M28 おまじない
あたしは黒髪美少女に手を取られて中庭に出た。
秋の夜風がヒンヤリと肌を撫でる。中庭は若干だけど肌寒さを感じるので、外に出ている参加者は少なかった。・・・ここにアイナとフレアが居る筈なんだよな。・・・想い人と一緒に。いや、あたしが勝手にそう思っているだけなんだけど。
「強引に連れ出してしまってご免なさい。」
黒髪美少女が閑散とした中庭で静かにお詫びを口にする。
「あ・・・いえ。」
あたしも状況が良く理解出来ていなくて言葉少なめに返した。
「驚いたでしょう?」
「ま・・・まあ。」
うーん、何かこのままぎこちないのもイヤだなあ。
「あ、私、セーラ=ステイ=リーズリッテ。伯爵家の人間です。」
「あ、あたしはヤマダ=ハナコです。」
セーラ様は頷いた。
「知っているわ。ハナコ子爵家の御令嬢でしょう?ハナコ商会の1人娘ですよね。」
「よくご存知ですね。」
へへへ、何かこんな美人に知って貰ってたなんて嬉しいなあ。アイナがセクシー系の美人なら、セーラ様は清楚系の美人って感じ?
セーラ様はあたしを見る。
「それはそうよ。だって貴女、有名人ですもの。」
えー?いやあ・・・。・・・は?有名人?・・・何で!?
「え・・・有名人って・・・何でですか?」
セーラ様は呆れた様にあたしを見る。
「貴女、アレだけ注目を集めておいて気付いてなかったの?」
「は、はあ。」
面目ない。
「いつもアビスコート様と一緒に居らっしゃるでしょう?それだけで注目の的よ。それに私もアビスコート様がとても愛らしく笑っていらっしゃるのを見て、ああ、貴女があの笑顔を引き出したんだなって思っていたわ。」
「・・・」
「それに1学期の定期考査。剣術の試験で男子を倒したでしょう?」
う・・・。ソンナコトモアッタナ。
「それと極めつけは、学園祭のリトル=スターよ。貴女の演じたロンディール様役はアビスコート様のアルテナ様役とセットで女子の間でとても好評だったわ。私も・・・ちょっと見惚れたもの。」
・・・。こんな美人にそんな事言われたら顔が火照るじゃないか!
「そういう訳で貴女は有名人で、私は貴女を知っていたの。貴女は私を知らなかっただろうけど。」
そう言われてドキッとする。あたしはシドロモドロになって返す。
「え・・・いや、お・・・お隣のクラスの方だって事は知ってましたよ。」
「それだけ?」
「あ、いや、ええと・・・。・・・すみません。」
あたしが項垂れるとセーラ様はクスクスと笑った。
「冗談よ。意地悪を言ってみたくなっちゃっただけ。ごめんなさい。」
悪戯っぽく笑う清楚系美人の微笑みにあたしは思わず見惚れる。
「リーズリッテ様は・・・」
「セーラでいいわ。お友達になりたい人に家名で呼ばれるのは好きじゃないの。」
あ、はい。と返そうとして驚いた。今、友達になりたいって言った?
「セ・・・セーラ様は・・・」
「『様』も敬語も要らない。」
「で、でも・・・」
「要らない。」
「・・・セ・・・セーラは・・・。」
言ってみると、セーラ様はニッコリ笑った。ヤバい、吸い込まれそうだ。
「・・・良かったの?あの御令息達を放っといて。」
そう言うとセーラ様はウンザリした様な顔になる。
「いいの。ホントに毎度毎度、いい加減にして欲しいのよ。いつも家の自慢話ばかりで聴いていてちっとも楽しくないわ。」
うーん、それはつまんないな。人の一方的な自慢話ほど聴いていてつまんないモノって他になかなか無いよね。・・・それにしても変わった子だな。子爵令嬢にタメ口を要求するし。ちょいイケメンな御令息2人を鬱陶しがるし。
「ねえ、その衣装。」
セーラ様があたしの姿を見る。
「とっても斬新な色合いね。見ていて楽しくなるわ。」
お、此所にもハロウィンスタイルに食い付く子を発見。あたしは途端にニッコニコで話し出した。
「そうでしょ?秋の豊穣を感謝するコンセプトで作ったのよ。オレンジが秋の実りで黒が大地をイメージしているの。」
さっき咄嗟にアルフレッド様に言った事を、さも意識して作りました風に言う。
「凄いわ。秋の豊穣への感謝を衣装に繁栄させるなんて、とても素敵な考え方だわ。」
眼を輝かす黒髪美少女の愛らしさに、あたしは思わず微笑んでしまう。
そんなあたしを見てセーラは目を逸らして呟く。
「・・・噂通りだわ。・・・失敗した。」
どうした?セーラ様?
