M90 最後のお話
あたしに名実供に可愛い恋人が出来た翌日。
その日は何だか騒がしかった。
「・・・。」
目を擦り擦りベッドから起き出すと、あたしは自室を出た。
「・・・。」
おんなじ様に目を擦りながら自室から出て来たマリと鉢合わせする。
「おはよ・・・。」
「おふぁよ・・・。」
噛み噛みのマリの挨拶に廊下をバタバタと走る音が重なる。
「なんか五月蠅いね。」
「こんなに五月蠅いのは珍しいね。」
2人して起き抜けのカッスカス声でポソポソと言葉を交わす。
うー・・・ん・・・。
あたしはぐーっと伸びをすると目を覚まそうと頭を振った。
「朝ご飯食べたらちょっと様子を見に行ってみようか。」
「うん。」
ザワザワとざわめく寮をそっち退けで、あたし達はのんびりと朝食を作って頬張る。
今朝は表面をカリッと焼いたトーストに目玉焼きと氷嚢庫に転がってた豚肉の切り身を焦げ目が付くくらいに焼いて塩を振った奴を乗っけて齧り付く。
塩と脂がうめぇ。
「ミルク飲みな。」
そう言ってグラスを渡すとマリは
「ありがと。」
と言いながら受け取りコクコクと飲んでいく。
「ふっふっふ。飲んだね?」
「?」
「ふっふっふ・・・そのミルクには媚薬を仕込んでいたのだよ。」
「・・・。」
悪い笑顔を浮かべるあたしの顔をマリは無言で見つめる。
「ソレ・・・なんか意味あるの?」
「え?」
「だって、私達もう恋人同士だよ?」
・・・そうでした。なんの意味もねぇ。
アホなのか? あたし。
ちぇっ。驚くマリの顔が見たかったのに。
あたし達は言った方も言われた方も急に恥ずかしくなって顔を真っ赤にしながら朝食を済ませた。
「さて。じゃあ、ちょっと外の様子を伺いにいきますか。」
あたしが言うとマリが頷いた。
食べてる間もずっとザワザワしてたし、なんかよっぽどの事が在ったんだろうな。
ヤバいなぁ-、なんかワクワクすっぞ。
何が起きたのか、とあたし達は扉を開けて廊下に出た。
『早く早く!』
『大講堂で話が聞けるって!』
ワチャワチャと御令嬢方がいつもの澄ました仮面を脱ぎ捨てて右へ左へ小走りしている。
ホントに大変な事が起こってるっぽいな。
「なんか予想以上に重大事件が起きてるみたいだね。」
マリが手の裾を引っ張りながら言った。
「だね。大講堂、行ってみようか。」
あたしがマリにそう提案した時。
「あ、ヒナちゃん! マリ様!」
あたし達を呼び止めるフレアの声が響いた。
セーラ、アイナ、フレアの3人。
なんか随分久し振りな気がするわ。数日前に会った筈なんだけどね。
「貴女達が中々部屋から出て来ないからいい加減に呼びに行こうと思ってたのよ。」
アイナが少しハァハァ息を切らしながらそう言う。
「いやぁ、朝ご飯が美味しくてさ。」
あたしが頭を掻きながらそう言うとセーラが呆れた声を出した。
「まったく・・・此れだけ大騒ぎしてるのにのんびりご飯食べてたの?」
「まあ・・・。」
「呆れた。」
セーラのジト目がちょっとゾクゾクするわ。
「で、なんかあったの?」
あたしの問いにセーラが頷く。
「ええ、実はね・・・。」
セーラ達の話を聴いてあたしとマリは呆然とする。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
『ライアス王子 薨御』
突然の第一王子の訃報が王都を震撼させた。
昨日の朝。
反省も兼ねて勉学に励んでいる筈のライアス王子の様子を見る為、講師が謹慎室に訪れた時には部屋はもぬけの殻だったらしい。
そらそうだ。あの王子は後先など1つも考えず、愛しのヒロインをモノにする為にグラスフィールド学園に来ていたんだから。
