M20 学園祭 1
翌日、あたしは衣装の一部を変更する依頼を出すとみんなに告げた。
「変更とは何処を・・・?」
アイナの質問にあたしは答える。白タイツを黒に変更する事とマリのスカートの丈を伸ばす事。
結果、ご令嬢方から猛反対を喰らって却下された。何でだよ!?
ご令嬢方曰く
『あの危うさが良い』との事。
ソコが嫌だから変更するつってんのに此のご令嬢方は・・・!
なんやかんやと時間は過ぎていく。因みにエロル君達が提案した楽団による演奏は、あたし達の劇を盛り上げる為の演奏をする事で落ち着いた。エロル君は猛反対したが先生の鶴の一言で決定する。
『これでクラスの出し物が1つに成るならこの上は無いでしょう?』
あたしはエリオット様とリューダ様と共に、楽長さんと打ち合わせをして台本を渡した。
『リトル=スターなら演目でこなした実績も在りますし、任せて貰えるなら此方で曲は決めてしまいますが。』
という神の様な提案を頂いて、あたしはソレに飛びついた。
エロル君一派はふて腐れて『もう参加はしない』と宣言してきたけどむしろ助かる。時間も無いこの状況で、今更引っ掻き回されたりしたら堪ったモンじゃ無い。
そう思っていたら何と本番3日前に自分達に主役かそれに準ずる役を回せと言ってきた。何言ってんだ、コイツラは。
あたしは溜息を吐いて言った。
「回せる筈が在りませんでしょう?もう3日前ですよ?」
「うるさい、伯爵家の俺が言っているんだ。子爵風情が口答えをするな。言うとおりにしろ。」
・・・コイツはもう駄目だな。生まれ持った人間性がどうにもならない。
あたしはもう目も合わせずに言い切った。
「出来ません。」
「貴様、後悔させてやるからな。」
今まで準備に勤しむあたし達を鼻で笑っていたコイツが、急に参加の意思を示した理由も何となく察しがつく。・・・多分だけど、家の人か無視できない誰かに学園祭での出し物について訊かれでもしたたのだろう。或いは学園祭に来るとでも言われたかい?それで焦ってるんだろうな。正直、知ったことじゃない。
でも、家の人が来た場合に息子が何の役にも就いていないと知るのは、楽しみにしていた家の方が気の毒だ。仕方が無いので当日の宣伝係を割り振ったら激怒して拒否された。じゃあもう知らん。
別に意地悪した訳じゃ無いんだ。本当に当日の役割くらいしか残っていない。
あたし達の劇はエリオット様とリューダ様の活躍で、本来は学園祭の舞台には選ばれて無かった小講堂を借り切る事が出来ている。マジで大手柄。ご令嬢方の2人への好感度は絶賛爆上がり中だ。
そしてもう既に大道具係の男子達が業者さんと協力して搬入及びセッティングを開始し始めていた。それに連動して小道具係のご令嬢達も飾り付けに入っている。ここに非協力的な人材を投入する事はNGだ。冗談抜きでこの両部隊が今一番大事な部隊なんだ。全員がこの2部隊の御令息、ご令嬢達の指示や要望に従って動いている。
劇の役どころも当然決まっているし、台詞や振り付けも完璧に近いくらいに咬み合っている。そもそも衣装が無い。
せめてあと1週間早く申し出てくれれば何処にでも放り込めたのに。
横で「子爵風情が」だの「成り上がりの貴族が」だの「お前など貴族に相応しく無い」だのとガチャガチャ喚くエロル君とその一派にウンザリしていた時、凜とした声が響いた。
「いい加減になさいませ!」
驚いて声の主を見るとマリがエロル君達を見据えていた。
「先ほどから黙って聞いていれば、何を道理の通らない事ばかり仰っているんですか?」
「アビスコート嬢・・・」
勢いよく喚いていたエロル君一派がマリの一言で途端に大人しくなる。まあ、マリーベルのアビスコート家での立場がどうとかって問題は関係無く侯爵令嬢に本気で責め立てられたら大抵はビビるよね。
っていうか、マリかっこいい・・・。やや吊り目の双眸で男子を睨み据える姿が美しい。まさにクールビューティー・・・いやクールプリティー?あたしは初めて見るマリの勇ましい姿に見惚れた。
「そもそも当日の宣伝だって大切な役割です。演者以外の皆さんは全員で行うんですよ?ソレに不満を述べる等と、貴男方は共同作業というモノを何と心得ているのですか!?」
うわ、マリが何かメッチャ怒ってる。どうしたよ、落ち着こう?