「セーラ?」
あたしが尋ねるとセーラは慌てたように
「な・・・なんでもないわ!」
と言った。
いや、頬をホンノリと染めながらそう言われても、どうした?としか思えないよ?まあいいか。
「それよりもね、確認したかった事が有るんだけど。」
「?」
あたしが小首を傾げるとセーラは頬を紅色に染める。ふふふ、何かマリみたいで可愛いなあ。
「リトル=スターの時・・・」
「?・・・うん。」
「アビスコート様と・・・キスしてたでしょ?」
「・・・」
チトシハマノリレメダパニ。・・・いかん、突然の事に遠い世界から強烈な混乱の魔法が飛んできたみたい。一瞬パニクった。
「し・・・してませんよ。」
「私、見えてしまったのよ。唇がくっついているのを。結構、濃厚にしていたよね。」
「嘘!?客席から見える筈が・・・」
あたしはソコまで言ってハッとなった。
「・・・やっぱりしていたのね。」
・・・ああ!!あたしの馬鹿!!こんなにアッサリ引っ掛かって!!
久々のorz状態のあたしにセーラ様は優しく言う。
「大丈夫よ、誰にも言うつもりなんて無いから。ずっと気になってたから確認したかっただけ。スッキリしたわ。」
あたしは恨めしげにセーラ様の綺麗な顔を見上げる。
「うふふ。そんな顔もするのね。」
セーラ様はあたしの瞼をソッと指先で撫でる。
「貴女、私の思った通りとても魅力的だわ。」
清楚なお顔に鎮座した形の良い唇がペロリと舌で湿らされる。
「私もキスに興味があるの。貴女となら・・・してみたいわ。」
「え!?」
あたしの顔を見てセーラ様はクスクスと笑い出す。
何だよ!冗談かよ!超ビックリしたわ!
清楚系美少女はちょっと意地悪なお嬢さんでした。
「ふーん・・・」
セーラ様はあたしをジロジロと見る。
こ・・・今度はなんだよ。あたしは何を言い出されるのか想像が付かなくてビクビクと怯えながら彼女の発言を待つ。怖いよ。誰でもいいから助けてくれ。
「貴女・・・」
そう言いながらセーラ様は両手を伸ばして来てあたしの頬に触れた。そしてそのまま首筋を撫で両肩まで感触を確かめる様に撫で下ろす。
くすぐったいよ。ソレに手つきが、その・・・エロい。首筋を撫でられた辺りでは思わず声が漏れちゃったじゃないか。
「な・・・なんですか!」
「・・・肌がとても綺麗ね。胸も結構ある。ソレに意外と華奢なのね。色白だしとても美人だわ。」
意外とってどう言う意味だ。筋肉モリモリのマッチョマンだとでも思ってたのか。あ、でも最後の感想は素直に嬉しいゾ。
「男の子を打ち倒したって言うからもっと確りとした体つきをしているのかと思っていたわ。」
「・・・」
なるほどね。あたしの乙女としてのイメージって最悪の部類なのかもな。男子が寄って来ないのってこの辺のイメージのせいなのかなぁ。
「これなら・・・」
「?」
「・・・私でも押し倒せそう。」
「!?」
もう、さっきから何なんだ!
