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憂愁のヤマダハナコ  作者: ジョニー
チャプター1 1年生編 / 一学期
14/105

M12 定期考査 結果発表



 試験は終了した。その翌日の今日は試験休みだ。




 あたしはマリとアイナ様、フレア様と共にのんびりと部屋で過ごしていた。


フレア様が数学の教材を持ってきていたので、あたしは分数の考え方から教えてあげる。




 違うテーブルではマリとアイナ様が昨日の話を興奮醒めやらぬ調子で話をしていた。


「あのヤマダ様の可憐な剣捌きは・・・もうホントに騎士様の様でカッコ良かったです。」


と、マリ。それにアイナ様も同意する。


「はい、それにまるで獅子が兎を狩るように余裕綽々でデイプール様を追い詰めていく姿が・・・その舌舐めずりをした瞬間のあの嗜虐的な表情がゾクリとして・・・とても淫靡で堪りませんでした。」


 ――アイナ様にも見られていたのか。しかし淫靡は無いだろ。


 あたしはフレア様に教えながら自分の迂闊さを呪った。




「私、あんな風に男子を剣で叩き伏せる美少女を初めて見ましたわ。」


 ――・・・美少女とか言うな。


 美少女なんて生まれて初めて言われて満更でも無いあたしが此処に居る。




「私もヒナちゃんに、あんな表情で追い詰められてみたい・・・」


 ――・・・おいおい、何を言い出すんだ。


 どちらかと言えばあたしがマリに追い詰められたい・・・いやいや、落ち着こう。真面目に勉強しているフレア様に失礼だ。


 あたしは照れ隠しも兼ねて紅茶を口に含む。




「・・・」


 アイナ様がジッとマリを見つめている。


「どうしました、アイナ様?」


「・・・時々、マリーベル様はヤマダ様の事を『ヒナちゃん』と呼んでいますよね?愛称にしても字が合わないし何故なのでしょう?」


「え?」


 ブーーーーーッ




 あたしは盛大に紅茶を吹いた。


そういや今確かにヒナって言ってたな。あんまりにも自然だったんであたしも気が付かなかった。


「うわっ、ビックリした。・・・ヤマダ様?」


 フレア様が驚いた表情であたしを見る。


「な・・・なんでもありません。ごめんなさい、勉強を続けましょう。」


 あたしはフレア様を促す。




 そして何と言って誤魔化そうかアウアウと口を動かしながら固まっているマリに代わって、あたしがアイナ様に話し掛けた。


「アイナ様、それはですね、以前にマリーベル様があたしの事を鳥のヒナの様だと仰って、それであたしの愛称みたいになったんです。」


「そ・・・そうなんです。」


 マリが乗っかった。


「・・・」


 ・・・さ・・・流石に、苦しすぎたか?


アイナ様は暫くあたしの顔をジッと見ていたがやがてポンと手を叩いた。


「ああ・・・」


 ・・・『ああ』?


「言われてみれば確かに。」


 おい、ちょっと待て。自分で言っておいて何だが、今の何処に納得出来る要素が在ったんだ?あたしが鳥のヒナ?バカ言っちゃ・・・


「確かにヤマダ様って時々、無言でキョロキョロと周りを見回している事が在りますもんね。確かに鳥のヒナに見えなくも無いですわ。」


 え?そうなの?確かにそんな癖は在るかも知れないけど、あたしってアイナ様の認識の中ではそうなってんの?自分で言ったことながら、あたしは勝手にショックを受けていた。


「ヤマダ様、終わりました。」


 マイペースを保ってきたフレア様が問題集をあたしに差し出す。


「あ・・・ああ、はい。」


 あたしは気も漫ろにフレア様から問題集を受け取ると点数を付け始めた。




「・・・はい。1問だけ間違っていましたけど他は全部正解です。」


「やったあ。有り難う御座います、ヤマダ様。」


 フレア様の笑顔はご褒美だな。




 漸く4人でテーブルを囲んだ。


7月に入った途端に夏の暑さがこの国を包み込んだんだけど、前世の様な異常な猛暑は無くて涼しい風も割りと良く吹いて過ごしやすい。


 今も窓を全開にして風通しを良くしている。緑の薫りが鼻腔を擽り本当に気持ちが良い。昨日のイライラも吹き飛ばしてくれる。




 ホッと一息入れたとき、扉がノックされた。


「?」


 あたしは椅子から立ち上がると扉を開けた。


 マゼルダ婦人が立っている。


「ごきげんよう、寮母様。どうかされました?」


「ええ、ハナコさんにお客様よ。」


「お客様?」


 ――誰だろう?