あたしが声を掛けようと腰を浮かせた時。
「どうしたの?」
と最後の打ち合わせを終えて帰ってきたエリオット様とリューダ様が尋ねてきた。
「・・・!」
エロル君一派は気まずそうにその場を離れてくれて何とか収まった。
――夜。
部屋に戻ったあたしはマリにお礼を言った。
「マリ、今日は助けてくれてありがとう。カッコ良かったよ。」
「!・・・えへへ。いいのよ。」
マリは照れ臭そうに言った。
ああ、可愛いなあ。
「でも急に本気で怒り出したからビックリしたよ。」
あたしが笑いながら言うとマリは口を尖らせた。
「だって、あの人達、自分が悪いクセにヒナちゃんの事を悪く言うから・・・頭にきて・・・」
うぁ・・・あたしの為だったのか・・・嬉しいな。
あたしは堪らずにギュッとマリを抱き締めた。制服着たままだしシワが寄るかもだけど気にしない。
「ヒナちゃん・・・!」
マリの驚く声を耳元に聞きながら、あたしは囁いた。
「・・・ありがとう。とっても嬉しいよ。」
「・・・うん。」
あたしのお礼の言葉にマリは頷くとあたしの背に両手を回した。
「本番は絶対に成功させようね。」
マリの言葉にあたしは頷いた。
「うん。」
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学園祭『グラス=ベル=フェスティバル』。
10月は季節を告げる神様が夏の終わりを人々に告げる為に、スズランの草葉で編んだベルを鳴らして回る月だと言われている。また、早ければ来月後半には到来する長い冬に向けて無事に春を迎えられるように祈願する祭りを国を挙げて開催する。・・・らしい。
グラスフィールドストーリー1年生のあたしにはピンと来ない。
とにかくグラスフィールド学園も、その祈願祭にあやかって学園祭を10月に開く。
その初日。
生徒が大講堂に集まると高等部の生徒会長が開会を宣言してフェスティバルは始まった。
午前中は高等部有志による演舞台での出し物が披露された。ソレを見て皆のテンションは嫌が応にも上がっていく。そしてそのまま生徒達は自分達の出し物を披露する為にクラスや野外ステージに向かって行った。
あたし達も小講堂に向かった。宣伝担当の人達はもう頑張ってくれている時間だ。そして初回開演は13:30。途中に10分の休憩を挟んで14:30まで続く。
長いストーリーだけに台詞も多い。
衣装への着替えも終わっている。みんな緊張した面持ちで「頑張ろうね。」と声を掛け合い気持ちを劇に集中させている。
――どのくらいお客さんは入ってきてくれるかな?
