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憂愁のヤマダハナコ  作者: ジョニー
チャプター2 1年生編 / 二学期
22/105

M19 衣装合わせ



 クラス会議の翌々日、変更は出し抜けに提案された。




 それまでも少しザワついていた雰囲気は在ったけど、あたしは気にしていなかった。




「仮装喫茶チームですが、内容の変更をしたいと思います。」


 意気揚々と提案したのはメイベル様だった。




 ――変更?何だろ?


 あたしは無言でマリを見た。マリは首を振って見せる。彼女も知らないみたい。


「仮装『喫茶』は止めて、『劇』に変更したいと思います。」


 ――え?劇?・・・そりゃまた面倒なモノに変更するなあ。




 前世でやった男女逆転劇を思い出す。


 アレ、ホントに大変そうなんだ。シナリオ作成に脚本、大道具と小道具の作成、衣装作成に衣装合わせ、肝心要の劇の練習。舞台進行の摺り合わせに他の出し物と共有する照明や垂れ幕の打ち合わせ、タイムスケジュールの摺り合わせ。


 あたしは横で見ていただけだけど、全部を仕切っていた当時の実行委員にとってはきっと悪夢の思い出だ。まあ、あたしは男女逆転劇、特に男子が面白くて腹抱えて笑ってたんだけど。




「もちろん構いませんよ。どんな劇をやるのですか?」


 マルグリット先生もニコニコ顔で訊き返す。


「はい、みんなで話し合ったんですけど・・・」




 ――おい、あたしとマリは入ってないぞ。




「・・・リトル=スターにしたいと思います。」


「まあ、それは良いタイトルを選びましたね。」


 マルグリット先生もニコニコ顔だ。さっきから先生がご機嫌だな。




 リトル=スター・・・ああ、アレだ。女神アルテナ様と男神ロンディール様の幼少期のお話。出会って初恋に至る迄の物語。


 この夫婦神のお話は3部作で『出会い編』のリトル=スター、婚姻後に様々な障害を乗り越えて結ばれる『婚姻編』のブライダル=スター、夫婦になりこの国を創っていく『夫婦編』のツイン=スターに分かれており、出会い編のリトル=スターは少女達に絶大な人気を誇っているらしい。


 何しろ、恋知らぬ幼い2人が出会い初めて経験する甘酸っぱい想いと感情に翻弄されながらも初恋を自覚していくと言う淡い恋物語なのだから、ジャストタイムである彼女達の心にクリティカルヒットしない筈が無い。




 『仮装側』への参加希望者も、下級貴族のご令息や一部の伯爵令息を中心に増えていて、今やクラスの半分以上がこちらへの参加を表明している。


 でも伯爵令嬢方はマリーベルの存在が気に入らないらしく、こちらに寄ってこない。まあ別に構わないんだけどね。




「マリーベル様、ヤマダ様。御二人に内緒で決めてしまってごめんなさい。」


 放課後、仮装チームの面々が集まってきて謝罪してきた。


 あたしはともかく、マリーベル様を打ち合わせから弾いたのはマズいもんね。まあマリは悪意さえ感じ無ければ、そういう事を気にしたりしないけどね。


「ふふふ。いえ、良いんですよ。でも、驚きました。」


 ほら笑ってる。


 みんなもホッとした感じだ。




「それで、本題なんですけど。」


 アイナが躙り寄る。


「実は、もう主人公の2人は決めてあるんです。」


「そうなんですか。」


「はい。アルテナ様役をマリーベル様、ロンディール様役をヤマダ様にお願いしたいのです。」


「・・・。・・・え?」


 マリが固まった。


 ・・・って言うか・・・ハァッ!?


 何で本人が居ないところでそんな重要な役を決めてしまったの!?ソレってアレだよ!?イジメと変わんないよ!?本人居ないところで決めて良いのは裏方とか、精々が脇役までだよ!?


「ちょ・・・ちょっと、お待ち下さい。」


 あたしは慌てて言った。


「いくら何でも主役はちょっと・・・」


「大丈夫です!」


 何が!?


