M10 定期考査 1
6月になった。
この国は西洋がモチーフの筈だけど日本の梅雨の様に雨が多い。
纏まって降る事は少ないけど、とにかく雨が降る。2日に1回は降る勢いだ。西洋って6月は雨が降らないって聞いていたけど降る地域もあるのか?
「これじゃ梅雨と変わんないじゃん。」
あたしがリビングでぼやくとマリはクスクスと笑う。
「毎年こんな感じだよ。急に寒くなったり暑くなったりするの。ジメジメしないのが救いかな。」
「そうなんだ。」
あたしは物憂げに窓の外を見る。
週に2日しか無い休みなのに、これじゃ遊びに出られない。
「折角マリとお出掛けしようと思っていたのに。」
「え・・・!」
マリが瞳を輝かせる。
「何処に行こうと思ってたの?」
勢い良く迫ってくるマリに若干身を引きながらあたしは答えた。
「いや、この前アイナ様が教えてくれた近くの湖にピクニックを・・・と。」
「じゃ・・・じゃあ来週行きましょ。来週!」
「そ・・・そうだね。来週行きましょう。」
あたしはコクコクと頷いた。
静かにすると雨の大地を叩く音が心地良くあたしの耳に届いてくる。
あたし達は2人でコタツに突っ伏しながら黙ってその音を楽しんでいた。
「・・・あたし、雨の音って好き。」
「私も好き。なんか落ち着くの。」
「わかる。」
今日は肌寒い。外に出ればきっと息は白く染まる。その位には寒い。
そんな中、家でヌクヌクと出来るのは案外幸せなのかも知れない。
『6月かあ・・・』
「ここって紫陽花とか咲いてるのかな?」
あたしがポツリと呟くとマリは『え?』って顔をした。
「在るよ。窓の外で咲いてるよ。」
「え?」
あたしは顔を上げた。
「気が付かなかった?」
マリがコタツから抜け出して窓へ歩いて行く。あたしもそれに続いて窓に近づき外を覗いた。
灰色の空。シトシトと降る雨の中に薄紫色の花が咲き乱れていた。
「おお・・・綺麗・・・」
あたしは紫陽花が好きだ。そしてカタツムリが苦手だ。見ただけでも鳥肌モノのソレは、薔薇に近付く者を追い払う棘のようにあたしを近付けさせない。だからあたしは何時も紫陽花を遠くから見つめるだけだ。まるで少年に恋い焦がれる乙女の様に見るだけで満足している。
「6月って言えば・・・」
マリが紫陽花を見ながら口を開いた。
「ジューンブライドの月だね。」
「そうだね。」
そうそうソレソレ。カタツムリとか言ってる場合じゃない。乙女が口にするべきはソッチだった。
「マリはそう言う憧れとかあるの?」
「今までは無かった。」
――ああ・・・うん、まあそうだよね。マリの環境を考えれば碌な男が居なかったんだから憧れる筈も無い。間抜けな質問だったな。
「・・・でも今は少し憧れるかも。」
「あら、そうなの?」
マリの意外な返答にあたしは彼女を見た。
「うん。」
随分と熱の込もった視線を投げられて何故かあたしがドギマギしてしまう。まるで愛の告白をされた気分だ。
――しかし意外だったな。マリをそんな風に思わせる人が居たなんて。アルフレッド様かな?
「ヒナちゃんは?」
「あたし?・・・うーん。今は特にそういうのは無いかな。」
「・・・そう。」
そんな残念そうな顔をしないでよ。
「何て言うか結婚ってピンと来ない。どちらかと言えば今はマリと色々遊びたいかな。」
「!」
マリの顔が跳ね上がった。瞳がキラキラと輝いている。おおぅ・・・どうした?