そんな中、あたしは客入りが気になった。
――席の半分も埋まっていてくれたら御の字なんだけどな。
あたしはそっと舞台袖から客席を覗いてみる。
「・・・。」
どうしよう。コレはマズい。
「ねえ。」
あたしは客席を覗きながらみんなに声を掛けた。
「どうしました?ヤマダ様?」
「・・・席が足りない。」
「「「え?」」」
全員の問い返す声がハモる。
「立ち見客が出ちゃってます。・・・ざっと30人くらい。」
「うそ、40席は用意してありますよ。」
「・・・あと倍くらい必要そうです。」
今日観に来ているのは学園関係者か生徒か生徒の親族のみだ。つまり貴族かそれに連なる人達。高位貴族が入室してくる度に席の譲り合いが始まる有様だ。・・・まさかこんなに入ってくるなんて。
「マズいよ。」
「どうしましょう。」
「椅子を調達してくる。」
大道具担当の御令息が複数名走り出すとエリオット様が声を掛ける。
「学祭本部に行って事情を話してくれ。高位貴族の方にまで立ち見が出ているから椅子を4~50席追加で貸し出して欲しいと。」
「わかった。」
「他の方々は、立ち見をされている方々に事情をご説明して頂けるでしょうか?直ぐに椅子を用意するから暫くの間は我慢して欲しいと。」
あたしが言うと演者では無い皆さんが頷いて事情説明をしに舞台袖から下りていく。
ちょっとしたアクシデントでみんな緊張してしまったみたいだ。でも、あたしは逆に懐かしく感じた。
前世の男女逆転劇でも似たような事があった。いや、アレはもっと酷かった。本番前日に馬鹿食いしてお腹を下し劇に出られなくなった大馬鹿者の代わりに、全員の台詞回しを覚えていたあたしが冷や汗流しながら代打出演したっけ。アレに比べりゃヌルいヌルい。
――ああ、これぞ学園祭の醍醐味だな。
あたしは楽しくなってきて笑ってしまう。
「ふふふ。」
みんな訝しげだ。
「ヤマダ様?」
「ごめんなさい。でも・・・何だか楽しくって・・・ふふふ。」
「・・・」
「こんなハプニングが起こるからこそお祭りなんですよ。ああ・・・何だかやっと学園祭が始まるんだなって思えてきました。楽しくなってきましたね。」
あたしが言うとマリが釣られて笑い始め、みんなもそれに釣られた様に笑い始めた。
「みなさん、頑張りましょう。」
「はい!」
ああ、みんな可愛いなあ。
開演時間になりナレーションが流れ始める。
場所は天界。天界は今、2つの勢力に分かれて覇権を巡り戦争の真っ最中。両軍の力は拮抗していて膠着状態。そんな中、1人の少年と1人の少女が運命的な出会いを果たす。
この世界の公演舞台にはスポットライトなどは当然無いので、窓の開閉と鏡を使って外の太陽光が舞台にだけ当てられる様に調整されている。
既に舞台に上がっている戦神ニケイア役のエリオット様と光の神アーレ役のリューダ様は、主に女性の黄色い歓声を浴びながら演技に入っている。残念ながらリトル=スターに於いて、あたしとマリのコンビとエリオット様とリューダ様のコンビの絡みは無い。言ってみればこの2つのコンビでW主人公だ。
しかしリューダ様、身長が伸びたなあ。もうあたしやアイナと身長が変わらない。こんな短時間でここまで伸びるモンなのか。男子の中では未だ小さい方だけど、あの調子なら直ぐに追いつくんじゃ無いか?・・・ってか、男子全般の身長がガンガン伸びてる気がする。何か悔しい。
あ、椅子の調達に行ってくれていた男子達が戻ってきたみたい。・・・ん?違うクラスの生徒も居ないか?ってか先生方まで椅子を運んできているぞ。見てると少々ワチャワチャしていたみたいだけど、立ち見客全員に椅子が行き渡った様だ。よしよし。
さあ、戦の場面は終わって、ロンディールの出番だ。
「ヒナちゃん、頑張って。」
マリの声にあたしは微笑んだ。
「マリ、舞台で待ってるよ。」
マリが頬を染めた様に見えた。あたしは舞台に足を踏み入れる。
一瞬、女性客の声が響く。今のあたしは男。女性の歓声は光栄だよ。
『・・・何故、争いは終わらないのか。神と言えど、所詮はこんなモノなのか。』
争いの無くならない世界を嘆くロンディールをあたしは懸命に演じる。
汗が滲む。ってか弾け飛んでる気がする。今は賊に襲われたロンディールが剣を振るって撃退する場面。
クソッ。ユルユルのカットソーが気になるなぁ。胸、見えてないよね。下着のラインも気になる。ああ、やっぱ変更するべきだった。
傷を受けたロンディールが小川に辿り着くシーン。傷を小川の水で癒やしているとヒロインが登場するのだ。
男性客の響めきが上がる。ああ、うらやまし・・・くない。あたしは今は漢だ。
幼くも美しきアルテナ様に扮するマリが立っている。
舞台にライトアップされたマリーベルの美しさよ。あたしは一瞬、演技を忘れかける。
『どうかされましたか?』
演技と分かっていながらも小首を傾げる仕草があざとすぎるよ、マリちゃん!