 あたしはマゼルダ婦人の後ろに立つ人を覗き見る。


「・・・リューダ様?」


 あたしは声を上げる。


 中の3人もこちらを見た。




「紅茶をどうぞ。」


 あたしは椅子に座るリューダ様の前にカップを置いて自分も椅子に座った。


「有り難う御座います。」


 小さな身体を縮こまらせてチョコンと椅子に座るリューダ様は、その見目の良さも相俟ってとても可愛らしい。男の子に使う表現では無いけど。




 リューダ様は女子が4人も居るとは思わなかったのか、所在無さ気に顔を赤らめて俯いている。


あたし達も思わぬ眼福に興味津々でリューダ様をジッと見つめる。


 いやさ、13歳ともなると乙女の恥じらいもあるから、こんなにもじっくりと男の子を見る機会なんてそうそう在るわけじゃ無いのよ。だからチャンスが在ればやっぱり見ちゃう訳よ。




「あの、リューダ様。それで訪問されたご用件は何でしょうか?」


「あ、はい。」


 促されて慌てる姿も可愛いな。


「ハナコさん。」


「はい。」


「僕に剣術を教えて下さい。」


「は?」


 あたしは間抜けな声を上げてしまい、思わず手で口を押さえる。




 ――え?剣術?何であたし?・・・わざわざあたしに言わなくても他に幾らでも居るでしょ?仮にも子爵家の息子なんだから。呼べば町の剣術道場の先生でも何でも来てくれるでしょ?


「あ・・・あの、リューダ様。なんであたし何でしょうか?その、他に教えを乞える人はたくさん居るのでは?」


 あたしが尋ねると、リューダ様は首を振った。


「いいえ、ハナコさんが良いんです。僕はハナコさんの剣術に感動したんです。女性の身で在りながら一歩一歩エロル様を追い詰めて見事に一本を取ったあの強さに惹かれました。貴女の剣術には筋が通っていた。計算された強さが在りました。クラスの男子には勿論貴女より強いだろうと思う人も何人か居ます。でも、貴女も男子の中で算えても充分に強い方です。・・・貴女の、その強さが・・・僕は欲しい。」


「!」


 何て熱烈な言葉何だろうか。思わず愛の告白をされたのかと勘違いしてしまいそうな程、強烈な熱意をぶつけられてあたしは思わず顔を赤らめてしまう。・・・ただ残念な事に、これは愛の告白などでは無く只の剣術指南の依頼なんだけどね。




 でも、本気なんだな・・・。どうしようか。


「その・・・リューダ様は宜しいのですか?仮にも殿方が女性に剣を学ぶと言うのは・・・そのプライドとか・・・」


 あたしがそう言うとリューダ様は首を振った。


「そんなプライドは要りません。いつも父上は僕に仰ってくれます。『プライドなどと言う物は無闇矢鱈と持つものでは無い。プライドは1つか2つ在れば充分だ』と。『決して譲ってはいけない、守りたい者を守る事だけにプライドは持てば良い。』と。ハナコさんから剣術を学ぶのは僕にとって決して恥では在りません。」


 リューダ様の真剣な瞳を見てあたしは昨日の戦い振りを思い出していた。




 確かに負けてはいた。でもその内容はと言えば。


戦う前の悲壮な雰囲気とは打って変わって相手に果敢に打ち込んでいた。体格差で簡単に押し返されてはいたが何度も食らいついていた。


 決して悪い負け方なんかじゃ無かった。


 前世の男子剣道部主将が居たら『ナイスファイトだった』と笑顔でその戦い振りを褒め称えて居ただろう。




「リューダ様。分かりました。何処までお役に立てるか分かりませんが、指南役を務めさせて頂きます。」


 あたしが答えるとリューダ様は嬉しそうに頬を染めて


「有り難う御座います。」


と尊い笑顔を返してくれた。


 おお・・・。あたしにも初めて異性のお友達が出来ました。しかもこんなにも愛らしい・・・。あれ?お友達・・・だよね?






 翌日、予想通りと言うか何と言うか。エロル君と愉快な取り巻き達は憎しみを込めた熱い視線をあたしに向けて来た。・・・まあ、口では何も言ってこないのであたしは知らん顔したけど。


 リューダ様の話では、あの御一行の中で一番強いのはエロル君だそうだ。って事は彼等は誰1人あたしには勝てないって事になる。


 よし、彼等が成長期を迎え始める迄の期間限定で、再戦を受け付けよう。


 何度でもどうぞ。




 そして試験の結果が発表された。


1位 ヤマダ=ハナコ

2位 マリーベル=テスラ=アビスコート

3位 アルフレッド=フレア=グレイバード

        ・

        ・

        ・

9位 アイナ=シルバニー

10位 リューダ=ゼフロンド

        ・

        ・

        ・

14位 ケニス=アドウィン(宰相の息子)

15位 フレア=カール

        ・

        ・

        ・

41位 ライアス=グランフィールド(王子様)




 ワンツーフィニッシュか。知っている人達も概ね上位じゃない。

14位と41位に関しては思い出しついでに見てみただけだけど、そう言えば騎士団長の息子さんとやらは何位なんだろ・・・名前なんだっけ?