「そうだね!私も!やっぱり結婚よりもヒナちゃんとずっと一緒に居たい!」
「でしょ?」
頬染めて笑う姿が可愛いのう。
――7月。
あたし達は泣く泣くコタツを仕舞った。
そして定期考査の季節。めんどい月だけど、取り敢えずは問題無い。
この世界の学力レベルは低い。13歳~18歳までの5年間、つまり中学2年生~高校3年生までの5年間で前世の中学3年生までの授業内容を学ぶ。
しかも数学なんて分数からのスタートだ。逆に満点を取れなければ自信を失うレベルだ。その他には・・・
語学。なぜか日本語。横文字も在るんだけど『洒落言葉』と呼ばれていて単語として存在している。
双星祭がツインスター=フェスティバル、みたいな感じ。まあ、日本人が作ったゲームの世界だしね。そんなもんかと思う。
理科。化学・生物学・物理学などという分野は専門学としてしか存在しないから学園では学ばない。学ぶ場合は卒業後に専門の学問所に行く必要があるらしい。
社会。歴史・地理。はっきり言ってあたしの鬼門。マジで全く解らない。そらそうだ。ファンタジーな世界の歴史や地理を学べったって何1つ知らないんだから、これだけは真面目に頭に詰め込んだ。
武術。実技試験。前世みたいにスポーツや保険体育みたいなのは無い。純粋に剣術や体術の試験が在る。これも実は問題無い。女子相手なら大体の相手に勝てる。今の年齢なら男子にだって勝てる。多分、あと1年も経ったら敵わなくなるだろうけど。
魔学。前世には無かった分野。異世界転生の御多分に漏れずこの世界にも魔法が在る。つっても、沢山の炎だの氷だのを出して魔物を倒す、みたいなド派手なモノじゃない。みみっちい、微々たる自然現象を指先サイズに巻き起こすだけだ。世界を支えるエネルギー要素にはなり得ない。コレの実技試験。
因みにあたしは人差し指の先にちっこい炎を起こすことが出来る。マリはちっこい氷を手の平から出せる。
ちっこいからと侮る事無かれ。これがメチャクチャ便利なんだ。
実はあたし、部屋で簡単な料理をしてマリに振る舞ったりするんだけど、着火がかなり楽。通常、この世界では火を点ける時は火打ち石を使うんだけどその必要が無い。
そしてマリの氷は食料保存と飲み物を冷やす時に凄く重宝する。
これって前世の料理レシピとこの2人の能力が在れば店も開けるんじゃ無いか?
試験は以上の5科目。その総合得点が成績や進学に影響してくる。
マリは前世では小学校までの勉強は出来ていたから、あたしは分数の解りやすい考え方とかお決まりの考え方なんかを教えてあげる。
逆に社会関係はあたしがサッパリだからマリから教えて貰っていた。
それと武術。今回の武術は剣術が試験内容。
仕方無い事だけどマリは武術関連は苦手だ。身体がコマいのもあるし、そもそも対戦競技が性格的に向いていない。だからあたしがマリに剣道の基礎技を教えて特訓に付き合った。
実はこの国の剣術は日本の剣道によく似ている。剣も片手でも両手でも持てるように柄は長めに作られていて、あたしには馴染み易かったんだ。
マリはこのお勉強会も夢だったらしく楽しんでくれていた。うーん、この愛い奴め。
さて、定期考査試験の開始だ。3日掛けて5教科をクリアしていく。1教科辺り90分に設定された各教科の設問は実にボリューミーな感じで有り難くも何ともないサプライズだった。
1日目に数学、語学。2日目に社会学、魔学。うん、難無くクリア。マリも上出来の様子。因みにアイナ様も問題無し。フレア様は数学で蹴躓いたらしい。まあ、分数って理解する迄は本当に難しいからね。解っちゃうと簡単なんだけど。後日、家庭教師をあたしがする事になった。
問題の3日目。武術試験の日だ。マリにとっては鬼門の日。
試験内容は事前の告知通り、型の審査と対戦に拠る剣術試験だった。
基礎の型の正確さを審査されて基本点が付く。ここで低得点を取る人は居ない。要は男女共にこれで武術試験をクリアした事になる。
次に対戦を行い勝者に追加点が加算される。敗者には特にペナルティは無し。所謂オマケ要素であり、今回の試験の総得点が低い人以外には気楽なお楽しみ試験となる。