『まあ、その怪我は・・・!』
アルテナはロンディールに駆け寄ると怪我の手当てをし始める。
うーん・・・屈んだ時にパンツが見えるな。やっぱり変更するべきだった。まあ、こんだけ客席から離れていれば客からは見えないし、見えるのはあたしだけなんだからいいか。
『・・・美しい姫君。貴女の名前を聞かせて欲しい・・・』
『・・・アルテナと申します。黒き貴公子様。』
あたしのボケボケの脳内とは裏腹に美しい出会いを演じていく。
ここで、小休憩。みんなで後半の確認をする。
あたし達は引っ込んで舞台はまた戦場。エリオット様とリューダ様の人気はまたウナギ登る感じか。
戦いの均衡が崩れてきて、戦神ニケイアの与する勢力が劣勢に立たされる。其処でニケイアは負傷して戦地に倒れる。彼に付いていた光の神アーレがニケイアに呼び掛ける。
そして此方のコンビの最大の見せ場がやって来た。・・・乙女的な意味で。
傷つき返事をしないニケイアを前にアーレは自分の想いに気付き、泣きながら抱き締めるシーンだ。物語的にはおかしくないんだ。アーレは中性の神で男性でも女性でも無いからね。・・・ただ、演者はエリオット様とリューダ様だ。美少年が美少年を抱き締めるのだ。
『ああ・・・私のニケイア・・・』
リューダ様の高めの声が小講堂に響き、横たわるエリオット様を抱き締める。
「!!」
客席から声にならない黄色い悲鳴が聞こえた気がする。
「・・・」
舞台袖の女性陣はあたしも含めて声も無く、口をポカンと開けて魅入った。
尊い。尊いってヤツだよね、コレ。・・・ヤバい、ヨダレ出てた。慌てて啜る。そこかしこから、同じように啜る音が聞こえる。
「・・・セリフ飛んじゃった・・・」
メイベル様が呟き、慌てて台本を取りに行く。
場面は再びロンディールとアルテナのお話。交友を重ねる2人が、その触れあいの中で甘酸っぱい感情を密かに育てていき・・・クライマックス。
ロンディールからアルテナへの告白のシーン。そして口づけのシーン。
劇だと分かっていても胸が高鳴る。顔が熱い。舞台の熱だけじゃ無いのなんて分かってる。演技とは言え、マリに恋心を告白するなんて・・・。マリが熱い視線であたしを見つめている。
あたしは想いを込めて彼女を見つめた。
『・・・どうか私の側に居て欲しい。君が好きだ、アルテナ。』
マリの瞳が潤んだように見える。
『私もお慕い申し上げます、ロンディール様。』
マリの顔が紅い。高揚した彼女の顔がとても美しかった。
あたしは彼女を優しく引き寄せてそのまま抱き締めた。口づける時にホントに唇と唇が触れてしまわない様に間に挟む小さな紙を・・・あたしはそっと離した。紙はあたし達の間を舞って床に落ちる。
「!」
マリはソレを目で追って驚いた顔をした。
あたしは小さく囁いた。
「ごめん、落とした・・・」
マリが小さく答える。
「いいよ、きて・・・」
3度目のキスは舞台の上。
客席からは角度を検証してホントにキスしたかどうか分からない絶妙な角度。それだけに響めきが走る。
「え?・・・ホントにキスしてるの?」
とざわめく声が客席から聞こえてくる。
一方で舞台袖ではあたし達が紙を唇と唇の間に挟んでいると知っているので「よし!」と小声が聞こえてくる。・・・本当は何も挟んでいないけど。
前よりも熱く湿った彼女の唇からあたしが静かに唇を離すと、マリは酔いしれた様な瞳であたしを見つめていた。
「・・・とても嬉しいです、ロンディール様。」
マリの絞り出したような艶っぽい声が小講堂を満たした。
リトル=スター公演の初回は大成功の内に幕を下ろした。
トコトコとマリが近づいてきてあたしに囁いた。
「ヒナちゃん、紙を落としたのはホントにうっかり?」
あたしはそっぽを向いて答えた。
「・・・わざと。」
「そっか。」
マリはニッコリと笑った。