「御二人はとてもお似合いですから!」


 フレア!お前は後でお説教だ!


 そしてマリ!ドキドキしてるんじゃ無い!受け入れたら膨大な量の台詞と振り付けを覚えると言う大変な作業が待っているんだぞ!


「それに・・・」


 メイベル様がウットリ顔をこちらに向ける。


「私、ヤマダ様がロンディール様に仮装したお姿を見てみたいです。」




 この一言が事態を決定付けた。


「!!・・・解りました!お任せ下さい!」


「・・・。」


 マリの高揚した表情で宣言する横顔を見て、あたしは顔に手を当て襲い来る目眩にひたすら耐えた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「解ってるの、マリ?」


 自室ではマリがチョコンと正座をしてあたしのお説教を喰らっている最中だった。


「劇ってね、ホンットーに大変なのよ。しかも、今回は3週間しか無いのよ。その間に台詞と振り付けを覚えなくちゃいけないのよ?」


「でも、結局は誰かが引き受けないと・・・」


「それはその通りだけど・・・」


 違う。本当は時間の問題じゃない。実際には3週間も有れば簡単な劇なら大抵のモノは完成させられる。本当にあたしが腹立てている理由は・・・




「大体、何であたしが男役なのよ。エリオット様とかリューダ様とか見目麗しい男子は他に居るじゃないの。」


 コレだ。コレが腹が立つ。


 喫茶ならまだ良い。結局は格好を真似るだけだから。でも、劇となると話は違う。男に成りきらなきゃならない。それとも何か?あたしはそんなに漢っぽいのか?エリオット様を差し置く程に漢っぽいのか?


「それは『発案者が主役をやるべきだ』って男の子達は言っていたそうよ。」


「劇はあたしの発案じゃ無い!」


「でも切っ掛けを作ったのはヒナちゃんだよ?」


「・・・むぅ。」


 あたしは言葉に詰まり口を尖らせた。




「ソレに・・・」


「ソレに?」


 マリはポッと頬を染めた。


「私もヒナちゃんの演じるロンディール様を見てみたい。」


 やっぱソレか。急にやる気を見せたのは。


「ハァ・・・もういいよ。ここでグチグチ言っても仕方無いしね。胆を括るか。」


 あたしは溜息を吐いた。


 そしてお父様宛に衣装について相談の手紙を書く。






 学園祭とは言え、出し物に依っては準備は『大変』を極める。ましてや貴族学園の学園祭で劇の準備ともなれば戦場に等しい。・・・いや、戦場に行ったこと無いから知らんけど。




 あれから2日後の打ち合わせ初日。


 あたしは用意した資料をみんなに渡した。


「先ずは役割分担です。劇を完成させる為には此処に書かれている役割が必要と考えられます。」


「大道具と小道具の作成、衣装作成に衣装合わせ。舞台進行の摺り合わせに他の出し物と共有する照明や垂れ幕使用の打ち合わせ、タイムスケジュールの摺り合わせ・・・なるほど。」


 エリオット様が感心した様に頷いた。


「コレをハナコ嬢が考えたの?」


「え・・・ええ。マリーベル様にも御協力頂きまして。」


「!?」


 マリのビックリ顔は敢えてスルー。


「このタイムスケジュールの摺り合わせと言うのは?」


「舞台を使用出来る1日の時間は限られているので、他の出し物の方と・・・つまり、他クラス他学年の方と交渉して頂いて、公演時間を出来るだけ多めに獲得して頂く役割です。」