・・・こうして改めて振り返ると、最後の最後まで自分の立場を自覚できない男だったんだな。とても元現代社会人とは思えない。
とにかく、王子不在が王様に報告されると王様は流石にブチ切れて捜索隊が結成されたらしい。とは言っても大々的に捜索すると王家の更なる恥を国中に垂れ流す事になるから、コッソリと捜索されたみたいだけど。
グラスフィールド学園にも午前中に捜索の騎士が来たんだとさ。でも王子は見つからなかったってセーラは言ってる。
そらそうだ。あの王子はその頃、あたし達と一緒に神様ん家に跳んでたんだから。発見される筈が無い。
で、王子は昼過ぎにヒョッコリと帰ってきた。と、言うか周囲の人達が気が付いた時には自室のベッドの上に腰掛けていたらしい。
王子はブチ切れた王様に呼び出されて大叱責を買ったんだけど、どうも様子がおかしい。
聞いてるのか聞いていないのか、目の焦点が定まっておらず返答も頓珍漢でまるで会話が咬み合わなかったんだって。
まるで狂人と話しているような虚無感と不気味さと不毛さを強く感じた王様は、呆れて王子を自室に帰し遂に第2王子の立太子の準備を本格的に始めたとか。
夕飯時、侍女が王子の自室に食事を持っていくと、王子は既にベッドに入って寝ていたそうだ。
『殿下、お食事をお持ち致しました。』
侍女が遠慮がちに声を掛けると王子は抑揚の無い声で
『置いておけ。後で食べる。』
と答えたそうだ。
侍女は恐ろしくて言われたままに食事を入れたワゴンもそのままに逃げ出すように部屋を出て行ったとか。
そして、この言葉が王子の最後の言葉となった。
翌日早朝、つまり今朝早くなんだけど。
結局は昨晩の食事も摂らず恐ろしく早い時間に就寝した王子の様子を確認するべく、今朝早くに王様の侍従が王子の部屋を訪ねると・・・既に息を引き取っていたそうだ。
一頻りの大騒ぎの後、王宮付きの侍医の検分が始まった。
その結果は・・・『心臓停止に因る自然死』と診断されたらしい。何故、心臓が停止したかの理由は不明。少なくとも毒や病気の類いでは無いんだってさ。
しかも『はっきりとした事は言えないけど亡くなったのは昨日の夜と言う訳ではなく、もっと前の・・・朝か昼には亡くなっていた様に思える』とか何とか言って図らずも周囲を恐怖のどん底に陥れたらしい。
『じゃあ、あの殿下は何者だったんだ!』
『殿下は昨夜までは確かに生きていらっしゃったんですよ!?』
『いや、そう言われても儂は視たままの事を言っているだけで・・・。』
あたふたあたふた・・・。
なんてやり取りが在ったとか無かったとか。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「そんな感じで今朝から学園は大騒ぎなのよ。それで此れから私達も大講堂に行こうと思ってるの。」
セーラはそう話を結んだ。
「・・・。」
あたしもマリも何も言えなかった。
多分、引き攣った顔をしてるんだろうな。
「大丈夫? ひなちゃん、マリ様?」
「ちょっと、顔色が良くないわよ。」
フレアとアイナがあたし達の顔を覗き込んでくる。
あたしは笑って見せる。
「うん、まあね。ちょっと疲れてるかも。あたし達、少し部屋で休んでるわ。大講堂には3人で行って来て?」
そう言うと3人は残念そうに頷いた。
「そう? 解ったわ。」
「じゃあ、後で部屋に行くわ。」
「ええ、待ってるわ。」
あたし達は3人を見送ると部屋に戻った。
黙ってコタツに潜り込む。
「・・・。」
マリが黙ってあたしの顔を見ている。
解ってる。あたしの見解を聴きたいのよね。
あたしは自分の考えを話した。
「・・・まあ、ぶっちゃけた話。」
「うん。」
