M13 特訓開始
夏休み初日。
あたしは例のちょっと恥ずかしい武術着を着て革の剣を持ってグランドに立っていた。あたしに対峙するのはリューダ様。
先日約束したあたしのリューダ様への剣術指南が始まる。
離れた所でマリとアイナ様とフレア様が座ってみている。もちろん武術着は着せている。ただの見物なんてさせる気は無い。
あたしが見たところリューダ様は剣術の型はちゃんと出来ている。いざ戦いとなれば勝ちたいと言う気迫もちゃんと見えている。
足りないのは体重と筋力。型は出来ているけど筋力が足りないせいで片手で扱った時に剣がピタリと止められずにブレる。
正直言ってリューダ様は小柄だ。身長ではあたしとアイナ様の方が高い。マリよりは少し高いくらいでフレア様と変わらないくらいだ。でも、これは時間が解決してくれると思う。
問題は下半身の力だ。これを確認したい。
「リューダ様。」
「はい。」
「あたしに打ち込んで下さい。そしてそのまま身体毎あたしにぶつかって来て下さい。」
「はい。」
リューダ様は素直に打ち込んで来た。そしてあたしにぶつかる。所謂、鍔迫り合いだ。
お、意外と勢い在るな。
あたしは一瞬だけぐらついたが、踏ん張ると体勢を持ち直す。
「・・・」
暫く押し合い圧し合いを繰り返しながらリューダ様の足腰の筋力を探る。
『・・・でもまだ弱いな』
あたしは量り終えると更に下半身のバネを使って下から押し上げる様にリューダ様をグンと押し返した。
「うわっ」
リューダ様は驚いた声を上げると後ろに多々良を踏んでひっくり返った。
「大丈夫ですか?」
あたしが尋ねるとリューダ様は照れ臭そうに笑いながら頷いて立ち上がる。
あたしは見学している3人を呼ぶとリューダ様とグランドに腰を下ろした。
「何となくですがリューダ様の課題が分かりました。型は出来ています。では課題は何かと言えばズバリ筋力と体重です。」
「そうですか。」
リューダ様は少し悔し気に俯いた。
あたしは微笑んで見せた。
「リューダ様、成長期ってご存知ですよね?」
「はい。」
リューダ様は頷いた。
「リューダ様は未だ成長期に入ったばかりだと思います。そして、見れば分かると思いますがあたし達4人は個人差はあれど成長期に入っていて筋力がつき始めています。だからリューダ様は今あたしに力負けしたんです。」
「僕も大きくなれるんでしょうか?」
不安気にあたしを見る顔が可愛い・・・いや、素直で微笑ましい。
あたしは頷いて見せた。
「もちろんです。リューダ様だって前と比べて少しくらい身体の変化が在るんじゃ無いですか?」
分かんないけど。女子は分かりやすいけど、男の子って筋肉くらいしか思いつかないから正直分かり辛いのよね。前世が女子中学校でその頃の男子と触れ合う機会が無かったってのも在るんだろうけど。
リューダ様は顔を赤くして頷いた。
まあ、何か思い当たったんだろう。
アイナ様?マリ?・・・何で顔を赤らめてるんです?
まあいいや。
「つまり、リューダ様の筋力や体重については時間が解決してくれるって事です。じゃあリューダ様がこの夏に目指す目標は何かと言うと、足腰を鍛えて力の入れ方を覚えましょう。」
「足腰・・・ですか?」
リューダ様は小首を傾げた。おおぅ・・・美少年のその仕草の破壊力よ。3人とも、頬を染めて見惚れるんじゃ無い。
「そうです、破壊力・・・いえ、足腰です。・・・多分ですけどあたしとリューダ様の足腰の強さはそんなに変わらないと思います。でも、先程あたしはリューダ様を押し返しましたよね?それはあたしが力の入れ方を知っていたからです。だからリューダ様もやり方を覚えれば先程の様にはならないと思います。でもソレをするには足腰の強さが必要なんです。」
「分かりました。」
リューダ様が真剣な表情で頷く。
「ではリューダ様、明日から毎日、何所でも良いので走り込んで下さい。鍛えるのは其処の筋肉を使うのが一番ですから。」
「はい。」
「あと、練習メニューは考えて明日渡しますから。」
「ありがとう御座います。」
練習メニューかあ・・・剣道部で教わった筋トレのレベルを下げた奴で良いよね。
あたしがそんな事を考えているとリューダ様はあたしを見て言い辛そうに口を開いた。
「あの・・・こちらの皆さんも強いんですか?」
マリ達を見ながら尋ねてくる。