「セーラ!さっきから言ってることが酷いわ!そんなにからかわないで!」
あたしが顔を真っ赤にして咎めようとするとセーラは眉をハの字に下げて笑い出す。
「ごめんなさい、貴女の反応がいちいち可愛くて・・・」
「もう・・・」
「ゴメンね。キライにならないで。」
セーラは上目使いでシナを作るようにあたしを見上げる。あざとい!あざといよ、この子!
「セーラって男の子にもそんな目線で見上げたりするの?」
あたしが尋ねるとセーラは小首を傾げた。くそう、可愛いな。
「なんで?・・・する訳無いじゃない。」
「ソレこそ、何で?その視線を送れば御令息なんて一発でしょう?」
「だからよ。自分で言うのも何だけど、この上目使いってかなり可愛く見えるらしいの。侍女に指摘されたわ。『気に入った殿方以外にその上目使いは控えろ』って。・・・だから男にこの視線は絶対に送らない。」
なるほど、その仕草が可愛いって自覚は有るんだ。まあソレなら無闇矢鱈に使う事は無いだろうし安心だ。最後の『だから』以降の意味が判らんけど。男に使わんでどうする。
「ヒナちゃん?」
呼び声に振り返ると、マリがコチラを見て立っていた。
「マリ・・・ーベル様。もう、終わったのですか?」
「え・・・ええ。終わりました。エリオット様はご不在でしたが。」
ああ、そりゃそうだよね。
マリの視線がセーラ様にチラチラと向いている。あ、そうだよね。セーラ様を紹介しなくちゃ。
「マリーベル様、こちら伯爵家の御令嬢でセーラ=ステイ=リーズリッテ様。先ほどお友達になって頂いたんですよ。」
あたしがそう言うと、セーラ様はマリに向かってカーテシーを披露した。
「お声掛けさせて頂くのは初めてで御座いますね。セーラ=ステイ=リーズリッテと申します。セーラと呼んで頂ければ嬉しく思います。これから宜しくお願い致しますね、アビスコート様。」
おお・・・。見た目完璧な清楚系美少女が、悪戯気質を見事に猫の毛皮に隠し込んでるよ。
それを受けてマリもカーテシーを返す。
「初めまして。セーラ様。マリーベル=テスラ=アビスコートです。私の事はマリーベルとお呼び下さい。コチラこそ宜しくお願い致します。」
おお・・・。見た目完璧な可憐系美少女が、夜の肉食気質を見事に猫の毛皮に隠し込んでるよ。
マリはトコトコとあたしの側に来ると、何やら言いたげな視線を投げてくる。ん?なんだ?
その様子を見ていたセーラの目がキラッキラと輝き出す。
「マリーベル様もヤマダ様と同じ衣装をお召しになられているのですね。お二人が並び立つと姉妹の様でとても愛らしいですわ。」
「え、そうですか?」
マリが頬を染める。チョロいぞマリ。
「はい、ソレにリトル=スターの時のお二人はとてもお似合いで・・・本当の恋人同士の様に見えました。」
「そ・・・そんな・・・恋人同士だなんて・・・」
マリが紅色に染まった頬に両手を当てる。だからチョロいぞマリ。とか思いながらもあたしも顔が火照ってくるのを自覚する。
「ヒナ?」
聞き慣れた声があたしの耳に届いた。そちらを見るとアイナとエリオット様が立っていた。その後ろにはフレアとエルロア様もいる。
「みなさん・・・」
ああ、4人で一緒に居たんだ。
「一緒だったんですね。」
・・・ってか、アイナ、今あたしの事をヒナって呼んだわよね?そういやさっきマリも呼んでたな。
「アイナ様・・・その・・・あたしの呼び方・・・」
あたしの言いたい事を察したのかアイナは苦笑いした。
「・・・あのね、実はね、エリオット様とエルロア様には話してしまったのよ。私達が普段はどう呼び合っているのかとか、結構言いたい事を言い合ってる仲だとか。」
「そ・・・そう・・・。」
えっと・・・あたしはどうすりゃ良いんだ?
