M31 お礼
「セ・・・セーラ・・・さん。」
あたしは呆然とセーラを見る。あんまりにも予想外過ぎて次のリアクションが取れない。セーラの口づけの感触が頬に残っている。
セーラは頬を染めてあたしを見つめた。
「・・・本当は唇にしたかったのだけど、ちょっと躊躇っちゃった。」
「・・・。・・・も・・・もう。」
少ししてからあたしも漸く頬を膨らませて見せる。
「ゴメンね。怒った?」
「お・・・怒ってないけど・・・ビックリした。」
クソ、顔が熱いな。
「ただいま、ヒナちゃん。」
ガチャリと扉が開く。
あー、もう!そうだよな。そうなるよな。何となくそんな予感はしてたよ。
マリとセーラの鉢合わせ。イベント的に起きない筈が無い。
部屋に入って来たマリの足が止まる。セーラは微笑んでマリを見る。あたしは固まっている。何よ、この三者三様は。
「セーラさん・・・いらっしゃい。」
「お邪魔してます。マリーベル様。お帰りなさい。」
「ただいま・・・。」
マリが再び歩き始めて自室にパタンと入っていく。
「うふふ。」
セーラは自室に入っていくマリを見て微笑ましそうな視線を送る。けど、直ぐにセーラは立ち上がった。
「さてと、私も帰ろうかな。」
「え、もう?」
「うん、充分に楽しんだわ。お邪魔虫は帰ります。」
「お、お邪魔って・・・」
「マリーベル様に宜しくね。」
セーラはそう言うと部屋を出て行った。
「・・・」
あたしはソレを呆然と見送る。
『カチャリ』
と音がしてマリが自室から出てきた。まだ制服のまんまだ。マリはキョロキョロと周囲を見回してからあたしに尋ねてきた。
「あれ?セーラさんは?」
「帰ったよ。」
「そう・・・」
マリはそう言うとセーラの座っていた場所に座る。そしてジトッとあたしを見た。
「ヒナちゃん。」
「な・・・何でしょう?」
「セーラさんと何してたの?」
「何も。」
「嘘。」
・・・ホントに何処まで勘が良いんだよ、この子は。
「・・・ヒナちゃん顔が真っ赤だった。私とキスした後みたいな顔をしてた。」
「!?」
そんな事まで分かっちゃうの!?・・・貴女ホントに凄いわ。
「何してたの?」
ああ、この子相手に誤魔化すとかもうムリ。
「・・・ホッペにチューされた。」
観念してあたしがそう言うとマリはハァと溜息を吐いた。
「せっかくおまじないしたのに・・・」
マリは呟くとあたしを見た。
「どっち?」
「はい?」
「どっちのホッペにされたの?」
「・・・左。」
あたしの口から聞き出すとマリはズイッとあたしに躙り寄った。
「マリ?」
あたしの声を無視してマリはあたしに両手を伸ばし、あたしの顔を押さえた。そして顔を近づけると左頬にチュッと口づけをしてくる。
「マ・・・マリ・・・!」
忽ちユデダコになるあたしを見てマリの表情が和らいだ。
「うふふ、ヒナちゃん。顔真っ赤。」
「あ・・・当たり前だよ。」
あたしは口ごもりながらそう言う。
「ねえ、ヒナちゃん。」
マリが少し真面目な顔になった。
「な・・・何?」
今度は何を言われるのかとドキドキしながらあたしはマリを見る。マリを少し瞳を潤ませながら言った。
「私、ヒナちゃんの無防備さが不安だよ。・・・ヒナちゃんは気付いていなさそうだけど、ヒナちゃんはモテるんだよ?」
・・・は?・・・モテる?前にも言われた事があったけど、前世も含めてモテた事は一度も無いんだよ?
余りにもモテないお陰で、高校最後の年なんて百合に走ってしまったんだから。女の子にはモテても男の子にモテた事なんて・・・。
・・・ん?女の子にはモテても・・・?・・・待って。マリの言う『モテる』ってまさか・・・。
「ね、ねえ、マリ?もしかしてモテるって・・・」
あたしは引き攣った笑顔でマリに訊こうとすると、マリは頷いた。
「女の子に。」
・・・またかよ!マリの『モテる』は何でいつも女の子限定なんだよ!
そして何であたしの人生はこうなんだよ!