「え・・・と?」
質問の主旨が見えない。
「まあ、フレア様は強いですね。マリ・・・ーベル様もあたしが色々とワザを教えましたから体格差さえ無ければそれなりに強いと思います。アイナ様は・・・」
「はいはい、私は試合で負けましたよ。」
アイナ様の冗談ぽくふて腐れた様な表情にあたしは苦笑する。
「・・・そうですか・・・」
リューダ様は暫く考え込んでいたがやがて顔を上げた。
「皆さん、もし良ければ今から僕と戦って貰えませんか?」
「「「「は?」」」」
あたし達は同時に声を上げた。
「えっと・・・リューダ様?」
「失礼な事を言っているのは承知しています。でも、今の僕のレベルを知っておきたいんです。お願いします。」
あたし達は顔を見合わせた。
こんな事を言い出してくるとは夢にも思わなかった。でも彼は本気みたいだ。
「私は良いですけど・・・」
とフレア様。
「私ももう1度剣術の試合をしてみたいとは思いますけど・・・」
とマリ。
「・・・みんなが良いなら、私も良いですけど・・・」
と渋々アイナ様。
――どうしよう。全敗もあり得る。
あたしは悩んだ。
実はアイナ様にも技を教えてしまっているんだ。来期の試験に向けて。
技と言ってもあたしはマリにもアイナ様にも授業で教わる様な事は教えない。相手との駆け引きの方法なんかを教えている。これって実は今の時点では反則みたいなもんだ。だって他の人達からすると教わっていない事なんだから。
それにアイナ様は運動が嫌いなだけで運動神経そのものは良い。それに技の飲み込みも良かった。
試合をさせてしまったら酷く傷付ける事になるかも知れない。
でも、リューダ様は悔しい思いをしてもそれをバネにする心の強さを持っている。
『やらせて見ようか』
あたしはそう思った。
でも全員とはさせられない。1人だ。この中の1人とやらせる。誰にしよう?
フレア様は駄目だ。確実にフレア様が勝つ。圧勝だ。いくらリューダ様が強い心を持っていてもその心をへし折り兼ねない。
アイナ様は剣術に苦手意識はあるものの少しとは言え駆け引きを教えた今、技と体格差でリューダ様を圧倒する可能性が高い。
マリ・・・しか居ないかな。体格も同じくらいでフィジカルでは唯一リューダ様が上に立てる。
「マリーベル様、お相手宜しいかしら?」
あたしが声を掛けるとマリは頷いた。
「分かりました。リューダ様のお相手を務めさせて頂きます。」
「宜しくお願い致します、アビスコート様。」
「はい、頑張りましょう。」
マリはホッコラとリューダ様に笑いかける。
あたしの前に対峙する2人。1人は銀髪の美少女。もう1人は金髪の美少年。うーん、2人とも小っちゃくて可愛いなあ。
あたしはルールを宣告する。
「頭か胴に1撃を入れた方が勝者です。顔面への突きは禁止にします。それからバランスを崩して倒れた者への追撃も禁止します。」
「はい。」
「分かりました。」
2人の返事を受けてあたしは片手を上げた。
「両者、構えてください。」
マリとリューダ様は真剣な表情で剣を構えると相手に向き合った。
「始め!」
あたしは手を振り下ろす。
リューダ様が動いた。果敢に剣を振り下ろす。
「!」
マリはリューダ様の剣をしっかりと受け止め、そのまま受け続けた。リューダ様は今学期の授業を真面目に受けて居たんだろう。真っ直ぐに正直に剣を振るっている。型の稽古なら満点だ。でも今は試合だ。如何に相手の虚を突いて隙を作らせるかがポイントになる。
そして先日の試験に向けてあたしから色々と教わってきたマリからすると素直なリューダ様は格好の獲物なんだ。
マリは剣で受け続けながらリューダ様をジッと見ている。
そして十何合かをマリが受けきるとリューダ様が一瞬の休息を入れる為に動きを止めた。瞬間、マリが動いた。
『相手がガムシャラに攻めてくる場合は全部受けきるか流すかしなさい。マリも疲れるだろうけど、きっと相手は先にへばるからその後でゆっくりトドメを刺せばいいわ。』
『あはは、ヒナちゃん、殺し合いじゃ無いんだからトドメを刺すは無いよ。』
練習中の会話をマリは思い出していた。
――決めるなら今だ。
突然、マリが前に出てきて剣を振り上げた事にリューダ様は動揺した表情を見せた。何とかマリの一撃を受け止める。が、剣を振り続けたせいで腕の疲れが回復できておらず、受け止める剣は少し弱々しかった。続けてマリは剣を打ち下ろす。
