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憂愁のヤマダハナコ  作者: ジョニー
チャプター2 1年生編 / 二学期
27/105

M24 怖い



 って、あたしじゃないか!!




 エロル君が出場取り消しになった事で繰り上げ出場する事になった獲得票数4位の人ってあたしの事じゃん!!とばっちり喰らってるのあたしじゃん!ご愁傷様とか言ってる場合か!




「あの、先生!」


 あたしは慌てた。


「はい?」


 あたしの挙手にマルグリット先生が顔を向ける。


「4位の人って・・・」


「ああ、そうですね。えっと・・・あら、4位はハナコさんね。」


 解ってるんだよ、そんな事は!


「まさか、あたしを出す訳では無いですよね?」


「出て頂きますよ?」


「あたし女子ですよ!?」


「女子でも参加可能と私は前にも言いましたよ?」


「グッ・・・」


 思わず言葉に詰まる。確かに言ってた。


「・・・でも、こんな4日前なんて急な事・・・」


「そうね、ソレは申し訳ないと思うわ。でも、気楽に考えてくれて良いのよ?勝ち負けなんて気にせずに楽しんで欲しいわ。」


 楽しむったって・・・。革の剣で殴り合うんだよ?しかも男子と。おっかないよ。でも回避はムリそう・・・。マルグリット先生の言葉にあたしは肩を落とした。


「・・・解りました。」


 先生はニッコリと微笑む。




 おのれ、エロル。お前は毎度毎度、あたしに迷惑掛けて・・・。この恨みいつか晴らしてやるからな。






 ――夜。




「おめでとう、ヒナちゃん。」


 マリの笑顔が腹立たしい。


「めでたくない。」


 あたしはぶっちょう面で返す。


「応援するからね、ヒナちゃん。」


 フレアの笑顔が腹立たしい。


「応援しなくていい。」


 あたしはぶっちょう面で返す。


「貴女の近くにいると色々あってホント退屈しないわ。」


 アイナの他人事なセリフが腹立たしい。


「じゃあ、代わって。」


 あたしはぶっちょう面で返す。




「まあまあヒナちゃん。武術祭だってお祭りだよ?お祭りって言うのはハプニングが有るからこそ楽しいんだよ?」


 マリ、貴女は揚げ足を取るような子では無いでしょ。ヒナ、悲しい。


「そうそう、マリ様の言う通りだよ。私達も何かやっと楽しくなってきたもん。」


「フレア、だったらお願いだから貴女が代わって。」


 フレアはそっぽを向く。


 アイナが微笑んであたしを見る。


「でも、何だかんだ言って結局は引き受けるヒナってお人好しよね。私だったら絶対に断るもの。」


 そりゃ、あたしだって出来ることならそうしたいよ。でも、リューダ様の手前、みっともない態度は見せられないもん。


「・・・リューダ様の手前、カッコ悪いとこなんて見せらんないでしょ。散々、先生ヅラしておいて、いざとなったら逃げ出すなんてさ。」


「ああ・・・成る程ねえ。」


 アイナが納得した様に頷く。


「ねえ、ヒナちゃん。」


 フレアが躙り寄る。・・・何、そのまるでオモチャを見つけたかの様な表情は。


「な・・・何?」


「ヒナちゃんはリューダ様が好きなの?」


「あん!?」


 予想の遙か斜め上を行く質問に変な聞き返し方をしてしまった。


「なん・・・何を言ってるの!?そんな筈無いでしょ!?」


「ホントに?」


「違うよ!・・・まあ、可愛い方だとは思うけれど、強いて言えば出来の良い弟みたいな感覚よ。」


「・・・そっか。」


 つまんなそうな顔をするな!ったくこの娘はホントに。


 そこで視界に入ったマリの表情にあたしは動揺する。マリは何とも言えない寂しそうな表情であたしを見てた。ちょっと、マリちゃん!?変な誤解は止めてね!?・・・後で誤解を解いとこう。


 ソレはソレとしてアイナが冷静にツッコミを入れて来る。


「同級生の女子に弟って・・・。ソレはソレでリューダ様が可哀想だわ。」


 う・・・確かに。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 マリの誤解を解いて、翌日の登校時。




 何だか、あたしはやたらと視線を感じていた。隣のマリに小声で聞いてみる。


「ねえ、・・・何かあたし・・・注目されてる?」


「・・・ヒナちゃんは注目を集めやすいから。・・・みんな知ってるんだと思うよ。武術祭に出る、たった1人の女の子の事を。」


 ああ・・・。そういう事・・・。にしてもさ、昨日の今日でみんな耳が早すぎないかい?




