S2 マリーベルの追憶 2
マリーベルのお話の続きです。
時は流れ、私はグラスフィールド学園に入学した。
入学式初日の自己紹介。
私の隣に座っていた御令嬢は自己紹介の1番手を任されてあたふたした感じだった。
『お気の毒に・・・』
私は同情したが、御令嬢は一瞬で表情を立て直した。
そして美しいカーテシーを披露すると優雅に微笑んで見せた。そして。
「皆様、初めまして。ハナコ子爵家の娘でヤマダと申します。こう言った集団での生活は初めてになりますので色々と失礼もあるかと思いますが、どうぞ仲良くして下さいませね。」
――凄い
私は呆気に取られた。まるで用意していたかの様な素晴らしい挨拶だった。
そして気が付いた。
『ハナコ子爵家の娘でヤマダ』様。・・・ヤマダ=ハナコ様。
ゲームに2回ほど出て来た名前だ。プレイをしながらフフッと笑ってしまった事を思い出す。
それにしても・・・こんなに綺麗な顔だったんだ。こんなに素敵な人なら世界観に見合った名前で立ち絵くらい出せば良いのに。
入学式から一週間ほどが経過したある日。
自分の席で本を読んでいた私は、隣からの強烈な視線に気付いて戸惑った。
何故かハナコ様が足を組み身体ごとこちらに顔を向けて私を見ている。
――何だろう・・・私、何かしたかな・・・
正直言って怖いと言うよりは気恥ずかしかった。誰かにこんなに見つめられるのは、思い出に遺る母以外では初めてだったから。
私は思い切って口を開いた。
「・・・あの・・・何かご用でしょうか?・・・その様に見つめられると恥ずかしいです。」
自分でも情けなくなるくらい弱々しい声が口から漏れる。
ハナコ様は驚いた様な顔をした。が、直ぐに表情を立て直すと私に向かって微笑んだ。
「失礼致しました。アビスコート様の佇まいが余りにもお美しいので、つい魅入ってしまいました。申し訳在りません。」
美しいなどと言われたのは初めてだった。そしてそれ以上に笑顔を向けてくれた事が嬉しかった。
「そ・・・そうですか。有り難う御座います。」
私は自分の顔が赤くなるのを自覚してハナコ様から顔を逸らした。
それ以来、ハナコ様は時折、私に話し掛ける様になってくれた。
『私とは関わらない方が良い。』
そう告げるべきなのは判っている。・・・でも。
自分は非道い人間だと思いながらも私は言えなかった。
初めて話し掛けてくれる同学年の少女の声が嬉しくて手放したく無かったんだ。
五草会・・・新入生歓迎のイベントで私は食事をしていた。前世では食べるのを禁止されていた物がマリーベルになってからは問題無く食べられる事が私は嬉しかった。
誰とも話さない方が良いのなら、せめて食事を楽しんでから寮に戻ろうと私は思っていた。
「アビスコート様。」
私の肩が跳ね上がった。振り返るとハナコ様が立っていた。
ハナコ様は御友人が多い。きっとその方達と回られるのだろうと思っていた私は本当に驚いた。
「・・・ハナコ様。」
口の中の物を咀嚼すると私は呟いた。
「何をお召し上がりになってるんですか?」
見惚れる様な笑顔で尋ねるハナコ様に私は怖ず怖ずと手にした皿を見せた。
ハナコ様は、給仕の人に1皿頼むと無言でそのクラッカーを口に運んだ。その様子を私はジッと伺った。お口に合うんだろうか。不安しか無い。
「!」
ハナコ様の表情が驚きに変化した。
「これ、凄く美味しいね!」
――良かった
私はホッとした。
「お気に召されたようで良かったです。」
ハナコ様は何だか私を見つめて来る。が、やがて微笑んだ。
「アビスコート様はお1人でいらっしゃるのですか?」
「!」
ハナコ様には知られたく無かった。でもこの方に嘘は吐きたく無い。私は頷いた。
「・・・」
ハナコ様は何かを思案されていた。
――・・・怖い。情けない私とはもう話してくれなくなるかも知れない。
やがてハナコ様は口を開いた。
「もし、アビスコート様が宜しければ一緒に回りませんか?」
「・・・。」
私は呆気にとられた。
一緒に回る?・・・私と?