『決まるかな?』
あたしがそう思ったとき。
リューダ様が体ごとマリに体当たりをした。お、狙いは良い。マリに剣を振るわせないように身体を押しつけ、あわよくば吹き飛ばして、同時に自分も休息を図ろうとしたんだろう。
でもマリは頭が良いんだ。
「!」
彼女は一瞬驚いた表情をしたものの、この反撃は想定していたんだと思う。グッと踏ん張る動作をして、若干勢いに押し込まれながらもリューダ様を受け止め切った。ここ最近の筋トレが効いている。
「え!?」
リューダ様は本当に驚いた顔をしていた。まさか自分よりも小さい女子に受け止められるとは思っていなかったんだろう。
そして明らかに勝負を決めに行っているマリがこの大きな隙を見逃す筈は無い。
マリの脚と腰がグンっと力を上半身に伝え、地面を支えにして下から押し上げる様にリューダ様の両腕に自分の両腕をぶつける。堪らずリューダ様の両腕が上に跳ね上げられ全身がガラ空きになる。
「バシンッ」
マリの銀髪が揺れ、剣がリューダ様の胴を薙ぎ払った。
「勝負あり!」
あたしは勝敗を宣告した。
「参りました。」
リューダ様は照れ臭そうに笑いながら言った。
「あの、大丈夫ですか?」
マリが心配気にリューダ様を気遣うが、リューダ様は「大丈夫です。」と答える。
『この子、ホント良い子だな。』
2人の様子を見ながらあたしはそう思う。
大概は男子が女子に負けたら悔しがるだろうに、リューダ様は其れを現実としてちゃんと受け止めている。自分で言っていた様に彼のプライドは今日の勝敗には無いからだろうな。彼はきっと強くなる。あたしもちゃんと教えてあげないと。
リューダ様はあたし達に頭を下げて晴れやかな表情で男子寮に帰って行った。
――夜。
マリはあたしに今日の試合の出来を訊いてきた。
「うん、良かったと思うよ。」
「やった。」
マリの笑顔にあたしも微笑む。
「マリはこの夏でリューダ様に追い抜かれたら悔しい?」
少し気にしていた事をあたしはマリに尋ねた。
マリはキョトンとした表情であたしを見返した。
「なんで?リューダ様には強くなって欲しいなって思うよ。」
「そう。」
「それに前にヒナちゃんが言ってくれたように、あたしには自分の身を守れるだけの強さが在ればそれ以上は必要ないよ。」
――確かにあたしはこの剣術訓練を始める前にマリにそう言った。
侯爵がマリをどうやって疵物にしようと考えているのかは判らないけど、物理的に何かを仕掛けるのなら最低限の護身術は身につけておいた方が良い、と。
だからマリは武術には真剣に取り組んでいる。
「・・・それよりも、ヒナちゃん、女の子が男の子にあんな質問しちゃ駄目だよ。」
「ん?」
何の事だ?
「『前と比べて少しくらい身体の変化が在るんじゃ無いですか?』って。」
「?・・・え、でも身体が少しずつ大きくなってきたとか、筋肉がつき始めてきたとか在るんじゃないかな?」
「・・・」
マリの『嘘でしょ』とでも言いたげな表情にあたしは焦った。
「え?ソレって訊いたら駄目な事なの?」
「・・・そうじゃ無くて・・・」
マリは顔を赤らめながら、あたしにゴショゴショと耳打ちした。
「!!」
あたしの頭から『ボンッ』と湯気が噴き出し、顔はこれ以上無いって程に真っ赤に茹で上がった。
え!?え!?そう言う事!?
「じゃ・・・じゃあ、リューダ様も・・・」
「それで赤くなったんだと思うよ・・・」
あたしは呆然とした。
言われてみればその通りだよ。そう連想されても仕方が無いよ・・・。
「ウッッッギャアアアアアアア!!」
いと静けき夏の夜の女子寮にあたしの悲鳴が響き渡った。
「お・・・落ち着いてヒナちゃん。リューダ様もきっとそんな意味で言ったんじゃ無いって判ってくれてると思うよ。」
想像を絶するあたしの動揺ぶりにマリが慌てて慰めてくれる。が、違う、違うんだよマリちゃん。
単純な恥ずかしさも在るけど、これって精神年齢18歳の女が13歳の純粋無垢な男の子に卑猥な事を言ったっていう、下手すりゃ・・・下手しなくてもセクハラ案件なんだよ。
年上には年上のモラルと言うか矜持が在るんだよ。
それにしてもマリちゃん・・・。可愛い顔して意外とマセてんな・・・。