 ――放課後。


「ハナコ様、頑張って下さいね。」


「私、応援致しますわ。」


 ご令嬢方が笑顔全開で声を掛けてくれる。


「ええ。こうなっては仕方無いですし、やれるだけやってみますね。」


 あたしは引き攣った笑顔でご令嬢方に返事する。


 ハァ・・・どうしてこうなったよ。うう・・・男子とやり合うなんて怖いなぁ・・・。




 トイレの帰り道、人気の無い廊下を歩いていると後ろから声が掛かった。


「おい。」


 振り返るとエロル一派が立っていた。武術祭が終わるまでは、もうコイツに『君』付けはしない。こんな迷惑野郎は呼び捨てで充分。


「何か?」


 あたしも無表情で用事を訊き返す。もうコイツ相手に礼節云々を考えたく無い。


 まあ向こうはあたしの態度に表情を変えたけど、あたしは知らん顔だ。


「何だ、その態度は。俺は伯爵・・・」


「ご用件は何でしょうか?」


「き・・・貴様!」


 エロルの顔が怒り一色に染まったけど、もう毎度の事過ぎてあたしは飽き飽きだ。が、エロルは表情を変えるとニヤリと笑う。


「まあいい。付いて来い。」


「・・・」


 何なんだよ、まったく。


 あたしはエロル一派に囲まれて歩き始める。




 着いた場所は学園裏の丘の近くだった。鮮やかな山吹色に染まった枯れ葉の舞い散る林の中。とても綺麗でロマンチックな場所だ。・・・コイツらさえ居なければ。




「こんな所まで連れて来て、何をする気ですか?」


 あたしは実はちょっと身の危険を感じていた。


 相手は13~14歳の子供だと油断してたけど、考えてみればこんな簡単にノコノコ付いて行って迂闊過ぎたな。


 エロルは振り返ると置いてあった剣を1本あたしに向かって放り投げた。


「・・・」


 あたしはソレを思わず受け取る。


「何の真似ですか?」


「生意気な女に仕置きをしてやる。」




 何言ってんだ、この爆熱脳味噌はっちゃけ小僧は。


「俺が選手を下ろされたのは貴様のせいだ。」


「何を言ってるんですか?」


 ホントに何言ってんだ。


「あたしは何もしていませんよ。」


「うるさい!黙れ!」


 エロルは憎々しげにあたしを睨みつけて叫んだ。


「大体、貴様が俺を劇の主役にして置けば俺達は『あんな事』もせずに済んだんだ。子爵風情は伯爵の俺の言う事に黙って従えば良いんだ。折角、武術祭で俺が活躍出来たモノを、邪魔しやがって!しかもその代わりに貴様が出るだと・・・。もう我慢の限界だ!」




 ・・・ふざけんな。マジでふざけんな。


「あんた馬鹿なの?本当に我慢の限界はこっちの台詞よ。いつもいつも赤ん坊みたいな我儘を大爆発させて、いっつもあたしに迷惑掛けて。我慢の限界?・・・ホント、笑わせてくれる。我慢の『が』の字も知らないお子様が。もう1度ママのお腹に戻って胎児から人生を学び直せ!この最低野郎!!」


