プライドは1つか2つ在れば充分だ』と。『決して譲ってはいけない、守りたい者を守る事だけにプライドは持てば良い。』と。ハナコさんから剣術を学ぶのは僕にとって決して恥では在りません。」
彼のプライドは今、この時、此処に在ったんだと理解した。何て雄々しいプライドなんだろう。
「舐めやがって。」
セドリックがリューダ様に向き合った。
「ハナコさん、剣をお借りします。」
リューダ様はヒナちゃんに微笑むと、彼女が握っていた剣を取った。
そしてリューダ様はセドリック=バトラインを完膚なきまでに叩きのめしてくれた。そしてオマケとばかりにエロルも殴り倒してくれる。
私がやりたかった事を彼が全部してくれたので私は取り敢えず気が済んだ。
「お前達。」
恐ろしく冷ややかな声でエリオット様がエロル達に声を掛けた。
「流石に覚悟を決めておけ。」
それだけ言うと、ヒナちゃんをヒョイと抱きかかえて歩き出した。みんなもソレに続いた。
ヒナちゃんはエリオット様に抱えられて安心したのかそのまま気絶してしまった。ソレを見てみんなが慌てだし、医務室に先回りして状況を伝えに行く人や、荷物を取りに行く人達でバタバタと別れて走って行った。
その後。
医務室にて意識を取り戻したヒナちゃんは、みんなから散々にお説教を喰らっていた。
みんな怒りはしなかったけど、眼に涙を浮かべて「もう二度とこんな軽率なマネはしないで欲しい」と言い寄っていて、ヒナちゃんは
「すみません。今後は気を付けます。」
と言って頭を下げていた。
でも、私はそんなヒナちゃんに何も言えなかった。だってヒナちゃん、何でも無い様に笑って見せてるけど、全然笑えていない。泣いてる様に見える。その姿がとても痛々しくて何も言えなかった。
――夜。
私はヒナちゃんをベッドに招いた。そして口数少ない私に戸惑っているヒナちゃんの頭を私は確りと抱き締めた。
「マ・・・マリ?」
ヒナちゃんが私の名前を呼ぶ。
私は彼女の頭を撫でながら言った。
「怖かったね、ヒナちゃん。もう大丈夫だよ。もう怖くないよ。」
「な・・・何で。大丈夫だよ。」
無理に笑おうとするヒナちゃんに私は首を振った。
どうか強がらないで、ヒナちゃん。
「大丈夫じゃ無いよ。ヒナちゃん、ずっと震えてる。ずっとムリして笑ってるもん。」
「・・・」
ヒナちゃんは私に抱きついてきた。喉から漏れる嗚咽が聞こえる。
私は優しく彼女の耳に囁き掛けた。
「泣いて良いんだよ、ヒナちゃん。」
するとヒナちゃんは。
「・・・マリ・・・怖かったよ・・・。・・・もう、ダメかと思った・・・。助けてくれて・・・ありがとう。」
涙声でそう言って私の胸に顔を埋めて泣いた。
愛しい人から初めて聞く涙声と初めて見る幼子のような弱々しい言葉に、私は彼女の無事を心から喜ぶ事が出来た。
「・・・本当に・・・無事で良かった。」
いつの間にか私も泣いていた。
翌日。
ヒナちゃんは体調が悪そうだった。
「ヒナちゃん、今日は学園はお休みしよう?」
そう言ったけど、ヒナちゃんは首を振った。
「大丈夫、行く。」
そう言って私の袖を掴んで離さない。
「・・・体調が悪かったら直ぐに言ってね。」
「うん。」
心配で仕方が無いけれど、私はヒナちゃんの手を握って学園に向かった。
エロルとセドリックは学園を休んだ。このまま退学になるだろう、とはエリオット様の言葉。
貴族として御令嬢に性的暴行を加えようとしたのが大問題になったらしい。その他の連中は学園に残るそうだけど、私は彼らが土下座してヒナちゃんに謝罪するまで絶対に許したくない。