「多分だけど王宮のお医者さんの言ってることは正しいんじゃないかな。ライアス王子は魂を戻されないまま身体だけ帰されたんだと思う。」
「魂が無いのに動いたり話したり出来るのかな?」
「ゾンビみたいなモンじゃ無いの?」
「!?」
マリの顔が引き攣ってゴソリと身動いだ。
「止めてヒナちゃん、私ゾンビとか苦手なの。昔、ゾンビの出るゲームをやってからトラウマなんだよ。」
ああ・・・あったな。そんなゲーム。
弟がやってるのを横で観ててギャーギャー叫んで「うるせぇー! あっち行け!」て怒鳴られた事あるわ。
あれグラがキモいんだわ。なんで生きてる人間をバクバク喰ってんのよ。でもメッチャ面白いらしいし1回くらいやってみれば良かったかなぁ。
いやいやソレは置いといて。
「でもさ、あの女神様がさ『あんたは帰さない』って言ってたから、多分その王子はやっぱり人形みたいなモノだったんだと思うよ。」
「なんでそんな事をしたんだろ?」
「そりゃアレでしょ。そのまま戻さなかったら王子行方不明で捜索隊だなんだって見つかるまで大騒ぎになるからでしょ。だから1度戻して周りの人に死んだ姿を見せたんじゃないの?」
「ああ、そっか・・・。」
マリが拍子抜けした様な顔になる。
あたしは無造作にコタツの上に置かれたマリの手を握った。
「こんな風にになるとは思わなかったけど・・・良かったねマリ。」
「え?」
「これでもうあの王子に悩まされること無くなったね。」
「・・・そうだね。」
安心を実感したのかマリの目からポロリと涙が零れた。
死んだ人の事を悪く言いたくは無いけど生前の言動が言動だっただけに、正直に言えば居なくなってホッとしている。
これで当面のマリの問題はあと1つだ。
あのクソ実家からマリを引き剥がす事。さて、コレをどうするか。ソレが問題。
やがてセーラ達3人がやって来て大講堂で聞いた事を話してくれた。王子の死の辺りについては特に耳に新しい情報は無かった。
ただ、始業式の開始日は少し延期されるみたいだ。まぁ、しゃーない。
あたしとマリは3人をお菓子で持て成すと楽しい一時を過ごした。
その日の夕方。
あたしとマリはお父様に呼ばれた。って言うか馬車が直接迎えに来た。
「やあ、来たね。」
お父様の執務室に入るとお父様は笑顔でソファを勧めてくる。
「お父様、急なお呼び出しだなんてどうしたんですか?」
あたしは尋ねる。
「急で済まないね。君達に少しでも早く知らせたくてね。」
「はぁ・・・何をでしょう?」
首を傾げるあたし達にお父様は微笑んだ。
「この度、マリーベル嬢を我がハナコ家が保護する事になった。」
・・・は?
「あ、あの・・・どう言う事ですか!?」
マリが泡喰ってお父様に尋ねる。
そうそうどう言う事なの。
ちょっと混乱気味のあたし達にお父様は説明してくれた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
数日前、王宮のとある執務室に1人の老貴族が上級貴族を呼び出した。
「か・・・閣下、今のはどう言う意味で御座いましょうか?」
青ざめた表情で老貴族に尋ねるのはアビスコート侯爵。
ソレを冷たい眼差しで見遣っていた老貴族・・・ゼスマイヤー公爵は重々しく口を開いた。
「どうもこうも無い。言った通りだ。貴公との付き合いは此れまでとする。」
「お・・・お待ちを・・・! 何故急にその様な事を仰られるのですか!?」
「解らんか?」
アビスコート侯爵の問いにゼスマイヤー公爵は冷徹な声を返す。
「皆目・・・。」
「では答えてやろう。貴公、ライアス殿下の婚約者に自分の娘を宛がい彼の失墜を図ったまでは良かったが、それ以降何をした?」
「そ・・・それは・・・。」