いいよ、別に。女の子にモテるのがイヤなわけじゃない。寧ろ嬉しいさ。同性に好かれない奴が異性に好かれる筈が無いもんね。でも、何で女の子『だけ』にモテるんだよ。
「・・・因みに男の子には?」
淡い期待を抱いてマリに訊いてみる。
「知らない。」
マリは首を振った。
だよね。
「もともと1学期の武術試験の時からヒナちゃんを気にする御令嬢は多かったの。それがね、リトル=スターでヒナちゃんが演じたロンディール様の姿と演技を見てファンが一気に増えたんだよ。ヒナちゃんにキスされてみたいって思ってる御令嬢は結構いるんだから。」
・・・知らんかった。そんな事になってたんかい。
「・・・ここ、乙女ゲーの世界だよね?」
「え?・・・。・・・あ、ああ・・・そう言えば・・・そうだったね。」
「・・・百合ゲーの世界じゃ無いよね?」
「・・・」
マリが何だか気の毒そうにあたしを見ている。
「だ・・・だって、ヒナちゃんってカッコいいもん。仕方無いよ。」
フォロー・・・何だろうな。
「・・・ひょっとして・・・」
「?」
マリの声のトーンが変わった事に気付いてあたしはマリを見た。
「・・・ひょっとして、私との事も本当は迷惑だった・・・?」
は?・・・あたしがマリを迷惑?
あたし的に余りにもあり得ない質問が飛んできて、一瞬あたしの思考がぶっ飛んだ。
が、途端に我を取り戻す。
「な・・・!そんな訳無いでしょ!迷惑に感じるような人と・・・あ・・・あんな・・・チチクリ合う筈が無いでしょ!なんなら今すぐにだってマリとアレをしたいって・・・思っ・・・」
自分でトンデモナイ事を口走っている事に気付き、あたしは言いながら顔が真っ赤になって言葉を切った。
「チ・・・チチクリ・・・。う・・・うん。」
マリも真っ赤になっている。
「・・・し・・・失礼な事を申しました。」
あたしが頭を下げると
「い、いえ。と・・・とんでもないです。光栄です。」
マリも頭を下げる。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
数日後。鍛冶ギルドから脚立が2脚届いた。うん、出来映えはバッチリだ。重いけどあたしの力でも運べない事は無い。
追加料金は如何ほどかと尋ねたら「追加は要らない」そうだ。その代わり商品化したいから「お父様に相談させて欲しい」と申し出を受けたので快くOKした。確かにコレ便利だからね。そこそこ売れると思うわ。あたしはお父様宛の紹介状を書いてギルドの人に持たせてあげた。ソレを見れば、お父様も直ぐに時間を作って下さるだろう。
そして更に数日後。
今日と明日はお休みだ。そんな日の朝、農林ギルドから女子寮のロビーに3M程のモミの木が植木鉢に入った状態で届いた。
「ハナコさん、何をするの?」
広いロビーの中央にデンッと置かれたモミの木を満足げに見上げるあたしにマゼルダ婦人が尋ねて来た。
一応前もって断りを入れては居たのだけど、それでもやっぱり寮母様は不安げだ。そんなに心配しなくても大丈夫だって。
あたしはニコニコ顔で答える。
「はい、もうすぐ聖夜祭ですよね。ソレまでこの木に飾り付けをして聖夜を祝おうと思いまして。『もうすぐ聖夜祭ですよー』ってみんなにお知らせしたいんです。」
「・・・そう・・・なの?」
マゼルダ婦人はピンと来てない様だったけど頷いてはくれた。
そして同じく午前中に裁縫ギルドから山のようにあたしが指示した飾り付けが届く。
「ヒナちゃん・・・コレって・・・」
マリが頬を紅潮させて期待に溢れた眼をキラッキラと輝かせる。
あたしは頷いた。
「そう、クリスマスツリー。」
「キャーッ!ヒナちゃん素敵!!」
「おふぅっ・・・!」
マリが抱き締めてくる。思わず変な声が出てしまったが喜んで貰えて何よりだ。
「さ、マリも手伝って。午後から一緒にツリーの飾り付けをするよ。」
「うん。」
ああ、この笑顔が見たかった。
午後からあたしとマリは脚立に跨がってモミの木に飾り付けをしていく。綿を乗せ、鈴を飾り、金粉や銀粉を塗した飾りを付けていく。偶にぶら下げる人形はもちろんサンタクロースだ。
