M21 学園祭 2
――翌日。学園祭の2日目。
今日は生徒と関係者以外に一般客の入場も許可されている。とは言え、無頼の輩を入れる訳にはいかないので学園を通しての招待客になるんだけど。
そしてあたし達の本日の公演は午前と午後の2回となる。午前の部は10:00から11:00まで。午後の部は13:00から14:00まで。
まだ9:30にもなっていない内から、客席はガンガン埋まり始めていた。エリオット様とリューダ様の抱擁シーンとあたしとマリのキスシーンが噂になり女子生徒を中心に人気が集中しているらしい。
それを聞いてエリオット様が
「参ったな・・・」
と頭を掻いた。
「困っちゃうね。」
とリューダ様が苦笑いしながら同意する。
この2人は学園祭の準備を通して凄く仲が良くなっている。殆ど一緒に居る。クラス随一の美少年コンビとしてご令嬢方は妄想逞しく楽しんでおられるようだ。
「・・・。」
あたし達はあたし達で目を見合わせてしまう。
あっちの2人は苦笑いで済むけど、あたし達は直にキスしてるし。しかも観衆の面前で。誰も気づいてはいないけど。妙な背徳感に背筋がゾクゾクする。
「・・・ヒナちゃん。」
お着替え済みのマリが頬を染めてあたしを見上げる。
「・・・なに?」
「今日も紙を落としてしまいそう・・・?」
「!」
何を期待するような眼で見てるんだ。
あたしは火照る顔を見られないように視線を逸らすと
「お・・・落とさないよ。」
と答える。
「・・・そっか・・・」
そんな残念そうに言わないでよ。
お祭りにハプニングは付き物。ハプニングが起こるからこそお祭りは楽しい。・・・そんな事を宣った昨日のあたしに今日のあたしは小一時間はお説教を喰らわせてやりたい。
「あれ!?」
リューダ様の驚いた声でソレは発覚した。
「どうした、リューダ?」
エリオット様の問いかけに応じてリューダ様は自分の衣装を持ち上げた。
薄黄色のローブは鋭利な何かでズタズタに斬り裂かれ、泥に塗れていた。
「何だソレは!?誰がやった!?」
強烈な悪意が漂うその無残なローブを見てエリオット様が叫ぶ。
「・・・」
あたしも含めてみんな青冷めた。劇、どうしよう。
そんな不安漂う中でアイナが言った。
「ひょっとしたら代わりになるドレスが在るかも知れません。取ってきますのでお待ち下さい。」
そう言って彼女はパタパタと走り出して行った。
「とにかくあたし達は準備を済ませて置きましょう。」
あたしはそう言って皆を準備に促した。
20分程でハァハァと息せき切って駆け込んできたアイナの片腕には、薄青色のドレスが抱えられていた。
「こ・・・これで、どうでしょうか?」
フラフラのアイナをエリオット様が慌てて支え、ドレスを受け取るとリューダ様に手渡した。
「リューダ、取り敢えず着てみろ。」
「う・・・うん、わかった。」
リューダ様は顔を赤くしながらドレスを受け取ると制服を脱ぎ始める。けど、リューダ様がドレスの着方など知るはずも無く周囲のご令嬢が着付けを手伝い始めた。ご令嬢方の顔もリューダ様に負けず劣らずに真っ赤だ。まあしゃーない。
着付けが終わると、其処には薄青色のドレスに身を包んだ美しいご令嬢が立っていた。ドレスに入っていたスリットからチラチラと見える生足が艶めかしい。・・・いやいや、コレはマズいでしょ。リューダ様の生来の愛らしさとドレスの美しさが相俟ってどう見てもご令嬢にしか見えない。
「どう見てもご令嬢ですね。」
あたしの呟きに皆が無言の相づちを打つ。
「いや、コレで行こう。」
エリオット様が言った。
「昨日のローブもぱっと見は女性物に見える代物だった。それにリューダは中性の神アーレの役だ。そうだな・・・装飾なんかで手を加えれば、女性の服を着ていたって変じゃ無い。」
一番近くで見ていたエリオット様が言うんだからそうなのかな?ってか迷ってる時間なんか無いんだからソレで行こう。
「では、小道具チームの皆さん。急遽で申し訳在りませんが装飾をお願いしても宜しいでしょうか?」
「はい、お任せ下さい!」
あたしのお願いに小道具チームのご令嬢方は妙に張り切った声で応えると、何をされるのかと不安顔のリューダ様にワラワラと群がっていく。リューダ様、頑張れ。
ふと、エリオット様がアイナに歩み寄るのが見えた。
「シルバニー嬢、貴女の機転で無事に開演出来そうだ。ありがとう。」
微笑むエリオット様にアイナの顔が真っ赤に染まる。
「カイハンズ様・・・。い・・・いえ・・・。お・・・お役に立てたなら良かったです・・・。 」
今まで見た事も無いようなしおらしい表情で俯き答えるアイナ。・・・おやぁ?
