M30 ふいうち
「鍛冶ギルド?」
マリが小首を傾げる。
あたしは頷いた。
「そう、鍛冶ギルド。この国ってさ、脚立が無いじゃない?お部屋の内装を弄りたくても天井の中央付近が触れなくて不便なのよね。」
そうなんだ。この国って脚立が無いんだ。ハシゴは在るんだけど壁に立てかけるタイプしかないから、ハシゴが立て掛けられない場所は手が出せない。部屋弄りが好きなあたしとしてはソレが不満。
「マリはこの世界で脚立を見た事ある?」
「キャタツ?・・・ああ、脚立か。・・・そう言えば無いなあ。」
「でしょ?・・・この部屋のシャンデリアだってどうやって付けたんだか。」
「ああ、何か下に土台を作ってソレに乗っかって付けるみたいだよ。」
「へー・・・。よく知ってるねマリ。」
「うん、本で読んだ。」
・・・マリってホントに色々な本を読んでるな。
「まあ、在るんなら何処で売ってるか教えて貰えばいいし、無ければ作って貰おうと思って。」
「そうだね、在ると便利だね。」
マリの了承も得た処で、あたしはギルドの人に理解して貰えるように設計図を書き出す。
「・・・ヒナちゃん、そういうの画けるんだね。ソレに脚立の仕組みも良く知ってるね。」
横で見ていたマリが感心した様に言った。
あたしはフフンと笑って見せる。
「まあね。前世でお父さんの趣味が日曜大工でね。ちっちゃい頃から手伝ってたから何となく解るんだよね。」
「・・・素敵だね。」
マリの口調に彼女の心中を察してしまったけど敢えて気づかないフリをした。代わりに
「マリもこれからはあたしと一緒にやるんだよ。」
って言ってみた。
「・・・うん。」
マリの笑顔にあたしも思わず微笑む。
そう。彼女に家族の思い出が無いなら、そしてソレを羨むのであれば。今一緒の部屋に住んでるあたしが家族みたいなモンだし、あたしと一緒にそう言う思い出も作ればいい。恋の思い出も家族の思い出もあたしがあげればいい。って自惚れすぎかな?
「もうそろそろ12月になるね。」
「だね。」
「ヒナちゃんの誕生月だね。」
・・・そうだった。
「忘れてたでしょ?」
あたしの顔を見てマリが囁いた。
「忘れてた。」
あたしが呟くとマリがクスクスと笑った。
「笑うな~。」
あたしがマリの頭を抱え込むとマリは笑いながらあたしの腕を掴む。
「あはは、痛い、痛いよ、ヒナちゃん。」
クソー・・・このラブリーエンジェルめ。
次の日曜日にあたしとマリは送迎馬車を利用して鍛冶ギルドに向かった。鍛冶ギルドは寮から1時間ほど離れた場所に在る。
「こんにちわー。」
あたしがギルドの受付嬢に声を掛けるとお姉さんはニッコリ微笑む。
「あら、可愛いお客さんね。ようこそ、鍛冶ギルドへ。今日はどんなご用件かしら?」
あたしは設計図を取り出すとお姉さんに見せた。
「これを作って貰いたくて伺いました。」
「ああ、作成依頼ね。モノにも拠るけど前金で金貨1枚から3枚、手渡し時に残金と素材代を頂きますけど宜しい?」
「はい、では金貨3枚を。」
あたしがお姉さんに手渡す。
「貴女はお名前は?」
「ヤマダ=ハナコと申します。ハナコ子爵の娘です。」
「・・・」
お姉さんはビックリした様だ。そらそうだ。裁縫ギルドならともかく、鍛冶ギルドなんて貴族令嬢が顔を出すような場所じゃ無いもんね。
「ちょ・・・ちょっとお待ち下さい・・・いえ、こちらへどうぞ。」
お姉さんは慌てふためいた様子であたしとマリを奥の部屋に通してくれた。
お部屋で待っている間、マリは興味深そうに部屋に置かれた作品の数々を眺めていた。ホント好奇心の強い子だな。あたしはウロチョロするマリに微笑んでしまう。
「お待たせしました。」
暫くすると、慌ててやって来たのがありありと判る様相で大きな男性が入って来た。
「いえ、先触れも無くお伺いしてしまい申し訳在りません。ヤマダ=ハナコと申します。」
「はい、よく存じております。ハナコ商会のお嬢様で御座いますね。私はギルドマスターのオリゲックと申します。お父上には大変お世話になっております。」
「まあ、父をご存知で?」
「勿論で御座います。」
・・・まあ、察しは付いていた。木工ギルドでも同じ様な反応をされたし。
「こちらのお嬢様は?」
オリゲックさんがマリを見る。マリには薄緑色の簡素なワンピースを着せているけど滲み出る高貴さは隠しきれない。当然、気にするよね。