「その後の全てを儂に任せて自分は遊び呆けるとは何事か。儂を舐めているのか?」
ゼスマイヤー公爵の視線にアビスコート侯爵は震え上がる。
「そ、そのような事は決して・・・! ただ私は世才に長けた閣下の手腕にお縋りしただけで・・・。」
「ならば何故その手腕を学ぼうとしなかった。」
「それは・・・。」
口籠もるアビスコート侯爵をゼスマイヤー公爵は切り捨てる。
「適当な事を言うな。」
「し、しかしそれだけで私との付き合いを断つと言うのは余りにも・・・。」
「其れだけでは無い。」
ゼスマイヤー公爵はアビスコート侯爵に最後まで言わせなかった。
「此れを見るが良い。」
公爵は手にした資料の束をアビスコート侯爵の前に投げ渡した。
「其処に書かれてる内容を見るが良い。其れはアビスコート侯爵家の状況を数値化したモノだ。」
「・・・。」
アビスコート侯爵の視線が資料の上を流れていき、次第に資料を持つ手が震え始める。
「貴公が王城に提出していた報告書とは随分内容が違うな?」
アビスコート侯爵の震える手を眺めながらゼスマイヤー公爵は言い捨てた。
「貴公、陛下も目を通す報告書に偽りの数字を記していた様だな。いわゆる粉飾だ。」
公爵はそう決めつける。
「いや・・・何かの間違いかと・・・。」
言い訳しようとする侯爵を無視してゼスマイヤー公爵は話を続ける。
「アビスコート家が偽りの報告を上げていると判明してから、儂は貴公の領地の実態を調べるように指示を出した。そうして上がって来たのがその報告書だ。・・・つまり其処に記載されている数字こそが本当のアビスコート領の姿だ。」
雷鳴の如くゼスマイヤー公爵の声が執務室に響き渡る。
「そう心得た上で数字を見よ。一枚目の紙には、先代アビスコート侯爵の時代と貴公の時代の時を比較した数字を載せている。経済状況を見よ。先代を100とした時に、貴公の数字は89となっている。1割減、有り得ない減少の仕方だな。」
「・・・。」
「更に領民の数も先代を100とした時に貴公は81だ。貴公、どれ程の領民に愛想を尽かされているのだ。」
アビスコート侯爵の表情からは完全に感情が抜け落ちていた。
「それ以降の紙には金の流れ、人の流れ、物流、治安、領地整備、領地法整備、領地内の生産状況など細部の詳細が記されている。軒並み『6%~11%の低下』だな。序でに他の貴族領も調べたが概ね『上昇』か『停滞』だ。侯爵と言う貴族の中でも最上位に位置する貴公の広大な領がこの体たらくでは国の損失も如何ほどのモノだった事か。況してや粉飾など言語道断と言わざるを得まいな。」
「・・・。」
「貴公、当主の座に就いてから15年間、一体何をしておったのだ。」
「・・・。」
アビスコート侯爵は虚ろな視線をゼスマイヤー公爵に向けた。
「我が国の国是は当然知っておるな。『発展』と『貴民融和』だ。2つ目は時間を掛けて目指すとしても『発展』に関しては我ら貴族が民の先頭に立って常時努力を傾けるべき目標だ。貴公の此れまでの振る舞いは其れに対して真正面から反発しているも同義だ。」
「閣下・・・。」
アビスコート侯爵の顔に絶望の色が漂う。
「既に陛下には進言し、アビスコート家の処遇についても検討中である。爵位返上も覚悟せよ。」
「お・・・お許しを・・・。こ、此れよりは心を入れ替えて領地経営に努めます故に。」
アビスコート侯爵はゼスマイヤー公爵に縋り付いたが老貴族は無情にその手を払った。
「もう遅い。陛下も大層ご立腹だ。」
「へ・・・陛下が・・・!?」
王の怒りに触れてしまっている事に絶句し、アビスコート侯爵はヨロヨロと数歩後ろに退がった。
「それから貴公の娘のマリーベルはハナコ子爵家に預ける。あの娘はハナコ家に預けていた方が色々と面白い効果が見られそうなのでな。」