確かに外見も中身もイケメンだもんね。おまけに伯爵家の嫡男。彼の将来は超有望だよ。惚れちゃうのも仕方が無い。分かるよ。
あたしは五草会でのアイナの意気込みを思い出して、心の中でアイナにサムズアップを送る。でも、彼は競争率がメッチャ高そうだしなぁ。うん、こっちも頑張れ。
さて、結果。光の神アーレは殆ど女性寄りの中性の神に生まれ変わった。顔を真っ赤にしてみんなに姿を披露して見せるアーレに皆がホゥと溜息を吐いてみる。
さあ、開演。
舞台に現れたリューダ様に客席がザワめく。
「男の子?女の子?」
「男の子だと思うけど・・・。」
観客の興味を良い方向に引けてるみたい。リューダ様が動く度にスリットからチラ見えする生足に、いちいち黄色い悲鳴が小さく上がる。楽しんで貰えて何よりだ。
あたしとマリへの反応も上々で、良い塩梅に劇は進行して行く。
そしてエリオット様とリューダ様の最大の見せ場・・・乙女的にだけど。が、やってきた。
横たわるエリオット様にリューダ様がかがみ込む。
『ああ・・・私のニケイア・・・』
そしてリューダ様がエリオット様を抱き締めた瞬間に観客の女子生徒達から歓声が上がる。
因みにこの後の話として、アーレはニケイアを意識した事により女性の身体へと変貌して光の女神アーレとなる。そしてニケイアの妻になるのだけど・・・残念ながらそのエピソードはリトル=スターでは語られない。そのお話は続編のブライダル=スターでのお話になる。
・・・が、一部のご令嬢達の中ではブ、ライダル=スターでのエリオット様とリューダ様まで脳内は補完されているらしく、『リューダ様はエリオット様の嫁』と言う立ち位置になっている様だ。
・・・まあ、本人達には言うまい。
「・・・」
それも相俟ってか、舞台袖では相変わらず何かを啜る音がご令嬢方の口の辺りから聞こえてくる。
そしてもう1つのクライマックス。あたしとマリのキスシーン。
マリを引き寄せて抱き締める。
『・・・どうか私の側に居て欲しい。君が好きだ、アルテナ。』
『私もお慕い申し上げます、ロンディール様。』
マリが答える。
左手でマリの腰に手を回し、右手は彼女の頬に手を添える振りをしながら小さい厚紙を取り出す。マリはあたしの首に両手を回して2人の口が観客から隠れる様にする。
角度良し。立ち位置良し。この体勢で在れば2人の唇の間に紙を挟んでいる事は観客側からは見えない。舞台袖からも見えないけど。まあ、ソレが判ってたから昨日は紙を捨てたんだけど。
今日は紙は捨てない。ちゃんと決められた通りにやろう。
あたしはマリに顔を寄せる。同時に紙を口元に持って行く。
マリの片腕があたしの首から外れた。
『?』
あたしがアレ?と思った瞬間、マリが外したほうの手の指であたしの持っていた紙を「ピン」と弾き飛ばした。紙があたしの指から飛んで床に落ちてしまう。
『え?』
「マリ・・・」
言い切る事が出来なかった。
マリはグイとあたしの顔を引き寄せて唇を重ねる。柔らかな感触があたしを支配する。突然の行為に驚いて抵抗したのは一瞬だけ。その後はマリの強烈な意思にひきづられてマリのリードに身を委ねる。マリの鼓動が激しく高鳴っているのが良く分かる。多分だけど、あたしの鼓動もマリは感じているんだろうな。