マリが一礼した。
「失礼致しました。アビスコート家の娘でマリーベル=テスラ=アビスコートと申します。」
オリゲックさんの口がパックリと開いた。すまん。そりゃ衝撃だよね。まさか侯爵家令嬢が来るなんて夢にも思わないって。マジで水戸○門状態だって。
「も・・・申し訳在りません!とんだご無礼を!」
今にも額を床に付けんばかりの勢いだ。
マリも慌てる。
「お・・・お気になさらず!今は単なる学生の身ですから!」
・・・話しが進められない・・・。
「これは・・・?」
あたしが渡した設計図を見てオリゲックさんは首を傾げた。
「自立式のハシゴです。あたしは脚立と名付けました。」
「キャタツ・・・。」
オリゲックさんは再度設計図に眼を落とす。・・・その図だと解り難いかなぁ・・・。
「解り難いですか?」
あたしがソロソロと聞いてみるとオリゲックさんは首を振った。
「いや、細かい所まで指示が書き込まれていて理解し易いです。・・・面白いですな。」
良かった。
「しかし問題が1つ。」
「何でしょう?」
あたしは首を傾げる。
「これだと2つのハシゴを組み合わせるようなモノです。指示には金属素材と書かれているので、重量が相当なモノになります。持ち運びに成人男子が2人は必要になります。」
そうなんだ。この国のハシゴは木製と鉄製が在るんだけど、どちらも木の柱や木の棒、或いは鉄柱や鉄の棒を使って作る。これがやたらと重い。だから。
「この、柱の部分を鉄板を四角に折り曲げたモノにして欲しいんです。ソレならどこから力が掛かっても人の体重に堪えられると思うんです。踏み台になる棒も鉄の板に変えて下さい。・・・要は全ての部分を鉄板を加工したモノで作りあげて欲しいんです。」
「・・・」
・・・伝わっただろうか?
「お嬢様。」
オリゲックさんが鋭い視線をあたしに送ってきた。ちょっとビビる。
「は・・・はい。」
「大変素晴らしい発想です。本日より取りかからせて頂きます。」
あ、良かった。
「宜しくお願いします。」
「ヒナちゃんってやっぱり面白いね。」
鍛冶ギルドを出るとマリがそう言った。
「そう?」
あたしが小首を傾げるとマリは頷く。
「うん。一緒に居るとワクワクするの。次は何をするのかなって。」
ああ、笑顔が尊いよ。
あたし達は街で一頻り遊んだ後、寮に戻った。
だが、マリよ。貴女はまだ知らない。何であたしがコレを作ろうとしているのか。その真の意味を。ふっふっふ。
その後、あたしは各方面に達成期限込みの依頼書を同封した書簡を送った。さあ、コレで後は届くのを待つだけ。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「アビスコートさん。これから少しお時間頂けるかしら?」
或る日の放課後。
帰ろうとしていたマリにマルグリット先生が呼び掛けた。
「聖夜祭で侯爵家以上の生徒達に出し物をして貰いたくてね。ご相談させて欲しいのだけど。」
「あ、はい。承りました。」
マルグリット先生はニッコリ笑って教室を出て行く。
「先に帰ってて。ヒナちゃん。」
マリもあたしにそう言い残して出て行った。
じゃ、帰るか。あたしがテクテクと通路を歩いていると
「ごきげんよう。ヒナ。」
声が掛かった。
振り返るとセーラが立っている。
あのお疲れ様パーティー以降、セーラは頻繁にあたしに声を掛けてくる様になった。
「ごきげんよう、セーラ。今日はもう帰り?」
「ええ。貴女も?」
相も変わらずの清楚系美少女は眼に優しい。
「うん。」
「ふーん。今日はマリーベル様は居ないのね。」
「うん。先生に呼ばれてお仕事中。」
「そう・・・」
あたしが頷くとセーラの目がキラリと輝いた。
「ねえ。これから貴女の部屋に遊びに行ってもいいかしら?」
お、何だ?突然だな。まあ別に良いけど。
「良いわよ、別に。」
「ふふふ、やったぁ。」
何よ。随分と可愛く喜ぶじゃない。ちょっと嬉しいゾ。
「さあ、どうぞ。」
セーラを招き入れると、彼女は眼を輝かせて部屋に入って来た。
「コレはなあに?」
セーラはコタツを指差す。
お、早速コタツに興味を持ちましたか。
「絨毯は土足厳禁だから靴は脱いでね。こうやって直に座るのよ。」
あたしがコタツに入って見せる。
「・・・」
セーラもあたしを真似て恐る恐るとコタツに入って来た。
