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憂愁のヤマダハナコ  作者: ジョニー
チャプター1 1年生編 / 一学期
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S1 マリーベルの追憶 1

マリーベルのお話です。



 貝崎茉璃・・・それが私の前世の名前だ。




 産まれた時から身体の免疫を作る能力が低くて、風邪に罹ると1ヶ月は寝込んでしまう。肺炎になれば命取りだと幼い頃から言い聞かされてきた。




 父は大手企業の社長を務めていて家に帰ってこない。幼い頃は父と生活リズムがズレ過ぎて顔も声も知らなかった。11歳の時に父に愛人が何人かいる事を知って『こんな事は止めて欲しい』と手紙を書いて書斎に置いておいたら『文句が在るなら出て行け』と書かれててあった。


 母は趣味のサークルと婦人会のサロンでの噂話に夢中で私と言葉を交わした記憶はほとんど無いだろう。話し掛けても煩わしそうな表情を向けて家政婦さんにいつも私を押しつけていた。


 5歳年上の兄は病弱な私を両親から押しつけられて不満だったようだ。何度も『お前なんて要らないのに何で産まれてきたんだ』と面と向かって言われ続けた。


 他の家で働く人達も私と関わるのは面倒だったようで必要最低限の会話を交わすと直ぐに仕事に戻って行ってしまう。




 体調が良い時に学校に行っても、友達が居ないため休み時間は1人で図書室に籠もる事が多かった。




 私はずっと1人だった。私と話をしてくれる人は何処にも居なかった。


『誰か・・・誰でも良いから私とお話をして。』


 私はいつも、それだけを願っていた。




 両親の誕生日にイニシャルを入れたハンカチを執事経由で送ってみたが返事は無かった。


クリスマスには『お話してくれる人が欲しい』と書いたメモを勉強机の上に置いてみたけど何も変わらなかった。その年に流行した本やゲームが扉の前に無造作に置かれているだけだった。




『私は要らない子・・・』


 私はそんな当たり前の事を漸く理解した。




 私は学校に満足に通えない分、家庭教師を通じて勉学に励んだ。


身体が弱くて家族の役に立てないのなら勉強を頑張って役に立てばいい。そうすれば何時かきっと父も母も兄も私を見てくれる。自分の体調と闘いながら私はそれに縋った。




 そんな中で私に安らぎを与えてくれるのが物語やゲームだった。その世界の中では主人公を中心に恋に友情が育まれ楽しそうに人生を謳歌していた。そんな中にはグラスフィールドストーリーも在った。まあ、アレだけはチョット残念だったけど。


『私もいつかは、こんな風に・・・』


 そんな夢をあたしは持つようになった。




 12歳の年末、12月に私は風邪を引いた。風邪は長引いたけど、それはいつもの事。誰もがそう思っていた。ある寒い夜、私は高熱を出した。熱はとても高くて直ぐに病院に搬送された。


「・・・肺炎に罹っています・・・入院が必要です・・・」


 朧気な意識の中でお医者様の声が途切れ途切れに耳に入ってくる。




 病室に運ばれるストレッチャーの上で私は執事に聞いた。


「お父さんとお母さんは?」


 執事は目を合わせる事なく取り繕う様に私に言った。


「旦那様と奥様は『処置は任せる』と仰って居りました。時間が空きましたらきっと様子を見に来て下さいますよ。」


『・・・』


 私は、或いはあの時に生きることを諦めたのかも知れなかった。




 誰も居ない真っ暗な病室。耐えがたい程の息苦しさの中、私は何だか急に楽になった気がした。


――落ちていく。落ちていく。何処までも・・・




 そして私は貝崎茉璃としての人生を終えた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 目を覚ますと、知らない人が私を覗き込んでいた。・・・メイドさん?


その人は私を見ると冷静に


「お嬢様がお目覚めになりました。」


と、周囲の人に告げた。


 その言葉を合図に待機していた人達が淡々と何かの片付けの作業に入る。




「・・・?」


 私は理解出来なかった。




 此処は何処なんだろう?私は死んだ筈だ。この人は誰?なんで私は生きているんだろう?病気は治ったの?


 次から次へと溢れてくる疑問に私の頭は埋め尽くされた。


「あの・・・此処は何処でしょう?貴女は誰ですか?」


 私が堪らずに質問を口にすると、全員の動きが止まった。


 先程、私を覗き込んでいたメイドさんが呆れたような視線を向けてきて私はビクリと僅かに身を震わせる。


「何のご冗談ですか、お嬢様?」


 呆れと言うよりは侮蔑に近い視線が私の心に氷を落とす。


「あ・・・冗談だなんて・・・」


「その様なお戯れを仰るようでは、アビスコート家の御令嬢には相応しく御座いませんよ。」




 アビスコート・・・?