 全員がドン引いた。


 多分、全役割中、一番責任重大で尚且つ一番難しい役目だ。うん、あたしもやりたくないもん。




「じゃあ、それらの対外関係は僕が引き受けよう。」


 と、エリオット様。


「え!?宜しいのですか?」


 全員の驚きの表情を代表してあたしが尋ねるとエリオット様は笑顔で頷いた。


「もちろん。やり甲斐が有りそうだし、こう言う対外活動は男が率先してやるべきだ。」


「・・・。」


 ヒーロー登場。ヒーロー登場だよ。何このイケメン。こんなイケメン見た事無いよ。この人が王子をやりなよ。いや、マジで。


「リューダ君、一緒にやらないか?」


「う・・・うん。わかった。頑張るよ。」


 リューダ様が頷く。




 一番の難関があっさりと決まった事で、他の役割はスムーズに皆に充てがう事が出来た。


「大道具や小道具は既存のモノを持ち寄ったり、お店に発注を掛けるのも有りです。ただ、極力は自分達で創りましょう。」


「衣装はどうしますか?」


「あたしの父が用意すると申し出てくれました。ですので、演者の皆様は父の用意した業者に寸法を量って頂きます。明日学園に来るそうなので、そのお積もりでいて下さい。演目は有名な物語なので、役どころだけ業者の方に伝えて頂ければ向こうで作ってくれます。」


「おお・・・」


 メンバーは響めく。




 そんな感じで準備は着々と進んでいく。もちろん通常の講義を受けながらなので、準備は放課後に行われるのだけどね。




 そして気がついた。当たり前だけど、学園祭経験者はこのクラスではあたし1人だ。隠していても、打ち合わせで修正案等を出していれば自然と話はあたし中心に進んでいく。これって実質は実行委員と変わらないんじゃ・・・?




 みんなから上がってくる相談に答えながら、台詞覚えと振り付けに励む日々。大変だけど悪くない。楽しい。






「衣装合わせするよー。」


 そんなある日のフレアの陽気な声がリトル=スター組の意識の全部を持って行った。




 火の女神をイメージした深紅のバックレスドレスを着たフレア。


「背中がスースーする。」


 御令息達がさり気なくフレアの後ろに回り、露わになった背中を見て溜息を吐いているのは、着替え中のあたしには預かり知らぬ事。




 静寂の女神をイメージした碧のストラップレスドレスを着たアイナ。


「・・・コルセットがキツい・・・」


 御令息達がさり気なくアイナに視線を送り、露わになった肩から首筋を見て溜息を吐いているのは、着替え中のあたしには預かり知らぬ事。




 戦神ニケイアをイメージしたダークレッドの軍服を身に纏うエリオット様。


「剣が軽いな・・・」


 ご令嬢方が美貌の貴公子を声も無くウットリと見つめているのは、着替え中のあたしには預かり知らぬ事。




 戦神を導き光を司る中性の神アーリをイメージした薄黄色のローブを纏うリューダ様。


「可愛い・・・」


 因みに今のは女性陣の声。




 ・・・しかし・・・今あたしが身に付けているこの衣装はどうにかならないのか?




 下から金細工の入った黒革のロングブーツ、脚から腰までは薄地の白いぴったりタイツ、上半身は黒いカットソーの超ゆったりウェア。両手には黒絹の手袋。・・・この上のカットソーって体勢によっては簡単に胸が見えちゃうんじゃ・・・。


「・・・はぁ・・・」


 着替えを手伝ってくれていたメイベル様が思わずといった感じで声を漏らす。


 視線に籠もる熱が凄い。




「皆様、お待たせ致しました。ロンディール様が降臨されました。」


 やがて我に返ったメイベル様がそうみんなに声を掛けて幕を下ろした。




 クラスのみんなの視線があたしに刺さる。途端にあたしは自分の顔が火照るのを感じた。


 ――ヤバい、恥ずかしい。逃げたい!




「・・・素敵・・・」


 アイナがトロンとした瞳でこっちを見てる。アイナさん!?しっかりして!?


「ヒナちゃん、格好いい・・・」


 フレア!?みんなのいる前でその呼び方はアウトだよ!?


「似合うじゃないか。さすがご令嬢方の一推しだね。」


 美貌の貴公子ことエリオット様が笑顔で賞賛してくれる。っつーか貴方カッコ良すぎない!?ズルいくらいに!!思わず見惚れてしまう。


「ハナコさん・・・とっても綺麗です・・・」


 ちょっ・・・リューダ様!?何、そのあざといお姿!?上半身が透けて見えてますよ!?鼻血吹きそうよ!?