 やっちまった。ぶっち切れてしまった。


「・・・」


 エロルはこんな暴言を浴びせられた事は無かったんだろう。真っ青な顔をして口をパクパクさせていた。マヌケヅラ晒してんじゃねえ。




「殺してやる!」


 エロルは剣を振りかざして一直線に突っ込んできた。


「・・・」


 あたしはヒョイと身を躱して通り過ぎるエロルの足に自分の足を引っ掛けた。頭が爆熱し過ぎて猪突猛進のエロルは簡単にすっ転んだ。


 コイツ、夏休み前からなんも変わってねぇ。


 あたしは転んでいるエロルに近寄ると剣を振り上げてエロルの後頭部目掛けて振り下ろした。「ポコン」とマヌケな音が響く。


「はい、1本。勝負はあたしの勝ちですね。」


 口調を戻してそう言うと、エロルは憎悪の炎を灯らせてあたしを睨み付けた。・・・コレ、もう子供がする表情じゃ無いよな。凶悪犯の表情だよ。




 エロルは剣を一派の1人に放った。受け取った相手はセドリック=バトライン様。あたしが推薦の時に3人目に選んだ人だ。


「お前がやれ、セドリック。ボコボコに殴り付けてやれ。責任は俺が取ってやる。」


 セドリック様は受け取った剣を眺め、あたしを見た。その口の端がつり上がる。


「約束だぜ、エロル君。」


「ああ、この女に俺達の恐ろしさを教えてやれ。」


「へへ・・・1度、女を思いっきり殴って見たかったんだ。」


 セドリック様は・・・いや、セドリックはあたしに向けて剣を構える。




 ・・・嘘でしょ、勝てるわけ無いじゃん。とは言っても相手が来る以上、あたしも構えなきゃ。




 セドリックは剣を振りかぶるとあたしの頭上に剣を振り下ろした。とにかく防御!


『ズシンッ』


 強い衝撃が走る。あたしの渾身の防御もやすやすと突破したセドリックの剣があたしの頭上に直撃する。力がまるで違う。


「・・・う・・・」


 打たれた頭の痛みに思わず呻く。


 すると今度はさっきの衝撃なんか比較にならないくらいの強い痛みがお腹を襲って、あたしは文字通り後ろに吹っ飛んだ。セドリックが剣であたしのお腹を突いたんだ。


「う・・・ぐ・・・」


 思わずお昼に食べた物を吐き出しそうになる。・・・痛い、痛い。思わず涙が零れそうになる。


「へへへ、良い眺めだな。パンツが丸見えだ。」


 セドリックの声にあたしは自分が制服なのを思い出して何とかスカートの裾を戻す。




「おい、この女を押さえ付けろ。」


 エロルの声が聞こえてくる。


 それに応じてか一派の1人があたしを後ろから羽交い締めにする。そしてエロルがあたしのスカートを引き摺り下ろした。




 嘘・・・嘘でしょ・・・。イヤだよ・・・マリ・・・助けて・・・。


「やめて・・・イヤ・・・」




『バシンッ』


 派手に乾いた音がしたかと思うとエロルが後ろに吹っ飛んだ。




 何・・・?何が・・・?


 視線をずらすと涙を流してエロルを睨み付けるマリが立っていた。エロルはマリに顔面を思い切り蹴られたらしい。鼻血ダラダラで起き上がってくる。


「・・・マリ?」


 あたしが名を呼ぶとマリがあたしを抱きかかえた。フワリとあたしの下半身に誰かの制服の上着が掛けられる。


「ヒナちゃん、大丈夫!?ゴメンね、遅くなってゴメンね!」


 マリの泣き顔は可愛いな・・・あたしはボゥとなった頭でそんな事を思う。


 見れば他にもアイナやフレア、リューダ様やエリオット様まで居た。他にも何人も。




「チッ」


 エロルの舌打ちが聞こえた。


「行くぞ。」


 一派に声を掛けて立ち去ろうとする。


 その時。




「セドリック=バトライン!!」


 呼び止める声が掛かる。リューダ様だった。リューダ様はその双眸に怒りを湛えてあたしを叩きのめしたセドリックを睨み据えていた。


 セドリックの眼に凶暴な光が宿る。


「俺を呼び捨てにするとは良い度胸だな。リューダ。」


 リューダ様はセドリックの言葉に頓着しなかった。


「僕と戦え。女性に不必要に手を上げたお前を、僕は自分のプライドに掛けて許さない。」


「舐めやがって。」


 セドリックがリューダ様に向き合った。




「ハナコさん、剣をお借りします。」


 リューダ様はマリに抱かれた儘のあたしに微笑むと、あたしの手から剣を取った。




「言って置くがソイツを痛めつけろと言ったのはエロル君だぜ。」


「そんな事は分かっている。ただあんな口だけの奴など相手にならないから、お前で我慢してやってるだけだ。」


 リューダ様、どうしたの?人格が変わってるよ?


 セドリックはこめかみに青筋を浮かべて吐き捨てた。


「このチビが!」


 セドリックが剣を振り下ろす。ソレを受けてはダメ!避けて!


