M85 神様の話
『ゴンッ』
「ブッ・・・」
突然、全身をブン殴られてあたしはハッと意識を取り戻した。
痛ってーな。誰だこの野郎!
そう思いながら衝撃を受けた方向を睨むと目の前に壁が在った。・・・いや、コレ地面か?
「いてて・・・。」
あたしは痛む身体をさすりながらモゾモゾと起き上がった。
どうやら何処からか地面に落っこったらしい。
周囲を見渡すとアリスに連れて来られた人達も起き上がり始めていた。
「大丈夫?」
1人だけで立っていたアリスが声を掛けてきた。
「ええ、まあ。・・・痛いけど。」
あたしが答えるとアリスは頭を掻いた。
「ゴメンね。誰かを連れて来たのは初めてだから要領が解らなかったんよ。」
「そりゃそうでしょうね。」
神様ん家にバンバン知り合いを連れて来る聖女なんてどうかしてるし、そりゃあ初めてだろうさ。
「此処は何処なんだい?」
立ち上がったアルフレッド様が尋ねてくる。
「神様の家だそうです。」
あたしが答えるとアルフレッド様が固まった。
「・・・。・・・何だって?」
アルフレッド様の珍しいフリーズ状態に思わず笑いかける。
「アルフレッド様、良ければ説明しましょうか?」
マリがアルフレッド様に提案すると
「ああ、頼むよ。」
とアルフレッド様が頷く。
よし、アルフレッド様への説明はマリに任せよう。
あたしはさっきからギャーギャー騒いでるお猿さんの相手をしようか。いや、この言い方は流石に失礼か。お猿さんに。
「おい! 聞いてんのか!」
実はさっきから喚き立てていた変態王子の方をあたしは漸く見る事にした。
「何よ。」
「此処は何処だ!」
「神様の家だってさ。あんた言うヒロイン様が連れて来てくれたのよ。」
あたしが雑に答えると変態王子は顔を歪めた。
「・・・馬鹿にしてるのか。」
まあ常識的な反応だけど、コイツに常識とか全うだとかの上等な言葉は使いたく無い。ソレに面倒だしこれ以上の説明をしてやる気にもなれない。
「信じたくなければ信じなくても良いわよ。あんたがどう思おうがどーでも良いわ。」
生まれてこの方、此処まで人を嫌悪したことは無いって言うくらいにコイツに悪感情を持っているあたしの態度は、多分コイツには到底許容出来ない態度なんだろう。
「貴様・・・さっきからの態度、目に余るぞ。俺は王太子で前世でも貴様より遙かに年長者なんだぞ。少しは敬う・・・。」
「フ・・・。」
どの口が言ってんだ。
そう思ったらあたしは思わず鼻で笑ってしまっていた。
「貴様・・・。」
「そうね。確かに未だ王太子じゃないけど王子だし、26歳とは思えない言動しか取らないけど年上だしね。でもね、とても敬う気にはなれないわ。」
「戻ったら覚えてろよ。家もろとも潰してやるからな。」
出来るもんならな。やってみろよ。
一年前ならヤバいヤバいと焦ったかも知れないけど今はコイツに何も脅威を感じない。あたしはスンとソッポを向く。
「・・・俄には信じられないけど・・・一応は理解した。有り難う。」
アルフレッド様の声が聞こえる。
マリの説明が終わったみたいだ。
「さて、もう良いかしら?」
黙ってあたし達のやり取りを見ていたアリスが声を掛けて来る。
「じゃあ行くわよ。付いてきて。」
アリスはそう言って通路を奥に向かって歩き始める。
「・・・。」
みんな無言で周りを見ながらアリスに付いて行く。
白亜に満たされた内装は、その色自体は美しいけど装飾品の類いは一切置かれていなかった。壁にも柱にも紋様などの美を強調させる様な工夫は何も無くて、ただ只管に高い天井と大きな壁と太い柱が延々と続いているだけだった。
「綺麗だけど・・・殺風景だね。」
とマリが解るような解らない様な妙ちきりんな感想を漏らす。
「うん。・・・うん?・・・うん・・・。」
あたしもどう答えて良いのか解らずに取り敢えず頷いて置いた。
長ーい通路を歩き続けていると漸く柱の向こうに一際明るい光が見えてくる。
アリスが指差した。
「あの先が神様が居る所。」