そしてヒナちゃんは武術祭を棄権する事になった。当然だ。まだお腹が痛そうだし、男子を怖がってる素振りがある。とても出せる状態じゃない。
その旨をマルグリット先生に言うと先生は
「勿論です。」
と頷かれていた。そして配慮が足らなかったと責任を感じていらっしゃった。
「ヒナちゃん、大丈夫?・・・やっぱり今日は休んだら良かったのに。」
1限目の始まる前、私はヒナちゃんにそう言った。どう見ても彼女は辛そうだ。
「平気だよ。」
ヒナちゃんはそう返してくる。・・・全然平気には見えないけど。
「・・・無理しないでね。」
私は心配だったけどそう言った。
1限目が終わった。2限目は武術の時間。だけどヒナちゃんには当然見学、或いは医務室で休んで貰うつもりだ。
「・・・ヒナちゃん、次は武術の時間だけど・・・」
私はソコまで言って気が付いた。ヒナちゃんの顔が異様に赤い。
「・・・ヒナちゃん?顔が赤いよ?」
まさか・・・。私はヒナちゃんの額に手を当てた。
凄く熱い。
「!!・・・ヒナちゃん、熱があるよ。」
私は慌てて彼女に伝える。
「え?嘘、そんなこと無いよ・・・」
ヒナちゃんはそう言って席を立った。その途端に「ガタガタッ」と膝から崩れ落ち、机を押し倒して気絶した。
「ヒナちゃん!!」
私は思わず叫んだ。
エリオット様がヒナちゃんを抱える。リューダ様が医務室に走って行く。私とアイナさんとフレアさんはエリオット様の後ろから付いて行った。
医務室で、私は先生に昨日から今朝に掛けてのヒナちゃんの様子を細かく訊かれた。私も出来るだけ正確に思い出しながら答えていく。先生が診察を始めるとエリオット様とリューダ様は授業に戻って行った。
やがて先生は危険な状態では無い。精神的に強い負担を感じているだろうからソレが原因で体調不良を引き起こしたのだろう、と仰った。
「良かった・・・」
アイナさんとフレアさんは涙声で呟く。
「私達は授業に戻ってみんなに伝えるので、マリさんは看ていてあげて。」
「はい。」
アイナさんの言葉に私は頷く。
それから暫くしてヒナちゃんは目を覚ました。
「ヒナちゃん!」
呼び掛けるとヒナちゃんはゆっくりと此方を見た。気分はどうなんだろう。ヒナちゃんの柔らかな手を握っていた手に力が籠もりそうになる。
「マリ。」
ヒナちゃんが微笑んだ。
「大丈夫?」
「うん。」
私はヒナちゃんを見て・・・取り敢えずは大丈夫そうだと思った。
「無理しないでって言ったのに。」
私が呟くとヒナちゃんは私の頬に触れた。
「ゴメン。やっぱり1人はまだ不安で・・・。今日はマリから離れたくなかったの・・・。」
「ヒナ・・・」
・・・私から・・・離れたくなかった・・・。・・・何て嬉しい言葉なんだろう。本当に弱っている時に私を頼ってくれるなんて。
「それなら言ってくれたら良いのに。」
そうしたらずっと一緒に居たのに。
「そんな事言ったらマリも休んじゃうでしょ?」
「当たり前だよ。」
「ダメよ、そんなの。」
ヒナちゃんの少し疲れたような静かな微笑みに私の目は釘付けになった。
「今日はもう帰ろう?」
私が提案すると
「うん。」
と頷いた。そして、縋るような瞳でヒナちゃんは私を見上げる。
「・・・あのね・・・。マリは・・・?」
そのヒナちゃんの頼ってくれる気持ちが嬉しくて私はヒナちゃんを優しく抱き締めた。
「もちろん一緒に早退するよ。」
ヒナちゃんも私の背中に手を回す。
「ありがとう、ゴメンね。」
謝らないで。私はこんなに嬉しいんだから。