「マリ、騎士団長の息子って名前はなんだっけ?」


 隣のマリに小声で尋ねると、マリもヒソヒソ声で返してきた。


「えっとね・・・。・・・なんだっけ?」


 うん、まあいいや。




 今学期は明日で終了する。あたしとマリはクラスで夏休みの予定について話をしていた。


マリは夏休みも寮に残る。そりゃそうだ。あんな実家に戻る必要なんて無い。行ったことないけど。


あたしも帰省は1週間にして後は寮で過ごす事に決めた。




 だから遊びの計画を立てていた。前世でもこの世界でもやっぱり、長期休暇前で授業も無いこの2日間が一番楽しかったりする。




「マリーベル。」


 ふと、誰かが席に座って話をするあたし達の前に立った。


「・・・」


 顔を上げると、其処にはライアス殿下が立っていた。宰相の息子と騎士団長の息子も居る。他に数名。彼等は人を払う様にあたし達の周りに居たクラスメイト達を遠ざける。




 今学期中、1度もマリに接触して来なかった殿下が・・・中ボスが遂に登場してしまった。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「・・・殿下。」


 マリの表情は硬く強張っていた。


 ライアス殿下は美しい。端正な顔はもちろん、金髪も碧の瞳も美しい。でも、ライアス殿下のマリを見る目は本当に冷たくて、横で見ているあたしも寒気がする程だった。しかも何だか憎悪も籠もっているような気がする。なんで?




「学年で2位だったそうだな。」


「はい。」


 殿下に負けず劣らず、マリの・・・マリーベルの声も彼女の操る魔法の如く冷たい。


「フン、たまたま良い点数を取って浮かれて居られるのも今だけだ。どうせ何か不正をしたに決まっている。そうで無ければお前などがこんな順位を取れるものか。俺はお前を認めないからな。」


 皆が注目している事を意識してか彼は周りに話しが漏れないように小声で話す。


 ――ん?ひょっとして殿下は成績が良かったマリに嫉妬して嫌味を言いに来たのか?わざわざ?


 ・・・。・・・小っせえっ!!!何て小っせえ野郎だ。余りの器の小ささにあたしは唖然となった。これが王族?マジで?




「承知して居ります。」


「どうだかな。忘れるなよ、所詮お前など平民女の出涸らしだと言うことを。」


 ――何だコイツ!


 あたしはマリを見た。・・・今まで見た事も無い程の悲し気な、そして悔し気な表情で手を握り締めて俯いていた。


 マリが・・・マリーベルがこの世界の実母をどれ程慕っているかも理解出来ない奴が、何て事を言いやがる。・・・でも、相手は王子だ。




 悔しいけど子爵令嬢では喧嘩にもならない。


せいぜい出来る事と言えばこの場から連れ出すくらいだ。


「マリーベル様、そろそろ参りませんと先生の呼び出しに遅れてしまいます。」


「・・・え?」


「参りましょう。」


「あ・・・はい。」


 あたしは戸惑うマリの手を引いて立ち上がった。




「待て。」


 殿下の声があたしに掛かる。


「何で御座いましょうか?」


 あたしはニッコリと微笑んだ。


「何だ、貴様は。」


「お初にお目に掛かります、殿下。ハナコ子爵家令嬢でヤマダと申します。」


 あたしはカーテシーで挨拶する。


「そうか、お前が・・・。」


 殿下はあたしをジロジロと見る。・・・主に胸の辺りを。何だコイツの視線は。


「・・・良いだろう。こんな女と一緒に居たらお前も何を言われるか分からんぞ。お前は下級貴族だが俺の下に来る事を許す。」


「お断り致します。」


 このエロガキ。あたしは即答で断りを入れる。


「うむ・・・あ?な・・・何だと?」


「お断りすると申し上げました、殿下。」


 馬鹿王子はポカンとなる。間抜けヅラ晒してんじゃねえ。


「貴様、殿下の御厚意を断ると言うのか!」


「不敬な!身の程を知れ、子爵風情が!」


 宰相息子と団長息子が青筋を立てて騒ぎ出す。




 あたしは微笑んだ。


「はい、身の程を知ればこそに御座います。子爵令嬢が・・・しかも4代前までは平民だったあたし如き令嬢が殿下の尊きお膝元を汚すなど恐れ多う御座います。故に恐れ多きことながらお断りさせて頂きました。全ては高貴なる殿下の御為であれば何卒お聞き入れの程を。」


「・・・」


 あらら、黙っちゃったよ。


 まさかこんな返答が返ってくるとは思ってなかったんだろうねぇ。




 やっぱ本は読んどくべきだよ。前世の歴史小説好きのあたしグッジョブだ。今のセリフはあたしが好きだった中世ヨーロッパを舞台にした歴史小説の一節を丸パクリしてやったぜ。




「ふん、同類は所詮同類だな。」


 殿下とムカつく御一行は不快気に立ち去って行った。




 ホッ。


あたしは安堵の吐息を漏らした。




 兎にも角にもクラスを出たあたしにマリが声を掛ける。


「ヒナちゃん、ゴメンね。」


 やっぱり、そう思ってるよね。


 あたしは振り返ってマリの頬に手を添えた。


「マリ、何度も言わせないで。あたしは貴女を幸せにするって言ったでしょう?このくらいは覚悟してるんだから。気にするなと言っても貴女は気にするでしょうから、悪いと思うならあたしの側に居て。友達で居てね?」




 マリは無言であたしに抱きついて来た。


「・・・私はずっと貴女の側に居る。」




 明後日から夏休みだ。











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