 私は固まった。私が最後にやったゲームに出て来た悪役令嬢がそんな家名だった筈。そして名前は確かマリーベル・・・。


 私は自分の身体を見た。小さい。元々身体は同級生と較べても小さかったと思うけど、そうじゃ無くて明らかに手が幼い。


 私は押さえられない震えをそのままに声を絞り出した。


「教えて下さい。何も思い出せないんです。私の名前は何ですか?」


 私の表情が冗談を言っている様には見えなかったのか、メイドさんと周囲の人は顔を見合わせた後、面倒臭そうに口を開いた。


「貴女の名前はマリーベル=テスラ=アビスコート様で御座います。アビスコート公爵家の次女でいらっしゃいますよ。」


 ああ・・・。私は混乱しながらも事実を把握し始めていた。


「私の年齢は?」


「6歳で御座います。」




 何でこうなったのかは分からない。でも、此処は『グラスフィールドストーリーの世界』かも知れない。




 私は病に臥せっていたらしい。病が治れば、私の身体は至って健康だった。


歩いても息苦しくならない。走る事も難無く出来る。全身に溢れる生きる力に私は喜びを感じた。




 そして私は自分の取り巻く環境を探った。そして判った事。




 ここはグラスフィールドストーリーの世界だった。そして私は悪役令嬢。それは変わらない。


でも、それ以外は戸惑う程に私の知る世界とは違っていた。




 私は妾腹の子だった。アビスコート侯爵が町娘に手を出して私が生まれたそうだ。


侯爵様は母は愛したそうだが私の存在は疎ましく思ってたようだ。


 母が若くして儚くなると侯爵様は私を居ない者として扱った。母に与えた離れ家に私を押し込み本宅に近付く事を禁じられた。


 私の侍女となった人達は貧乏クジを引かされたと嘆いたらしい。




 食事を時々だけど抜かれる事が在った。後から知った事だけど、私の食事は使用人達の賄いの残りだったらしい。だから食べ尽くされたり使用人の機嫌が悪いと食事を抜かれていたそうだ。




 私はここでも『要らない子』だった。




 前世からの私の願いは此所でも叶わなかった。誰も私と話そうとしてくれない。存在するらしい家族とは誰1人会うことが無く時は過ぎていった。だけど、7歳、8歳と年齢を重ねるにつれ、私は6歳より以前のマリーベルとしての記憶を取り戻していった。


 母は美しく穏やかな人だった。幼い私に向ける瞳はとても温かかった。いつも私の側に居て私の話を楽しそうに聴いてくれる人だった。


 そして時折、私に向けられる悲しそうな瞳。


「ごめんなさいね、マリーベル。こんな所に押し込められてしまって・・・。でも、きっといつか侯爵様が・・・貴女のお父様が貴女をどうにかして下さるわ。」


 当時は何で母が泣くのか理解出来なかった。




 でも私はこの母を恨んでいない。初めて私に愛情を教えてくれた人。愛してくれた人。


そして『此所』をゲームでは無く現実の世界に変えてくれた人だった。




 そして、離れ家の周辺から出る事を許されず学問とマナーの練習のみの生活を繰り返して居た12歳のある日、私は初めて本宅の侯爵様に呼ばれた。




「お前がマリーベルか。」


 忌まわしげな視線で侯爵様は私を見た。


「マリーベルで御座います。」


 私は教わったカーテシーで初めて会う父に挨拶をした。


「お前の存在が社交会に出回ってしまった。」


侯爵様が吐き捨てる。




 私の存在は今まで侯爵家の力で秘匿されて居たらしい。私の存在は名誉ある侯爵家の名に傷を付けるらしい。


「あの女がお前などを身籠もるから余計な手間を掛けねばならん。」


 ――『あの女』・・・母の事だ。この人は母をそんな風に思っていたんだ・・・


 私の中に凍てついた風が吹き荒れた。


 母だけは愛してくれている筈、その願いは粉々に打ち砕かれた。私の眼から・・・初めて涙が流れた。悲しさ、悔しさ・・・色んな感情が綯い交ぜになった。




 侯爵様はそんな私を見て眼に怒りを宿す。


「何を泣くか!泣きたいのは私の方だ!!」


 激昂した侯爵様はそのまま、私を呼んだ要件を告げた。


「貴様に婚約話がある。お相手は第1王子のライアス殿下だ。それに伴い貴様は来年の春から学園に通う事になる。良いな、学園で我がアビスコート家の名を辱める様な真似だけはするな。そのつもりでいろ。判ったな。」


 それだけ言うと侯爵様は私を追い出した。




 その後、メイド達の噂話を盗み聞いた結果、出来の悪い第1王子を切るために忌み子の私と婚約をさせて追い落とす策が在るらしかった。そして第2王子が立太子された後に婚約を解消させるため、私はいつか何処かで傷物にされるそうだ。




 ライアス殿下とは2回ほどお会いした。初顔合わせの日。殿下は整ったそのお顔に侮蔑の表情を載せて私に言った。


「貴様のような下民の女の卑しい血を引く者なんか俺は婚約者として認めない。だが貴様の家は利用価値が在ると言われたから承知したのだ。そこを勘違いするな。」


「畏まりました。」


 私は頭を下げて応じる。


 やっぱり王子もゲームとは違う。確かに我が儘な俺様気質だったけど、女性にここまで酷い言葉を投げつける人では無かった筈だ。それに何だか品が全く感じられない。現実の世界ではこんな風なのか。




 その後、夜会に1度だけ招かれたが、最初のエスコートだけを務めると殿下はそのまま違う御令嬢達と歓談を始め、私は終始放っとかれた。御令嬢方の嘲るような視線と嗤い声が痛かった。




 だから、私は『此処』での幸せを諦めた。



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