「どう?」
「・・・」
セーラは少しの間、動きもせず無言でコタツの感覚を確認している様子だったけど。
「・・・うん。床に直に座るなんて初めてだけど・・・コレ、良いわね。ソレにテーブルに布団が挟んであるのも面白い。・・・ふふふ、面白いわ!これ!」
何か気に入ってくれたみたいだ。
「はい、コレ。」
あたしは『ドン』とオレンジの入ったお皿を置く。
「オレンジ?」
「そう。コタツに入ってミカンを食べるのが『フウリュウ』なのよ。」
「ミカン?フウリュウ?・・・意味が良く解らないけど・・・」
セーラは何だかんだ言いながらも、オレンジを口に運んだ。
「はい、コレ。」
あたしは『ドン』と濃いめの紅茶の入ったカップを置く。
「少し渋いわ。」
「そう。コタツに入ってミカンを食べながら渋い紅茶を飲むのが『フウリュウ』なのよ。
「さっきから貴女の言っている意味が解らないわ・・・」
セーラは何だかんだ言いながらも、また紅茶を口に運んだ。
「でも・・・何か落ち着くわね。」
「でしょ?」
あたしは清楚系美少女に日本の風流を提供できてニッコニコだ。
セーラはそんなあたしを暫くじっと見ていたけどやがてクスリと笑った。
「・・・ホント、貴女って変わっているわ。」
「そう?」
「ええ、貴女と話していると貴族の御令嬢と話している気がしないもの。」
「そうかもね。」
なにしろ1年前までは単なる平民の娘でしたから。時代も世界も違うけど。
「他の御令嬢と話をしていても、結局は殿方のお話か、家の自慢話か、流行りの噂話になって仕舞うのよね。同じ話を何度も何度も。」
「あー・・・うん。」
あたしも苦手だわ。殿方のお話と言うのは余り混ぜてもらった事が無いから若干の興味は在るけど。
「・・・そこいくと、貴女から聞く話しは、昨日何をしたとか、コレをやってみたいとかでしょ?聴いていて楽しいのよね。・・・若干、マリーベル様のお話が多いのは気になるところだけど。」
う・・・いいじゃん別に。
「でもソレを言うならセーラだって最初のイメージと違うわ。」
あたしも反撃を試みる。
「そう?」
「うん。だってあの時の貴女、御令息2人を凄く冷めた目で見ていたし。ああ、この子は凄く冷めた子か、男を魅了する清楚系小悪魔少女なのかと思ったわ。」
「こ・・・こあくま・・・!」
セーラが絶句する。
「・・・そんな酷い言われ方をしたのは初めてだわ。」
「あ、ゴメン。」
あたしが謝るとセーラはクスクスと笑った。
そんでポツリと呟いた。
「ホント失敗したわ・・・」
なんか前にもそんな事言ってたな。何を失敗したんだろ。
「ねえ、セーラ。失敗って何を?前もそんな事を言ってたよね。」
あたしが訊くとセーラはあたしを見た。
「もっと早く友達に為ってれば良かったなって。」
ああ・・・そう言う事・・・。
「友達に為ったでしょ?別に失敗なんて・・・」
「違うの。」
セーラは拗ねた様に顔を赤らめてソッポを向く。
・・・なんか解らんけどその拗ねた感じが凄く可愛いな、おい。
「な・・・何が違うの?」
「・・・」
セーラはコッチをチラリと見た。何か凄い色気を感じてあたしはドキドキする。
「もっと早く友達に為れてたら・・・もっと貴女の事を知ることが出来たのにって・・・。」
「あ・・・あたしの事?」
セーラの放つ色気に当てられて、もう顔が火照って仕方が無い。
「好きな事とか、好きな食べ物とか・・・」
セーラが静かに躙り寄る。
「・・・好きな人のタイプとか・・・」
な・・・なんか。なんかヤバい。ダメだ。でも、身体が動かない・・・。そんなあたしにセーラは更に躙り寄る。
近い、近いよ!清楚な美少女が吐く息も耳元に感じられる程に近くに居るよ。
「ねえ。」
セーラが固まるあたしの耳元に囁いた。ビクリとあたしの肩が震える。
「ヒナはどんな子が好き?やっぱりマリーベル様?」
え!?何で知ってんの!?
驚いてセーラを見た瞬間、セーラの顔が間近に迫った。
「!」
柔らかくて温かい感触があたしのホッペに残る。
「え・・・」
あたしが思わず驚きの声を漏らすとセーラはスッと離れた。あたしの顔を眺めながら悪戯ッ子の様な眼で自分の唇をペロリと舐める。
なんて小悪魔な表情・・・。あたしは胸を高鳴らせて見つめてしまう。
「ふふふ。キスしちゃった。」
セーラは微笑んだ。