駄目だ。そんな事をしたら、きっとハナコ様に迷惑が掛かる。そして、子爵令嬢のハナコ様はソレを知らない。でも、嬉しかった。本当に嬉しかったんだ。生まれて初めての善意からのお誘いが。
だから私は後ろめたい思いで一杯になりながらも頷いた。
「ぜひ、喜んで。」
ハナコ様はニッコリと微笑んでくれた。
それは夢の様な時間だった。同じ年齢の女の子とパーティー会場を歩き回る。お話ししながら同じ物を食べるのがこんなにも楽しいモノだったなんて。
私は最初に感じた後ろめたさも忘れてハナコ様との会話を楽しんだ。
だから、丘の上に案内されて
「アビスコート様。・・・なぜ誰ともお話をされないんですか?」
と訊かれた時は驚いた。私が人との接触を避けていた事をハナコ様には気付かれていた事に。
私は隠さずに話す事にした。ハナコ様には本当の事を話さなくてはならない。そうで無ければ私も侯爵様と同じ誠意の無い人間になってしまう。
「私は・・・。」
私は全てを話した。
――きっともう、今後、話は出来ない。
話しながら私は覚悟を決めていた。
だから、せめて最後にお詫びだけは言いたかった。
「・・・本当は初めて声を掛けて頂いた時にお話をするべきだったんです。そうしたら、ハナコ様も今日のように皆さんの注目を集めるような真似は為さらなかった筈です。・・・私は・・・ハナコ様を・・・判っていながら学園で不利な立場にしてしまった・・・本当にごめんなさい・・・」
お詫びを口にしながら、私は申し訳なさとハナコ様に嫌われる恐怖で声を震わせてしまった。
でも、そんな私をハナコ様は抱き締めてくれた。
「!」
あたしは驚いて息を呑む。
そしてハナコ様は私の耳元に優しい声で囁いてくれた。
「謝らないで下さい。あたしはアビスコート様を尊敬します。」
頭が真っ白になった。
「今まで辛かったですね。良く・・・良く頑張りましたね。」
私を・・・マリーベルを理解してくれる人が居た。
こんな私を尊敬すると言ってくれる人が居た。
これほど胸が熱くなった事は無かった。嬉しさが私の眼から涙となって溢れ出た。
私は泣いた。幼子のように大声を上げて泣いた。
そんな私をハナコ様はただ抱き締めてくれた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「落ち着きました?」
どれだけ泣いていたのか。
私は恥ずかしさに顔を赤らめながらコクリと頷いた。ハナコ様はハンカチを取り出すと私の顔を優しく拭ってくれる。
ハナコ様は私に呼び掛けた。
「アビスコート様。」
「・・・はい。」
ハナコ様が私との今後の関係をどう考えているかが判らなくて、私は怖かった。
ハナコ様にニッコリと微笑んだ。
「あたしと友達になりましょう。」
――本当に?
「・・・本当ですか?」
――信じて良いですか?