だから私は素直に気持ちを伝えた。
「こんな時に私を頼ってくれて、ホントに嬉しいよ。ヒナ。」
「うん。」
ヒナちゃんの嬉しそうな返事が私の心を温めてくれる。
それから私はヒナちゃんのお世話をした。ドキドキする事も在ったけど、2日目にはヒナちゃんは元気を取り戻してくれた。いつものヒナちゃん。私は漸くホッとできた。
そして波乱含みの武術祭でウチのクラスは初等部2位という快挙を成し遂げた。エリオット様、リューダ様、エルロア様の3名だけで。御三方、本当にお見事でした。
武術祭も終わったこの後は、夕方の5:00から選手達の労を労うお疲れパーティーが在る。選手は出席を求められるけど、その他の生徒は参加自由だ。参加時間も自由なら、服装も自由。制服じゃ無くてドレス参加もアリらしい。
「ヒナちゃんはどうするの?」
私が訊いてみると
「出るよ。でも一回帰って着替えてくる。・・・マリも着替えるよ。」
と言ってきた。
「え・・・私も?」
・・・制服で良いんじゃないかなぁって思ったけど
「そう、マリも。」
と言って私の手を引っ張るので、その手の感触に幸せを感じながら走り出した。
「ヒナちゃん・・・コレ・・・。」
私は手渡された服を着て戸惑った。
ヒナちゃんが渡してきたのは2ピースのコスチューム。上は制服の色違いで黒、下も黒の膝丈までのフレアスカート。特徴的なのはオレンジ色の大きなエプロン。背中の部分にもコレまた大きなオレンジ色のリボンをあしらっている。
「これ・・・ハロウィン?」
尋ねてみると
「そう、ハロウィン!マリ、すっごく可愛いよ!」
ヒナちゃんはニッコニコの可愛い笑顔で答えた。因みにヒナちゃんも同じ衣装を着ている。
お揃い・・・ヒナちゃんと。ヤバい。凄く嬉しい。双子コーデって言うんだっけ?ゲームでそんな言葉が出てた。
「ヒナちゃんとお揃い。」
私はヒナちゃんに近寄って照れ笑いした。
それからヒナちゃんの周りをグルリと一周して、愛らしいハロウィンドレスに身を包んだ美少女を堪能した。
「ヒナちゃん、リボンが似合うね。凄く可愛い。」
「そ・・・そうかな?」
ヒナちゃんの照れた顔がとても可愛い。
パーティーの時間になる頃、私達は会場に向かった。
「うわぁ・・・綺麗・・・。」
私は思わず声をあげた。
煌びやかなグラスの数々とガラス装飾品が、至るところに焚かれた松明の炎やキャンドルの炎に乱反射して幻想的な雰囲気を醸し出している。
「マリも綺麗だよ。」
ヒナちゃんの声に私は彼女を見て息を呑んだ。
オレンジの光の中で静かに微笑むヒナちゃんは、ダークレッドの髪と瞳を妖しく輝かせて、本当に人為らざる妖の様な美しさを湛えていた。
「・・・ヒナちゃん。」
「ん?」
「・・・凄く綺麗。」
こんな素敵な人と一緒に会場を回れるなんて。
フレアさんはエルロア様に手を引いて貰っているのをさっき見た。上手くいくといいな。
そしてアイナさんは大人気のエリオット様の所に居る。
たくさんの御令嬢に囲まれているエリオット様に話し掛け辛いのか、後ろの方からエリオット様を熱い眼差しで見つめていた。何とか話せると良いんだけど。
「アイナさん・・・何とかしてあげたいな。」
私が呟くと
「何とかしてみよう。」
とヒナちゃんが言ってアイナさんの処へ歩き出す。
そして本当に何とかしてしまった。エリオット様の手を引くアイナさんの嬉しそうな笑顔。
「流石はヒナちゃんだね。」
「マリもナイスフォローだったよ。」
2人で笑い合う。