「!」


 強烈な視線を感じて其方に視線を向けると、着替え中のマリが幕の裏から顔だけ出してコッチを見ていた。何というか心の声が聞こえてくるんじゃないかと思える程の熱視線だ。


 マリちゃん!出過ぎ!それ以上幕から出たら上半身が丸出しになるよ!!




 同じ事を幕の内に居たご令嬢に指摘されたのかマリは慌てて引っ込んだ。




 ご令嬢方に囲まれてワチャワチャにされていると、最後の幕から声が掛かった。


「皆様、お待たせ致しました。ロンディール様の永遠の姫君、アルテナ様が降臨されました。」


 そして幕が落とされる。




 美しく長い銀髪はそのままに流し、純白のカットソーにミニスカートが彼女の細い身体を隠している。その上からは羽衣の様に薄いレースが纏われ白い柔肌を優しく包み混んでいる。白い絹の手袋を填め、素足には編み込まれたサンダルが履かされていた。身に付けているのはそれだけ。




 なのに・・・幻想的ってこう言う事を言うのかな。


「・・・」


 みんながその美しさに息を呑んでいる。




 そんな中、降臨されたアルテナ様は・・・マリは、そのエメラルドグリーンの瞳をあたしに向けて近寄って来る。その頬と唇は紅く染まっていて、あたしは彼女から目を離せない。




 マリがあたしの前に立った。




「・・・。」


 あたしは思わず手を差し伸べる。


「・・・。」


 差し出された黒い手袋の上に白い手袋がそっと於かれる。彼女はそのまま静かに軽く片膝を折って傅いて見せた。




『・・・美しい姫君。貴女の名前を聞かせて欲しい・・・』


 あたしが思わず呟いた台詞を受けてマリは微笑んだ。


『・・・アルテナと申します。黒き貴公子様。』




「・・・これはイケるぞ。」


 エリオット様の声にクラスの全員がハッと我に返り、その後にクラスを包んだ歓声は大気が震えんばかりだった。・・・耳がキーンってなる。キーンって。




 今日はもう練習にならないな。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 最近、お疲れよね。




 コタツに仰向けで寝転がったあたしは「ふぅ」と息を吐く。


 するとマリが横に滑り込んで添い寝して来る。




 途端に放課後のマリの姿を思い出して顔が熱くなった。


「ヒナちゃん・・・」


「な・・・なに?」


 ヤバい、声がうわずった。


「・・・とってもカッコ良かった・・・」


 ウットリと言わないで。


「・・・マリも・・・凄く綺麗だった。」


 あたしが返すとマリは嬉しそうに笑った。




「・・・あのね、ヒナちゃん。」


「なに?」


 マリはモジモジしている。何?何か言い辛い事?


「・・・ヒナちゃんの衣装・・・タイツが薄地だね。」


「そうだね・・・」


「あれ・・・タイツ黒地にして貰った方がいいよ?」


「?・・・何で?」


 マリ?顔が真っ赤だよ?


「・・・えてる・・・」


「え?」


「下着のラインが見えてる・・・」


「うそ!?」


 トップスばっかり気にしてたけど、下もなの!?


「・・・凄いエッチだった。」


 マリ、何を思い出してるの。




 あたしも言っとこうかな。


「マリのスカートも、もう少し丈を長くして貰った方がいいね。」


「え?」


「屈んだ時にパンツ見えるよ。」


「うそ!?」


 今度はマリが声を上げる。




 マリは真っ赤な顔であたしを見る。


「・・・見た?」


「・・・少し。」


 あたしは視線を逸らして答える。




「・・・!・・・!・・・!」


 マリは恥ずかしさで暫く悶えてた。




 ・・・確かに知らないうちに見られてるのって恥ずかしいよね。わかるよ。









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[一言] 「・・・これはイケるぞ。」 御飯何杯でも(ぉ)
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