「え・・・ホントにしてる?」
「ホントにしてない!?」
客席のザワめきも何の其ので、あたし達は掛け替えのない口づけを交わすとゆっくりと顔を離した。そして何食わぬ顔で演技を続ける。心臓のバクバクを懸命に押さえながら。
客席のザワめきも収まらぬ中、2回目の公演も終了を迎える。拍手は喝采だった。客席に座った生徒の半数が席を立たない。
「もう1回観る。キスしているか確認する。」
そんな声が聞こえてくる。
うーん・・・ソレは困るなぁ。
休憩時間。マリがトコトコと近寄って来た。
「ヒナちゃん、ごめんね。怒ってる?」
マリのちょっとおっかなびっくりの表情を見てあたしは思わず笑ってしまう。
「別に怒ってないよ。でも、どうして急にあんな事したの?」
と訊くと、マリは少し口を尖らせた。
「だって、あんな紙1枚に邪魔されるのはイヤだったんだもん。」
あたしはその一言にノックアウトされた。
3回目の公演。これがラスト。
「みんな、これが最後です。頑張りましょう。」
あたしの掛け声にみんなが頷く。
あたしはマリを見てペロッと舌を出すと笑ってみせる。マリも同じ様に悪戯がバレた時の様にテヘッと笑って見せた。
実は休憩時間にキスシーンに指導が入ってしまったんだ。
最初は本当にキスしているのかとマルグリット先生に疑われていたらしい。なので、ちゃんと紙を間に挟んでいると弁解したら『まあ、女の子同士だしね、本当にする筈も無いわね。』と納得され『演技に熱が入るのは良いけど、あんまり際どい演技はしない様に。』と言われた。
まあ、最後くらいみんなで決めた通りにやろう、と2人で納得したんだ。
そして3回目・・・も、無事に終了。勿論キスシーンでは紙を間に挟んだ。
大団円。
お客さんが帰った後、あたし達は全員で拍手をし互いの頑張りを褒め称えた。
「ハナコ嬢。」
エリオット様が一歩踏み出してあたしに声を掛けた。
「はい?」
「今回の学園祭の成功は貴女がもたらしてくれた物だと思っている。奮闘してくれた貴女に感謝をしたい。楽しい思い出をありがとう。」
「・・・え、いや、そんな・・・。」
あたしは思い掛けない言葉に頭が真っ白になり、しどろもどろになりながら応える。
「・・・みんなが頑張ったからです。あたしは切っ掛けを作っただけです・・・。」
くそう。コレは反則だ。目頭が熱くなっちゃったじゃないか。
「あたしこそ、こんなに楽しくなるとは思っていませんでした。本当に・・・有り難う御座います。」
頭を下げた途端に、眼からシズクが零れ落ちた。
ぎゃあっっっ恥ずかしい!あたしは泣き顔を見られない様に手で顔を覆った。チクショウ、柄にも無く感動しちまった。両隣に立っていたマリとフレアが嗚咽を押し殺すあたしの肩と背中をポンポンと優しく叩いてくれる。
その様子を見て、エリオット様はみんなに声を掛けた。
「さあ、明日は休日だ。確りと身体を休めてまた明後日から頑張ろう!」
「おおっ!」
貴族の令息令嬢には似つかわしく無い、陽気な声が舞台袖に響いた。