「は・・・? あ、あやつを・・・ですか? しかしマリーベルはアビスコート家の娘で・・・。」
ゼスマイヤー公爵がジロリとアビスコート侯爵を見据える。
「了承するなら爵位返上だけは回避出来る様に儂から陛下に口添えしよう。」
「!・・・わ、解りました。喜んで差し上げます。」
アビスコート侯爵の反応を見てゼスマイヤー公爵は興醒めした様に冷めた視線を送ると結論を口にした。
「では自宅に戻り謹慎せよ。何れ沙汰も出よう。其れまで軽率な行動は控えるのだな。」
「は。」
意気揚々とまでは行かないが足取り軽く出ていく侯爵を呆れながら見送ると、老公爵はアビスコート侯爵家当主の変更要請とハナコ子爵を呼び出す手筈を整え始めた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「それでお父様が呼び出されて公爵様に今の話をされたんですか?」
「そう言う事だ。もう少し言えば、先日までお前達を我が家に匿っていた時に公爵閣下と話を積み重ねていたが、その時にマリーベル嬢を預かれないかと言う話もしていたんだ。ただ、その時には『確約は出来かねる』と言われていたんでね、あの時は話せなかったんだ。」
お父様・・・。本気でマリを守る事を考えてくれてたのか。嬉しくてちょっと泣きそうだ。マリの眼もウルウルしている。
本当はあたしがどうにかマリの問題を解決してあげたかったんだけど、この際マリの救ってくれるなら誰が解決してくれても良い。
「ハナコ様・・・有り難う御座います。」
声を震わせながらマリがお礼を言う。
「お父様、有り難う御座います。」
マリに続いてあたしもお礼を言った。
お父様は満足そうに頷く。
あたしは気になる事を訊いた。
「それでお父様、今のアビスコート侯爵はどうなるんですか?」
「はっきりとはお答え頂けなかったが、恐らくアビスコート侯爵家当主の座はマリーベル嬢の兄君であるアンソニー殿に引き継がれ、侯爵殿は別宅に隠居幽閉と言う形になるだろうな。・・・此れから暫くアビスコート家は信頼回復で大変な思いをする事になるだろうね。」
ほう。つまりクソ親父によるマリへの嫌がらせは無くなるって事で良いんだな? よしよし。
となると・・・これでマリの当面の問題は解決した・・・のかな?
何もしない内に勝手に問題が解決してしまったな。
まあOK、OK。
あたしとマリは顔を見合わせると微笑んだ。
一晩実家に泊まって翌日、あたし達は寮に帰ってきた。
「暫くは学園も始まらないらしいね。」
「だね。」
マリの呟きにあたしは頷く。
そうなんだよなぁ。まあ、学園は王子が居なくなった事で始業式どころじゃ無いんだろうなぁ。けど、そうなるとあたし達は何をしようか。
部屋に遊びに来ていた3人が頷いた。
「暇よね。」
セーラが同意する。
「何かする事ないかしら。」
アイナが溜息を吐きながらボヤく。
「ヒナちゃん、何か考えて。」
フレアがあたしにお願いしてくる。
いや、何かって言われてもなぁ・・・。
あー・・・そうだ。アレやってみっかなぁー・・・。
昨年気が付いた時には遅くて出来なかった事。
校舎裏の林の落葉樹群はてっきり銀杏だと思ってたんだけど、実は似て非なるこの世界特有の樹木だったらしくて、春には桜ほどでは無いけど淡いピンクの花を満開に咲かせるんだ。
でも昨年気が付いた時には既に沢山の花びらが散り終えていて残念ながらアレが出来なかった。
そう花見。
まあ、ぶっちゃけると前世では殆ど興味が無くて自発的にやった事は無いんだけどね。小さい頃に家族に連れられてやったくらいかな。
でも、こんな時ならやっても良いかなって思うじゃない?