そして彼女は振り返った。
「1つ注意して置くわ。神様って言ってもみんなが想像する様な神様じゃ無いからね。」
「?」
「言ってみれば只の爺さんだから、面喰らわないでね。最初は私が話をするから1通りやり取りを聞いた後は色々と質問なんかをすると良いわ。実は私は私で色々と企んでいるんだけどソレとは別に、貴方達も知ってた方が良いと思う事が沢山在るからガンガン質問してね。」
何か変な注意事項ね。
ソレよりも企んでいるって何を企んでいるんだろう? まあ、あたし達に悪意が在る訳では無さそうだし良いけどさ。
「解ったわ、アリス。」
あたしが頷くとアリスは気の毒そうな視線を向けて頷いた。
「うん、あんたは特に衝撃的な事実に触れる事になると思うけど・・・気を確かにね。」
またその目かよ。何でそんな目であたしを見るんだよ。
流石に不愉快になってあたしが抗議の口を開き掛けるとアリスが手でソレを制してきた。
「待って。とにかく爺さんに色々訊いてみて。ソレからよ。」
「・・・解ったわよ。」
あたしは渋々頷いた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
光の中に入ると、なんか良くゲームで見る王宮の謁見の間みたいな大広間に出た。周辺では白いローブを着た人達が所狭しと忙しそうに歩き回ってる。
イケメン、美女、イケおじ、艶のある熟女、年齢は様々だけどみんな見てくれが抜群だ。そして全員が手に資料の束や水晶球みたいなモノを持っていて、『魂がどうの』とか『洗浄がどうの』とか慌ただしそうに連絡を取り合っている。
そんなワチャワチャした雰囲気の中、広間の最奥には豪華な椅子が置かれていて爺さんが1人座っていた。横には目を瞠るほどの美女が付き添うように立っている。
「おお、何しに来たんだ。ヒロインよ。」
爺さんがニタニタと笑いながら手を上げた。隣の美女が困った様な表情で椅子に座っている爺さんを窘めている。
アリスが囁いた。
「アレがここで一番偉い神様。」
「・・・アレが・・・?」
あたしは眉根を寄せて首を傾げる。
どう見てもそこら辺にいる普通のお爺さんじゃん。確かに周りの人と同じ様な白いローブを着てはいるけど。
「・・・横で立っているあの美人さんが女神だって言われた方がよっぽど納得いくんだけど。」
「あの人も神様よ。女神様。・・・って言うか此処に居る人達はみんな神様よ。」
「・・・。」
全員が神様?
え? ちょっと待って。神様ってそんなに居るものなの?
なんかあたしの思い浮かべる神様のイメージと『此処』が余りにも違い過ぎて何かが崩壊してしまいそうだ。
「日本には八百万の神って考え方が在ったけど。物や自然現象、災害、人物、創造主そのもの、果ては思考や権力なんて言う形の無いモノまで万物に神様は宿るって事らしいけど・・・そう言う解釈で良いのかな?」
アルフレッド様が尋ねるとアリスは首を傾げる。
「ちょっと違うと思います。此処に居る神様達は『宿る』って言うか『此処』に実際に存在して居ますし、特に何か特別なモノを司っているワケじゃ無いようですし。何て言うか普通の人間みたいに見えるんですよね。神様に見えないって言うか・・・。」
「ふーん・・・。確かに僕達がイメージするような神様には見えないね。まあ、その辺も訊いてみれば判るのかな?」
「多分。」
アリスもちょっと自信無さげだ。
あたし達はアリス、あたし、マリ、アルフレッド様、変態王子の順番で歩いていき、爺さんの前にやって来た。
「お久しぶりです、爺・・・神様。」
アリスが挨拶すると爺さんは手を上げた。
「うむ、良く来たなヒロインよ。」
爺さんは一瞬だけ真面目な表情になって重々しく頷いたけど。直ぐにニタリと笑った。
「ところでどうだ? 儂が作ったグラスフィールドストーリーの世界は。楽しんでいるか?」
「はい、お陰様で。」
アリスは澄まし顔で静かに答える。
・・・は? 今何て言った? 儂が作った世界って言ったか?
