M11 定期考査 2
全員が声の主を振り返った。
「・・・」
あたしは小さく溜息を吐いた。
エロル君が怒り顔で肩を震わせてこちらを睨んでるよ。
ベラル先生が慌てたようにエロル君に話し掛ける。
「エロル君、どうしたんだ?」
エロル君は先生を睨み付けた。
「そんな提案は認められない。俺の提案で試験をやって貰う。」
「何を言っているんだい?彼女からの提案で・・・」
「先生は伯爵家の僕の提案よりも下位貴族の娘の提案を受け入れるんですか?我が家を敵に回すんですか?」
我が儘大爆発である。甘やかされて育った坊ちゃんのしみったれたプライドが甚く傷つけられたらしい。くだらねぇ。
でも先生も貴族出身だしな。身分を持ち出されると貴族意識が首をもたげてしまう。
だから「学園内では身分の上下は問わず~」って校則があるのに、ソレを理解しないバカチン共が多すぎる。
「先生。」
あたしは途方に暮れる新任教師に声を掛けた。
「では、エロル様のご提案で結構です。さっさと始めましょう。あたしが男子のお相手を務めますから。」
いい加減にイライラしてきた。
自分から仕掛けてきておいて拒絶されたら被害者ヅラかよ。
リューダ様が悲しそうなお顔であたしを見た。
う・・・あの顔はあの顔で意地悪したくなる・・・。いやいや。
可愛そうだけど、多分、あたしと彼が闘ったら十中八九はあたしが勝つと思う。負ける気がしない。でも、それは敢くまでも今の段階での話だ。馬鹿にする気はまったく無い。
なぜなら男の子の成長は凄まじい。
4~5ヶ月前にたまたま小学校の卒業アルバムを見て驚いた。高校で同じになった男子が写ってたんだけど、その子の姿がホントに子供だった。この子が高校で再会した時には見上げる程の大きさになっていたんだ。恐るべし成長期。
きっとリューダ様も大きくなる。今はどう見ても成長期を迎えてないもん。それに女子に負けたなんて、きっと傷つくだろう。それは可愛そうだしそんな事はしたくない。
だからあたしは言った。
「先生。ただ、お相手くらいはあたしに選ばせてくれませんか?」
「え?あ、ああ良いですよ。」
先生は戸惑いながらも、あたしの願いを聞いてくれた。みんなもあたしの狙いが解らなくて注目してくる。
普通に考えれば、リューダ様を相手にした方が勝利の確率は高くなるのに誰を選ぶ気なんだ?・・・みんなの表情がそう言っている。
でもみんな勘違いしている。あたしは勝ちたいんじゃ無い。負けてもいいんだ。ってかあたしが今から指名しようとしている人にはあたしは多分勝てないだろう。でもそんな事どうでもいい。それよりも合法的にぶっ飛ばしたいんだ。
「有り難う御座います。・・・では、エロル様。お相手願います。」
「!!」
みんなの顔が驚愕に包まれた。あっはっは。みんな良い表情するなあ。
「なんだと・・・」
エロル君の顔が屈辱に歪んだ。
そりゃ怒るよね。馬鹿にされたと思うよな。まあ確かに13歳にもなって弱い者イジメをしようとする、その幼稚さを馬鹿にしたんだけど。
「宜しいですわよね。エロル様?」
「・・・」
おお、考えてる、考えてる。あたしの身体をジッと見てる。多分勝てるかどうか値踏みしてるんだろうな。
「良いだろう。後悔するなよ。先生、俺とコイツの対戦は最後にして下さい。」
やがてエロル君はあたしを睨み付けながら言った。
「それでお願いします。先生。」
あたしも先生にそう言った。
さてと。自分でサイを投げちゃった以上、覚悟を決めなきゃいけない。
腹を括ると不思議と落ち着いてくる。前世の剣道の試合前の気分もこんな感じだった。まあ、やれるだけやってみるさ。
「ヒナちゃん、無理しちゃ駄目だよ。負けても良いんだから、怪我だけはしないでね?」
マリが自分の試合前だというのにあたしを心配してくれている。
あたしはマリの頬に手を当てて微笑んだ。
「大丈夫だよ。マリも頑張ってね。あたしと練習した事を思い出してね。」
マリはコクリと頷いた。
マリの相手は伯爵令嬢様だった。2人が対峙する。
・・・こうして見るとマリってコマいよなあ。長期戦になったら体力的にマリの勝ち目は極端に薄くなってしまうから作戦を立てていた。狙うは短期決戦。上手く出来ればいいけど・・・。
「では、始め!」
先生の号令で2人は左右に動き始める。
ふと、マリの視線が相手の額に移った。そして前に踏み込み剣を振り上げる。相手がそれに反応して剣を横にして頭を守ろうとする・・・。が、マリは振り上げると見せかけた剣を止めてそのまま剣の軌道を変えて相手のガラ空きの胴に叩き込んだ。
「うっ」
相手は小さく呻いた。
「勝負あり!勝者マリーベル=アビスコート!」
「やったあ!」
あたしとアイナ様、フレア様が叫ぶとマリは頬を上気させた顔でニコリと微笑んだ。
う・・・チョット大人びた笑顔がカッコ可愛いじゃない。
「ヒナちゃんのお陰だよ。」
マリがコソッとあたしの耳に囁いた。
思わずドキリと胸が高鳴る。うーん、この魔性の美少女め。
アイナ様は残念な結果だった。
「ああもう、身体を動かすのは苦手なのよ。」
フレア様は意外にもチョコチョコと相手の周りを動き回って攪乱させたあと、余裕の1本を取っていた。しかも終始笑顔で。
「強いですね、フレア様。」
「えへへ、有り難う御座います。剣術とか好きなんです。」
・・・意外だわ。
リューダ様は・・・負けていた。仕方無い。少年よ、コレをバネにして頑張れ。
そして、いよいよ今日の結びの一番。
あたしことヤマダ=ハナコVSエロル=デル=デイプール。
「ヤマダ様、頑張って下さい。」
マリが声を掛けてくれる。
それに続いて下位貴族の御令嬢方から次々と声援が上がった。
「ハナコ様頑張って下さい!」
「ハナコ様勝って下さい!」
「応援してます!」
「デイプール様なんてやっつけて下さい!」
ひょっとして・・・あたしの株が上がってる?