「花見でもする?」
「!」
「ハナミ・・・?」
3人が首を傾げる。マリの目はキラッキラ。
あたしは3人に花見の概要を説明する。
「・・・要はお花を観賞しながらティータイムをするって事かしら?」
アイナが確認してくる。
「んー・・・まあ、そう言う事かな。でもそんなに畏まったモノじゃなくて、みんなでワチャワチャ騒ぎながらやる奴だから楽しいと思うよ。」
「みんなでか・・・。じゃあお料理倶楽部のみんなも呼んでやろうか。」
「だね。初等部にも声掛けてアリエッタちゃん達も呼んじゃおう。」
「楽しそう! さすがはヒナちゃんだね。」
「ホントね。遊びに掛けては天才的ね。」
・・・アイナさん、その言い方は・・・。
ともあれ、あたし達は準備に取りかかった。現地で作るんじゃなくて持っていくスタイル。
お菓子とか小料理とか持って行って、ティーセットを持って、みんなで花と美味しいモノを満喫しましょう。やりたい人は勝手に集まって勝手に楽しんでね、みたいな感じ。
決行は明後日。・・・くらい? 雨天延期。
モノの準備はみんなに任せてあたしはポスターを作った。けど、面倒クセー。雑で良いか。
『暇な人は花見しようぜ! 決行は明後日! 雨天延期。』
見出しだけデデンと書いて下に概要を書いておく。高等部用と初等部用に2枚。
始業式の延期は各生徒の実家に通達されているので、まだ寮に帰ってきていない人達もかなり多い。まあ其れでもソコソコは集まるんじゃないかな。
「・・・集まったわね。」
早めに来たつもりのあたし達は座る場所の無さに絶句して立ち尽くした。
広い林の至る所で敷物を敷き詰めて地べたに座り談笑している令息令嬢達のなんと多い事よ。
以前までは貴族が地べたに座る光景なんて絶対に見られなかったんだろうけど、コタツが普及し始めてからはみんな抵抗が無くなってきたのかな。
あたし達お料理倶楽部の面々は、荷物を持ちながらウロウロと全員が座れそうなスペースを探してみる。
「アイナ!」
アイナを呼ぶ男性の声。
当然のエリオット様が笑顔で此方に向かって手を振っていた。その横にはエオリア様とリューダ様もいる。あれって剣術部の皆さんかな?
何はともあれご相伴させて貰えそうなのであたし達もラッキーとばかりに腰を下ろす。
エリオット様の横にアイナが座り、エオリア様の横にフレアが座り、リューダ様の横にセーラが座る。うん、やっぱりセーラは良い人を見つけたっぽいな。
思わず口の端が上がってしまう。
「楽しそうだね。」
耳元に突然美声が漂って来てギョッとなった。
横を見るとクールビューティーが微笑んでいた。
「セ・・・セシル様。いらしてたんですか。」
貴男のご尊顔のどアップは心臓に悪いわ。
「うん、また君達が面白そうなことをしようとしてると聞いてね。生徒会の面々で様子を見に来てたんだ。」
周りを見れ離れた所に座ったスクライド様達が笑顔でコッチを見ていた。
「ふふふ。」
セシル様が笑う。
「な、なんですか?」
「いや、高等部に入って早速面白いイベントを開いてくれたなって。今年1年が楽しみだよ。」
「・・・。」
勝手に顔が熱くなってくる。
いやいや、あたしにはもう恋人がいるんだから!
そう思い返した時
「ヒナちゃん!」
マリがあたしの腕を引っ張った。
「お、おう?」
戸惑うあたしに構わずマリは立ち上がるとあたしの腕を引っ張り上げた。
「ど、どうしたの?」
「お花を見て来ようよ。」
「え? う、うん。」
マリの勢いに気圧されながらあたしが頷くとマリはセシル様を見てカーテシ-を施す。
「では、セシル様、少し失礼致します。」
?・・・なんかマリの態度が攻撃的に見えるのは気のせいかな?
「うん、楽しんでおいで。」
セシル様は笑って手を振ってくれる。
「じゃ、じゃあ行ってきますね。」
あたしはそうセシル様に断ると散策を始めた。
春風に吹かれて舞い散る花びらの群れの中をマリと2人で歩いて行く。
高等部の人達も初等部の子達もみんな思い思いのモノを持ち寄って楽しそうに談笑している。敷物を敷いて地べたに座りながら。
少し前までは考えられない風景だったんだろうな。
随分と変わったもんだ。
でもあたしの個人的な感想に過ぎないけど、見映えや気品も大事だけど偶にはこんな風にリラックス出来る時間が在っても良いと思うのよ。じゃないと息が詰まってしまうわ。
「あっち行こう?」
マリが繋いだあたしの手を引っ張りながら誘導していく。
マリに引っ張られながら着いた場所はいつもの小高い丘の上だった。
まだ肌寒い季節とは言え、午前中の柔らかな陽差しの中では穏やかに吹く風が心地良い。
「座ろうよ。」
マリがニコニコ笑いながら座って横をポンポンと叩く。
あたしも微笑んで腰を下ろした。
サァ・・・と風が吹く。
うん、気持ち良い。
あたしは目を閉じて柔らかい陽差しとほんのりと若葉香る風の抱擁に身を任せた。
そしてゆっくりと目を開く。
隣を見ればマリが微笑みながらあたしを見ていた。
「ありがとね。」
マリが呟く。
「?」
なんの事?