この世界にはツリーを飾る風習は無いしサンタクロースも居ない。でもそんなの関係無い。不評ならあたし達の部屋に移動させたら良いだけだ。
あたし達のやっている事が女子寮に伝わり、休日の暇を持て余していた御令嬢方で周囲がザワつき始める。
「コレは何?」
アイナとフレア、それにセーラが脚立の下から興味津々の顔でこちらを見上げていた。
あたしの顔が思わず綻ぶ。
「うふふ。聖夜祭を祝うモニュメントよ。」
「・・・!」
3人の顔が輝く。
「楽しそう!」
「なら、飾り付けを手伝って。上はあたしとマリ・・・ーベル様で飾るから、下の方をお願いしたいのよ。」
「分かったわ!」
3人が飾りの入った箱に走っていく。
マリが他の御令嬢に声を掛けた。
「皆様も、もし宜しければ下の方の飾り付けをしてみませんか?」
3人を羨ましげに見ていた御令嬢方の表情も輝く。
「宜しいのですか?」
「勿論です。こういうのは皆でするのが楽しいですよね。」
その瞬間、御令嬢方がキャーキャー言いながら飾りの箱に殺到していった。何しろ飾りは未だ未だ大量に残っている。存分に使ってくれ。
うんうん。みんな楽しんでくれそうで何より。あたしとマリは顔を見合わせてニッコリと笑った。
「最後はヤマダ様にお任せします。」
マリの一言で、天辺の飾り付けはあたしに任された。
そっと・・・そぉ~っと・・・。
金粉を塗した大きな星がツリーの上に乗っかって完成した。
「やったー!」
夕日も沈みかかった冬の空に御令嬢方の歓声が上がった。
「大人気だったね。」
「予想以上に好評だったね。」
興奮冷めやらぬ様子で喋りまくって自室に帰って行った3人を見送ったあと、あたしとマリは一息吐いた。
「急に始めるからビックリしたよ。」
「ふふふ。ビックリさせたかったんだもん。最初に脚立を作ろうと思ったのは、コレがしたかったからなのよ。」
「ツリー?」
「うん、そう。マリへのお礼がまだだったなって思って。」
「お礼?」
マリが小首を傾げる。
あたしは頷いた。
「そう、お礼。武術祭の前にあたしが弱ってたとき、マリは本当に心配して色々してくれたでしょ?あたし、アレが本当に嬉しくてさ。何かお礼をしたいって思ってたのよ。」
「・・・ヒナちゃん。」
「でね、思いついたのがマリと一緒にクリスマスツリーを飾る事。きっとマリはこう言う事した事無いんじゃないかなって思ってさ。楽しい思い出をお礼代わりにしようと・・・」
マリが唐突に抱きついて来てあたしは言葉が続けられなかった。
「マ・・・マリ・・・?」
「ヒナちゃん。」
あたしを見上げるマリのエメラルドグリーンの瞳には涙が浮かんでいた。
「・・・とっても嬉しい。」
「え・・・えへへ。そう?なら良かった。」
マリの笑顔がとっても美しすぎてあたしは顔を真っ赤にしながら照れ笑いをした。
マリは黙ってずっとあたしに抱きついていた。あたしもされるが儘にマリの背中に手を回している。どのくらいそうして居たのか。やがてマリがゴソリと動いてあたしの耳元に囁いた。
「大好き。」
・・・ホント鼻血吹きそうだわ。
翌朝、ツリーの所に行ってみると、何処から持ってきたのか彼方此方にテーブルと椅子が置かれていて御令嬢方がツリーを見ながら朝のティータイムに興じていた。
「・・・ホント、予想以上だね。」
「凄いね。」
人気っぷりは半端じゃ無かった。みんな初めて見る聖夜ツリーに感極まっている様子だ。
和やかに挨拶をしてくる御令嬢方にあたし達も挨拶を返しながらロビーを出た。門にはハナコ家の馬車が待っている。
実は、脚立が届いた翌々日にお父様から手紙が届いていた。
『都合の良い日に一度、実家に戻って来なさい。』
って。
何の用だろう?
家に着くとお父様が抱き締めてきた。
「やあ、お帰り、ヤマダ!」
「ただいま戻りま・・・ブッ・・・」
お父様に抱き潰されてあたしは挨拶を仕切れなかった。
「マリーベル嬢もよく来てくれましたね。」
「お招き頂きまして有り難う御座います。ハナコ様。」
抱き潰されて藻掻くあたしを余所に2人は挨拶を交わす。
おいっ。此処に抱き潰されて窒息しかけてる御令嬢が居るんだが!?