逆にエロル君の株は下級貴族の御令嬢からは爆下がりだな。残念だったね。今まで頑張って爽やかイケメンを演じてきたのに、自分からイメージをぶっ壊しちゃったね。知ったこっちゃ無いけど。
さて、後は勝てるかどうかだ。
・・・しかし、この女子の武術着はどうにかならないのかな。厚手とは言え、まるでタイツの様に全身にピッタリとフィットしていて身体のラインが丸わかりなんだけど。13歳にしては発育の良いアイナ様なんかちょっとヤバかったからね。
まさか凹凸がはっきりしてくる高等部までこんなんじゃ無いよね。そうだとしたら流石にセクハラだぞ。
あたしは剣を振ってみた。剣とは言っても勿論本物なんかじゃない。木の棒に綿を巻き付けて革で包んだモノだ。叩いても突いてもちょっと痛いくらいで済んでしまう。
「では、両者構えて。」
先生の声をあたしは遮った。
「先生、その前に宜しいでしょうか?」
「あ、ああ・・・」
先生が振り上げた手を一旦下ろす。
あたしはエロル君を見た。
「エロル様、始める前に一言申し上げたいのですが。」
「なんだ。」
忌々しそうな視線があたしを見る。ったく腹立つ顔だな。
「勝敗はどうあれ、これはエロル様とあたしの勝負です。他の方は一切関係在りません。ましてや家も関係在りません。どうか、その事をお忘れ無きように。」
「うるさい!解ってる!・・・そっちこそ覚悟しろよ。女子だからって加減はしない。その顔を傷だらけにしてやる。」
後半のセリフは周りに聞こえない様に小声であたしに言ってきた。さっきリューダ様に向けた嗜虐的な嗤いを浮かべている。
・・・絶対、解ってないだろ。
「では、先生。どうぞ。」
「では、始め!」
先生の腕が振り下ろされる。
「食らえ!」
エロル君がいきなり剣を振り下ろしてきた。
「!」
あたしはエロル君の剣を強く払う。
周りが響めいた。まさかあたしが捌けるとは思っていなかったみたい。・・・いや、余裕で捌いた訳じゃ無いんだけどね。流石は男の子。剣の威力は大したもんだよ。手が痛い。でもエロル君も驚いた表情をしている。
「や・・・やるじゃ無いか。」
エロル君は再度、剣を構え直した。
けど、あたしは今の一撃で判ってしまった。
エロル君、実は大した事無い。これなら、あたしの方が強い。そして明らかにフレア様の方が強い。きっと終始ニコニコ顔でエロル君を滅多打ちにするだろうな。ひょっとしたらマリと比べてもマリの方が強いかも知れない。あの子頭良いし、油断しないし。
そしてあたしは元女子剣道部。しかも高校から始めて大会に出られるくらいには、あたし才能在るんだよ?
エロル君は再度打ち込んでくるけど動きが見え見えなんだよな。再度、剣で弾く。
「・・・」
エロル君は心底驚愕した顔をしていた。
「この!」
遮二無二にエロル君は打ち込んでくるけど、あたしは全部捌いて見せた。少しはフェイントを使いなさいよ。
エロル君、愕然とした表情になってるよ。動きも止まってる。
・・・いや、あたしが強いんじゃ無くて君が単純故に弱いんだからね。
心に余裕が生まれた。そう言えば、さっき、あたしを傷だらけにするって言ってたな。・・・遠慮は要らないか。
「・・・」
今度はあたしが前に出て軽く剣を動かして見せた。エロル君はビクリと反応して後ろに退がる。
次に剣を胴に打ち込む素振りをして見せた。エロル君は過剰に反応して剣を合わせてくる。頭がガラ空きだよ?
ふふふ。なんて容易い・・・。
どうしてやろうかな。あたしは舌舐めずりをした。
本人は気付いていないだろうけどエロル君は完全にあたしに気圧されている。
あたしはワザと速度を落として剣を連続で打ち込んだ。
「ウッ・・・クッ・・・くそっ・・・」
あたしの剣に翻弄されながら彼は必死で攻撃を捌いている。彼の注意は上から振り下ろされるあたしの剣に集中している。・・・今度は胴がガラ空きだよ?
そろそろ終わりにしようか。
あたしは剣の軌跡を変えて全力で胴に剣を当て振り抜いた。
「グフッ」
エロル君の身体が一瞬折れ曲がる。
「とどめ ♡」
エロル君にしか聞こえないように、あたしは可愛く囁いて彼の頭に剣を振り下ろした。
「勝負あり!・・・勝者ヤマダ=ハナコ!」
「やったあ!」
女子の歓声が凄まじい事になっている。
「ヒナちゃん・・・カッコ良かったよ。」
マリが小声で囁いてくる。
「・・・さっきエロル君と闘ってるとき、ちょっと笑ってペロって唇を舐めたでしょ。なんか私・・・もうドキッとした。」
まるで恋する乙女の様な瞳でマリはあたしを見つめる。
ああ・・・あたし、やっぱり生まれる性別を間違えたな。