と・・・取り敢えず、あたしはセーラ様を4人にも紹介する。
セーラ様が嬉しそうに笑う。
「うふふ。何かと話題の多いクラスの皆さんとお友達になれたのはとても光栄だわ。」
皆は微笑んでるけど、少しだけ彼女の中身を知ってしまったあたしの笑顔は若干引き攣っていたかも知れない。
「あの先ほど、アイナさんがヤマダさんの事をヒナと呼んでいた様ですけど・・・」
うん、聴かれてたよね。
「まあ、あたしの愛称みたいなモノです。」
あたしが答えると、セーラ様は目を輝かせる。
「そうなの・・・では私もヒナと呼んでも良いかしら?」
「ええ、どうぞ。」
「嬉しいわ。」
笑うと可愛いんだよな、やっぱ。
閉会式も無くパーティーは成り行き任せに終了して行く。時間を確認するともう9:00を回っていた。みんな気の向くままに解散していた。
セーラはクラスメイトに呼ばれて不満そうに
「では、また明後日。学園で。」
と言葉を残して席を辞する。
「では、俺はフレアを送っていくよ。」
「じゃ、じゃあまた明日ね。マリ様、アイナ、ヒナちゃん。」
エルロア様がフレアの手を取る。うーん、終始、大人しかったな。この子。ずっと顔も真っ赤だったし。恋は人を変えると言うが・・・変わりすぎだろ。無口なフレアとか初めて見たぞ。
「では、俺もアイナ嬢を送っていこう。」
そう言ってエリオット様が立ち上がろうとすると、アイナが慌てて止めた。
「い、いえ!私が男子寮までエリオット様をお送りします。足を痛められてるエリオット様に送って頂くなど出来ません。」
「いや、もう痛みもだいぶ引いたし大丈夫だよ。」
「でも・・・」
「送らせて欲しい。」
渋るアイナにエリオット様が微笑む。
「・・・はい、有り難う御座います・・・。」
アイナがエリオット様の微笑みにハートを射貫かれたのは一目瞭然。アッサリと陥落する。
「君達はどうする?」
エリオット様があたしとマリを見る。
「あたし達は夜風を楽しみたいので、もう少し此所に居ます。」
返答は当然こうです。
エリオット様は頷いて
「では、また明後日に。」
と言い、アイナに手を差し伸べる。アイナは恥ずかしげにその手を取った。
「じゃあ、マリさん、ヒナ、また明日。」
なんかどっちの2人も絵になるなあ。アームチェアに腰掛けながらそんなコトを思っていたら、マリがあたしの腕の裾をクイッと引っ張った。
「なに?」
マリを見ると、何やら言いたげ。
「どうしたの?」
マリは言おうかどうしようか迷ってる感じだったけど、意を決した様にあたしを見た。
「ヒナちゃん。」
「はい。」
「・・・他の人を好きになっちゃ駄目だよ?」
「はい?」
誰のことを言ってるの?
リューダ様?・・・まあ、カッコ良くなったとは思うけど。好き、って程では。ただ、あたしがエロル一派に襲われた時のリューダ様に、後から思い返して胸がトキメいたのも確か。
まさかエリオット様とエルロア様では無いよね?人の想い人に手を出したがるほどの物好きじゃ無いよ、あたしゃ。
マリはやけに真剣な表情。うーん、参ったな。
「誰のことを言ってるの?リューダ様?」
マリはガックリと首を落とす。
「・・・もういいわ。」
え、なんであたし呆れられたの?変なコトは言ってないと思うけど?
「・・・ヒナちゃんって・・・ホントに無防備だから不安になる。」
オイ待て。なんでそんな我が子を心配する母のような眼になってるんだ。
ふと、マリが並んで座っていたアームチェアから立ち上がって、あたしの前に立った。
「?」
なんだ?と思ってマリを見上げると、マリは凄く熱の籠もった視線であたしに顔を近づけた。
「!」
不意打ちにあたしの肩が少し跳ね上がった。
マリの柔らかい唇があたしの唇に重ねられる。湿った唇があたしの唇をパクりと挟むと、少し吸い気味に引っ張られ・・・スッと離れた。
「マリ・・・」
あたしは、突然のキスに呆然となってマリを見上げる。頬が熱い。マリの頬も赤く染まっていた。
「・・・おまじない。」
マリはポツリと一言だけそう言った。