「それでコレなんだけどね。」
あたしは抱き潰されてヒリヒリする鼻を摩りながら覗き込んだ。ああ・・・脚立の設計図か。
「見事な物だよ。コレの知識を何処で仕入れたんだい?」
「仕入れたと言うか・・・在れば便利だなって思って作っただけです。」
あたしが答えるとお父様は唸った。
「すると、君はコレを想像で描き上げたという事かい?」
「え?・・・ええ、まあ・・・。」
「ふむ。」
お父様は眉間に皺を寄せて考え込んだ。
あれ?あたし何かマズかった?
なんとなくあたしとマリがドキドキしていると、やがてお父様は顔を上げた。
「大したモノだ。いや実は今日お前を呼んだのはこの『脚立』をハナコ商会の新商品として本格的に売り出そうと思っての事なんだ。」
新商品!?いや、そんな大げさな。
「実は私も以前にコレに似たものを考えた事が在ってね。ただ、重量の問題で流れていた案なんだ。まさかこんな形で軽量化を図るとは思いつかなかった。」
ああ、成る程。
「それでコレを思いついた君の了承を得ようと思ってね。」
は!?了承!?・・・いやいや。
「お・・・お父様。あたしの了承なんて必要在りませんわ。あたしはお父様の娘です。商会に良いようにして下さい。」
そう言うとお父様は首を振った。
「いや、そうはいかないよ。確かにお前は私の娘だが、手柄は敢くまで君のモノで尊重されなければならない。これは商売をする上での鉄則と言うかケジメだね。」
うわ。何かそんな風に言われるととっても嬉しいじゃないか。あたしは姿勢を正した。
「解りました。ではお父様。この『脚立』の案はお父様にお譲り致します。どうぞ良いようになさって下さい。」
「有り難う、ヤマダ。」
お父様は満足げに頷いた。
「あの・・・」
マリが口を開いた。
「何でしょう?」
お父様が柔らかな視線をマリに送る。マリは顔を赤らめながら提案した。
「1つ検討して頂きたいモノが在るんです。」
「ほう、それは?」
「車椅子を作って頂きたいんです。」
「クルマイス?」
おう、マリ。どうした。何故そんなモノを?お父様は言葉の意味にピンと来なかったようだけど。
「其れはどう言う物ですか?」
お父様の目に好奇心の光が宿る。
「椅子に車輪を付けた乗り物です。」
「ほう。・・・何故そういった物が必要なのでしょうか?」
お父様の質問にマリは少しだけ躊躇った後に話し始めた。
「ハナコ様は私の家での事情をご存知かと思います。」
「・・・存じております。」
お父様が頷くとマリは少しホッとした様に話しを続けた。
「私の母も似たような境遇でした。侯爵家には歓迎されて居なかった。そんな母は病に伏せった後、頻りに外の景色を恋しがって居りました。でも、・・・外に出してあげる手段が無かった。結局、母は外に出ることも無く亡くなりました。」
「・・・」
「今になれば思うんです。座ったまま移動出来る物が在ったら外を散歩させてあげる事も出来たんじゃ無いかって。多分、世の中には私の母と同じ様な方々もいらっしゃるでしょう。足腰が弱って満足に歩けないお年寄りの方も。・・・そんな方々の足になってくれる物が在ればと思ったんです。」
「・・・」
お父様は無言で背もたれに身を預け、息を吐いた。お父様が感じ入った時の癖だ。
「・・・。」
マリは不安げにお父様を見つめる。
やがてお父様はマリを見た。
「マリーベル嬢。」
「は・・・はい。」
マリは緊張して返事を返す。
「・・・大変、素晴らしいお考えです。感じ入りました。そのご提案、検討致しましょう。」
「・・・有り難う御座います。ハナコ様。」
マリは安心した様に微笑んだ。
その後、あたし達3人は「ああでもねえ」「こーでもねえ」と言いながら大まかな完成図を作成しにかかった。何しろ、あたしとマリはどう言う物か見当は付いていても構造を知らないから上手く捗らない。結構な時間を使ってしまった。が、何とか形になった。
「では、コレも同時に進めて行きましょう。」
「宜しくお願い致します。」
うん、中々に有意義だったんじゃない?