会場を2人で楽しんでいると、アルフレッド様に声を掛けられた。
成績上位者にプレゼントを渡す為に私を呼びに来たらしい。
・・・正直、アルフレッド様は苦手だ。穏やかだし私を白い目で見ない。でも、あの全てを見通したかのような視線が少し怖い。と、言うよりも頭が良すぎて怖いんだ。
私はヒナちゃんと一緒に居たくて彼女を見たけど、ヒナちゃんは仕方なさそうな苦笑いで私に手を振っていた。・・・しょうがない。諦めよう。
私はアルフレッド様の後ろを付いて行く。
舞台袖で先生より説明を受ける。私とアルフレッド様は2人で初等部のベスト8の方にプレゼントを贈ればいいらしい。あ、リューダ様がいるな。よし、リューダ様にプレゼントを渡してヒナちゃんの処に戻ろう。ベスト4以上の方は初等部2年の侯爵家の方が渡すそうだ。
アルフレッド様以外の候爵家の皆さんは、やっぱり私を白い目で見る。もう、こればっかりは仕方が無い。私は表情を消して出番を待った。
「おめでとう御座います。リューダ様。」
私は舞台の上で、頬を赤らめるリューダ様に学園が用意した銀のペンダントを渡す。
「ヤマダ様が『もう自分では敵わない』と言っていましたよ。本当にお強くなられましたね。」
「有り難う御座います。マリーベル様。もっと精進します。」
夏休みの頃は私とそんなに身長が変わらなかったのに、今はヒナちゃんよりも少し背が高くなったリューダ様。多分、私が親しくする男子の中で一番カッコ良い方だと思う。
そんな彼の恥に噛む姿に私は思わず微笑んだ。
因みにエリオット様は当然居ない。アイナさんに掠われて行ったから。
プレゼント贈呈のイベントも終わり、私は舞台を降りるとヒナちゃんを探した。舞台上からずっとヒナちゃんを探していたけど見当たらなかった。
「中庭に出ちゃったのかな?」
・・・あり得る。ヒナちゃんなら何処にでも行ってしまいそうだから。
中庭に出ると、晩秋の夜風が少しだけ肌寒い。例年に較べると今年は寒くなるのが随分と遅いけど、流石にもう肌寒くなってきている。演奏仲間が減り、少し寂しげな秋の虫達の鳴声を耳にしながら私は中庭を見渡した。
・・・居た。
結構近くにヒナちゃんは居た。・・・でも、一緒に居るあの御令嬢は誰?黒髪の綺麗な御令嬢が楽しげにヒナちゃんと話している。
ヒナちゃんは顔を真っ赤にしている。けど、アレは満更でもない時の顔だ。他の人と話している時でもあの顔は良くするけど・・・でも・・・。
私は何故か胸がザワザワして2人のところに小走りで近寄る。
「ヒナちゃん?」
呼び掛けるとヒナちゃんは少し慌てた様な顔をした。
「マリ・・・ーベル様。もう、終わったのですか?」
「え・・・ええ。終わりました。エリオット様はご不在でしたが。」
何を話していたんだろう・・・。
私が御令嬢をチラチラと見ると、ヒナちゃんは御令嬢を紹介してくれた。
「マリーベル様、こちら伯爵家の御令嬢でセーラ=ステイ=リーズリッテ様。先ほどお友達になって頂いたんですよ。」
友達・・・友達かぁ。
私がセーラ様を見るとセーラ様は私に向かってカーテシーを施した。
「お声掛けさせて頂くのは初めてで御座いますね。セーラ=ステイ=リーズリッテと申します。セーラと呼んで頂ければ嬉しく思います。これから宜しくお願い致しますね、アビスコート様。」
それを受けて私もカーテシーを返す。
「初めまして。セーラ様。マリーベル=テスラ=アビスコートです。私の事はマリーベルとお呼び下さい。コチラこそ宜しくお願い致します。」