『ドンッ』と音がする。


「き・・・貴様・・・」


 リューダ様は剣で確りと受け止めていた。


「・・・こんなモノか?」


 リューダ様の挑発にセドリックの表情が怒りに染まった。


「リューダ如きが!」


 セドリックは突きを繰り出す。けど、リューダ様はソレを下から上に弾き上げた。そのままリューダ様は剣を振り下ろしてセドリックの頭に叩き付ける。


「思ったより弱いな。」


 リューダ様が静かに言う。・・・強い。ビックリするくらいにリューダ様は強くなっていた。


「特訓の成果が出てるな。」


 エリオット様が呟く。そっか、リューダ様はエリオット様と特訓してたのか。納得。


「貴様ァッ」


 セドリックは逆上して遮二無二にリューダ様に剣を叩き付けるけど、リューダ様は全てを丁寧に捌いて見事な抜け胴を決める。多分、アレは痛い筈。


 セドリックが蹲った。


「あの抜け胴までの流れは、君がリューダに教えた技らしいね。アレをリューダから初めて見せられた時は俺も驚いたよ。」


 エリオット様があたしに言う。


 そっか、あたしの教えた事もちゃんと生かしてくれてるんだな・・・何か嬉しいな。




 セドリックが負けるのを見てエロル達は浮き足立った。多分、連中の中で本当に1番強いのはセドリックだったんだろうな。




 リューダ様はセドリックを見下ろすと向きを変えてエロルに歩み寄る。


「な・・・何だよ・・・!」


 気圧されて後退るエロルの顔にリューダ様は拳を叩き込んだ。


「はぁぁぁぁぁん・・・」


 変な声を上げてエロルは吹っ飛んだ。マリに顔面を蹴られて鼻血ブーのところへリューダ様の渾身パンチを喰らって口からも血を垂れ流し、眼から涙を流したままエロルは気絶する。




「お前達。」


 エリオット様が一派に声を掛けた。


「流石に覚悟を決めておけ。」


 それだけ言うと、あたしを抱きかかえて場を後にする。みんなもソレに続いた。




 その後の事。


 医務室にて意識がハッキリしたあたしは、みんなから散々に説教を喰らった。


 怒られはしなかったけど、眼に涙を浮かべて「もう二度とこんな軽率なマネはしないで欲しい」と言い寄るご令嬢方の姿は怒られるよりも堪える。


「すみません。今後は気を付けます。」


 あたしは本気で心配してくれる皆の気持ちを嬉しく思いながら頭を下げた。




 ――夜。


 あたしはマリのベッドにお邪魔した。


 マリは何も言わない。お説教の時もマリだけは黙っていた。ひょっとして言葉に出来ないくらいに怒ってるのかな?


 そう思っていたらマリは急にあたしの頭を抱き締めた。


「マ・・・マリ?」


「・・・」


 マリは黙ってあたしの頭を撫でてくれる。そして言った。


「怖かったね、ヒナちゃん。もう大丈夫だよ。もう怖くないよ。」


「な・・・何で。大丈夫だよ。」


 あたしがそう言うと、マリは首を振った。


「大丈夫じゃ無いよ。ヒナちゃん、ずっと震えてる。ずっとムリして笑ってるもん。」


「・・・」


 ソレを聞いたあたしは、今の今まで目を逸らしていた心の中の感情がジワリと滲み出てくるのを感じた。


 あたしはマリに抱きついた。嗚咽が喉から漏れる。


「泣いて良いんだよ、ヒナちゃん。」


「・・・マリ・・・怖かったよ・・・。・・・もう、ダメかと思った・・・。助けてくれて・・・ありがとう。」


 あたしはマリの胸に顔を埋めて泣いた。


「・・・本当に・・・無事で良かった。」


 マリの震える声があたしの頭上から聞こえてきた。




 翌日。エロルとセドリックは学園を休んだ。このまま退学になるだろう、とはエリオット様の言葉。


あたしを不当に傷付けた事よりも、あたしに性的暴行を加えようとしたのが問題らしい。その他の連中は学園に残れそうだけど、この先ずっと針のムシロだろうな。




 そしてあたしも結局は武術祭を棄権する事になった。まだお腹が痛いし、それに実は男子が怖くなってしまった。ソレはともかく、結局うちのクラスは3人での参加となるそうだ。




 ・・・何か申し訳無いな。これからは迂闊な行動はホントに控える様にしよう。









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