ハナコ様の微笑みは私が見た今までのどんな笑顔よりも美しく輝いていた。
「はい。あたしはアビスコート様が大好きです。だからお友達になって下さい。」
――友達になって下さい・・・友達に・・・
「・・・。・・・はい、・・・はい。・・・喜んで・・・。」
私は前世からずっと望んでいた願いを漸く叶える事が出来た。
だから私はハナコ様に伝えた。
「ハナコ様・・・」
「はい、なんでしょう?」
ハナコ様の笑顔が素敵で顔が赤くなってしまう。でもこの人には伝えたい。
「私の事はマリーベルとお呼び下さい。」
一瞬驚いた表情をするハナコ様。でも直ぐに微笑んでくれた。
「有り難う御座います。マリーベル様。」
「はい。」
嬉しい。
「私もヤマダ様とお呼びして宜しいですか?」
「・・・はい、勿論です。」
「ヤマダ様?」
「何でもありませんよ。」
ハナコ様の笑顔は私にとって爆弾だ。微笑んでくれる度に私の心臓は早鐘を打つ。
それから私達は色んな話をした。勢い余って前世の話も少し滲ませてしまった。楽しかった。気が付けば随分と話したな。
丘の上から見下ろす町並みが夕焼け色に染まっている。
「もう夕方なんですね。」
私は呟いた。
「明日は朝から一緒ですよ。」
ハナコ様が私に囁き、私はドキドキしながら、でも嬉しくて頷いた。
そして呟いた。
「ヤマダ様は先程、私に『辛かったね』と言って下さいました。確かに辛かったんですけど、でも嬉しいことも在るんです。ここでは自分の食べたい物を食べられるし自由に歩き回れる。だから幸せを感じる事も出来るんです。」
――そして、私にとって1番大切な人に出会えました。
「マリーベル様・・・」
ハナコ様は私を見つめた。
そして唐突に思いも掛けなかった言葉を呟いた。
「グラスフィールド ストーリー 黄昏の魔女。」
「!!」
なんでそのフレーズを知っているの!?
「なんで・・・それを・・・。」
私が呟くとハナコ様は納得した様な表情になる。
「マリーベル様も『こっちの世界』に来た人なんですね?」
私は暫し固まっていたけど、やがてコクリと頷いて見せた。
「あたしもです。日本から来ました。・・・いや、来させられた、が正しいのかな?」
ハナコ様がそう教えてくれる。
『こんな奇跡って在るの?』
1人ぼっちの不安を共有出来る人がここに居た。しかも、それは私を友達に望んでくれた大好きな女の子だった。私は黙ってギュッとハナコ様の手を握った。
「マリーベル様?」
「良かった・・・私だけじゃ無かった・・・ホントに良かった・・・」
呟く私の背中をハナコ様はポンポンと優しく叩いてくれた。
それから、私はお願いをしてハナコ様のお部屋に泊めて貰った。
ハナコ様の前世の名前も教えて貰った。そして同室になっても良いと許して貰えた時はとても嬉しかった。
そして私の昔語りを聞き終えた後に彼女が私にくれた言葉。
「マリ。あたしは貴女に幸せに成って欲しいと思うよ。」
「誰も貴女を幸せにしないなら、あたしが貴女を幸せにする。」
まるでヒーローがヒロインに伝える言葉の様にヒナさんの科白は格好良くて嬉しくて。
自分の顔がどんどん真っ赤に染まっていくのが分かる。
「ありがとう、ヒナ・・・ちゃん。」
これまで私にとって茉璃という名前は何の意味も持っていなかった。でも、今。
ハナコ様・・・ヒナさんが私をマリと呼んでくれる。だから私にとって初めて前世の名前は意味を持った。
大好きな名前に変わった。
朝、目を覚ましてハナコ様ことヒナさんにしがみついている自分を確認した時は顔から火を吹きそうな思いをしたけど、でもヒナさんの顔も真っ赤になっていたのが実はチョット嬉しかった。
五草会2日目も私はヒナさん・・・ヒナちゃんと一緒に楽しく回った。途中で侯爵家のアルフレッド様とお話した時は背筋が凍る想いがしたけど。
その夜、私はヒナちゃんと再び同じベッドに入った。
横に寝るヒナちゃんを私は見つめる。
私の欲しかったモノをくれた人。
私の大好きな人。
気の迷いなのかも知れない。
でも。
私は精一杯の想いを込めて、ヒナちゃんの頬に口づけを落とした。
「マ・・・マリ?」
ヒナちゃんは驚いて私を見る。
「ありがとう、ヒナちゃん。ヒナちゃんは私の欲しいモノをたくさんくれる。今のは・・・せめてものお礼。」
私は言葉ではそう告げた。心臓がドキドキする。
ヤバいヤバい。変な気分になる。
私は照れ臭くなって
「おやすみ。」
と呟くとヒナちゃんに背を向けた。
とは言うモノの休める訳が無いよ。