あたしは聞き流せずに混乱する。
今のはどう言う事なの?
アリスを横目に見ると、彼女はまるであたしがアリスを見ることが判っていたかの様に直ぐに視線を合わせてくる。
その視線には『黙っていろ』とでも言う様な圧が籠もっていた。
アリスは爺さんに言った。
「神様、今日は私が知り合った前世の記憶を持つ人達を連れて来ました。」
「・・・。」
アリスの言葉に爺さんがあたし達を眺める。
「お、王太子が居るじゃないか。よしよし、無事に会えたようだな。これから儂を楽しませてくれよ。」
・・・なんだコイツ・・・。
そのまま視線があたしとアルフレッド様に向けられて首を傾げた。
「こ奴らはなんじゃ? こんな奴らを転生させたかの?」
すると隣の女神様が何かを耳打ちした。
やがて爺さんは何か思い出した様に頷いた。
「ああ、そうか。そんな事も在ったな。まぁ良いわ。」
・・・なんか解んないけど腹立つ態度だな。そう思いながらアルフレッド様を見ると、彼も不愉快そうな表情を浮かべていた。
あら、アルフレッド様のこんな表情ってレアじゃない?
ちょっと得した気分だわ。
爺さんの視線は最後のマリを見て驚いた表情に変わる。
「なんじゃ、悪役令嬢がいるじゃないか! 何で悪役なんかを連れてきたんじゃ!」
はぁ!? なんだコイツ!!
瞬間湯沸器になったあたしが抗議しようとする寸前にアリスが腕で制してくる。
「その事なんですが、神様。今日はこの転生に纏わる神様の目的をお話しして頂きたいと思って皆を連れて来たんです。」
アリスが爺さんにそう言うと爺さんはつまらなそうな表情になった。
「なんで話さねばならんのじゃ。知らないで動くから楽しいのだろうが。」
「いいえ。神様、それは違いますよ。話してみて解ったんですが、彼等はこのゲームをとても愛しています。神様の思惑を知れば、きっと嬉々として協力してくれると思いますわ。」
「ほう・・・。」
爺さんは興を唆られた様に身を乗り出す。
「そうか。そういうモノか。」
「そういうモノですわ。」
・・・よく解んないけど、この爺さんバカそうだな。そしてアリスは明らかに爺さんを何か欺そうとしている。
よし、アリスの思惑は解んないけど乗っておくか。
爺さんは満足そうに頷いた。
「よし良かろう。話してやろう。」
そして爺さんはツラツラと話し始めた。
「儂はこのエリアを守護する主神である。儂はこの城で気が遠くなる程の年月を働き続けてな、その功績が認められてこの神の座に就く事が出来た。・・・だが主神となったは良いがやる事がなさ過ぎてな、随分と退屈な日々が続いていた。」
神様業が暇って・・・そんな事があんのかよ。
「そんな時、お前達が居た『チキュウ』で『ゲーム』というモノが流行っているのを見てな。一番面白かったグラスフィールドストーリーという奴を儂の力で再現させようと思ったんじゃ。」
・・・アレが一番面白い・・・?
どんなセンスしとんじゃ。あと再現ってなんじゃ。
「・・・ソレで何処に再現させようかと考えて今お前達が居る『バゼル』に決めたんじゃ。」
バゼル・・・星の名前か・・・。・・・誰が名付けたんだろ?
「文化の発展スピードを見ても、バゼルはチキュウに比べて500年ほど遅れていたからグラスフィールドストーリーの設定を植え付けるのに丁度良かった。」
植え付ける・・・?