「グラスフィールド学園に入る前・・・ヒナちゃんと出会う前の私は地獄の中に居たわ。生きる希望なんて1つも無くて・・・死んでも良いとすら思ってた。」
「・・・。」
「でも2年前、ヒナちゃんと出会って私の全てが変わった。全てが幸せな方向に向かい始めた。」
マリがあたしの手に自分の手を置いた。
「ヒナちゃん、覚えてる?」
「な・・・何を?」
さっきからマリの感情の昂ぶりを感じてあたしは少しドギマギしてしまう。
「ヒナちゃん私に言ってくれたんだよ。『あたしは貴女に幸せに成って欲しいと思うよ。』って。『誰も貴女を幸せにしないなら、あたしが貴女を幸せにする。』って。」
・・・言ったね。確かに。忘れる筈も無い。
「あの日の言葉を・・・守ってくれたね。」
そう思ってくれるなら嬉しいな。
照れ臭くなってあたしはポリポリと頬を掻く。
「私ね。本当はヒナちゃんに幸せにして貰おうとは思ってはいなかったんだよ。でも・・・前世も含めてあんなに温かい言葉を掛けて貰ったのは今世のお母様以外では初めてで。本当に嬉しくて・・・あの言葉が心の支えになったのは事実だよ。」
そっか。心の支えか・・・嬉しい。
マリが身体を寄せて来てあたしに囁いた。
「私は本当に幸せだよ、ヒナ。」
「マリ・・・。」
頬を紅潮させるマリにあたしは顔を寄せた。
マリも寄せて来る。
温かくて柔らかい唇があたしの唇に重なる。
「初めて出来たあたしの恋人。」
「・・・初めて出来た私の恋人。」
「大好きだよ。」
あたしが言うとマリが擽ったそうに笑った。
「ずっと・・・ずっと一緒に居ようね。」
「うん。」
もう1度唇を合わせる。
2年前にこの世界に吹っ飛ばされてきてから人生しっちゃかめっちゃかだった。それまでの人生では想像もしていなかった様な・・・するわけも無いけど・・・破天荒な2年間を生きてきた。
普通は転生なんてしたら混乱と恐怖で頭が変になっちゃうんだろうけど。
まあ、なんだかんだであたしのバッサリとした性格が役に立ったのは間違い無いんだろうな。何をするにしても楽しくなくちゃイヤだって考え方も。
そしてマリと出会ってあたしの人生に張り合いが出来た。マリとの出会いはあたしにとっても一番の幸せで間違い無い。
この先の人生でどんな運命が待ってるかなんて解らないけど、今はこの生活に腰を据えてマリと一緒に生きていける幸せを噛み締めよう。
もうあたしは風見陽菜では無くてヤマダ=ハナコなんだから。
『憂愁のヤマダ=ハナコ』
ようやくエンディングを迎えられました。
足掛け2年間の投稿でしたが、ヒナとマリの物語にお付き合い頂いて本当に有り難う御座いました。
拙い文章に呆れもせずに応援してくれた皆様、心から感謝致します。
もし面白かったら高評価頂けると嬉しいです。
あと、本編はこれで終わりですが「不定期でスピンオフ的な短編作品も作っていければな」と思っています。
そんな時は「ああ、あったな。そんな作品。」みたいな感じで読んで頂けたら幸いです。
では、皆様。
長い期間、お付き合い頂いて有り難う御座いました。
2023/01/03 夢見るジョニー