なんかヤバい。私はそう感じた。この方はヒナちゃんのストライクゾーンに余裕で入っている気がする。そして多分・・・いや確実にセーラ様もヒナちゃんを気に入っている。証拠は無いけど直感がそう告げている。ヤバい。
私はヒナちゃんに歩み寄る。・・・けど、何をどう伝えていいのかが解らない。でも、気付いてよ、ヒナちゃん。・・・無理だろうなぁ。
その様子を見ていたセーラの目がキラッキラと輝き出す。
「マリーベル様もヤマダ様と同じ衣装をお召しになられているのですね。お二人が並び立つと姉妹の様でとても愛らしいですわ。」
「え、そうですか?」
姉妹!?嬉しい!・・・いやでも微妙?でもやっぱり嬉しい。
「はい、ソレにリトル=スターの時のお二人はとてもお似合いで・・・本当の恋人同士の様に見えました。」
「そ・・・そんな・・・恋人同士だなんて・・・」
こ・・・恋人!!凄く嬉しい!私は火照る頬を隠そうと両手を当てる。でもやっぱりそう言われるのは嬉しくてニヤけてしまう。
その後、アイナさんとエリオット様、フレアさんとエルロア様と合流してセーラさんも交えて5人で残りの時間を過ごした。やっぱりこう言う時間は楽しい。ヒナちゃんと2人でいる時間も楽しいけど、みんなでワイワイと会話を楽しむ時間も大好きだ。セーラさんも楽しそう。
友達に飢えて生きてきた私にとって、こう言う時間は至福なんだ。
でも・・・でもね。私はヒナちゃんに伝えたかった。
だから、パーティーが終わって少し2人で中庭で時間を潰す事にした時。私はアームチェアに腰掛けるヒナちゃんの腕の裾をクイッと引っ張った。
「なに?」
ヒナちゃんが私を見る。
「どうしたの?」
私は言おうかどうしようか迷ったけど、意を決してヒナちゃんを見た。言わなきゃ、ヒナちゃんはあの素敵なセーラさんに気持ちを傾けてしまうかも知れない。
「ヒナちゃん。」
「はい。」
「・・・他の人を好きになっちゃ駄目だよ?」
「はい?」
ヒナちゃんは案の定、首を傾げた。まあ、通じないとは思った。
「誰のことを言ってるの?リューダ様?」
やっぱり。ガックリと首を落とす。
「・・・もういいわ。」
これ以上、何か言おうとしても上手く伝える自信が無い。それじゃあ、ヒナちゃんを混乱させるだけだ。
でも、つい本音がポロリと出てしまう。
「・・・ヒナちゃんって・・・ホントに無防備だから不安になる。」
ヒナちゃんは物凄く心外そうな顔をしている。
でも、ホントに心配なんだよ。ヒナちゃんって意外と流され易いから。
よし。
私は周囲を見回して誰も居ない事を確認すると、ヒナちゃんと並んで座っていたアームチェアから立ち上がった。そして彼女の前に立つ。
「?」
無防備な愛らしい表情で小首を傾げて私を見上げるヒナちゃんに私は顔を近づけた。
「!」
ヒナちゃんの肩が少し跳ね上がった。
ヒナちゃんの柔らかい唇に私は唇を重ねた。私は唇で彼女の唇をパクりと挟むと、少し吸い気味に引っ張りながら・・・スッと離した。
「マリ・・・」
突然のキスに呆然となって私を見上げるヒナちゃんの頬が紅く染まっていた。
「・・・おまじない。」
私はポツリと一言だけそう言った。
そう、コレはおまじない。例えセーラさんに迫られても私の事を思いだして貰えるように。あんまり意味が無いのは解ってるけど、何かして置きたかったんだ。
「ねえ、何のおまじない?」
ヒナちゃんは何度も私に訊いてきたけど恥ずかしくて言えない。
「ヒナちゃんは判らなくていいの。」
そう返すのが精一杯だった。
どうかおまじないが効きますように。