・・・何だけど問題が発生した。女子の人数が奇数なんだ。そう言えば、あたしと本来は同部屋になる人が入学しなかったな・・・。あれで奇数になっちゃったのか?って言うか教師陣は気付よ。
兎にも角にも試験はしないといけない。
「どうするんでしょうね。」
不安そうにマリが小声で尋ねてくる。
「女子の誰かが2回試験を受けるんでしょうか?」
フレア様も不安気だ。
「でも、それでは公平じゃ在りませんわ。」
アイナ様はこのつまらない落ち度にやや憤慨した御様子。
「先生、こうしましょう。」
男子生徒の1人が教師のベラル先生に一案を持ち掛けた。あれは確かデイプール伯爵家の御嫡男でエロル様。クラス男子の中心的な人だった筈。
エロル様は自信に満ち溢れた御様子で話し始める。
「男子も1人が腕に怪我を負っているため、この試験に限って言えば実質は奇数です。なら1組だけは男子対女子にしたら如何でしょうか?」
その途端に女子からは非難めいた声が上がる。
――何を言い出すかと思えば何を言っちゃってんだ、この坊ちゃんは。
あたしも流石に呆れた。
ベラル先生も困った様にエロル様に仰った。
「エロル君。流石に男子と女子で対戦はさせられないよ。」
エロル様もこの反論は想定済みだったようで肯定して見せた。
「はい、先生の仰ることは最もです。女子が怪我をしてはいけませんからね。男子が女子より強いのは当たり前なんですから。」
――何だと?
あたしは少しカチンときた。そりゃまあ、体格に如実に差が出て来る高校生くらいの年齢になれば分からんでも無いけど、13歳前後なら未だそんなに差は無いんだぞ。
「ですから対象者は身分の低い男爵家か子爵家の令嬢に限りましょう。女子が勝ったら大殊勲として点数を倍にするというのは如何でしょうか?因みに男子側からはリューダ君を出します。」
「え!?」
指名された男子生徒がビックリした声を出した。
リューダ様は子爵家の次男の方で、身体も小さく気も弱そうな金髪とそばかすが可愛らしい方だった。もしあの方が弟に生まれていたら、あたしは猫可愛がりする自信がある。
ただ、男子の中での扱いは余り良いようでは無かった。
「良いよな、リューダ。」
エロル様のリューダ様を見る嗜虐的な嗤いにあたしは眉を顰めた。
要はイジメのようなモノだ。はっきり言ってリューダ様では女子と対戦しても勝ち目は薄そうだ。その女子に負ける姿を嗤ってやろうという事だろう。エロル様の周りでは取り巻きの男子達が同じようにニヤついている。
それに『身分の低い男爵家か子爵家の令嬢に限りましょう。』と言うセリフも気に入らない。
コイツの中では身分の低い女子は怪我をしても構わないという認識なんだ。・・・この野郎。
「いや、しかし・・・」
ベラル先生が尚も渋る様子にエロル様は不愉快そうな顔をして見せた。
「先生。じゃあ、どうするんですか?学園側の落ち度に対して代替案を出しているのに、ここまで否定されては私の立場が在りませんよ。先生は我がデイプール伯爵家の面子を潰すお積もりですか?」
「い・・・いや、そんなつもりは・・・」
先生ェ・・・。
あたしは溜息を吐いて手を挙げた。
「先生。この対戦は敢くまで追加点だけですよね。武術の点数は全員クリアしているんですよね?」
「そうだよ。」
「あたしはクリアしていますか?」
「大丈夫だよ。」
「なら、あたしは追加点は要らないのでこの対戦には参加しません。これで女子も偶数になりますよね?」
全員がえ?と驚いた顔をする。
「ヒナ・・・ヤマダ様!そんなの・・・」
マリがあたしを窘めようとするが、あたしはマリに『いいから』と囁いて微笑んで見せる。これが1番カドが立たない。
「しかし・・・」
――先生、さっきからソレしか言ってないな。
「それに早く試験を始めないと、どんどん長引いていますよ。」
「・・・君はそれで良いのかい?」
「はい。」
「分かった。君へのフォローはちゃんと考えるから。」
「ご配慮、有り難う御座います。」
先生が頷き、あたしは一礼する。
やれやれ、これにて一件落着。そう思ったとき
「駄目だ!そんなのは認めない!」
拒否の言葉がグランドに響き渡った。