「植え付けるって・・・どうやって?」
あたしが尋ねると爺さんは話の腰を折られてムッとした表情になったけど直ぐに答えた。
「簡単じゃ。更に数百年遡って未開の大陸に『運命の力』を使って民族を送り込んだんじゃ。そしてゲームの主要メンバーとゲームの設定環境が整うように調整しながら国を発展させて行った。」
「・・・。」
「・・・いやあ、楽しかったぞ。言ってみればあの時こそが一番楽しかったかも知れん。グラスフィールドのストーリー通りにする為に様々な調整を重ねて行くのは正に至福だったな。」
恍惚とした表情のジジイを見て無性に腹が立ってくる。
コイツ・・・人の人生を何だと思ってるんだ。
「そして舞台が整って最後の調整は、誰をこの世界に放り込むかだったのだが・・・当然チキュウの人間にした。条件は2つ。死者である事。そして最後にやったゲームがグラスフィールドストーリーであった事。・・・で、お前らが選ばれたと言う訳だ。感謝するが良い。魂の記憶を洗浄される事無く2度目の人生を謳歌出来る事にな。」
このクソジジイは何をドヤ顔してんだ。
あたしはもうブッチギレる寸前だった。でも今の話を聴いて確認して置きたい事も在る。どうしても訊いて置かなきゃいけない。
あたしは感情を押し殺して手を上げた。
「あの、宜しいでしょうか?」
「なんじゃ?」
「大まかな話は解りました。・・・ではあたしは何で転生したんですか? あたしは死んでないんですけど?」
「ああ・・・。」
爺さんの視線が一瞬彷徨った。
「それはな・・・。」
「ソレは・・・?」
「止むに止まれぬ事情が在ったんじゃ。」
「・・・止むに止まれぬ・・・?」
どういう事?
あたしが訝しげな表情に変わると爺さんは隣の女神様を見た。
すると女神様が言い辛そうに口を開く。
「主神に変わって私がお答えします。・・・あの日、貴女はゲームを終えた後、乗り物に乗って何処かへ向かっていましたね?」
確かにチャリ漕いでコンビニに向かってたけど。
「あの時、貴女が走っていた道の近くの家で1人のご老人が亡くなろうとしていました。」
へえ・・・。
「そのご老人の魂を主神が引き抜こうとしたんですが・・・。」
ん・・・?
「何しろ主神が今話されていた作業の片手間に引き抜いたモノですから・・・。」
まさか・・・。
「間違えて貴女の魂を引き抜いてしまったのです。」
・・・。
「嘘でしょおおおおお!?!?」
あたしは絶叫した。
「コラ、何て声を出すんだ」
クソジジイが顔を顰めて窘めようとしてくる。
「じゃから予定には無かったが、お前の魂も主要キャラとは関係無い人間に転生させてやっただろうが。」
コイツ許せねぇ!
何が「止むに止まれぬ」だ! 間違えて人を殺しておいて、別の人生を与えたんだから良いじゃんってそんな事が許されるかよ!!
あたしの脳裏に前世の人達の顔が浮かんでくる。
やんちゃ坊主がそのまま大人になった様な陽気な父ちゃん、優しいけど怒ると父ちゃんより怖かった母ちゃん、父ちゃんと良く取っ組み合って喧嘩してた祖父ちゃん、おっとりであたしには優しいけど祖父ちゃんと父ちゃんが怖れていた祖母ちゃん、小生意気な弟。学校の友達。ソレに友達以上恋人未満だったアヤ。
みんなどうして居るんだろう・・・。
こんなバカの下らない目的のせいで大切な人達と強制的に引き離されて、あたしの前世は一体何だったんだ。
流石に情け無さ過ぎてあたしの双眸からスッと温かいモノが流れた。ソレは止まらなくて後から後から止めどなく流れた。
立って居られなくてあたしは両膝を着くと両手で顔を覆って泣いた。
こんなの・・・こんなのって・・・あんまりじゃない・・・。




